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第30話 美形男子は男子ではなく男装女子だったが問題はない

 辺りが暗くなってくる。しかし拠点として出来たのは2人眠れるかなというくらいの大きさだ。まだ部屋割りをしていないというのが主な理由で。

 とりあえずそんな狭い空間で俺は紙にペンを走らせていた。もちろんギルドへの報告書だ。

 ちなみに森がダンジョンの場合は空はダンジョン外となるらしい。さっき試したら転移魔法が普通に使えた。

 つまりこのまま拠点を建てまくれば移動し放題というわけだ。そして拠点はこのまま残しているままでもいいらしい。


「よし出来た。ルナ、アスール。悪いんだがこれギルドに届けてくれないか?」

「はい」

「…………2人で?」


 別に届ける分には1人でいいのだが。まぁ色々と話があるのだ。


「お前らは最近仲が良いのか悪いのか分からん。ひとまず同じパーティーとして仲良くして来い。今日は2人で宿屋に泊まるんだぞ?」

「えっと……」

「…………仲悪い?」


 いや、俺も全く思ってないけどな? でもしょっちゅう俺のことで喧嘩というか言い合いはしてるだろ? ちょっと楽しそうだったけど。


「いいからとっとと行く」

「ご主人様強引です……」

「ん……エッチも強引」

「そんなことした覚えはない!」

「ん……冗談」


 本当、タチの悪い冗談だ。


「そんな必至に否定しなくてもいいんじゃないかな……」

「おまっ、俺にとっては世界一の侮辱だぞ!?」

「そこまでか!?」


 それが俺なのだ。悪いが諦めてもらうしかない。


「…………とりあえず報告に行ってそのまま泊まればいい?」

「そういうことだ」

「うぅ、ご主人様と離れ離れです……」


 おおう、ごめんね? でもリアに大事な話があるからちょっとマジでごめんね?


「…………リアと2人きりでイチャイチャしたいらしい」

「お前俺がそんなこと思ってると思ってるのか?」

「…………」

「無言だと!?」


 どっちだ!? とりあえず黙っちゃったら本当っぽくなるからやめて!


「と、とりあえず行ってまいります。ご、ご主人様!」

「ん?」

「明日は私のことも愛して欲しいです!」

「ん…………私も」

「お、おう……」


 今日の朝……いや、もういいか。素直に頷いた方が話が早く済みそうだ。

 2人の転移魔法を見送った後にリアに視線を向けた。


「あの2人は冗談なのか本気なのかよく分からないんだよな……」

「ふふ……でも仲良さそうに見えるよ?」


 そうらしい。まぁ恋人だからな。そう見えるのも不思議じゃない。というかそう見られたいというのもある。


「まぁこれでようやく2人きりになれたわけだが」

「っ!? ぼ、僕と2人きりになって何する気!? ま、まさか……身体目当て!?」

「お前もかい」


 いや、だから俺はそっちの趣味はねぇよ。でもこいつは……。


「はぁ……冗談抜きで単刀直入に聞くが」

「え、あ、う、うん?」

「お前、女だろ?」

「っ!?」


 リアは驚いたように目を大きく見開いた後に瞬間表情が消えた。怖っ。


「…………いつから気付いたのかな?」

「あんだけ抱き付かれりゃ流石に気付くだろ……。童貞の頃は全く気付かなかったがな」

「あの、さらっとそういうこと言わないで欲しいんだけど……」


 ひとまず否定がないということはそういうことだろう。まぁ別にそれはいい。


「まぁお前が男だろうと女だろうと正直どっちでもよかったりするわけだが」

「そ、そうなの?」

「あぁ、俺にとっては仲間であることに変わりはないからな。ただ……」


 そう、ただ仲間だと思ってるからこそ苦悩も共有したいというただの俺のワガママだ。


「何で男装してるのかとかその辺りは聞いてもいいのか? もちろん言いたくないなら言わなくていい」

「…………僕は……ううん、私はもういいかな。バレちゃったらもうどうしようもないしね……」


 何か事情があるようだ。まぁ好き好んで男装する女性も少ないだろう。もちろんいない訳ではないが。


「私は強くないといけないから……」

「強く?」

「うん……」


 強くなりたいなら分かるがそうでないといけないと何かに強要されているかのような言い方だ。まぁそんな事情がない限りは普通の人は男装なんかしないか。


「ランケア家は勇者と共に魔王を倒した最強の槍使いの子孫だから……」

「お、おう? それと男装が全く繋がらないんだけどな?」

「うん、ひとまず私の話をしてもいい?」

「あ、あぁ」


 どうやら隠し事全部を話してくれるらしい。ならば俺も黙って聞いておく方が良いか。


「あ、あの、その前にね。ま、まずはね……その、実はリアって偽名なの」

「マジか」

「うん。本名はアリシアって言うんだけどね……」


 アリシアか。それでリアになった訳だな。確かにアリシアって響きは女性っぽいな。男でそれは中々聞かない。リアも危ない気がしなくもないが。


「せっかく刀夜くんって名前で呼んでるのに私だけ偽名なんてその……ね?」

「まぁ気にすることはないと思うけどな。俺は別に怒ってもなければその程度で関係が崩れるほどリアのことを知らない訳でもないしな」

「刀夜くんは優しいからだよ。私は気にしちゃうから……」

「まぁそういうことなら。でもあいつらにも黙ってた方が良いだろうしな。呼ぶのはリアでいいよな?」

「う、うん」


 ひとまず名前はそのままってことにしておこう。俺がアリシアと呼んだ瞬間隠していたことが間違いなくバレる。


「それに今は俺と2人きりだ。自分を押し殺さなくてもいいぞ」

「そ、そう?」


 無理をすると必ずどこかで影響が出る。俺がアリシアのことに気付いたように。だから適度に吐き出さないといけない。それを溜め続けるからストレスになる。

 アリシアは髪を結んでいた紐を取ると軽く手で整える。長い髪を見るとやはり女の子なんだなと思う。


「ど、どうしたの?」

「いや、やっぱり綺麗な顔立ちだと思っただけだ」

「っ!?」


 ん? 何でいきなり赤くなるんだ?


「どうした?」

「い、今のを言って恥ずかしくないの!?」

「え? 事実を言っただけだろ?」


 何でそんなに赤くなる…………いや待て。相手はリアだが実は女の子だった訳で。


「っ!? ち、ちが! いや違わないけど!」

「と、刀夜くんも真っ赤だよ……」

「途端に恥ずかしくなったんだよ……」


 お互いに顔を真っ赤にしてしまう。狭い部屋で何してんだか。


「と、とりあえず話を戻してくれ」

「う、うん」


 こんな恥ずかしい空気なんて耐えられない。早く話してもらわないと俺がここにいたくない。


「えっと、もう一度言うと私は勇者のパーティーの一員を祖先に持ってて有名な貴族の家系なの」

「ふむ」

「…………お父様がね、とても厳格でプライドが高い人だから……」


 何となく話は見えてきた。ようするにだ。


「ようするにお前は貴族の見栄の為に強くなければならない、という意味合いでいいのか?」

「う、うん。今のだけでよく分かるね」


 いや、大体想像付くだろ。


「でもそれって男である必要なくないか?」

「そんなことないよ。女性より男性の方が力が強いんだから」

「いや、それで男装したからといって力が強くなるわけでもないだろ?」

「そ、そうだけど……。でも女の子が強いなんておかしいよね? お父様だって女の子であることを恥だって……」


 あぁ、そういうことか。アリシアは今までそうやって育てられてきたんだ。女であることを恥じ、男のように強くなれと。

 そんな男尊女卑的な考え方の家庭環境があるからこそアリシアは自分が女であることを恨んでいたのだろう。


「刀夜くん……」

「…………どうした?」


 アリシアは静かに涙を流した。それは本当に悔やむように。そして恨むように。


「どうして私は女なんだろうね……?」

「…………」


 女だから強くなれない。女だから力に劣る男に勝てない。そんなことはない。というか俺よりルナの方が力強いしな。


「確かに男の方が筋力はあるかもしれない。でもだからってそれだけで最強じゃない」

「え?」

「そんなこと言ったら俺よりゴブリンキングの方が強いって話になるだろ?」


 もちろん力が強い方が有利というのはあるだろう。でもだからってそれだけで結果が決まるなら俺は今ここで生きていない。


「アリシア、お前は間違いなく強い。でもまだ足りないんだろ?」

「う、うん……」

「それならこうすればいい。私は女でありながら男より強い。どんな男も私には敵わない。そう思える、そう思わせるくらいに強くなればいいだけの話だ」

「そ、そんなこと出来るはずないよ! だって私は女だから!」


 かなり根強いみたいだな。でも俺はそんな悲しいことを言って欲しくない。


「なぁアリシア、俺はさ」

「う、うん?」

「俺はお前に自分を否定して欲しくない」


 俺はアリシアの手を取って引き寄せる。真っ赤な顔をしたアリシアを思い切り抱き締めた。


「だから、俺がお前を強くする。お前が自分のことを認められるように、お前が強くなれるように俺が全力でサポートする」

「な、何で刀夜くんが……。だって私は……」 「俺にとっては大切な仲間だ。その仲間が苦しんでるなら助けたい」


 珍しく綺麗事を言いたくなった。でも俺は知ってるのだ。

 仲間や絆は金では買えない。本当にその通りだと思う。これは綺麗事でも何でもない、残酷なまでの現実だ。

 金で買えればむしろ簡単だったかもしれない。でもそういう人を見つけることの方がどれだけ難しいことなのかをほとんどの人が分かっていない。


「私は刀夜くんに嘘を吐いて……それなのに刀夜くんは…………」

「俺は嘘を吐かれたとも思ってないしアリシアのことを幻滅もしてない。むしろ俺なんかよりよっぽど強く生きてると思う」


 俺がアリシアの立場だったら間違いなくその父親から逃げているだろう。アリシアは向き合う為に男装という道を選んだのかもしれない。自分が女であることを否定する為にしているのかもしれない。

 何にしてもこうして行動をしているということそのものが俺は高く評価出来る。だからアリシアは良い奴なのだと思うのだろう。


「刀夜くんより?」

「あぁ……。俺は臆病に生きてきたからな。だから……お前のことは普通に凄いと思うし尊敬もする」

「そ、そんなこと言われたことないよ……」

「そうか?」


 まぁ俺は特殊な部類かもしれないしな。異世界人だしな。


「まぁ俺のことはいい。俺がお前を最強にしてやる」

「…………刀夜くんも最強を目指してるんじゃないの?」

「そうだな。でも、最強が2人いてもいいんじゃないか?」


 別に最強という枠は1つじゃない。もし最強が1つならそいつはもう全知全能の神と呼ぶべきだろう。

 人には出来ることと出来ないことがある。全知全能にはなれないのだ。ならばその道を極める以外にはない。


「…………そうなのかもしれないね」

「あぁ。だから俺も一緒にやる。お前を強くするから。だから……お前は自分を受け入れる努力をして欲しい」


 臆病な自分を色々な理由で嘘を塗り重ねていたアリシアが少し自分と重なった気がした。そしてそれは辛いだけだということも俺は知ってる。

 何かを塗り重ねて自分とは違う何かになろうとする。その行為そのものは別に問題ないのかもしれない。

 ただそれは自己否定から来るという理由だから駄目なのだろう。それはもう別の人になりたいという全く叶う事がない願いだから。そんなもので前になど進めるわけがない。


「刀夜くん……うん……頑張るね」


 アリシアは目尻に涙を溜めたままにっこりと微笑んで返事を返してくれた。

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