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第56話 好きな人の為に動くことは全く苦じゃない

「死ねぇ! 死ねぇ!!」


 大振りの攻撃。普段なら当たりもしない攻撃だが今回は別。というか避けたらそれだけややこしくなる。


「ぶっ!」


 頬を殴られ飛ばされ、腹を殴られ飛ばされ、その度に見えない程度に回復魔法を使用する。やべ、魔力無くなりそう……。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 口から大量の血を吐き出しながらも立ち上がる。あー、この役辛っ。


「何で……! 何で死なないのよ!」

「お前が弱いからだろ」

「この……!」


 再び殴り掛かってくるマオ。しかし俺はそれに立ち向かうことすら出来なかった。足に力が抜け、その場で倒れてしまう。マオが馬乗りになって拳を強く握り締めた。


「あなたみたいな人間がいるから! 私達獣人はそれだけで不幸になるのよ!」


 何度も何度も殴られる。ああ、意識が朦朧としてきた。


「なんでこんな人間なんかと仲良くしなきゃいけないのよ! こんな! こんな! こんな!」

「…………」


 マオの手に力が抜け始める。朦朧とする意識の中俺が見たのは涙だった。


「どうして……どうしてなのよ……」


 殴り疲れたのか、それとも辛さの方が優ってしまったのか。何にしても俺にとってはこれが絶好のチャンスだ。

 何とか少ない魔力で最低限回復すると上体を起こしてマオと向かい合う。


「それが本音か?」

「…………だったら何よ。幻滅でもした?」

「いや、別に。ただ、無理に俺達と仲良くする必要性があるのかどうか分からないなと思っただけだ」


 はぁ……疲れた。というか気を抜けば意識を失いそうだ。魔力もほとんどないのだから仕方ないか。


「…………何よいきなり」

「……お前の母親を馬鹿にしたのは悪かったよ。というかそもそも知らない相手を馬鹿になんて出来ないんだけどな」

「…………なら何がしたかったのよ」


 まぁそうなるな。しかし俺は至って単純な理由だ。


「お前の本音が聞きたかった」


 俺が真実を言うとキョトンとされる。頭は冷えたようだ。


「人間が嫌いなんだろ? なら無理して自分の気持ちに嘘を付くことはないと思うぞ?」

「そんなわけにはいかないわ」

「何でだ?」


 そんなことをする必要性がない。そもそもこいつの母親はそんなこと言ってないような……。


「私は人間と仲良くしないといけないのよ……。それがお母さんの願いだから……」

「はぁ……母親じゃなくてお前が馬鹿だろ?」

「な、何よ」

「お前の母親が言ったのは人間と少しでも繋がりを持てだろ? それは多分人間にも優しく出来るくらいの子に育って欲しいって願いじゃないのか?」


 イマイチピンときてないなこいつ……。でもまぁ今までそうやって我慢してきたのだろう。だからこそはっきり言わなくては。


「俺は物心付いた頃くらいにはもう両親がいなかったからな、気持ちはよく分からんがこれだけは言える」


 いや、それは願望なのかもしれない。親に対しての。親がいない俺だからこその願望。そうあって欲しいと願ってしまうのだろう。


「子の不幸を願う親なんていないと思うぞ」

「え……?」

「お前が我慢して、辛い思いをしてまで生きることをお前の母親が望んでいるのか?」

「それは……」


 こいつが信頼し、目標にしていたのだろう母親は果たして本当にそんな性格だろうか? 慕われているというのにそんな歪んだ性格なのだろうか?

 答えは恐らく違うのだろう。母親がどういう思いでその言葉を遺したのかは分からないがきっと希望に溢れたもののはずで、こいつの不幸を願うものではなかったはずだ。


「違うんだろ? ならそれが答えだ。お前は我慢する必要なんてない。嫌いなものは嫌いなのは当然だ。親を殺されて恨むなという方が無理な話だ」


 これで俺の話は終わりだ。やりたいことが出来た安心感からだろうか、ふらっとして身体に力が抜けてしまう。

 しかしなんとか腕だけは地面を付いて離れなかった。ここで倒れてしまうと元も子もない。


「どうしてそんな話を私に……?」

「我慢して欲しくなかっただけだ。嫌いな人間と一緒にいる未来を歩むのが。仮にも俺はお前の恋人だぞ?」

「…………」


 大きく目を見開いたマオはその場で俯いて震え出した。え、な、何で?


「ちょ、どうした!? どこか痛かったか!?」


 反撃なんてしてないよな!? もしかして無意識にやり返してた!? そんな馬鹿な!


「違うわよ鈍感…………なんでそんなことに命賭けてるのよあなたは」


 静かに涙を流すマオ。それでも顔を上げて俺の胸元目掛けて軽くパンチしてくる。ちょっと痛いな。骨折れてるっぽい。


「そんなにボロボロになってまで言いたかったことはそれ?」

「あぁ。これでもういい」

「あなた馬鹿でしょう? 人間を嫌って欲しいなんて、自分を嫌ってくれって言ってるようなものじゃない」

「俺は別に嫌われたくないな……。でもお前がそれで自分の心に正直になれるならやぶさかでもないなと思っただけだ」


 やはり仮にも恋人。それもマオは悪い奴じゃない。同族からも慕われるような良い奴だ。そんな奴が自分を我慢して、不幸になる道に行こうというのだ。当然恋人としては止めないとな。


「やっぱり馬鹿じゃない……。私なんかにそんなことして……あなたに何の得があるのよ」

「損得だけで人は動かないぞ?」

「不器用……」

「お互い様だろ?」


 マオに抱き付かれ、俺は頭を撫でながら微笑んでいた。嫌いながらも俺のことは少なくとも悪い奴とは思われていないらしい。


「こんな顔、もう他の人には見せれないわ。あなた責任を取りなさい」

「え」

「その……私も恋人なのでしょう?」


 それはつまり……そういうことになっちまうけど。


「お前人間嫌いじゃないのか!?」

「人間は嫌いよ。でも……あなたは……刀夜ちゃん…………いえ、もうちゃんなんて呼べないわね。刀夜さんなら良いわ」

「えー…………」


 何そのワガママ。初めて聞いたよ。


「何よ、不満?」

「不満じゃねぇけど……そんなあっさり告白されても困るんだが……」

「あなたが言ったんじゃない。自分に正直になれって」

「そうなんだが……」


 本当にこいつ俺のこと好きなの? いやいや、嫌いな人間なんだろ?


「やっぱりおかしくね? 人間嫌いなのに俺は好きって」

「はぁ……ぐだぐだうるさいわねヘタレ」

「誰がヘタレだ」

「あなたよ馬鹿」


 罵倒されているはずなのに嬉しそうなマオを見ていると俺も少し嬉しくなった。ど、ドMに目覚めたわけじゃないぞ?


「私なんかの為に命まで賭けて……そんなこと言われて惚れないわけないでしょう?」

「俺には分からんが……」

「鈍感なのね。いえ、人の気持ちに対してあなたはあまりに無知よ。だからあんなに酷いことも言えてしまうのね」

「…………」


 言い返せない上に当たってるからなんとも言えなくなってしまう。確かに俺は人の気持ちに対して無知だ。そういう面は直した方が良いんだろうけど。


「悪い。その辺は自覚してる」

「謝らなくてもいいわよ。それがあなたの正直な気持ちなのでしょう?」


 確かにそうなのかもしれない。俺は仲間以外は正直どうでもよかったりするのだ。先程、マオの母親を馬鹿にしたのは、いや、正確には出来たのはそういう面があるからだろう。


「人の気持ちは考えてるくせに理解してないから不器用なのね」

「わ、悪い……」

「ふふ……そのシュンとした顔は本当に可愛いわね」

「はい!?」


 何言ってんだこいつ? と思ったらいきなり胸に抱き寄せられてしまう。

 ドクンドクンと早いの鼓動が聞こえてくる。俺だけじゃなくこいつもドキドキしているのだろう。


「お、おい……」

「いいでしょう? その……こ、恋人なのだから」


 それでも許容しているのは恋人だから。人間は人間でも俺だから、なのだろう。

 嫌悪感を抱く人間に対してこんな感情は出ない。嫌悪感しか出ないのだから当然だ。つまり俺は今まさしくマオの気持ちが嘘ではないことの証明をされているわけか。


「…………なぁマオ」

「何かしら?」

「お前の言う通り俺は馬鹿で不器用でどうしようもない奴だけど……それでも俺のそばで笑っててくれるか?」

「もちろんよ」


 ぎゅっと抱き締められる。それはつまりは人間社会、嫌いな人間達と生活を共にするということだ。

 それでもマオは俺と一緒にいたいという選択をしてくれた。これ程嬉しいことはないだろう。


「あなたこそ、私のあんなに醜い一面を見ておいて良いの?」

「別に醜いなんて思わねぇよ。むしろお前のあの感情は当然のもので、それを押し殺す方が異常だと思うけどな?」

「あなたも死ぬと分かっていながら足のそれを使わないなんて異常じゃないかしら?」

「俺のことはほっとけ」


 そういやライジンの脚装備付けたままだったな。でもまぁ必要なかったような気がする。


「っ!」


 マオは油断していたのかもしれない。しかし俺は確かにその殺意と空を切る音が耳に入ってきた。瞬間俺の身体は自動的に立ち上がり、ライジンを使用しながら高速でマオを抱えて前へと跳躍した。


「と、刀夜さん?」


 マオが戸惑ったような声を上げたのと俺が元いた場所に何かの爆発が起こったのは同じだった。あ、危ねぇ。気付かなかったら死んでた。


「あ、あれは!?」

「あぁ、多分」


 そう、最悪のタイミングだ。しかし俺の脚装備が外気の魔力を使用するというものでよかった。そうじゃなかったら間違いなく避けれていない。

 巻き上がった砂ほこり。そこにシルエットのような黒い影が見える。あー、面倒くせぇ上に戦う手段が格闘とか俺の範疇じゃないんだがな。


「来るぞ、獣人殺しが」


 砂ほこりが晴れてきて現れたのは特徴通りの男だった。ボロボロの道着を着ており膨れ上がった筋肉が特徴的だ。既に薬を使用した後なのか理性が欠片たりとも感じられない。ヨダレを垂らしたままだったり白目を向いている。


「ぐうぅぅぅぅ…………」


 まるで獣のような唸り声を上げる。さて、どうする? マオは弓矢を持ってきてない上にライジン装備すら付けていない。俺も魔力はもう無に等しいわけだが。


「ちっ…………」


 どう考えても1人が囮、1人が呼びに行く方が早いわけだが。幸いにも訓練ということでコウハが全員を集めているはずだ。装備も整えているだろう。


「刀夜さん、あいつの狙いは獣人族よ。私が囮に」

「マオ、あいつら呼びに行ってくれ」


 マオの台詞を遮って前に立つ。確かに狙われているのはマオかもしれない。しかし男が女を置いて1人逃げるなど出来るはずがない。


「何言ってるのよ!? あなたは重症なのよ!?」

「そうだな……。でも安心しろ」


 不安にはさせない。俺は極力笑みを浮かべる。


「俺は最強だぞ?」


 その一言を俺は何度繰り返したことだろうか。ただ俺はそれを今回はただ守りたい奴の為だけに使う。敵を倒す為ではない。


「それに好きな女を守るんだ、男の俺に身体張らせろ」

「刀夜さん…………」


 俺の言葉が響いたのかマオは頬を赤く染める。いや、惚けてないで行って欲しいんだけど。


「うがぁ!」


 勢い良く突っ込んで来る獣人殺し。確かにその速度はライジンのそれに引けを取らない。いや、俺の方が少し速いくらいか。差はほとんどないに等しいが。

 獣人殺しの狙いはその名の通り獣人。つまり俺ではなくマオだった。しかし人の恋人に易々と触れれると思うなよ?

 俺はライジンを使用して迎え撃った。ライジンの速度そのままに跳躍、顎を蹴り上げて獣人殺しを蹴り飛ばした。ライジンの速度をもってすればこの程度は容易い。


「早く行け!」

「え……えぇ! すぐに戻るから!」


 駆けて行ったマオの背中を見つめる。その様子はいつもの余裕がなさそうだ。

 今日はやけにマオの新しい一面を見せられるな。あいつだって人間と何も変わらない。悩み苦しむ1人の女の子だ。


「フーッ! フーッ! フーッ! フーッ!」

「ここから先へは絶対に行かせねぇよ。来い」

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