第36話 人の心を改心させるなんてものは不可能に近いが出来ないことではない
翌朝、俺は大きな欠伸を漏らしながら街中を歩いていた。
「…………寝不足?」
「んー……眠い」
とりあえず眠い。昨日昼寝したせいでというのもあるが、何よりも4人で一緒に寝ると柔らかいし良い匂いするし普通に重いしで眠れない。
「ふふ、眠そうなご主人様は可愛らしいです」
「可愛くはないだろ」
「…………可愛い」
「うん、可愛いよ?」
全員から言われちまったよ。何こいつら。俺のこと好き過ぎないか?
「アリシアお嬢様」
「っ!」
ん? いきなりアリシアをお嬢様と呼ぶ輩が現れた。黒いスーツにサングラスを掛けたいかにもボディガードみたいな……。
そういやアリシアは貴族だと言っていたな。この世界にもボディガード的なのがいるのは驚いたが従者がいても驚きはしない。
アリシアはそのボディガードを見た瞬間、真っ青になって俺の背中に隠れた。うーん、これは結構マズイ状況だな?
「ウチの仲間に何か用か?」
代わりに俺が話掛けるもののボディガードは無視だ。こいつ……。
「ご、ごめんね刀夜くん。えっと……どうかしたのかな?」
「ご主人様がお呼びです。ご同行を」
「…………そう、だよね」
ここ最近アリシアはもう男装はしていない。そのせいで呼び出されたのだろう。ということは責任の一端は俺にもあるわけだ。それにアリシアは仲間だ。責任云々関係なく俺が守らねば。
「俺も行く」
「刀夜くん……」
「なりません。お呼びされたのはお嬢様のみとなります」
どうやら駄目らしい。なら直談判しに行くとするか。
俺は笑みを浮かべながらボディガードに近付くと腹部を思い切り殴った。
「ぐほっ!?」
「刀夜くん!?」
ボディガードとはそれなりの覚悟が必要だ。こういうことにも慣れているだろう。
ボディガードは腹部を押さえたままその場でうずくまる。こいつには申し訳ないが俺にも譲れないものはある。
「さ、行くぞ?」
「何事もなかったように……。と、とりあえず分かったよ……」
アリシアは転移魔法陣を展開した。ボディガードも連れて行った方が良いか? それとも勝手に戻ってくるのか?
アリシアがボディガードに関して何も触れなかったので俺も何も触れないことにした。
「…………大胆」
「いきなりで驚きました」
2人にはツッコミを入れられてしまったが。
「あの人は命令に忠実なの。刀夜くんもそれが分かってしたんだよね?」
「あぁ。あの手の輩は俺の世界にもいたからな」
こうでもしないと押しと通れない。日本なら今の行動は大問題だが法律など皆無なこの世界では関係ない話だ。
辿り着いた屋敷はそれはもう広かった。えっと……国会議事堂とかそういうのじゃないですよね、これ?
「…………アリシアお金持ち」
「驚きました……」
「あ、あの、凄いのは私じゃないから……」
まぁそうだろうな。それに俺達はアリシアの凄さを別の方向で知っている。だからこそ仲間をしてるわけだし信用も出来るわけだが。
ひとまずそのクソみたいな父親には1発ぶん殴りたいわけだ。男尊女卑とか時代錯誤も良いとこだろ。
「話があるだとか自分から出向けばいいものを……俺の一番嫌いなタイプか?」
「そ、そういう人だから……。とりあえずその……行こう?」
全く良い話ではないことは分かっている。アリシアは怖いのか俺の手をぎゅっと握ってきた。
「その……駄目?」
「不安なんだろ? 別に構わない」
「うん……ありがとう」
今回ばかりはルナもアスールも何も言わなかった。2人も優しいし聡明だからな。大体の話の内容は分かっているのだろう。
アリシアに案内されて俺達は中へと入る。広っ! それに玄関のドアを開けた瞬間メイドが!?
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おおー、メイドだ。リアルメイドだ」
「ご主人様……目が輝いておりますが……」
「ん……メイドフェチ」
確かにそう言われても仕方ないかもしれない。でも良いな、メイド。憧れる。俺も1人くらいは欲しい。
「ご主人様には私がおりますのに……」
そういやルナはメイドでした。メイドプレイもしたし。またお願いすれば出来るだろうか?
「みんなごめんね。お父様に用があるから……」
「はい、こちらです。その前に……そちらの方々はお呼びしておりませんが」
あ、やっぱりそうなっちゃう?
「メイドだろうと敵はぶん殴るぞ」
「ま、待って! 私はこの人達と一緒にいたい!」
アリシアが庇うように俺達の前に立った。そんなので話が通じるのかよ。
「お嬢様…………ついに素敵な殿方を見つけられたのですね!」
「流石です! 男装ばかりされていたので心配しておりましたがついに!」
「お嬢様ぁ!!」
え、何これ。アリシアって男であることを強要されて…………え、何これ?
「この人達はみんな私のことを応援してくれてて……」
「ということは諸悪の根源だけで他は味方って話か?」
「そ、そうなるかな?」
なまじ権力を持っているだけにその諸悪の根元の方が強いだけで実は味方の方が多いと。何これ、アリシアの父親が1人暴走してるだけってことか?
いや、考えたらすぐ分かるな。そもそも男装を強要されていたのなら男として扱えと命令されているはずだ。
しかし先程のボディガードも、それに今のメイド達もアリシアのことを何と呼んでいた? それが答えだったんじゃねぇか!
「俺が心配し過ぎてただけか……」
「ふふ、ですがアリシア様の為に必死なご主人様も格好良かったです」
「ん…………イケメン」
「そりゃどうも……」
1人で暴走して俺も恥ずかしいわ。でもまぁ幻滅されてないのならいいか。
「ひとまずアリシアの父親に会わせてくれ」
話はそれからだ。ボロクソに言ってやる。
アリシアに案内されたのはやたらと高級感溢れる装飾がなされたドアの前だった。横には高級そうな壺も置いてありいかにも見栄っ張りといった雰囲気だ。
ゆっくりと2回ノックをしたアリシアの表情を強張っていた。
「入れ」
命令口調かよ。腹立つ。
ドアを開けるとそこにはいかにも厳格そうな男が座っていた。ここは書斎だろうか、大量の本棚が並べられており、中央には仕事机もあるわけだが。
それにこの男、おっさんのようだが渋い。魅力的だと思う女性も少なくないだろう。そういう魅力を放っている。
「…………血は争えないな」
「え?」
そういう魅力はアリシアにもある。美人だし、されど気が強いし。もちろん優しさに溢れているせいで分かりづらいかもしれないが。
ゴブリンキングにも果敢に挑んだりリトルデビルもどきの時もそうだった。まぁそういうのが魅力的なのだろうが。
この人も男尊女卑という考え方さえなければ魅力的な人に映るのかもしれないな。もちろん俺はこういう横柄な態度を取るやつは嫌いだが。
「…………貴様が今噂になっている萩 刀夜だな?」
「だったらどうした?」
「私の息子に何をした?」
前言撤回。こいつ気に食わない。しばきたくなった。
「アリシアは女だ。息子じゃなく娘だろ」
「私にとっては息子だ。貴様のような輩に毒されなければ立派な息子であったのだ」
こいつ……。まぁここまでは想定通りだ。落ち着け。ここで冷静さを欠けばそれこそ事態が悪化しかねない。
「それは違うな。お前は娘のことをきちんと見れていない。女性が男装させられて喜ぶとか本気で思ってるのか?」
「…………私の子である以上強くなくてはならない。リアは十分に強い子であり、私の自慢の息子だ」
この野郎。やはり冷静になるのは無理だ。俺はアリシアの父親に近付くと冷たい視線で見下ろした。
「娘の名前すらちゃんと呼べねぇのかお前は」
「娘ではなく息子だ。何度言えば分かる」
「このクソ野郎……」
手が出そうになる。されど暴力で解決出来るわけでもない。落ち着け。冷静にならなくてもいい。感情的になってもいい。ただ落ち着け。
「お前がどれだけ男だと信じたいとしてもアリシアは女だ。現実問題筋力も男の方が強いはずだ。それなのに何故お前は男にこだわる」
「私の子だ。強くなければ価値などない」
「強さだと? アリシアは元々強いだろうが! お前のその歪んだ考えを人に押し付けてんじゃねぇよ!」
こいつの考え方は絶対におかしい。だが本人はプライドや自己満足を優先させ娘のことを全く理解しようとしていない。
「刀夜くん……」
「…………刀夜熱い」
「はい。とても凛々しいです」
お前らはもっと緊張感を持て。あと手伝えよ。なんで傍観してるだけ?
しかしおかげで落ち着いた。考えろ。こいつの思考回路を。その上で論破してやればいい。
「私の子が強いのは当然だ。貴様如きに何が分かる」
「お前よりは理解してるつもりだ。これでも俺はあいつの恋人だからな」
「何……だと?」
その台詞はこの男にとっては一番きつい一言だろう。分かった上で言ったのだから当然だ。
さぁ、感情的になれ。お前の本性を見せろ。そうして目の前で自分の考えを娘に聞かせろ。その上でどうするのか、どう受け取るのかがアリシアの子供としての役目だ。
「貴様は毒牙にかけただけでなく私のプライドすらへし折ろうというのか……」
「…………」
こいつ実は娘のこと全く何も考えてないな。大事なのは自分の気持ちだけ。だから平気で娘に男装もさせるし男としても扱える。
あぁ、無理だ。こいつを改心させたいのならそれなりの状況が必要だ。トラウマを植え付けるのは簡単だがこの場合は逆。希望を植え付けさせなければならない。
そもそもこいつの考え方は弱者は弱者、強者は強者だ。ならばそこから考えればいいだけだ。
俺はポケットからステータスカードを取り出すとアリシアの父親に投げ付けた。
「お前が考える弱者に俺は入るわけだが、断言してやろう。最強は俺だ」
「職業が……鍛冶師、だと?」
そう、俺の職業は鍛冶師だ。だからこそ使えるカード。そうして俺の価値をこいつの中で下げまくる。下げまくった上で言ってやればいい。
「お前の娘の恋人で、今世間で騒がれている人間の職業は鍛冶師だ。で、お前はこの事実をどう受け止める?」
「貴様……どこまでも私を舐めているのか!」
「あぁ。お前のような臆病者には当然の評価だろ。娘を息子と偽り親子という関係を、コミュニケーションすらも放棄しているお前の方が俺にとっては弱いと思うからな」
掛かった。餌は充分、後はきっかけを与えてやればいいだけだ。
「10日後、俺と勝負しろ。証明してやるよ。お前の中の弱者がお前の考える最強に勝てることを」
これでいい。こいつの中での最弱という意識そのものを覆す。その為にもこいつが考える最強を打ち砕く必要がある。
幾ら言葉を交わしたところで事実がなければ人の心は動かない。ならば簡単だ。俺の強さを証明してやればいい。
「対戦相手はお前でもいいしそうじゃなくてもいい。ただ、お前の持てる限りの力を全て酷使しろ」
「貴様……!」
怒らせるには充分だ。こいつにとっては俺は苛立ちの捌け口となるだろう。だからこそこの案を必ず呑む。
「いいだろう! 観衆の中でお前の価値を叩き落としてやる!」
「やってみろよ。最弱職での最強を見せてやるよ」
宿屋に戻るならアリシアに物凄い怒鳴られた。主に俺の怪我を心配して。
「無茶だよ刀夜くん! お父様は権力があるんだ! 絶対に強い人を呼んでくるに決まってる!」
「そうですよご主人様! せめてタッグバトルにしてもらえれば私も参加出来ましたのに!」
「ん……私もサポート出来た」
ルナとアスールは怒ってる方向性が全然違うんだよな……。
「2人もどうしてそんなことで怒ってるの!?」
「むしろどうしてご主人様の勝ちを疑ってしまうのかが分かりませんが……」
「ん……刀夜は最強。…………これは絶対に揺るがない」
2人はよく分かってらっしゃる。それにわざわざ10日後にしたのだ。これは向こうが最強を探す手段を与えるという意味もあるがそれだけじゃない。
「ということで10日間、みっちり色々と教えてくれ」
「はい!」
「ん……」
「そ、そんな……だって……」
「言ったろ? 俺は最強だ。最強なら最強らしく勝つから安心しろ」
そう言いながらアリシアの頭を撫でる。これで安心されるとは思ってもいないが。
「さて、時間もないし始めていくか」
ひとまず時間が勿体無い。こういう時、ルナも何も言わないからな。俺が頑張っているのをむしろ肯定してくれる。
未だに戸惑った様子のアリシアも巻き込んで俺の勉強が始まった。




