第44話 噂というのは基本的に信用ならない
もし仮に俺が敵の立場ならどうするだろうか? 鋭い牙を持っていたら? 切り裂く爪を持っていたら? 当然その間合いに敵を入れる方法を考える。
なら俺の立場ならどうするべきか。間合いに入らせない。もしくは自分の間合いに引きずり込むはずだ。
だが大剣は基本的に敵よりも間合いが広い。しかし逆に懐に入られた場合手数では必ず負けるだろう。
基本的には間合いに入らせないことが重要だ。そして間合いに入られた場合は……。
襲いくるコウモリアが間合いに入ってくる。牙が俺の眼前に迫る。
「ご主人様!」
「問題ない」
俺は牙に刺されるその瞬間、コウモリアの頬を殴り飛ばした。
「え、か、格闘?」
「…………殴った」
殴って怯んだところに大剣を振り下ろした。コウモリアは先程の打撃が残っているのか避けることはせずに斬り裂かれ、黒い粒子となる。
「ちょっと打撃を入れるのが効果的かもしれないな」
「確かにかなりの確率で当たってます」
「うむ……確かにその通りだ」
まぁでも大剣はやはり間合いに入られると弱いな。打撃が効かない相手とかはどうするんだろうか? 例えば相手が武闘家だった場合、間違いなく打撃では勝てない。
その辺はやはりまだまだ課題だな。完璧に全て対処出来る方法など存在しないが汎用性が高いという点は間違いなく良いことのはずだ。
「まぁこいつはもうちょい考えてみよう」
ひとまず目的の魔物を探すのが先決だ。もちろんアリシアの槍の使い方もまだまだ改良の余地はあるだろうしな。そちらも考えなければ。
「っ!」
突如として長い舌のようなものが飛んできた。まるで鞭のようで、その攻撃を仕掛けている魔物の姿は見えない。
俺は咄嗟にステルクを突き飛ばすと同時にその勢いを利用してバックステップをして躱す。ルナ達も身体強化魔法を使用しているので当たり前のように躱した。
「痛っ……何をするのだ……?」
「ステルクさん! 魔物の攻撃だよ! 気を付けて!」
俺は大剣を魔力に還元させ、新たに魔力装備生成魔法を使用、刀よりも長い長刀を創り出した。
「片刃の……剣?」
初めて見る刀にステルクはキョトンとしていた。この世界では刀というのはない。だからそういう反応になるのだろう。ルナ達に最初見せた時には驚かれたものだ。
「悪いが手加減出来る相手でもないようだ。こういうタイプは一番厄介だぞ」
刀を構えると足を肩まで広げた。柳の構えと言われる、刀を顔の横にまで持ち上げて切っ先を相手に向ける構え方だ。
見えない相手なのか? いや、舌は見えたのだ。完璧に見えないということではないのだろう。
まず確認しなければならないな。敵の位置は舌が飛んできた方向から行って奥だ。向こうの方が探知の能力に優れているからこその奇襲なのだろう。
再び舌が飛んでくる。俺は斜め右側に避けると同時に刀を振り下ろした。
スパンと舌が斬り裂かれる。しかしまだ駄目だ。この舌がまだ再使用出来るのなら射程範囲を考えるともっと根本から切り裂いた方が有利になる。
俺はみじん切りの如く舌を斬り裂きながらどんどんと奥へと突っ込む。
「ご主人様!」
「ん? あぁ」
ルナが中級の炎魔法を飛ばす。どんどんと奥へ伸びていき、明かりで周囲を照らすと当時の攻撃だった。
「っ! アブソォーだ!」
エルフ族の視野なら見えるらしい。俺には黒い粒みたいなのにしか見えなかったが。まぁいい、視認出来たのなら後は倒すだけだ。
ルナの炎魔法がアブソォーに当たるのと同時に何故か反転してこちらに向かってくる。
「っ!」
ステルクが慌てて速度を落とそうとする。
「待てステルク、俺が防ぐ」
「あ、う、うむ」
そんなこと出来るのかと言いたげだが可能。というか今までやってきたのだから問題ない。
俺は魔力装備生成魔法と付与魔法で炎属性耐性の短剣を創るとそれを走りながらぶん投げる。
「ちょ、あんなので防げるはずがないだろう!?」
「ふふ、心配しなくても防げますよ」
「ん…………刀夜なら可能」
「刀夜くんなら大丈夫だ」
何その全幅の信頼は? 俺が仮に外してたらどうする気なんだよ。もう流石に外さないけど。
「ご主人様は私の魔法全てを相殺してしまうとてもお強い方です。問題ありません、あの魔法は……破裂します」
ルナが少し間を開けたのと同時に炎魔法が弾けて消えた。ルナさんかっけぇ。狙って間を開けたのだろうか?
まぁそんなくだらないことはどうでも良い。ようやく見えた標的。このまま突っ込んでもいいが少し行動パターンを把握しておきたい。
「す、凄い……」
「あんなの核を狙えば余裕だろ? それより気を付けろよ。来るぞ」
俺じゃなく敵を見て欲しい。この相手は強いって評判なんだから。余裕があるのはいいが集中力を欠くのは駄目だろ。
アブソォーは切り裂かれた舌を戻すと俺に向かって走って来る。速いな。俺達よりも速度があるんじゃないだろうか?
「ギュルオオオオォォォォ!!」
雄叫びをあげたアブソォーはその鋭い爪を俺の首元目掛けて振り下ろした。速度はあるものの単調かつ読みやすい。
俺はアブソォーの背後に回り込むように躱すと同時に刀で胴体を斬り裂いた。アブソォーの身体が真っ二つになり、黒い粒子となって消えていく。
「…………え? 弱くね?」
奇襲には驚いたがただの初見殺し。それも反応出来る速度なので脅威になり得ない。動きも単調で何が強いのか全く不明だった。
「ほとんどのパーティーは前衛を壁に中衛の魔法使いが攻めますから。ご主人様のように前衛でも勝ててしまうような相手に対しては弱いのではないでしょうか?」
「あぁ、そういうこと……」
つまりは魔法を無効化される能力が脅威的であり、別段強いわけではないらしい。多分ルナもあえて魔法を吸わせながら多方向から攻めて倒せるだろう。実は弱いんじゃないかこいつ?
「ひとまずステルクに身体強化魔法を覚えてもらうか。そうしないと辛いだろ」
「ん…………サポートする」
「そうだね」
戦力は多い方が良い。エルフ族は魔法に秀でた種族、相当な力を発揮してくれること間違いなしだろうな。
「そ、そんな! 私などに構っていられる暇はないのではないか!?」
「2日くらいで叩き込むから心配するな。スパルタと激甘どっちがいい?」
「え、その二択なら激甘で……」
まぁそりゃそうだろうな。
「ということでルナ、頼めるか?」
「え? 激甘というのは私のことだったんですか?」
「え? 当然だろ?」
だってルナは教え方上手いし出来たらすっごい褒めてくれるしご褒美までくれるし。
「刀夜くんもスパルタじゃなかったけどね……」
「ん……甘々」
どうやら最初からスパルタという選択肢はなかったらしい。甘々と激甘、何その二択。どっちでも良くね?
「まぁ正面から魔法が通用しないんじゃ仕方ないしな。ルナ、頼めるか?」
魔力消費が無駄に大きくなれば長期戦は不利だ。そう考えると俺が抜けるよりもルナが抜ける方が戦力的には問題ない……と思う。
「分かりました」
「とりあえずじゃあ……全員で入り口まで戻るか」
来て早々あれだが。まぁ弱い魔物が多いが思ったよりも強かったというそれだけの話だ。
「迷惑を掛けてしまってすまない……」
「いや、元々俺の用事だしな。それにお前が強くなってくれると後々楽だから気にするな」
仮にも協力関係、これを機会にエルフ族とお近付きになれれば色々と知識も増えそうだしな。やはり限られた知識ではなく豊富に吸収出来る方が戦術の幅も広がるというものだ。
ひとまず来た道を戻る。刀を出してしまったのでそれを使用し続け、あっさりと出入り口まで戻って来る。やっぱり真剣にやったらここの魔物達弱いな……。
「それでは一足先に街に戻っておりますね」
「おう。海鮮丼でも楽しみながらゆっくりと過ごしてくれ」
「それは嬉しいですが……ゆっくりは致しませんよ?」
別にゆっくりしてくれてもいいのだが……。
「ご主人様に少しでも早く会いたいですので」
「ルナ……」
「ご主人様……」
2人で見つめ合うとアリシアに肩を叩かれる。
「私達もいるのに遠慮なく2人の世界を作らないで」
「ん……ルナばかりズルイ」
ルナが可愛過ぎて周りのことが頭から抜け落ちてしまった。ま、まぁいいよな?
「悪い悪い。それじゃあ……ひとまず魔法を覚えた覚えれなかったに関わらず2日後にここに集合でいいか?」
「はい、問題ございません」
これで問題ないな。後はひとまず2日間、俺達はアブソォー狩りだ。
「それじゃあまたな」
「はい……。あ、あの、ご主人様」
「ん?」
「お別れの前にその……キスしていただいてもよろしいでしょうか?」
…………なんですと?
「なっ、何言ってるのルナさん!?」
「ん…………自重して欲しい」
「え? え?」
2人も慌てて否定していた。ステルクは混乱しているようだが。
「だ、だって! 私がいない間もずっと一緒のお2人は必ずしますよね!?」
「いや、しないだろ」
「…………」
「何で黙るんだ……?」
おいおい……ダンジョンだってのに何でこんなに空気が桃色なんだ? 俺達命懸けの仕事してるんだよな?
「…………仕方ないから許す」
「うん……ごめんね」
2人認めちまったよ! えー……すっごい恥ずかしいんですが。
「ご主人様、お願いします……」
ルナが目を閉じて俺からのキスを待っている。ヤバイなこれ。逃げられる雰囲気じゃないんですが?
ええい、俺も男だ。キスするくらいどうってことない。何回もしてるだろうが!
「…………」
恥ずかしくて頬が赤くなるのが分かってしまう。しかし俺は目を閉じてゆっくりとルナと唇を合わせた。
「…………これでいいか?」
「はい……幸せです……」
ルナは幸せそうに微笑んでいた。
「…………これこそ純愛」
「見せ付けながらするのは純愛じゃないと思うけど……」
「は、破廉恥だ!」
あー、確かにステルクこういうの苦手そうだな。真面目だし。
「いいからとっとと動くぞ」
「…………照れ隠し」
「刀夜くん可愛い……」
うるせぇ。というか恥ずかしいからやめてくれ。
ひとまず俺達はそれぞれの目的に向かって歩き出した。2日間もルナに会えなくなるのは寂しいが仕方ないだろう。
そして特に特筆するようなことはなくあっという間に時は経過してアブソォーを狩り続けること5日。はっきり言おう。相手にならん!
「なんというか……弱過ぎないか?」
「う、うん。そう……だね」
「…………私でも勝てる」
そう、アスールすら勝てる状況だ。僧侶なのに。
あっさりとアブソォーの攻撃を躱して防御魔法で壁とプレスすることであっさりと倒してしまっているのだ。
また、途中で合流したルナも同様に攻撃を躱して魔法で撃退する。当然ステルクも身体強化魔法を覚えた為にあっさりと大剣で両断して倒してしまう。
時折大剣の指南もしながら過ごしたここ数日。アブソォーの数が少ない為か5日間で合計30体程。核は3つしか出なかった。この数値だけ見ると確率的には10%に思えるが俺はこういう運が結構高い方らしく、普段は30体倒しても1つ出るか出ないかという確率らしい。
ちなみにだがコウモリアの翼という素材は腐る程出た。もう途中から何体倒したとか数えるのすら面倒になってやめたくらいだ。
「えっと……恐らくご主人様の影響で私達も強くなっているのではないでしょうか?」
「ん…………流石刀夜」
「うん。私も凄く勉強になる」
「うむ、刀夜殿はとても素晴らしい指導者だ」
何でこんなに褒められてんだろ。何というか、お前ら俺のこと好き過ぎないか?
とりあえず雑談やらを交えながら出入り口に戻ってきた俺達は久しぶりに感じる我が家へと戻って来たわけだが。
「はふー…………」
俺はソファに寝転がってだらーっとしてしまう。何か色々と疲れた。
「お疲れ様。飲み物入れてくるね。お水でいいかな?」
「頼む……」
妙な疲労感がある。いや、5日間も張り詰めなような緩和したような微妙な空気の中にいたのだから当然か。
みんなも少し疲労が見えていたし、5日間にして正解だったかもな。
あ、眠くなって来た。3日くらい徹夜したからだろうか。瞼が重くなって来て意識が保てなくなってくる。俺はそのまま寝落ちしてしまった。




