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特別編マオ視点第1話 初めてのデート

 それは少し時が遡り獣人殺しを仕留める前の事。私はからかってきた刀夜さんと約束通り買い物に来ていた。

 服を見繕うという約束だったけれど今日はもう少し刀夜さんと2人きりになりたくて色々な場所を見て回るつもりだ。


「人多いわね……」

「面倒になる気持ちはよく分かる」


 人が多いと嫌悪感が増す。刀夜さんに抱き付いているからギリギリ耐えれるけれどそれがなかったら暴れているわね。

 刀夜さんとショッピングモールを歩いていると随分と気になる香りがしてくる。


「良い匂いがするわね」

「ん?」


 刀夜さんはまだ匂わないのかしら。人間の嗅覚ってそこまで私達と違うのね。


「こっちよ」

「え、お、おう」


 刀夜さんを引っ張ってその香りのする方へと走る。何があるのかしら。恐らく食べ物だと思うのだけれど。

 甘い匂いの正体は何やら妙な瓶に詰められた液体からだった。何かしらこれは。


「香水だな」

「香水?」


 香水って確か香りがついた水よね。自分の体臭を隠蔽する為の道具だったかしら?


「まぁそういうお洒落なものって認識でいいと思うけど。欲しいのか?」

「いえ、近くで匂うとすごくキツイわよこれ」


 遠くからなら良いけれど近いと気持ち悪くなるくらいに匂いが濃い。人間って色々と不便ね……。


「こんなものなくても刀夜さん達は良い匂いするけれどね」

「そうか? おっさん臭とかしそうで怖いんだが」

「そうかしら?」


 刀夜さんの胸元に顔を近付けて匂いを嗅いでみる。


「獣人殺しの匂いがするわね」

「え」

「あ、もちろんあの化け物の話じゃないわよ? 甘くて優しい感じと言えばいいのかしら? もしかすれば匂いだけで獣人族を落とせるんじゃないかしらね」


 それくらい良い匂いがする。これは恋人補正やら何も入れていない正当な評価だ。本当にこの人は良い匂いがして隣にいるだけで落ち着いてくる。


「獣人殺しってそういう……。いや、そもそも俺そんなに良い匂いするか?」

「えぇ。このまま……ずっと匂って……はぁ……はぁ……発情するくらい……」

「ちょ、ま、待て! 落ち着け!」


 刀夜さんは慌てた様子で周囲を見回す。私のことを気遣ってくれているのね。


「ふふ、冗談よ?」

「え?」

「匂いだけで発情するわけないじゃない。馬鹿ね♡」


 でも本当に嬉しくて抱き締めたくなることはあった。

 刀夜さんは真っ先に周囲に私を見せないように気遣ってくれた点だ。そういうところに発情しそうになるから気を付けないと。

 刀夜さんは言わば魅力の塊。気を抜けばいつドキッとさせられるか分かったものじゃないわ。


「あのなぁ……。まぁもういいけどよ」


 刀夜さんは仕方なさそうな表情を浮かべている。ふふ、こうやって受け入れてくれるところがいいのよね。


「何かオススメの場所とかあるかしら?」

「この辺りはないな……。お前が気に入りそうなものが何か分からないしな」


 刀夜さんは顎に手を当てて考え込む。真剣な横顔も素敵ねこの子。


「何か食いたいのか?」


 でもちょっとズレてるのよね……。どうしてそこで食べ物になるのかしら。


「ねぇ刀夜さん。私そんなに食い意地が張っていると思われているのかしら?」

「いや、匂い気にしてたから」

「それは人間が臭いからでしょう?」


 本心を言ったところ刀夜さんは納得した様子だった。


「おっさんの加齢臭とかお前にはキツそうだな」

「そ、そうね」


 せっかくのデートにおっさんの加齢臭の話になるとは流石に思わなかったわ。流石刀夜さん……全く読めないわね。


「それじゃああんまり人混みは嫌だろ? どっか人がいなさそうな所行くか?」

「いえ……そうしてしまうと服屋なんて一生辿り着かないわよ」

「それもそうだな……」


 刀夜さんが何故そんな提案をしてくるのか分からない。普通本来の目的を忘れるかしら?


「でもせっかくのデートだしな。楽しめる方がいいだろ?」

「え?」


 デー……ト? え、と、刀夜さんにとってもこれはデートなの!?


「何驚いてるんだ?」

「い、いえ。刀夜さんもデートって思ってくれてるのに驚いて」

「男女が2人で出かけるんだから当たり前だろ? そもそも俺達恋人同士だぞ?」


 た、確かにそうだったわね。そうね、ならこれは紛れもなくデートね。刀夜さんの目から見てもそうなるのだから間違いないわ。


「ルナちゃん達は一緒に来たがっていたでしょう?」

「初デートを邪魔するほど無粋じゃないってよ」


 初デート!? た、確かにその通りだけれどあの子達……。


「…………ありがたいわね」


 多分あの子達は不公平とか不平等だとか馬鹿真面目なことを考えているのでしょうね。

 そんな生き方、損するだけでしょうに。でも刀夜さんに好かれる為ならそういうのも厭わないという感じかしらね。

 本当にこの子のことが好きなのね。私もだけれど。

 不公平だなんて思ったのならそれを損したと思わせられるくらいに刀夜さんに好かれて見せましょう。

 私は狙撃手。狙った獲物は外す気はないわよ。それが例え恋だとしても。


「さて……で、どうする?」

「そうね…………」


 刀夜さんとのデートを楽しみたいし、人がいない所の方がいいかしら? けれどそれって外になるのよね。刀夜さんは楽しいのかしら?


「ねぇ……」

「ん?」

「刀夜さんはどうしたい?」


 刀夜さんがしたいことを私もしたい。もちろん私は外の方が良いのだけれど。


「んじゃ外行くか」

「え? い、いいのかしら?」

「あぁ」


 もしかして私の心情を見透かした上で言ってるのかしら? 刀夜さん、普段鈍いくせにこういう時は鋭いものね。


「俺も人混みは嫌いでな。正直一秒でも早く帰りたいと思っちまう派の人間だ」


 刀夜さんは蠢く有象無象を前に死んだ目をしながらそう言った。

 刀夜さんも私もそういうのが嫌いみたい。つくづく意見が合うわね。ふふ……。


「なら行きましょうか」

「あぁ」


 転移魔法陣を展開して街の外へと移動してくる。ここは私の好きな森の1つ。刀夜さんが喜んでくれるかは分からないけれど。


「ここは?」

「獣人族が好んで来る森よ?」

「そうか。ならここはお前の好きな場所でもあるのか……」


 刀夜さんは周囲を見回す。しかし何も感じないようだ。


「普通の森にしか見えないな……」

「ここはあまり魔物が出ないのよ。それに果実も豊富で生活に困らないの」

「へぇ……。ここに住処を作ろうとか思わなかったのか?」

「思ったわよ? けれどその為の大きな木が見つからなかったのよ」


 この森は獣人族やエルフ族が住むには木が細すぎた。獣人族も住めなくはないが木を伐採するのは躊躇うほどだったのだ。

 刀夜さんはこういう所に来て楽しいのかしら? 私はこう自然を見ているだけで満たされるのだけれど。

 刀夜さんは飛んで来た小鳥をジーっと見つめていた。あの鳥に何かあるのかしら?


「刀夜さん?」

「ん?」


 名前を呼ぶと普通に振り向かれてしまった。集中してたり何かを考えていたわけじゃなかったみたい。


「あ、いえ。あの小鳥に何かあるの?」

「いや? いるなぁと思ってただけだぞ?」


 そ、そうなの。刀夜さんはあんまり見ても面白くないのかしらね。


「もう少し奥行ってみるか?」

「え、えぇ」


 刀夜さんが楽しめないんじゃここをデートに選んだのは失敗だったかしらね。

 先に進むと大きな湖が見えて来る。刀夜さんは少し感心した様子だった。


「綺麗だな」

「そうね……」


 この湖は水も透き通っていて本当に綺麗な場所だ。刀夜さんもここなら喜んでくれるわよね?


「刀夜さんはこういう場所、あまり見たことがないの?」

「あぁ。俺の世界は人間の科学文明が無駄に発達してるからな。こういう自然ってのはなかなか見かけないな」


 それは獣人族には住みにくそうな場所ね。そんな世界なら私は遠慮したいわね。


「刀夜さんは前の世界に戻りたいって思ったりしないの?」

「しないな。お前らがいない世界なんて価値がないしな」


 即答だった。どうしてこの子はそこまで私達に気持ちを向けてくれるのかしら。過去の自分はまるでどうでもいいみたいに。

 刀夜さんにとっての過去ってどの程度の価値があるものなのかしら? 私のように過去に縛られたりしないのかしら。

 私はずっと……今も人のことが嫌いよ。刀夜さんやアリシアちゃんは別だけれどやっぱり人は醜い生き物だもの。

 刀夜さんはそれでいい、当然だと言ってくれたけれど刀夜さんの行動はそれを問い詰められているみたいに感じてしまう。


「…………本当は」


 刀夜さんは遠くを見つめながら無表情に言葉を紡いだ。私はその姿に見入ってしまう。


「多分価値があると思えなかったんだろうな。俺の数少ない友達も死んで、育ての親も信用出来なくて。だからこの世界にいた方が俺は楽しいと思えるのかもな」


 刀夜さんも短い人生の中で色々な苦労や悲惨な目にあって来たのね。妙に悟ったようなのはそういう経験があるからこそ。

 人生の長さで言えば私の方が上だけれど経験の差は刀夜さんの方が上かもしれないわね。

 特に刀夜さんのいた世界は争い事が少ない世界。反面そういう人間の醜い部分をたくさん見て来たのかもしれない。


「そう……」


 刀夜さんが少し寂しそうに見えた。表情には変わりはなくてもそう雰囲気で感じてしまって。

 刀夜さんが悲しいと私も悲しくなってしまう。好きな人のこういう雰囲気を私はあまり見たくないのね。

 私はそっと手を伸ばして刀夜さんの手を握り締めた。


「…………」


 刀夜さんは少し驚きながらも何も言わずに握り返してくれる。

 刀夜さんの抱えている悲しみを私は理解出来ない。大切な人が死ぬことを悲しむ感情は理解出来る。私も親を殺されているのだから。

 けれど辛いのは私だけじゃない。下を見ればそれだけ辛いことというのはある。だからその行為そのものに意味はない。

 私がしたいのはそういうことじゃない。ただただ刀夜さんに悲しんで欲しくないっていう自己満足。刀夜さんの辛そうな顔を見たくないというワガママ。


「でも……」

「ん?」

「泣きたいなら泣いてもいいのよ?」


 そうやって気持ちを伝えたり吐き出したりはして欲しい。私がそうしたように。そういう風に刀夜さんが仕向けてくれたように。

 悲しい顔はして欲しくないのに気持ちは吐き出して欲しいだなんて矛盾も良いところね。


「…………泣く程じゃないぞ?」

「それでも悲しいことを思い出したのでしょう?」

「…………」


 刀夜さんは何も言わずに少し微笑むと私の手を引っ張って抱き締める。


「じゃあちょっとこうさせてくれ」

「…………えぇ」


 刀夜さんが甘えてくれるなら。こうして抱き締めてくれるなら。私はそういう矛盾した感情を持っても良い気がした。これが私の本音なら問題なんてないわよね。

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