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特別編アリシア視点第2話 正しいこと、間違っていること

 何が正しくて何が間違いなのか。正義と悪という言葉の意味を考えたことはあるかな?

 刀夜くんはお父様に間違っていると言った。でも世間では間違っているという認識じゃないみたい。

 確かに私を応援してくれるメイドさん達や執事さん達もいるけど。私は男であって強いという認識でいた方が都合が良いこともあった。

 そんなモヤモヤとした気持ちをしていると刀夜くんは普通に見抜いてくる。普段から鈍いのにこういう時だけ鋭いんだからズルイ。


「どうした?」

「あ、うん……何が正しくて何が間違いなのか分からない時ってどうすればいいの?」


 刀夜くんならなんて答えるだろう? 刀夜くんはその辺りしっかりしてそうだけど……。


「さぁ?」

「え?」


 しかし予想していた答えとは真逆の解答だった。と、刀夜くん……?


「…………面倒だからって考えることを放棄してたりしてないよね?」

「あぁ。真剣によく分からんな」


 誤魔化してるわけでも面倒くさがってるわけでもなく本当に? え、だ、だって刀夜くんがだよ?


「例を出してやるよ。例えば街に盗賊が入って金品を盗んだ。お前ならどうする?」

「もちろん撃退して然るべき処分を受けてもらうよ?」

「まぁそうだな。…………ならそいつが金もなくコネや能力もなくただ1人の大事な家族を守る為にしたことだったとしたら……どうする?」


 え? いや……だってそれは……。


「即答出来ないだろ? つまりそういうことだ」

「そ、そんなこと知ってたら私だって……」

「そうだな。なんとかしたいと思うかもしれないな。でもな、そういうのを知る機会を世の中は与えてくれないんだよ」


 私は大きく目を見開いた。何が正しくて何が間違いなのか……。より分からなくなってしまった。


「そ、それじゃあ刀夜くんはどうして私のお父様のことを間違ってるなんて」

「それは単に俺からすれば間違ってるように見えたからってだけだ。人の心が多種多様であるように環境も多種多様だ。行動1つで判断出来るものじゃない」


 刀夜くんははっきりと言ってしまう。それはつまり……正義か悪か分からないのにお父様を否定したってこと?


「なぁアリシア。ちょっと付き合え」

「え、あ、う、うん」


 刀夜くんは立ち上がると居間を出ようとする。しかし途中で何か思い浮かんだのか立ち止まった。


「ルナ、ちょっとアリシアと大事な話をするから」

「あ、分かりました。夕食はどうなさいますか?」

「それくらいには終わる。悪いが家のこと頼む」

「はい」


 刀夜くんに任されてにっこりと笑顔で頷くルナさん。この2人は本当に仲が良い。というか信頼し合ってる。羨ましいなぁ。

 刀夜くんに連れられて外へと出る。大事な話……私の悩みを解決してくれようとしてるんだろうなぁ。


「まぁ言いたくないこともあるだろうしな。隠し事するなとは言わないが出来れば話して欲しいんだが」


 歩きながら事情を説明させる刀夜くん。ムードも何もあったものじゃない。こういうところが不器用で可愛いんだけどね。


「…………私のことなんだけどね。お父様がすごく苦労してるみたいで」

「苦労?」

「う、うん……本当は娘であることをどうして黙ってたのか、とか」

「自業自得だろ、それ」


 確かにそうかもしれない。でもやっぱりお父様だから。そう割り切れない自分がいる。


「…………それで、自分が女らしく生きることが正しいか悩んでるってことか?」

「う、うん」


 さっきの話を総合してその結論を導き出した刀夜くん。私のとめどない質問にも真摯に答えてくれる。


「最初に結論だけ言っておくが」

「は、はい」


 私は自然と立ち止まって背筋を伸ばしていた。自分の生き方を決めるそれを聞き流したりふざけたりすることなんて出来ないから。


「その答えを分かる人はいない、ってのが正しい答えだ」

「えっと……」


 つまりどういうこと? 私の子の悩みは一生解決しないの?

 刀夜くんも立ち止まって振り返る。少し冷たい風が頬を撫で、一瞬時が止まったような静寂が訪れた。


「…………俺は」


 少しの静寂を破った刀夜くんは言葉に詰まらせた。私の気持ちなんて私にしか解決出来ない事なのに。

 幾ら刀夜くんが凄いといってもこの問題は頼るべきじゃなかった。刀夜くんでも分からないことはあるんだから。


「あー……なんて言やいいかな。…………これは俺の持論だが、正しいことってのに縛られる必要はないんじゃないか?」


 正しいことに縛られる? どういう意味だろう?


「…………多分結論から話すと駄目だな。例えばだが、家族を守る為に誰かを殺めた人間がいるとしよう」

「う、うん」


 いきなりかなり特殊な状況な気がする。でもそういう例え。それに100%ないっていうわけじゃない。


「そいつが次は誰も死なせずに事を済ませた。これは正しい事だと思うか?」

「う、うん。誰も傷付いていないから正しい事だと思うよ」

「そうかもな。でもその結論に至るまでにその男は一度人を殺めている。なら今の行為は正しいと言えるか?」


 そう言われて即答出来なかった。だって誰も死なせない為に誰かを死なせているんだから。

 何が正しくて何が間違っているのか。本当にもう分からない。分からないから考えるだけ無駄、なんてことじゃないんだろうけど。


「意味もなく誰かを傷付けるそれは間違っている。それは断言出来るかもな」


 確かにその通りかもしれない。そういうことに快楽を求めている人もいるだろう。果たしてそれは間違っている? それとも正しい?


「でも世の中はそんなに単純じゃない。色々な思いや色々な環境、色々な要因が積み重なって行動に結びつく。それが正しいことか間違っているのかの2択で判断出来るものじゃないと思うぞ」


 刀夜くんの言わんとすることは分かる。分かるけど結局それは逃げてるんじゃないかな?


「…………でも答えを出さないといけない時はあるよね?」

「そうだな。何が正しいのか考えて行動をしないってのは多分逃げてるって事だ。だから何が正しいのかじゃない。そんなことで行動しなくていい」


 刀夜くんは少し微笑んだ。それは優しいようで意地悪なようで。

 まるでこっちの心情を全て見透かした上であえてそう言ったのかよく分からないけれど。


「自分がどうしたいのか。それで行動すりゃいいんじゃないか?」


 それは凄く自分本位な考え方だった。自分のことを優先している。自分のことだけを考えている。

 でもきっと刀夜くんはそうするしかない世の中なんだと判断したんだ。そういえば優しさは自己満足なんて言ってたね。


「…………刀夜くんはどうして私を助けてくれたの?」


 それなら刀夜くんも自分勝手な理由で私を助けてくれたのかもしれない。別にそれでもいい。助けてくれた事実は変わらないから。

 でも少し別の理由を期待してしまう自分がいる。それは多分叶うことはない願いなんだと思うけど。


「お前は大切な仲間だ。俺にとってはなんとかしたいと思う理由に充分なり得る」

「そ、そうだよね……」


 うん。分かってたよ。刀夜くんは元から優しいからだって。やっぱり期待なんてしない方がよかった。


「あと……あの時はお前が女だって分かった後だったしな。それに加えてお前が良い奴だってのも分かってわけだ」

「え? あ、う、うん。そ、そうなの?」

「あぁ。だから……その……えっと、あれだ」


 刀夜くんは少し頬を赤く染めて恥ずかしそうに頬をかいて視線を逸らした。


「えっとな……好き、だったから悲しい顔しないで欲しかっただけだ」

「っ……!」


 それは望んでしまった願い。そして叶うことはないと思ってた願いだった。

 本当に刀夜くんは魅力的な人だ。うん、困っちゃうよそんなこと言われたら。


「は、恥ずかしいから二度は言わないからな……?」

「うん。充分だよ」


 本当に。もう心の中はいっぱいいっぱいだ。


「…………自分がどうしたいか、だね」


 もっとワガママに生きてもいいのかな? 自分勝手でもいいのかな?


「あぁ。別にそれで俺は文句を言ったりはしない。それに惚れた女だ。ワガママも可愛いもんだ」


 そうなんだね。刀夜くんは本当にもう……。

 こういうところが魅力的で天然ジゴロなところなんだろうね。乙女心は分かってないのに欲しい言葉を言ってくれる。

 刀夜くんは私の為にお父様を怒ってくれた。私が悩んで、苦しんでいたから。

 本当はこうしたかった。こうして欲しかった。そういう問題をあっさりと解決してくれたんだ。

 これで好きになるなっていう方が無理だよ。もちろんその前から好きだったけど……でもあれを経て更に好きになった。


「あとお前はワガママを言わな過ぎだ。アホ親父にも言ってやればすぐに聞いてくれると思うぞ?」

「そ、そうかな?」

「あぁ。娘のワガママってのに父親は弱いものらしい」


 そういえば刀夜くんは親がいないからそういうところはよく分かってないんだろうね。

 こんな人に相談して……それに答えまでもらって私は何をしてるんだろう。

 こんなんじゃ駄目だなぁ。私はもっと刀夜くんが頼れるような……頼ってくれるような人間になりたい。


「ごめんね刀夜くん。ありがとう」

「…………悩みは解決しそうか?」

「うん。本当にありがとね」


 今はまだ刀夜くんには勝てないかもしれないけど。でも絶対に頼ってくれるような人になりたい。

 これは刀夜くんがルナさんにしたいって言っていたことと全く同じ。だから厳密には少し違うかもしれないけど同じ好意だ。

 でも今は刀夜くんの方が凄いから……。ちょっと甘えてみてもいいのかな?


「ねぇ刀夜くん」

「ん?」


 キョトンとする刀夜くん。可愛いなぁもう。


「一緒にちょっと歩かない?」

「…………晩飯までは付き合うぞ?」

「ふふ……うん。ありがとう」


 こんなワガママでも刀夜くんは嫌な顔ひとつしない。本当に素敵な人だと思う。

 私は刀夜くんの手を取って繋いだ。私がしたいことを……ワガママをもっとしてもいいんだよね?


「お前は謙虚だな。アスールなんて何も言わずに腕に抱き付いてくるぞ?」

「確かにそうだね。でも私はこれで充分幸せだよ?」


 本当に。私は刀夜くんに出会えて人生が変わった。負の人生だと思ってたのにあっさりと好転してしまった。

 刀夜くんは大した意識はしてないのかもしれない。そんな普通に、当たり前のように人に優しく出来る刀夜くんだから私も好きになったのかな? 多分あの2人も。


「ふふ……行こ?」

「あぁ」


 どこか宛先もなく私達は歩き出した。

 先程まで冷たいと感じていた風が優しく頬を撫でるようになった気がした。

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