第42話 優しい人は怒ると普通の人の倍以上に怖い
まず重要な確認をしなければならない。といえことで俺達はコロシアムのある街、ゲールへとやって来た。ちなみに俺達が住んでいる街はミールと言うらしい。
コロシアムは大きいいかにも地球にもあるコロシアムといった感じで、ムイと戦った闘技場の数倍の規模の物が用意されていた。
俺は早速そこで働いている輩に話し掛けた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「ん? なんだい兄ちゃん」
俺が聞きたいのは一つだ。それを聞き出す為にも話を合わせる必要がある。
「チラシを見て来たんだが……」
「ああ、そりゃチラシに書いてある通り20日後だぜ?」
「それは知ってる。それよりその優勝商品の話なんだけどな?」
こう話し掛ければ優勝商品欲しさに来た人間に思われるだろう。それでいい。ここで正体を名乗ってしまうと俺が他種族と仲良くしてることがバレてしまう。やりづらくなっちまう。
ルナ達もそれが分かってステルクを抑えておっさんが見えない死角へと連れていっている。グッジョブ!
「おう! 今回は何と大目玉だ!」
「そうみたいだな。ちなみになんだが……」
俺は顔を寄せて声の落とす。男として大事な話なのだろうと思わせる為に。
「それって処女か?」
「もちろんだ! 商品にする為にもそれは残しておいた方がいいってんで経験はさせねぇって話だ。今頃は地下牢で割と良い待遇なんじゃねぇかな?」
なるほどな。つまり今すぐにでも助け出す必要はないようだ。不安にはさせてしまうが20日間我慢してもらうことにしよう。
「……そうか。また20日後に来るよ」
「おう! 俺も観戦するからな! 楽しみにしてるぜ!」
「あぁ、優勝して奴隷を手に入れてやるよ」
おっさんと別れると途端に自分の気持ちが冷めていくのを感じる。殺意やらそういった類のものに近いのかもしれない。
「ぷはっ! 萩 刀夜! 今の台詞はどういうことだ!」
「ステルク……ちょっと黙ってろ」
自分でも驚く程に低い声が出てしまった。その声にステルクだけでなく3人も顔を蒼白とさせていた。
落ち着け。今ここで冷酷になったところで何も変わらない。ひとまず今回すべき事は一つだ。
「いつもは小細工やらを考えるが……今回は無しだ」
「え?」
「圧倒的な力で全部捻り潰す。恐怖を植え付けて奴隷種族なんて認識そのものを殺してやる」
俺は転移魔法陣を展開するとすぐに全員で家に戻る。
「…………ステルク、どうせ帰るにも日帰りじゃないんだろ? 泊まっていけ」
「え、あ、う、うむ……」
「ご主人様……」
「…………悪い、今日はもう寝る」
気分が落ち着かない。あんなものを見せ付けられると心底腹が立つ。それこそ殺意を覚えるほどに。
俺が施設育ちだからと奇異の目で見られるのとはまた違う。それ以上のおぞましいものが見えてしまった気がして。
広過ぎる自室に戻ると俺はすぐにベッドに入った。多分動揺して、考えがまとまらないのだろう。
枕をギューっと抱き締めると少し落ち着いた気がした。
「ん?」
コンコンとドアがノックされ、ゆっくりと扉が開いた。ひょこっとドアからアスールが顔を覗かせた。
「…………何か用か?」
「ん……」
アスールは相変わらずの無表情で頷くと部屋に入って来てドアを閉め、ベッドに腰掛けた。
「…………さっきの刀夜、怖かった」
「あー、悪い……」
そうだろうな。蒼白とさせてたしな。無駄に怖がらせちまったか。
「…………謝らなくていい。……刀夜のそれは優しさ」
「優しさなんて自己満足だって前に言わなかったか?」
「ん…………聞いた」
ならやはり謝らなくてはならないだろう。それは誰かの為という理由を付けられた自分本位なものなのだから。
「…………でもまだ先がある」
「先?」
「ん…………刀夜は相手のこと考えてない」
相手のこと? どういう意味だろうか?
「…………刀夜は自分のこととか人の気持ちに詳しい。…………でも相手の気持ちには鈍感」
「…………そうかもな」
他者と合わせるのが嫌いだ。いや、合わせられないだけかもしれない。だからそういうものを考えないようにして来た。
「…………優しさは自己満足。……それは正しいと思う」
「そうか」
それは多分そうなのだろう。誰かに優しくしたいというのはそれだけその相手が自分にとって大切だから。笑って欲しいからというそれだけだ。
その優しさが相手を傷付けることもあることを知らずに手を差し出してしまう。結果的に相手もそれを受けざるを得なくなってしまうのに。
「…………でもしてもらって嬉しいこともある」
「へ?」
「…………自己満足の優しさに満足してくれる人もいる。…………それがその先の答え」
「…………お、おう?」
何その当たり前な答えは。そんなこと誰だって分かるし知ってることだろ?
「…………納得出来ない?」
「ま、まぁな……」
だってそんなこと言われても分かり切っていることだろうに。だからそれは正しくない。人の心は複雑なのだから。
「…………なら証拠見せる」
「そうだな。そういうのがあれば話は早くて助かるな」
議論とかそういう話になって来そうだが。でもそうやってコミュニケーションを取ってこそ相手の考え方に近付けるのだと思う。
「…………座って」
「あぁ」
言われた通りに座るとアスールは珍しくにっこりと微笑んだ。
「…………ぎゅー」
「っ!?」
何かいきなり抱き締められたんですが!? 胸の感触が顔いっぱいに!? 恥ずかしいが顔を離せない! 何だこの引力は!?
「…………嬉しい?」
「そりゃあもう」
「ん…………これが証拠」
いまいちピンとこないな。
「…………私は優しさで刀夜を抱き締めた。……刀夜もおっぱいに顔を埋めて嬉しい。…………何か問題ある?」
確かにそう言われればないのかもしれない。辛そうな人がいて、それを抱き締めて。それで嬉しいと感じてくれる。ならそれ以上のことなどないのかもしれない。
「つまり要約するとだ。俺が悩んでいることそのものが無駄だと?」
「ん…………刀夜は深く考え過ぎ」
確かにな。他人に指摘されてようやく理解したわけだが。
確かに優しさは自己満足。そしてそれを満たしたいが為に俺達は優しさを使用する。そこに意味などはなく、そしてそれで相手が喜んでくれるならそれは正しいことなのかもしれない。
この世は善悪という言葉はあれど世界というのはそのどちらにも当てはまらない世界だ。常に黒と白の間、まるで灰色のような世界で生き続けている。
そんなあいまいな世界で生きている俺達には正解などという言葉は存在しないはずなのである。それでもアスールの言う通り問題となる点がないそれは正解なのではないだろうか?
誰かの為の自分の自己満足。そんな醜いものも許されるのではないだろうか? それがその人の為になっており、笑顔に出来るのなら。
「お前は凄いな……」
「…………そんなことない。…………刀夜の意見に自分の意見を付け足しただけ」
確かにその通りだ。しかしそれが出来るのは俺ではなく他人だ。俺はそんなことは出来ない。
求めていることに対して一定のものを出せるのはやはり考えた本人だけなのだ。そして他者が別の観点から付け足していき、より精度の高いものへと変えていく。100というものはなくとも限りなく100に近付けることは出来るかもしれない。そのきっかけをくれるのはやはり自分ではない誰かなのだろう。
「でもやっぱりあいつらには謝るべきじゃないか? 怖がってたろ?」
「ん…………でも問題なし」
うーん……そこまで言うなら謝らなくてもいいのか? いやしかしそれは流石に。
「…………ステルクも泣いて喜んでた」
「え?」
「…………エルフ族のことを考えてくれるなんて思ってなかった」
そう……なのか? いや、アスールの勘違いの可能性もなくはないが。でもそうか、アスールの目からは喜んでいるように見えたわけか。
「…………ルナもアリシアも刀夜が優しいことは分かってる」
あいつらは……そうなんだろうな。何だかんだで付き合いも長くなって来たのだ。そろそろ俺のことも分かって良い頃合いだろうしな。
「…………でもまた無茶しないか心配」
「いや、今回は色々と準備を整えてからやろうかなと思ってな」
「…………アレを完成させるの?」
「あぁ。素材を取りに行かないといけないけどな」
しかしそれが出来ればもう俺は最強と呼べる。後は剣術を鍛えるだけだがこれはステータスとは無縁の為に少し後回しになってしまう。
まずは目先の実現可能かどうか微妙なもの。これを真っ先に解決してからの話だろう。
「…………今日?」
「もう今日は何もする気にならないな……」
「ん…………なら私のおっぱいに甘えていい」
マジっすか。アスールさんサービス良過ぎじゃないっすか?
「…………傷心の刀夜可愛い」
「ドSかお前は」
「…………夜は刀夜がドS」
お、おう、言い返せねぇ。
「…………いっぱい突かれた」
「そ、その件はマジですまん……」
「ん…………気持ち良かった?」
「そりゃあもう。腰が止まらないくらいに」
何でいきなりこんな話になるんだろうか? いやまぁ俺は全然いいんだけど。
突然部屋にノックの音が響いた。やばっ、誰か来た。
俺は慌てて離れようとしたもののアスールが離してくれない。ちょ、俺が社会的に死ぬんですが!?
「失礼するね。アスールさん、刀夜くんの様子は…………」
お、おう。訪ねて来たのはアリシアだった。俺達の状況を見て絶句している。やべぇ……怒られるんじゃね?
「ズルい! 私も刀夜くんを甘やかしたい!」
「え、そっち?」
「…………アリシアはお姉さん」
本当に言い得て妙だな……。世話好きだし、甲斐甲斐しいし嫁だし。良い姉になりそうだ。自分も年上だってことを気にしてリードしようとしてくれるしな。
「な、何の話?」
「いや、アリシアは世話好きだし良い姉になれるなという話だ。それとアスールさん? そろそろ離して欲しいんですが」
「ん…………甘えたくない?」
「甘えたいです……」
もう今のこの気分ではそうしたい。そしてこの胸から離れたくない。男だからそれは仕方ない。
「やっぱりズルい! 私も! 私にも甘えて欲しい!」
アリシアも混ざって俺は前後から胸を押し当てられて大変な状況になる。ヤバイって、俺ケダモノになっちまうぞ?
「アスール様、アリシア様、ご主人様のご様子は……」
お、おう。次はルナですか。ま、まぁステルクじゃないだけマシだけど。
「…………私はお客様のお相手なのにお2人とはラブラブなんですか……?」
え、涙目? しかもめちゃくちゃ正論言われた。
「こ、これは!」
「…………ルナも混ざる?」
「いや、ステルクもいるのに駄目だろ」
俺達が必死に弁明を考えていると目尻に涙を溜めたルナはプルプルと震えた。
「ちょ、な、泣くなよ? 俺が悪かったから。な?」
「…………正座」
「へ?」
「皆様そこに正座してください!」
「はい!」
それからルナにめちゃくちゃ怒られた。普段優しい人が怒ると怖い。多分俺もそう言われてるから余計に怖かったんじゃないだろうか?
ひとまずその事実を身を持って経験した俺はアスールの言葉も忘れて4人に本気で謝罪することを決意した。




