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第62話 決着すれどその正体は未だ知れず

「がぁぁ!!」

「ふっ!」


 突っ込んでくる獣人殺しに対して俺は刀を振り上げてカウンター気味に反撃する。こいつ、何か速度上がってないか!?

 急ブレーキを掛けて俺の攻撃を躱した獣人殺しは更に突っ込んでくる。こいつどんな脚力してんだよ。急ブレーキからの最高速って化け物かよ。あ、化け物だったな。


「紫電の突き!」


 すぐ隣からアリシアが紫の雷を纏う槍で獣人殺しを貫いた。そのまま勢い良く吹き飛んでいく。


「大丈夫!?」

「え、いや、別に特にダメージは受けてないけど?」

「その手で何言ってるの!?」


 あ、手の方ね。別に少し裂けた程度だ。魔力消費を考えて回復はしてないけど。


「気にするな。ここからが面白いとこだろ?」

「え、あ、そ、そうなの?」


 うーん、とりあえずこの気持ちは誰にも理解されないんだろうな。まぁいいけど。


「でも気にはするよ。アスールさん」

「ん……」

「うお、ビックリした」


 いつの間にか来ていたアスールが俺の手に触れる。瞬間白い光に包まれて手の傷が塞がっていった。


「…………刀夜、次怪我しても気にしないって言ったら……」

「い、言ったら?」


 何されるんだろう。アスールは読めないからな、なんか怖い。


「…………お仕置きに5日口聞かない」

「え、あ、うん……。別にいいけど」


 5日だろ? 大したことないな。


「…………刀夜、私のこと大事じゃない?」

「うわぁ!? ちょ、な、何で涙目!? そ、そんなわけないだろ!?」

「…………刀夜酷い」

「悪かった! 5日くらいなら我慢出来るって思っただけで大切だから泣くな! な?」


 慌てて慰める。むしろこれが罰ゲームかもしれない。


「…………本当?」

「当たり前だろ?」

「…………刀夜」

「ん?」

「……好きならキスして」

「もちろんだ」


 アスールを悲しませるくらいならするに決まってる。というか別にいつでもしてもいいんだけどな。

 アスールに顔を近付けようとするとアリシアとコウハが慌てた様子で俺達の間に入ってくる。


「な、何だよ?」

「今どういう状況が分かってる!?」

「敵の前だぞ!?」

「あんな敵なんかよりアスールの気持ちの方が大事に決まってんだろ!」

「なんかごめんなさい!」


 俺が必死な様子で言ってしまったからだろう。2人がシュンとしてしまった。2人の方が正しいはずなんだけどな。


「…………てめぇのせいで仲間が悲しんでんじゃねぇか!」


 全部こいつが悪い。ということでさっさと殺してしまおう。

 獣人殺しは片腕だというのに異様なまでの威圧感を放っていた。これは……気張らないとあっさり殺されそうだな。


「アリシア、コウハ、行けるか?」

「う、うん……あの、私も終わったらキスしてね?」

「う、うむ……ってえぇ!? アリシア殿まで!? わ、私もお願いしてもいいだろうか!?」


 緊張感ねぇな……。まぁこのくらいゆとりがある方が色々と見えていいかもしれない。必死になるのは良いが思考能力が下がるのはよろしくないからな。


「うがぁぁぁぁ!!」

「来るぞ!」


 突っ込んで来た獣人殺し。片腕だろうとその殺意に身がすくむ。まぁだからなんだという話だが。

 ちらりと2人を見るとあまりの威圧感に気圧されていた。やれやれ、最強にはまだまだ程遠いな。

 俺も突っ込んで2人を安全圏へと入れる。わざわざ敵の間合いに入るのはあれだがこいつの攻撃は大振りが多い。

 拳を振りかぶった獣人殺しに俺は大きく跳躍する。獣人殺しの頭を片手で掴み跳び箱のように飛び越えると同時に背中を斬り付ける。


「うらぁ!」


 更に雷を纏った足で腰を蹴り飛ばす。


「アルシア! コウハ!」

「うん!」

「うむ!」


 2人がそれぞれの獲物で攻撃をする。アルシアの槍は効果は薄いがコウハの大剣は深く獣人殺しに傷を付けている。


「破壊の断罪!」


 更に追撃にコウハの特技が発動する。魔力を纏った大剣が振り下ろされる。


「ぐがぁ!」


 流石に危機を悟ったのかバックステップしてくる獣人殺し。そんなことはさせないがな!


「ふっ!」


 跳躍しながら思い切り頭部を蹴り上げ前のめりにさせる。コウハの大剣が肩から横っ腹までを深く切り裂いた。

 ブシュゥ! と噴き出す血液がコウハを濡らす。なんか汚いなおい……。


「うわ!? め、目が!?」


 その血液により視界を奪われたらしい。獣人殺しは腕を大きく振りかぶった。


「単調過ぎるな!」


 俺は獣人殺しの足の腱を切り裂いた。人間の構造上これで立ってはいられないはずである。相手は化け物だが。

 腱を切られても立てるらしく全く動じた様子がない。まぁ予想通りだ、だからこそ次の手が打てる。


「コウハ! そのまま剣を振り上げろ!」

「う、うむ!」


 俺はそのままタックルして獣人殺しを前のめりにする。振り上げられた大剣が俺の腕もろとも獣人殺しの腕を切り裂いた。


「と、刀夜くん!?」

「痛っ…………!」


 やべぇ。泣きそうなくらい痛ぇ! でもそれは後だ。

 回復魔法で腕をくっ付け、即座に獣人殺しを回り込むように移動し、コウハを抱え上げる。


「アリシア!」

「紫電の突き!」


 アリシアが特技で雷を纏った槍を突いた。その衝撃に獣人殺しは吹き飛んでいく。


「ふぅ……」

「す、すまない刀夜殿……」

「いや、グッジョブだ。これであいつの両腕は奪った」


 足しかなくなれば攻撃手段が限られ、加えて蹴りというのは間合いが大きい分小回りが利かない上に体勢が崩れやすい。ほぼほぼ勝ったようなものだ。


「流石に魔力も心配だしな。そろそろ決めるか」


 これで奴は自然に魔法の使用回数を上げるはずだ。だからこそそこを突く。魔力の限界など待つ気はない。


「ぐあおぉぉ!」


 獣人殺しが赤い魔法陣を展開、炎が噴射してくる。俺は即座に魔力装備生成魔法で短剣を創り出した。


「ほい」


 それを投擲する。炎魔法に耐性があるそれは即座に溶けることはなく、獣人殺しの手元に到達、魔力核を破壊して魔法を弾けさせた。

 弾けた瞬間、大量の矢が獣人殺しの全身に突き刺さる。流石マオ、弓矢の腕が半端ない。

 こいつの魔法を利用して殺そうと思ったが作戦変更だ。ルナの特級属性魔法で仕留める。


「…………」


 いや、情報を吐かせる為にも捕らえた方が良いか? その辺りは獣人族に任せて俺達はひとまず生け捕りの方向で進めるか。


「あの、と、刀夜殿。そろそろ下ろして欲しいんだけど……」

「あ、悪い悪い。あまりにも軽くて忘れてた」

「そ、そうか?」


 ゆっくりとコウハを下ろすと何やら顔を赤く染めていた。え、何?


「か、軽い……のか。そ、そうか……良かった」


 いや、人の体重なら身体強化魔法使えば余裕だからな? 当たり前のことだろうに。何でこんなに照れてるんだろうか?


「ぐぎぎぎぎ!!」


 何やら悔しそうにした様子の獣人殺し。しかし無慈悲にも幾つもの矢が飛んでくる。


「っ! ルナ!」

「はい!」


 ルナが緑の魔法陣を展開、強烈な暴風が吹き荒れる。上級属性魔法だ。それにより加速した矢が獣人殺しの腹部に幾つも突き刺さった。

 俺は即座に走り出し、大きな大剣を精製する。それは雷魔法が付与されており、激しい雷がバチバチと纏われている。


「うらぁ!」


 大剣を全体重を乗せて振り降ろす。バチバチと音を立てていた雷が吸収されるように獣人殺しに吸い込まれていく。

 そのまま内側から流れるように雷が増幅していく。斬り裂き、直接雷を流し込んで内側からダメージを与える。


「こほっ……」


 口から黒い煙を吐き出した獣人殺し。もう既にボロボロだ。それでもなお、自分の意思とは関係なく立ち上がってくる。どんだけ化け物なんだこいつは。


「…………ルナ、あと最大の魔法で仕留めてくれ」

「はい」


 ルナが巨大な茶色の魔法陣を展開した。土魔法の特級属性魔法だ。


「ガイアグラビティ!」


 獣人殺しの足元の土が盛り上がり、獣人殺しごと空中へと持ち上げる。更に周囲の岩や土が空中の岩に引き寄せられ、どんどんと張り付いて球体を作っていく。

 4、5m程の球体となって獣人殺しを隠してしまったそれは一気に弾け、大量の砂を巻き上げた。中央にいた獣人殺しはその衝撃と今まで蓄積されたダメージ故か両足も無残に千切れ、首もポッキリと別の方向を向いてしまった。


「あ、殺しちまったか……」


 生け捕りの予定だったがま、まぁ安全第一だ。そこまで余裕が持てる相手でもなかったし許して欲しい。


「結局こいつの目的は何だったんだろうな」

「さぁ……でも色々と聞きたいことはあったな……」

「そうだね……」


 特にその薬とやらは気になる。最後のルナの攻撃で恐らく薬ごと消滅してしまっただろうが。


「ん?」


 獣人殺しの胴体から何かが転がってきた。これは……薬の瓶か?

 コロコロと転がるそれは小岩にぶつかるとパキンッと甲高い音を立てて亀裂が入った。


「っ!」


 そこからいきなり白い煙が舞い上がった。俺は咄嗟にアリシアとコウハを突き飛ばす。


「ちっ!」


 すぐに口元を服で覆い、吸い込むのを避ける。何があるのか分からない以上対策の立てようもない。

 バックステップで煙から出るとすぐにルナ達が駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ。身体には別に何の異常もない」


 特に体調が悪くなったりだとか毒だとかいうことではないようだ。なら何の薬だ?

 ひとまず緑の魔法陣を展開して煙を上へと吹き飛ばす。


「あ?」


 するとそこには獣人殺しの死体はなかった。な、何でだ?


「な、何があったんでしょうか?」

「消えた……わね」


 貴重な唯一の情報源を失った。もしかしてただの煙幕だったのだろうか。


「…………ひとまず獣人族に報告に行きましょうか。あなた達も怪我は大したことないわよね?」

「もちろんです!」


 あ、どこ行ってたのかと思ってたらマオと一緒にいたんだな。まぁ一番安全圏っちゃ安全圏か。ついでに周辺の警戒でもしていればマオの安全も保証されて一石二鳥だしな。


「刀夜様」

「ん?」


 いきなり獣人族に話し掛けられる。確か獣人殺しに襲われて死に掛けていた人だな。


「ありがとうございました!」

「え、あ、お、おう?」


 ズイッと顔を近付けてくる。いや何この距離感。


「私……ファンになりました」

「はい?」

「応援してます!」

「え、あ、え? どういうこと?」


 ささっと離れて行ってしまった獣人族。俺は完全に置いてけぼりなんだが……。


「刀夜さん?」

「何だ?」

「うちの子達に手を出したら許さないから……!」


 痛いんだが。何で頬をつねられてるんだ俺は。何やら不機嫌そうなマオに首を傾げながらもこの一件はひと段落したのだった。

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