第54話 獣人は良い奴もいれば悪い奴もいる
マオの案内の元、森の奥へ奥へと進んでいく。以前のような暗い森でもなく、比較的安全な場所のようだ。
まぁそうか。安全な森でなければ住処として選ばないだろう。こういう点で逆にエルフ族や獣人族の住処に目処を立てられるんだろうな。
「本当に凄い装備ね、これ」
「ご主人様は天才ですから!」
「ん…………これで年下」
「可愛いし格好良いよね?」
「うむ、私も随分と世話になっている」
何やらべた褒めされている。少し赤くなった頬を手をうちわ代わりに風を送り込んで冷やしていると5人が俺の顔を見るなりニヤニヤしてくる。
「なんだよ……」
「可愛い」
全員口を揃えて同時に可愛いとか言いやがった! だからそれは男に言ってもあまり嬉しくないっていつも言ってるのに。
「お前らな……」
俺が呆れていると何やら以前にも見たことがあるような大きな塀が見えてくる。あれが獣人族の住処だろうか?
「着いたわ。刀夜ちゃんの事はもうみんなに知れ渡っているわ。私も最大限フォローするから名乗って警戒心を解いてよ?」
「あぁ」
どうやらこの地は囮として使用しているらしいが獣人族が完璧にいないというわけではないらしい。
門の前に着くなり監視をしていたのだろう獣人族は俺達の顔を見るなり目を大きく見開いた。
「ヴェール様!? 何故人間をここに!?」
ヴェール様? あぁ、そういやマオがそんな名前だったな。でも様付け?
「彼が萩 刀夜ちゃんよ。開けてもらえるかしら?」
「あの萩 刀夜!?」
「あー、えっとよろしくな。とりあえず獣人殺しに関して話を聞きたくてな。入れてもらえるか?」
「もちろんです!」
あれ、なんか素直。もっと警戒心バリバリなんだと思ってたんだが。
「獣人族に認められるだなんて流石ご主人様です!」
「そ、そんなに凄いことなのか?」
「えぇ。私も含めてだけれど普通は警戒心が強いものよ? それだけあなたの噂を耳にしていて、あなたの覚悟が伝わっているってことね」
どうやらそういうことらしい。俺には分からないが何やらいつの間にか大事になってたんだな……。
ここにいる獣人族は特に男が多い。それに全員一般市民というよりはどちらかというと武闘派寄りの者が多い。
確かにここは罠に使われており、迎え撃つ為の準備を整えているようだ。なるほどな、マオの言うことに嘘もなさそうだな。
「ヴェール様お疲れ様です!」
「えぇ。こちらは今大丈夫かしら?」
「はい、問題ありません!」
マオは次々に話し掛けられてそれの応対に忙しない。しかし妙に人気だなマオは。何かしたのだろうか。
「なぁなぁ」
「ひゃい!? は、はは、萩 刀夜様ですか!?」
近くにいた獣人族に話し掛けると何やら緊張したご様子。何でだろうか?
「あぁ。それよりマオ……あいつは何でこんなにも人気なんだ?」
「優しく清純でかつ強い! これ以上素敵な女性がいるでしょうか!?」
優しい……? 清純……? いやいや何言ってんだよ……。あいつ裸で初対面の男のベッドに潜り込むくらいなんだぜ……?
「また彼女の弓使いは獣人族一です! くーっ! 最高です!」
「お、おう……」
そんなに熱く語らんでも。ま、まぁそれなりに慕われてもいるわけで、本当に悪い奴ではないようだ。
「あ、みんな申し訳ないけれど彼に獣人殺しに関しての情報を教えてあげてもらえるかしら? 彼が萩 刀夜ちゃんよ」
獣人達が一様にこちらを振り向いた。なんか色々な動物に目を付けられたみたいでアレなんだが。
改めて名乗り情報を聞いていく。ロクなものもないが有益な情報も多い。
「何か注射器を自分の身体に刺すといきなり強くなるんです!」
「こう、筋肉がバリバリってなる感じっす!」
「それに早過ぎるんだよ! 身体強化魔法がないと動きも捉えらんねぇ!」
相当な強さ、か。それに加えてやはり注射器を所持しているらしい。ということは何かしら薬物によって強くなっているのは確かか。
その薬物までは不明だが例えば注射器を刺す前に捕らえられるのならそれで終わりそうだ。
「あ、指名手配にしたのでイラストありますよ」
「見せてくれ」
獣人族の1人が持ってきた手配書を確認する。そこには特徴通りの金髪の男が描かれていた。
そしてもう一枚、注意を呼び掛ける為の髪だろう。こちらに書かれている男は白目を向いており、ヨダレも垂れたままとなっている。
「これ、特徴としては合ってるのか?」
「え? えぇ、薬を使うとこんな感じになるわね」
これは理性が飛んでいるわけだが……。薬の製作者がそんなデメリットのあるものを自分で使うだろうか?
薬品に携わる者は基本的にこういったものを無くす努力をするものだろう。それにこんなデメリットがあるというのに自分で使いたいとは思わないはず。
俺なら間違いなく自分で服用しない。必ず何かを実験台に使う。その面から考えるとこの獣人殺しというのはその被害者と考えるべきか?
「うーん……」
まぁ今考えても仕方がないことなんだけどな。ひとまず俺達がするべきはこの獣人達の身の安全の確保と獣人殺しに会うことの2つか。
「俺は認めんぞ!」
「ん?」
何やらいきなり大男が俺を見下ろしながらそんな叫ぶような大声で発言した。
「…………ゴリラ?」
こいつ獣人の中でもゴリラだ。まんまゴリラだ。というかもう獣人じゃなくゴリラなんじゃ?
そんなまんまゴリラは更に罵倒を叩きつけてきた。
「下等な人間如きが俺達と肩を並べるだと!? 貴様正気か!」
「正気に決まっているでしょう。それにその考え方がもう古いのよ。彼のお陰で今世界は変わろうとしてるのよ。あなたみたいなのがいるからいつまで経っても協定を結べないんじゃない」
あ、そんなことしてるのね。てっきり全員人間なんて嫌いだ! とか思ってるものだと。エルフ族なんて奴隷種族なんて言ってるような連中だぞ?
「貴様は人間に何をされたのか覚えてないのか!」
「覚えてないはずないじゃない……私だって両親を奪われているのよ?」
マジかよ。それでも人間と協定を結びたいと思っているのか。実はマオってめちゃくちゃ優しい人間なんじゃ?
「けれどその人間はもう死んでる。私達で殺したんじゃない」
「そんなものでは足りん!」
「はぁ…………」
ちゃんと復讐は果たしていたらしい。当然だ。それはそいつが自分のしたことに対する責任だろう。搾取するだけが生き物じゃない。
「見なさいよ、今の言葉を聞いてもまるで動じないあの子達を」
「動じないってか当然だなと思っただけだぞ?」
「あ、そ、そうなの?」
そう、当然だ。親を奪われて恨むなという方が無理である。何ならこのまんまゴリラのようにもっと人間を恨んでいても不思議じゃないのに。
「はっきり言うが人間は結構醜いし協定を結ぶ価値はないと思うぞ?」
「え、あなた人間でしょう。何でそいつの意見と同じなのよ?」
「人間だから、と言うべきか?」
人間だから醜い部分も知っている。別に俺自身が良い奴だなんて思ったこともない。俺はその醜い人間なのだから。
「そいつが人間なんて、と思っているのと同じように人間もお前らを獣風情と思ってるわけだ。あんまし期待しても無駄だと思うが」
「それを人間の口から聞くとは思わなかったわ……」
まぁそうだろうな。でも事実しか言ってない。
「俺個人の意見を述べるとだな。協定ははっきり言って無駄。種族が違うんだ、絶対に分かり合えない」
「貴様、分かっているではないか」
ゴリラに褒められた。褒められたかどうか微妙だが。
「俺がお前の依頼を受けてるのもギブアンドテイク、だろ?」
「確かにその通りだけれど……」
「まぁ俺のご褒美がお前ってのはちょっと考え直して欲しいところだが……」
「え、私じゃ駄目かしら?」
「駄目というか……言ったろ? 完全に信用してないって。それにどういう奴かも分からないのにいきなり恋人ってのは違うと思う」
はっきり言うと4人が喜んでしまう。そんなにマオのこと気に食わないですか? いや、あれだな。まだ俺が認めてないのに恋人になったからなんだろうけど。
「…………あなたは獣人族を嫌ってないじゃない」
「ケモミミ女の子パラダイスを嫌うわけないだろ!」
「え」
当然だ。これは男として否定してはいけないことだ。
「ここにコスプレじゃない天然のケモミミパラダイスがあるんだぞ!? これを嫌うとかそいつはもう人間として……いや、男として終わってる!」
「……………刀夜が熱くなってる」
「何だかとても心配になってきました」
いやそんな心配せんでも。ん? 何かみんながドン引きしてるような?
「け、ケモミミフェチ……」
「お、俺達の耳も襲われる!?」
ちょ、ちょっと待って?
「いや、男は範囲外だから!」
「あ、そ、そうなのか」
「つまりどういうことなのよ?」
つまり……どういうことでしょう?
「そもそも何の話していたんだっけか? ケモミミ嫌いは男として終わってるって話だっけ?」
「違うわよ! 人間と獣人は仲良くなれないって話よ!」
「あ、そうだった。事実として今お前らは同族なのに争ってるだろ? 種族間はそれより何倍もタチが悪いんだ。協定なんて無理」
はっきりと結論を言ってやるとマオはしゅんとしてしまった。耳と尻尾が垂れとる!?
「じゃあどうすれば……」
「簡単だ。人間と仲良くすればいい」
「え?」
「何を言ってるんだ貴様は! 今それが出来ないと言ったばかりではないか!」
あー、もう面倒くさい。というかそんなこと言ってない。
「協定が無理って言っただけだ。そもそも俺とお前は仲悪いのか?」
「い、いえ……」
「だろ? つまりそういうことだ。小さな輪はいずれ何かを巻き込んで大きくなっていく。協定っていうのは無理でも一部の人間は支持もしてくれるだろう。そういう小さな積み重ねがいずれ大きなものになるんだよ」
世の中とはそういうものだ。それは協定という大きなものに結びつかずとも何かを変えるきっかけにはなってくれるはずだ。
「俺達だってそうだ。同じ時を重ねて気持ちを重ねてやってきた。だから他種族同士でやってる。好きだからな」
これは自信を持って言い切れる。俺がこの世界で過ごして分かったことだ。
「お前らは色々と仮定を飛ばし過ぎなんだよ。例えば特技覚えるのに何のヒントもなく覚えるようなものだ。不可能に近いに決まってるだろ?」
「た、確かにその通りね……」
「そ。だから現状じゃ無駄。ちゃんと段階踏んでからにしておけ」
アドバイスしてやるとマオはくすりと微笑んだ。
「そうやって不器用でも伝えてくれるの、ポイント高いわよ?」
「う、うるせぇな。不器用なのは諦めてくれ……」
何でそんなにニヤニヤしてんだこいつは。
「でもそうね。それなら私は……」
マオはニヤニヤしていた表情を魅惑的なものへと変えると俺の腕に抱き付いてくる。な、なんてことを!
「ふふ、仲良くしてもらわないといけないわね?」
「お前なぁ……」
お、おう、ルナ達の視線がブリザードの如く……。俺の好感度上げる前にルナ達の方の好感度上げてくれないだろうか?




