第26話 最強は圧倒的な力にて敵を滅する、されど仲間には甘い
「ケケケケ!」
「くそ! こんな奴どうやって勝てばいいんだよ!?」
「無理よ! 萩 刀夜さんじゃないと!」
「そうだよ! あの人が来るまで耐えるんだ!」
あぁ、またこれだ。集中力が途切れない。周囲の声さえも、そしてシャドウフレイムの動きすらも鮮明に見える。
ゴブリンキング以来か。丁度良い、このまま斬り殺せ。
高速で動いた俺は剣でシャドウフレイムの首を側面から狙った。物陰からの奇襲。これで首が取れるとは思っていないが距離は詰めれる。
「ケケ!?」
剣を振る前に気付かれた。だがそれでも俺は突っ込むのをやめない。
剣を振り抜くもののシャドウフレイムは頭を下げて躱した。そのままアッパーしてくる。
俺は靴から側面に風を噴射させ空中で一回転。アッパーを躱すと同時に頭に蹴りを入れて地面に叩き付けた。
「ケケ!?」
「死ね」
シャドウフレイムを踏み付けて着地すると剣を振り下ろした。
「ケッ!」
「おっと……」
シャドウフレイムが暴れる。当然だろう。凄い力で暴れるので流石に立っていられない。振り下ろした剣を止めてバックステップで降りる。
「あ、あれが萩 刀夜かよ!?」
「格好良い……」
「え、今なんて?」
外野がうるせぇな。こっちは真剣なんだ、邪魔しないで欲しい。
「ケケケケ!」
「今回は本気を出すの、早いな? でも隙だらけだぞ」
今は炎も纏っていないのだ。ならばこれが食らう。
俺は剣を創り出して風の斬撃を飛ばした。それは見事にシャドウフレイムの右腕を斬り飛ばした。
「お前の弱点だ。本気を出すのが遅過ぎる」
最初から全力の相手に舐めてかかるからだ。手の内がバレているこの状況下でそれはただの愚行と言える。
「弱点その2」
「ケケケ!」
シャドウフレイムは左腕を伸ばして赤い魔法陣を展開した。
俺は即座に足の魔法を発動させて高速移動、懐に飛び込むとともに左腕も斬り飛ばした。
「片腕で魔法を放つ時無防備だ。その程度のことも分からないのか?」
「ケケ!?」
俺は更に剣を振るうもののシャドウフレイムはギリギリのところでバックステップで躱した。こいつは命に対しての危機察知能力が恐ろしいくらいに高い。
「ケ、ケケ……」
シャドウフレイムは恐怖に震えていた。こいつにも感情があり、殺されたくないという思いもあるのだろう。
だがここで見逃すわけにはいかない。こいつは重い罪を犯したのだから。
「お、おい、その辺にしておいてやれよ……」
「あ?」
何甘いこと言ってんだこいつは?
「こいつをここで生かして逃す意味をお前は分かってるのか?」
「そ、そりゃあ…………」
「…………」
これは分かっていないな。くだらない奴の言うことを聞く気はない。
「ケ……ケケ……」
尻餅を付いて後ずさるシャドウフレイムの首を遠慮なく刎ねた。黒い粒子となって消えて行く中、コロンコロンと赤い玉が落ちる。俺はとことん運が良いらしいな。
「ひ、ひでぇ!」
「あん?」
「お前に人の心はあんのかよ!」
何言ってんだこいつ?
「す、すみません! この人ちょっと頭おかしいんです!」
だろうな。
「ほらあんたも謝りなさい!」
「何でだよ! あんなに怯えてたのに!」
こいつアホなのか? それとも甘いだけか? 何にしても冒険者には向いてないな。
「お前は街をこんなにした奴を許せるのかよ」
「そんなことは関係ないだろ!」
「あるに決まってんだろ。俺達冒険者は命の取り合いをしてんだよ。だが街人はその限りじゃない。殺し合いもしていない、覚悟もしていない者を蹂躙したんだ。そんな奴を生かして帰す理由はない」
ひとまずこれで納得してもらえるだろうか?
「そ、そうですよね!」
「それにあいつは俺の大事な仲間に癒えない傷を与えた。許す気はない」
それが一番の理由だ。自分勝手かもしれないが俺にとってはそれが一番許せない。
「ギルドには報告してくれ。これもやるよ」
俺は乱雑にシャドウフレイムの素材を投げた。
「うわっ!? 何これ?」
慌てて受け止めた男はそれが何なのか分からず首を傾げていた。
「さっきのシャドウフレイムの核だろ。それ持ってギルドへ行ってくれ。何ならお前らの手柄にしてくれてもいい。じゃあ俺は行くから」
「いやいやいやいや! そんな訳には行かないだろ!?」
「どうでもいいんだよ、手柄なんて。仲間の方が優先だ。じゃあな」
俺は転移魔法陣を展開してすぐに移動する。向かう場所はアスールのいる先程の家の前だ。
「アスール!」
「と、刀夜くん!?」
「あ、ご主人様。何か忘れ物ですか?」
何呑気してんだこいつら……。
「いや、アスールは?」
「今はお母様を埋めて供養しております。もう何か踏ん切りは付いたみたいで。それでご主人様はどうかなされましたか?」
「どうかしたのかも何も普通に終わったから戻ってきただけだが……」
俺がそう言うと2人は目を点にした。いや、何でだよ。
「え、あ、あれを?」
「ご主人様が冗談を言うとは思えませんし……ほ、本当に?」
「何故驚く。あんなの手の内が分かれば雑魚だろ」
最初から敵を舐めてかかるなんて底が知れる。世の中のことを何も分かっていないのではないだろうか? そんな奴に負けてやる道理はない。
しかし2人は何やら大慌てなご様子。何故だろうか?
「ほ、本当に刀夜くんは世界最強なんじゃ……!?」
「ご、ご主人様格好良いです!」
あ、違った。ルナは何やらデレデレしてる。何で?
「俺のことはいい。まずアスールのことだ」
「あ、は、はい」
俺はどうせただの魔力消費だけだからな。どうでもいい。でもアスールは違う。普通の痛みと心の痛みは違う。その重みも、そして辛さも。
2人にアスールのいる場所を聞いてそちらへと向かう。それは街の墓地として利用されている場所で今も絶え間無く人が運ばれては埋められている。
涙を流す人、悲しげに目を伏せる人、復讐心に燃える人。様々な反応がある中で相変わらず無表情にアスールは1人で祈るように手を合わせていた。
「…………アスール」
「…………ん」
俺が後ろから声を掛けるとゆっくりと立ち上がった。目をゴシゴシと擦って。
少し目が赤い。先程まで泣いていたのだろうことは人の気持ちに鈍感な俺でも分かる。
「…………この人は私の親代わり」
「そうなのか?」
「ん…………私も昔は普通の人間だったから」
「どういう意味だ?」
何を言いたいのかよく分からない。きっと俺が無知だからだろうな。
「…………私は後天性覚醒して翼が生えた」
「あぁ、そういうことか」
つまりアスールは後から突然翼が生えたわけだ。それまでは極一般的な生活を送っていたのだろう。
「…………両親は翼を隠すことが出来たから普通だった。…………でも私は違った」
「隠せなかったのか?」
「ん…………魔物の血がどんどん薄れていったから」
そういうものなのか。よく分からないが。収納するという能力も魔物の力で成り立っており今のアスールには不可能だと。
「ん…………それで親に見放された」
「マジかよ……」
捨て子だったんだな。だから俺と似ていたのだろうか? 誰にも頼れず生きてきたから。そういう空気感というものは案外伝わってくるものだ。
「…………私を拾ってくれたのがこの人」
それってかなり良い人だったんじゃないのか?
「…………でも周りから非難されて変わった」
「…………そうか」
ある程度状況は掴めた。この人はアスールを優しさで受け入れたのだろう。しかしそれを周りが許さなかった。だから変わってしまったのだ。
人は弱い。弱いからこそ群れる。周りから弾き出されないように必死になる。
この人も元は優しい人だったのかもしれない。しかし周りからの洗脳に近い罵倒が彼女の心を変えてしまった。
アスールは優しい人なのだと信じて頑張っていたのだろう。それでも現実は無情で、この人は見返す前に亡くなってしまった。
周りから受け入れられるかどうかなどもう既に意味などない。一番自分を見て欲しいと思った人はこの世にはいないのだから。
「…………冒険者、続けるか?」
既にその行動に意味など無くなってしまった。それでも続けたいと思っているのならそれは俺達とまだ繋がっていたいと思っている証拠でもある。
「…………ん」
それは肯定だったんだろう。アスールは振り向き様に俺に抱き付いてきた。
「…………刀夜と一緒にいたい」
「…………そうか」
俺は優しくアスールを抱き締めた。壊れ物を扱うかのようにそっと優しく。
「…………涙出そう」
「思いっきり泣いてもいいぞ」
「ん…………」
抱き締められる手に力が込められる。少し震えているのが手に取るように分かってしまう。
本当に世の中は無情過ぎる。何故アスールがこんな非難を受ける必要があるのだろうか? 何故こんな悲しい現実を突きつけられなければならないのだろうか?
「俺も泣きそうになってきた……」
「ん……刀夜も泣いていい」
「いや……まぁ俺はいいや。お前が代わりに泣いてくれ」
俺が泣いてもな……。それに悲しいのは俺ではなくアスールだろうしな。俺が泣くのは筋違いだろ。
「…………ぐすっ……我慢するの?」
「いや、我慢じゃなくてだな。貰い泣きとか情けなさ過ぎてな」
これはまぁ男の意地みたいなものだ。そこまでアスールが気にすることじゃない。
「ほら、泣きたいなら思い切り声を上げて泣いてもいいんだぞ?」
抱き締める手に力を込めた。絶対に俺だけは離れないという心を込めて。
アスールの嗚咽を聞きながら俺はふと昔に言われたことを思い出した。
『泣いてもいい。怒ってもいい。そうやって感情を吐き出して人間は生きている。その感情を押し殺すことは人間という存在そのものを押し殺すことに他ならない』
確かにその通りなのかもしれない。人間とはそういう生き物だ。そして、泣いて、乗り越えて、そうして初めて強くなれるんだと思う。
泣くことは弱さじゃない。逃げることが弱さだ。目を背けて無かったことにしてしまうことの方がよっぽど情けない。
「…………やっぱり刀夜も泣くべき」
「いや、別にいいっての」
「…………刀夜も泣きたいってことは私の気持ちを少し理解してるから」
恐らくそうなのだろう。そうなのだろうが俺なんかが泣いたところでどうしようもないだろう。
「…………それに情けなくない」
「え?」
「…………多分それが優しさ」
そうなのだろうか? 俺にはよく分からないがアスールがそう言ってくれるのならいいのかもしれないな。
「優しさか……。俺は自分で優しいとは思わないんだけどな……」
言いながら俺の頬を一筋の涙が濡らす。これくらいでいい。俺の気持ちはここで発散するべきじゃないだろう。
「アスール」
「ん…………」
「よく頑張ったな」
「…………ん」
一言労うと俺はしばらくの間アスールを抱き締めた。




