第57話 種族なんて関係なく、一緒にいて守りたいものがある
獣人殺しの高速の拳が何度も振られる。くそっ、速度は俺の方が優っているが手数は向こうの方が多い。反撃の隙がない。
間合いを取ろうとしても無駄か。すぐに距離を詰めて来る。
「しまっ……!」
頭から血が垂れて視界が塞がる。くそ、さっきのマオとのあれか!
「ごふっ!」
勢い良く振られた拳がラリアットのように俺の腹部にクリーンヒットした。その一撃は重い。
俺は吐血しながら勢い良く吹き飛ばされてしまい、木々をへし折り地面を引きずりながら止まる。
「ゲホッ! ゲホッ! うぅ……」
なんつー威力だよ! マオのそれより痛ぇじゃねぇか。
「はぁ……はぁ……」
しかしマオのそれよりも心がない。信念のない拳などたかだか痛い程度のものだ。こんなもので俺が倒れるわけにはいかない。
「はは……この程度か……? マオの……さっきの獣人族の方が痛かったぜ?」
「うがああぁぁぁぁ!!!!」
こんな安い挑発に乗られても困るな。しかしそれでも今は乗ってくれるのはありがたい。
魔力がなくとも渡り合えるような方法を考えねぇと。でも……さっきのでまたあばらを何本かもっていかれたな。
こんな状況でライジンに耐えられるか? いや、どの道使わないと死ぬか。ならやるしかない。
突っ込んできた獣人殺し。そういや日本でもこういうことがあったな……。あれはただの喧嘩だったけど、それでも今は違う。殺し合いだ。
「すぅ……はぁ……」
少し息を吐くと構える。俺の数少ない知識でもこいつと分かり合える方法はなくはない。その技術があるかは知らんが。
獣人殺しの拳。素人には速過ぎてとても見ることすら出来ないが身体強化魔法がある今なら別だ。
「ボクシングって知ってるか?」
「うがぁぁぁぁ!!!!」
「知らねぇだろうな!」
俺は攻撃を避けると同時にその相手の勢いを利用して拳を入れる。獣人殺しの顎を殴り抜く。
「カウンターは威力が上がるんだよ。って俺も痛っ!?」
殴り飛んだ獣人殺し。そして俺も片膝を付いた。少なからず来るだろう衝撃に耐えるだけの忍耐力はもうないようだった。
「ゲホッ! ゲホッ!」
「ぐうううう…………」
唸り声を上げる獣人殺し。マジですか、全く効いてないんですが?
「うがぁぁぁぁ!!!!」
「ちっ……面倒なっ!」
刀があれば斬り裂いて瞬殺してやるのに。魔力装備生成魔法をする程の魔力すら残っていない。
「すぅ……」
我を忘れて突っ込んで来る獣人殺し。俺はその強引に振り上げられた拳を躱しながら身体を下に潜り込ませる。
「ふっ!」
アッパー。それを顎に直撃させて強制的に脳を揺らす。脳震盪にすれば勝てる。というかこれ負けない。絶対。
しかし俺の拳は入ったというのに全く動じない。何こいつ、痛覚イカれてんじゃね? ちなみに今ので俺の手もイカれた。痛い……。
「はは、やっべ……身体が痺れて動かなくなってきた」
我ながら情けなくて笑みを浮かべていると獣人殺しは俺の胸倉を掴んで持ち上げて来る。
「何とか耐え抜いた……。あとは頼むぞ……みんな」
シュバッと空を切る音が聞こえる。今度のそれは恐怖などではなく頼もしいそれだ。
獣人殺しの腕に何本もの矢が突き刺さり、拘束が緩む。俺は何とか腕を振り払うと、その場に落下した。
「刀夜くんから離れろ! 蒼連の乱!」
アリシアの連続の突きを避けながらバックステップした獣人殺し。その間に俺はライジンでやって来たルナに抱えられる。
「ご主人様大丈夫ですか!?」
「あぁ……何とかな……」
「ん…………回復」
アスールに回復魔法も掛けてもらう。これで身体の傷は治った。相変わらず魔力が無くてだるいけど。
「ありがとな」
「マオ様が真っ青な顔で来たんです」
「ん…………これ以上ないくらいの取り乱しっぷり」
そうなのか。それ程までに取り乱してくれたわけだがその本人はどこへ?
「まぁ……あいつも色々あったんだよ」
「そうみたいですね。ではご主人様はお休みください。アスール様、行きましょう!」
「ん…………」
2人も獣人殺しの方へと向かう。俺は置いてけぼりなんだな……。
「刀夜殿は魔力がないのだろう? 私が守る!」
「いや……あの……」
魔力が無くても戦えるんだが。しかも護衛付きって……。
「コウハ、俺は避けるくらいなら出来る。お前も行ってやれ」
「え、いや、しかし……」
「アリシアでもあの相手はキツイ。俺のことなら心配するな」
「そ、そうか……?」
コウハも敵の方へと向かった。さて、俺も行こうかな。
「刀夜さんは駄目よ?」
「え」
いつの間に現れたのか。気付いたらすぐ側にいたのだ。びっくりした……。
「あなたはここでゆっくりしていなさい」
「いやでもな?」
「でももだっても無しよ。あなたは怪我人なのよ? それに……」
それに、何だろうか? マオは少し恥ずかしがった様子だった。
「こ、恋人なんだからこんな所で死ぬんじゃないわよ」
恋人という言葉に重みが出て来たのだろう。こういうのでいちいち照れるマオは可愛いな。
「まぁお前らなら大して心配もしてないんだけどな。多分勝てるだろうしな」
「あら、そうなの?」
まぁやっていて思った感想だ。頭が悪いせいか危機管理能力がない。だから間合いなどを全く気にしていないのだ。
「やぁ!」
アリシアの連続の突きを避ける獣人殺し。本能的なのだろうがそれでは足りない。
「コウハさん!」
「うむ! 破壊の断罪!」
振り下ろされた魔力を纏った大剣。その一撃は動く獣人殺しの右腕を切り飛ばした。
「ぐぅおおおお!!!!」
「逃がしません!」
ルナが土魔法を発動させ大きな壁を作る。逃げ場が完全に塞がれた。
「蒼連の乱!」
逃げ場のないそこにアリシアが間髪入れずに槍を突いた。これをどうやって防ぐのか。
「うおおぉぉぉぉ!!!!」
雄叫びのような声を上げた獣人殺しは手を伸ばした。槍が突き刺さるもののその手が緩むことはない。
「なっ!」
アリシアが驚いて手を止めてしまう。目前に迫る腕は相当な恐怖だろう。
自然と俺は身体が動いていた。魔力など残っていない。だがそんなものは関係ないのだ。
ライジンが発動して超速で獣人殺しとの距離を詰める。
「うおおぉぉ!!!!」
気付けば俺も叫んでいた。めり込ませるように足を伸ばして獣人族の首を蹴り飛ばす。
「と、刀夜くん……」
「大丈夫か!?」
「う、うん! ありがとう!」
良かった。無事だった。俺がホッと一安心していると後ろに獣人殺しが迫った。
こいつ、やっぱり痛覚がないんじゃないか!? そんなすぐに起き上がって反撃出来るのかよ!?
「紫電の矢!」
シュパンッ! という音とともに紫の雷を纏った矢が獣人殺しの腕を貫いた。やはり痛覚がないのか痛がる素振りは見せないものの力が入らないのかだらんと垂れ下がる。
「あ…………ひいぃぃぃぃ!!!!」
そして予想外にもいきなり慌て始め、そして恐怖し始めた。
「何だ?」
「く、クロスフレイム!」
「は?」
いきなり赤と緑の魔法陣を展開した獣人殺しはそれを地面に叩きつけた。瞬間炎を巻き上げるように大きな竜巻が発生する。
「う、嘘だろ?」
こんなことがあるのかよ!? しかもこの規模に加えて森で炎の魔法使うか!?
「ルナ!」
「は、はい!」
ルナが巨大な青い魔法陣を展開した。特級属性魔法陣でかき消せ!
「ポセイドン!」
それはまるで水の爆発だ。大量の水が破裂し、撒き散らかされ、まるで津波の如く押し寄せていった。
「…………」
消火するつもりが森そのものが消え去っちまったよ……。ま、まぁ被害拡大しなかったからいいよな?
「あ、えっと……マオ、マジすまん……」
「ご、ごめんなさい!」
ここまでになっちまうとは。ま、まぁそれもこれも全部あの獣人殺しが悪いんだけどな。しかも見事に逃げられちまったし。
「森なんてどうでも良いのよ! 大丈夫よね!? し、死なないわよね!?」
「え」
いや、今の状況で何で死ぬって話に?
「あんなに派手に動いて……あれだけ怪我をしていてどうして平然と立ってるのよ!?」
「いや……アスールに回復魔法掛けて貰ったし」
「それでも危ないでしょう!」
え、えぇ? 俺今何で怒られてんの? 俺が思ってたキレられ方と違うんだが。
「る、ルナ助けて」
「甘んじて受けるしかないかと……」
「えぇ……アスールは?」
「…………仕方なし?」
マジかよ。逃げ道なしかい。
「コウハ助けて!」
「えっと……今はもうマオ殿から嫌な感じがしないし、別にいいんじゃないか?」
コウハまで! こ、こうなれば最後の砦だ!
「お姉さん!」
「あの、私もちょ……お姉さん!?」
最終手段だ。これで無理ならもう俺にはどうすることも出来ない。
「うん! お姉さん頑張るよ!」
「頼む」
うん、いや別に甘んじて受け入れれば俺もいいんだけどな。じっとしてろって言われたのに動いた俺が悪いんだし。
「マオさん、あんまり刀夜くんをいじめないで」
「いじめてなんてないわよ。危ないでしょう? この子無茶ばかりするんだから」
「た、確かにそうなんだけど……男の子だから仕方ないよ?」
あれ、庇って貰ってるはずなのに何か心が傷付けられてる気がしてきた。何でこんなことに……。
「そ、そう言われると私もどうしようもないけれど……」
「う、うん。そういうところを支えていきたいね」
何だろうか。納得してくれたみたいなんだけど何でか俺が納得出来なくなったんだけど?
何やらワイワイ騒ぎ始めるみんなを見ながら腕を組んで首を傾げる。
「何か一気に仲良くなってないか?」
「ん…………昨日まで刀夜が好きなの嘘だと思ってた」
あ、もしかして気付いていたのか? 人間が嫌いだから俺のことも内心ではあまりよく思ってなかったはずだ。
…………こいつらがマオに対して厳しかったのってもしかしてそれが分かってたから? 怖っ! 女の勘怖っ!
「…………ハーレム完成」
「え?」
「…………欲しかった後衛も入った」
「あ、そ、そう……だな……」
本当に予期せず出来ちまったんだけど。え、えぇ……?
「まぁいいか」
「ん…………みんな幸せ」
誰一人同じ種族がいないけどな。俺とアリシアくらいだろう。それでも上手くいくなら問題ないだろう。
人間も精霊も有翼種もエルフも獣人も好きな人と一緒にいたいという気持ちは変わらないのだろう。だから俺達はこうして側で寄り添って同じ時間を共有している。
「今日は疲れた。早く帰って寝ようぜ」
「…………昼から大胆」
「そういう意味じゃねぇよ」
相変わらずのアスールに俺は疲れながらもツッコミを入れてしまうのだった。




