第70話 誘拐されても動じず、そして振るわれる暴力にも屈しない
今日も晴天、僕達は買い物へと来ていた。
なんでもただの思い出作りだとか。普段から忙し過ぎてこういうゆっくりする機会がないらしくこういう日に思い出を作っているらしい。
未来の僕はかなりの仕事人間のようだ。でも不可抗力とも言ってたなぁ。多分色々と巻き込まれやすい体質なんだと思う。
というわけでこういう数少ない休日こそ楽しまないと。道行く人が僕達を、特にリルフェンを二度見してくるけど仕方ない。やはり魔物が街を歩くのは危ないかな?
「キャンキャンキャンキャン!」
「あら、あれが欲しいの? 仕方ないわね」
マオお姉さんが近くで良い匂いを漂わせるジャンクフード店でお肉らしきものを購入し、リルフェンに与えていた。
「美味しい?」
「ガウ!」
どうやら相当気に入ったようだった。やっぱり魔物だ、肉料理とか好きそう。
「それで今日は何を買うの?」
「リルフェン様の為に何かあるか探そうかと」
「あ、確かに必要になる物があるかもしれないね」
ペットを飼うのに何が必要なんだろう?
「そもそも魔物ってトイレとかするの?」
「ガウガウガウ!」
「しないーってかなり怒ってるわよ?」
「え、ごめん」
た、確かに女の子にとってはデリケートな問題だったかも。いやでも必要なことだと思うんだけど……。
「けれど冗談抜きでどうするのよ?」
「キャンキャンキャン!」
「え? そ、そうなの!?」
「キャンキャンキャンキャン!! キャンキャンキャン!」
「あ、あなたがそれでいいならいいけれど……」
一体何の話をしてたんだろう。って僕が聞いたら間違いなく怒られるんだろうなぁ……。
「それじゃあ問題ないってことでいいの?」
「ガウ!」
そんな力強く頷かなくても……。
「何か困ってることとかないの?」
「ガウガウガウ!」
「刀夜さんと一緒にいる時間が少ないのが残念って言ってるわね」
「それは困ってる事に入れちゃ駄目」
そういうことじゃないんだよ? 頭良いんだからそれくらい分かってるだろうけど。
「そんなこと言ったら私達も少ないよね?」
「うむ。そこは我慢だ」
「クゥゥン……」
そんなあからさまに落ち込まなくても。僕は優しくリルフェンの頭を撫でる。
「クゥゥン」
「ふふ……一緒にいるだけが全てじゃないよ。大事なのは気持ち。会えない時間も想いを募らせればいいんだよ?」
「ワン!」
そうやって募らせた想いもまた大事だ。会えないからこそ燃え上がる恋もあるとはそういうことなのだろう。
本来なら会えるのが普通、なんてことは間違いだ。いつ離れるかも分からないのにいつも会えるなんて間違っている。
「…………」
僕のように。僕がここにいるのはほんの奇跡。本能的に分かる。僕はもうそろそろ消えてしまうと。
「刀夜殿? どうかしたか?」
「あ、ううん。何でもないよ」
あの世なんてあるのか分からないけど。僕はこの貰った奇跡を最後まで楽しみたいなぁ。それをあの世に持っていきたい。
「今日は楽しもうね」
僕は親がいない。友達がいない。信用出来る人がいない。でもそれは日本での話。この世界で目が覚めてから僕は色々な大事なものをもらった。その恩返しをしたかったなぁ……。
「あ、ちょっとトイレ行って来ていい?」
「うん。気を付けてね?」
「うん!」
お姉さん達を待たせない為にも早く済ませないと。駆け足でトイレへと入る。誰もいない。
さっさと済ませよう。手早く済ませて手を洗って……。
「っ!」
鏡に映ったその大人の姿に驚いて振り返る。しかし同時に頭に衝撃が走った。
「がっ……!」
視界がぐにゃりと歪む。そしてまるでパソコンの電源が落ちる時のようにプツンっと意識が途絶えた。
「うっ……うぅ……」
目を開けるとそこは全く知らない倉庫のような場所。どうして僕がこんな所にいるのか、全く思い出せない。
頭を強く何かで殴られたみたいで額から血が垂れてきて僕の視界を奪う。赤い血が頬を伝って滴り落ち、衣服を赤く染めあげていく。
「ここは……」
立ち上がろうとして手足が鎖で繋がれていることに気が付いた。これは……も、もしかして拷問?
状況を確認していると記憶が鮮明になっていく。そうだ、確か買い物の途中でトイレに行って、そこで頭を殴られたんだっけ。何でだろう。
「お? 起きたかガキィ」
「へへ」
「そうかそうか、起きたかぁ」
そこには3人組の男性が。確かこいつら、リルフェンをいじめてたあの?
「…………僕に何か用ですか?」
「ガキなんだから騒いだりすりゃいいだろう。何でそんな冷静なんだよ」
「あいにく僕は変わり者なので。確かに怖かったりもしますが別に取り乱したりはしませんよ」
人間というのは基本醜い生き物。それが僕が日本で感じた人の印象だった。そしてそれは異世界でも大して変わらないみたいだ。
これはれっきとした誘拐だ。この人達の目的は……多分僕をいたぶって殺すことかな。
「へへ、じゃあまぁ、俺はやられた分の一発を!」
タックルを入れた男性だったかな。その男性が大きく振りかぶると思い切り僕の頬を殴り飛ばした。
椅子ごと飛んでしまい地面に身体を擦る。痛ってぇ……。
「おいおい、やり過ぎだろ。ガキなんだから下手すりゃ一発で死ぬぜ?」
「本当だぞ。俺達にも残しとけよ」
「へへ、すまねぇ」
ああ、やっぱりそうだよね。でも、あんなタックル1つでここまでするなんて器が小さい。敬う気もない。敬語で話す必要性すら感じない。
ここにルナお姉さん達が来てくれる確率は極めて低いだろう。だから助けなんて期待しても意味がない。
でもこの鎖が固くてとてもじゃないけど取れない。走れもしないこの状況で僕に逃げるなんて選択肢はない。
大人の僕ならこういう時どうするんだろう。自分の身を守る術を持ってるのかな。
「何寝てんだよごらぁ!」
「ぐっ!」
お腹を思い切り蹴り上げられる。呼吸が止まって吸うことも吐くことも出来ない。
「がはっ! ゲホッ! ゲホッ!」
「はっはっはっ! めちゃくちゃ苦しんでるぜこいつ!」
苦しい。でもこの程度なら前々大丈夫だ。泣くほど苦しいわけでもない。
「はぁ……はぁ……はは。ガキ相手に不意打ちして縛らないと勝てないなんて、大人として恥ずかしくないの?」
「あ? んだと?」
事実だ。そしてあえて相手の反感を買う。
「コウハお姉さんには睨まれただけで逃げるくらいだもんね。あなた方は大したことないんじゃない?」
「んだとボケがぁ!」
キツイ蹴りが顔に入る。僕の身体が跳ね上がり、そのまま椅子を破壊しながら地面へと叩きつけられる。
痛い……というか人間の脚力じゃない。多分そういう魔法があるんだろうね……。
「んぐ……うっ……」
身体が動かない。これは本格的に死ぬかな。ごめんね大人の僕……この身体で勝手に死んでしまって。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「お、落ち着けよ。ちょっとこいつから離れようぜ?」
「あぁ……」
3人は1人の激怒した男を嗜めてどこかへ去っていった。なんとかこれ以上の追撃は避けられたかな。
でも身体が動かない。意識が朦朧としていて視界が歪んでくる。ヤバイ、意識がなくなるってこういう感じなのか。
薄れゆく意識の中、何かを鮮明に思い出した。それは仲間達の笑顔。あぁ、そうだ。僕はまだ死ねないんだ。彼女達を置いて死ぬことが許されない。
「うっ……」
こんなところで死ねない。僕はあの人達に会いたい……。
せっかく出来た初めての仲間なのに。恋人なのに。こんな所で死にたく……。
「死にたく……」
死にたくない? 僕が? 死ぬことすら怖くない心が死んでいるはずの僕が?
生物として当たり前に持ち合わせている感情が僕にはない。そんな僕がどうして死にたくないなどと思っているのだろう?
もうみんなに会えなくなってしまうから? 確かにそう言われればそうかもしれない。でもその程度でこの思いが変わるとは思えない。
「僕は……」
僕は何がしたいんだ? 僕は何を願っているんだ? 分からない。僕が分からない。僕って何? 僕はどうして……。
「何寝てんだよ」
突然水を掛けられてしまう。しかしお陰で意識が戻った。僕は視線を上に向けると1人だけ戻って来たのを確認した。
「…………また殴りに戻って来たの?」
「ちげぇよ。ただの監視だ」
「あぁ……そう」
何かをする気はないらしい。…………丁度良い機会だ、色々と質問してみよう。
「…………あなたは僕をやる気はないみたいですね」
「あ? まぁそうだな。てめぇがうぜぇのは分かるけどな」
「はは……ガキらしくないってよく言われるなぁ」
そうやって周りから疎外されて来たんだから。でもこの人は話がまだ通じる人だろう。
「んなボロボロでそうやって笑える辺りは異常だなてめぇは」
「…………そうかもしれませんね」
本当に普通じゃない。そんな普通じゃない僕を好きになってくれたのが彼女達なのだろう。
「萩 刀夜とどういう関係だてめぇ。あの女共と一緒にいたろ」
あぁ、僕は有名人だ。だから僕と大人の僕が一緒にならないんだろう。
正直に話す必要性はない。そもそも僕が刀夜だと分かれば危険を察知してすぐに仕留めてくるかもしれない。
「ただの友達ですよ」
「にしてはやけに馴染んでたな」
「僕はアリシアお姉さんの古い知り合いですから」
「あぁ、そういう関係か」
アリシアお姉さんは確か名門の家だと聞いていた。だからこそ使えたカード。僕の存在を悟らせてはいけない。
「なるほど……確かにあそこの家ならその異常な性格も納得だ」
あ、そんなに普通に納得されるような家なんだ。アリシアお姉さんも苦労してるんだろうなぁ……。
「まぁどう足掻いてもお前は死ぬ。諦めてとっととくたばっちまった方が楽だぜ」
「そうかもしれないね」
それでも僕は死ねない。まだ伝えたいことを伝えてないんだ。それなのに死んでしまうのは嫌だ。
死ぬのは怖くない。ただあの人達に会えなくなってしまうのが怖いんだ。単純なことだった。単純なことなのに僕はそれを難しく考えてしまう。悪い癖だろう。
「あなた達は何故魔物を狩ろうとするんですか?」
「あ? 魔物を殺すなんて普通のことだろ」
「…………そうなんですか?」
よく分からない。はっきりいって敵対してくる者以外は敵にすらなっていないはず。
「そこに疑問を持つ人間なんてお前くらいだ」
「…………どうでしょうね」
少なくともアリシアお姉さんはそう感じてるはずだ。敵対もしてないのに殺すなんて間違っている。
「あなた方が魔物を憎んでいるかもしれない。でも今の生活が成り立っているのも魔物がいるお陰です。それに関して何も思うところがないと?」
「それは……詭弁だな」
「詭弁じゃないですよ。人間はその事実を見て見ぬ振りをしているだけ」
だから争いが発展し、憎み合う。それが全てだ。
「そうやって言葉巧みに俺達を操ろうとしても無駄だ」
「別にそんなつもりはありませんよ。ただ、気を付けてください。あなた方がそうやって生きている限り必ず報復されると」
報復される可能性があるのは僕もだろう。だから今こうして捕まっている。多分助けも来ない。もう期待はしていない。




