第66話 無責任な優しさは善悪両方を兼ね備えている
異世界の魔物? の素材を使った料理はどれも絶品だった。僕は野菜を洗ったりとかしかしなかったけど……。包丁も危ないからと握らせてもらえなかった。
「ルナお姉さん、アリシアさん、ご飯美味しかったよ?」
「ふふ、それは良かったです」
「お、お姉さん?」
僕が感想を述べるとアリシアさんがキョトンとした表情を浮かべた。いや、アリシアさんだけじゃなくルナお姉さん以外は全員キョトンとしていた。
「…………刀夜、お姉さんってどういうこと?」
「え? えっと、今日一緒の寝た時にそう呼んだら喜んでくれたから……」
「ん…………なら私達も同じように呼ぶべき」
そうなの? みんなお姉さんって言われることに憧れでもあるのかな。
「…………刀夜、プリーズ」
「え、えっと……アスールお姉さん?」
「ん……刀夜かわゆす」
アスールお姉さんが僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。髪がボサボサになってしまった。でもアスールお姉さんは無表情を崩して口元を緩めていたから良かった。喜んでくれてるみたい。
「わ、私も! 私もそう呼んでみて!」
「アリシアお姉さん」
「はぁ……可愛い……」
熱のこもった溜息を吐いたアリシアお姉さんは頬に手を当てて満足げだった。さっきも抱き締めてくれたりとスキンシップが好きなのかな。
「と、刀夜殿。私も言って欲しい」
ほ、本当に全員言うんだ。みんな僕のお姉さんになりたいの? 恋人なのに?
「コウハお姉さん」
「う、うむ……刀夜殿可愛い……このままお持ち帰りしたいくらいだ」
コウハお姉さんには力一杯抱き締められてしまう。それにさっきの発言はちょっと危ないかもしれない。
「私も言ってもらおうかしら?」
「えっと、マオお姉さん」
「ふふ……本当可愛いわね。このままキスしちゃいたいくらい♡」
キスされてしまう!?
「そ、そういうのはその……そ、そういう時にお願いします」
「そういう時?」
「えっと……え、エッチの時とか……」
恥ずかしい。あ、あれ? みんなからの反応がない?
少し怖いながらもみんなを見ると目をパチクリとさせていた。ルナお姉さんだけ顔が真っ赤。
「えっと……どういうこと?」
「刀夜くん、もしかしてルナさんと……?」
あ、た、確かに今の台詞で朝一緒にいたって言ったらそういうことになっちゃう。ど、どど、どうしよう!?
「ちょっとルナちゃん?」
「は、はい!?」
「もしかして……刀夜さんとしちゃったの?」
「は、はい……私が寝ぼけてしまって…………」
もう無理みたいだった。ご、ごめんなさいルナお姉さん。
「…………刀夜の童貞を2回も。……羨ましい」
あ、あれ? 思ってた方向性と違う?
「る、ルナ殿……それはズルイだろう……」
「す、すみません……」
「本当に私も一緒にいたかった……」
何だか落ち込んでるみたいだ。童貞ってそんなに大事なものなんだ。
「それで……どうだったの?」
「ん……感想プリーズ」
アスールお姉さんとマオお姉さんが特に食い気味。この2人、そういうのに興味津々なお年頃なのかな。
「わ、私も聞いてみたいかな……」
「私もだ……」
あ、アリシアお姉さんとコウハお姉さんも……。みんなちょっと怖いよ……。
「その……甘えてくださってとても可愛らしかったです……」
ルナお姉さんも普通に答えてるし! というか僕甘えてたっけ!?
「刀夜さん! 私にも甘えてちょうだい!」
「わ、私にも甘えて欲しいよ!」
「ん……同じく」
どんどんと詰め寄られてちょっと怖い……。僕は慌ててルナお姉さんの後ろに隠れる。
「えっと、あの……」
「ご主人様が怯えてるではありませんか!」
「ご、ごめんなさい」
ルナお姉さん怒ると怖っ!
「大丈夫ですよご主人様。アスール様達は普段は怖いわけじゃありませんから」
「う、うん。分かってる」
そうじゃないと僕もこの人達と仲良くしようなどとは思わなかっただろう。そう思ったのはそれだけ自分の気持ちに素直な人達だったからだ。
「刀夜殿、すまない……」
「い、いえ、大丈夫ですから」
「刀夜殿良い子だ……」
このくらいで褒められても……。それにみんな悪気がないのは分かってるし。
「そういえば刀夜くんの服を買わないと」
「す、すいません。お手数をお掛けして」
「刀夜くん、遠慮しなくていいんだよ? 私は刀夜くんの恋人なんだから」
恋人というのがこの世界でどれほど重いものなのかよく分からないけど、やっぱり大切な人に変わりはないようだ。
大切だからこそ遠慮したくない。遠慮して欲しくないという関係性があるのだろう。この人達が望んでいるのはそれかもしれない。
「そ、それじゃあ遠慮なく……」
「うん。ふふ……」
アリシアさんはにっこりと微笑むと僕の頭を優しく撫でる。気持ち良い……。
「他にも何か必要なものある?」
「いえ、特には……」
何かあったっけ? えっと……歯ブラシも僕のものがあったし生活に必要なものは一通り揃っていた。
「…………刀夜、趣味は?」
「趣味ですか? えっと……と、特には」
「…………大人の時と変わらない」
あ、そうなんだ。
「刀夜殿は私達とイチャイチャするのが趣味だと言っていたな」
「そうね。おっぱい揉んだりお尻触ったりしてたものね」
「え……」
「そんな嘘情報を流さないでください! ご主人様が信じたらどうするんですか!」
あ、冗談だったんだ。良かった……もし本当なら僕は大人になる前にこの両腕を切り落とさなければいけなかった。
「ふふ、純真な子程いじめたくなるでしょう?」
「…………気持ちは分かる」
アスールお姉さんまで!?
「刀夜殿、こっちへ」
「うん。刀夜くんは私達が守るよ!」
ルナお姉さん、アリシアお姉さん、コウハお姉さんは僕を守ってくれるようだった。ありがたい、本当に。
「そ、そんなことしてたら刀夜くんに嫌われちゃうよ?」
「あら、からかってくるお姉さんは嫌い?」
「そんなことは……。で、でも程々にして欲しいです」
流石にずっとからかわれるのは嫌だ。でもちょっとくらいならスキンシップの範囲内だろうし、難しいところかも。
「あなた本当に良い子ね……」
「ん……流石刀夜」
何が良い子なんだろう? 僕はそんなに良い子じゃない気がするけど。
「刀夜くん、私達とお買い物行こっか?」
「はい」
僕の服を買ってくれるようだ。でも魔法で作ればいいような気がするんだけど……。あ、そういえば寝たら消えちゃうんだった。
ということで外に出て買い物。ルナさんとアリシアさんに何故か手を繋がれているけど。
「異世界ってもっと色々な種族がいるかと思ったんですけど、人間だけなんですね」
「そうね。唯一種族の隔たりなく接してくれるのは刀夜さんだけね」
そうだったんだ。異世界だからもっと平和的だと思ってた。敵は魔物だけで色々な種族が協力してるものだと。
「…………そういうのが怖いのは日本と同じなんだね」
「ご主人様……」
「…………ごめんなさい。変なこと言って」
「いえ……ご主人様が苦労されているのも、それに人間関係にも上手くいっていなかったのは聞いておりますから」
そうだったんだ。やっぱりこの人達には何でも話していたんだろうなぁ。
「ですがそれはやはり大多数がご主人様のことを分かっていない……いえ、分かろうとしなかったからでしょう」
「…………そうかも」
「だからご主人様だけが自分を責める必要はありませんよ? それに私達はご主人様のこと、分かっているつもりですから」
「うん……」
日本に僕のことを理解してくれる人はいなかったのかもしれない。でもこの世界ではそれを見つけられたのなら良かった。
どういう経緯で異世界転移したのかは分からないけれどこの世界の方が日本よりも楽しかったように思える。
それは多分この人達がいるからなんだろう。誰か1人でも欠けたらそれだけで辛くなるほどに愛しているから。
愛とか恋とかそういう感情はやっぱりよく分からないけど僕が今感じてるこの気持ちがそうなのかな。
「…………刀夜、どうかした?」
「う、ううん。アスールお姉さんは僕をからかって楽しいんですか?」
「ん……反応が可愛い」
楽しいじゃなくて可愛いなんだね……。そんな理由でからかわれていたんだ。ならいいのかな。
「…………でも嫌われたくないから控える」
「あ、えっと……そ、そうですね。少し控えていただけると」
なんだかいじめられているみたいだったけど。でもこういう風に話し合えば分かるのかな。
日本では僕に話し掛けてくるような物好きがいないから残念ながらそういう機会がなかったけど。
「…………」
僕は臆病だから人の内面に踏み込むことが出来なかった。それが1番の問題だったんだろう。
「ご主人様がとても色々考えられていて、幼い頃から様々な苦労を経験しています。ですから年長者として私が言っておきます」
「は、はい?」
「確かにこの世で信じられるものなんて少ないと思います。人間に限らず色々な種族が裏切り、争ってしまっている世の中です」
そうなのだろう。日本もここも、やっていることは大きくは変わらない。
「ですがこれだけは言えます。ご主人様はそういう隔たりを感じさせないくらい優しい方です」
「…………僕は……多分誰も理解出来ないから誰でも平等に見えるだけだと思うよ」
「それでも、です。私達と一緒にいてくれたり、甘えてくれたり、甘えさせてくれたり。そういう関係性を築いてくださったのはご主人様ですから」
それは多分僕であって僕じゃない。未来の僕はそういうことが出来る人で、今の僕にその力はない。
でも……そういうことが出来るように成長したというのもまた事実なのかもしれない。
「今は難しいかもしれませんけど、きっといたか気付きますよ。ご主人様が難しく考えていることが実は簡単なことだって」
簡単なこと……。それは今気付けることじゃないのかもしれない。でもいずれは……か。
「うん….…そうだといいなぁ」
「はい」
優しく微笑むルナお姉さんを見ると本当にそうなんだと思えてくる。
「あ、あれ? 皆様どうなさいました?」
「…………刀夜はやっぱり刀夜」
「難しく考えてるところなんて本当変わらないわよね」
「自分の気持ちに理由なんてないと思うよ?」
「うむ。やりたいことをするのが当然の話だろう」
他の人達も概ね同じ意見みたい。そうやって関係を築いたのかな。いずれ、なんて分からない。僕はいつ消えるか分からないから。
「クゥーン……」
「うん?」
考え込みそうになった思考を邪魔するようにか弱い動物の鳴き声が聞こえた。ついそちらに反応してしまう。
「今のはもしかして魔物の声……か?」
「恐らくだけれどね。街中にいるだなんて」
コウハお姉さんとマオお姉さんは耳がとても良いらしい。聞いただけで魔物の声だって分かるんだ。
冒険者なこともあり、また安全を優先させる為にも確認しないわけにはいかない。路地裏の奥へと向かうとそこに傷だらけになって今にも生き絶えそうな白い狼のような大きな生き物が横たわっていた。
「ホワイトウルフね」
「普通こんな所にいないよね?」
「…………迷った?」
ホワイトウルフって魔物なんだ。白いモコモコの毛をしていてちょっと可愛いかも。
「クゥーン……」
ホワイトウルフはか細い声で鳴く。魔物だから多分人間を襲ってしまうんだろうけど……でも……。
「あの、治してあげられませんか?」
「魔物だから危険よ?」
「それは分かりますけど……」
だからといって苦しんで死ぬ必要はないはずだ。それに騒ぎになっていないならこの魔物は人を食べていないかもしれない。
「…………刀夜がそうしたいならする」
「アスールお姉さん……」
白い魔法陣が展開され、白い光がホワイトウルフを包み込みその傷を癒す。初めて見るけど本当に凄いなぁ。
「グゥ……?」
自身の傷が治っていくことに不思議そうな様子のホワイトウルフ。僕はその頭を優しく撫でた。
「…………街の外に連れていってもいいですか?」
「はい。連れていってあげましょう」
僕達はルナお姉さんの案内の元、街の外へとやってきた。その間、人を襲うと言っていたはずの魔物は大人しく従っていた。
「…………バイバイ」
手を振るとホワイトウルフはこちらを気にしながらも歩いて行った。
「ご主人様はお優しいですね」
「そんなことないよ。……イタズラに延命させただけで。あの魔物がどこかで人を襲うかもしれない。その責任を僕は取れない」
「刀夜くん……」
「僕は無責任な人間だから」
捨て犬や捨て猫を見かけてもそれをどうにかする力は僕にはない。僕は無力だ。なのに優しさだけ振りまいて、無責任と言う他ない。
「…………時間を取らせてしまってごめんなさい。行きましょう」
「…………うん。そうだね」
再びルナお姉さんとアリシアお姉さんと手を繋ぐ。2人の手が先程よりも優しく繋がれているのが印象的だった。




