第2話 鍛冶師から始める異世界冒険ってちょっと厳しいものがある気がする
外に出ると多分だが宿だった。構造が旅館を彷彿とさせるのだが。いや、何で俺はこんな所にいるんだろうな?
「ここは宿屋ですね」
「みたいだな……」
木造造りで木の良い匂いがする。高い木でも使っているのか、それとも日本のような塗装の技術が施されていないのか。何にせよ空気が美味しい。
1階へと降りるとギロリと宿屋の店主に睨まれてしまう。無銭だもんな!
軽く頭を下げると頭を下げ返される。うん、既にお金払ってますよという感じで宿屋を出て行った。
「はぁぁぁぁ…………」
大きな溜息が出た。
「危ないところでしたね」
「本当にな……」
何も悪くないはずだけどな。いや、無銭だから悪いのか? でも不可抗力なんだよな……。
「ではまず冒険者ギルドへ行きましょう」
「やっぱりあるのか」
冒険者か。憧れはなくはない。でも危険な仕事だってのも何となく分かるしな。状況を考えたらあまりお勧めは出来ない選択肢だな。
「他には何かあるのか?」
「他に……ですか? 商人くらいしかございませんが、残念ながら売るものがありませんので商人は無理ではないかと」
なるほど。確かにそれは無理だ。そもそも商人に俺が向いているとは思えないしな。敬語苦手だし。
「じゃあそのギルドで頼む」
「かしこまりました」
ルナに案内されてギルドへと向かう。その際に街並みを眺めておく。
街はのどかだ。男の子と女の子が飛んでいる蝶々を追い掛け回したり、家族連れが賑やかに歩いている様子も見られる。
異世界と聞くと魔王に支配されたとんでもない世界をイメージするがそうでもないのだろうか? それとも魔王城から一番遠いとかそんなオチか?
「なぁルナ」
「はい、何でしょう?」
「魔王って分かるか?」
魔王が存在するならこの世界はあまりよろしくはないのだろう。しかし冒険者という職がある以上は可能性としては高いか。
「魔王ですか。遥か昔に滅びたとされている魔物を統べる王ですね」
「あ、もう今はいないんだな」
まさかの魔王退治された後である。予想外だな……。
しかしそうなると俺は何故異世界転移してんだろうな? 何か目的があるのか、それともたまたまとか? 何だよたまたまって。
「魔王の存在まで知っておられるのですね。異世界というのがどういうものなのか興味が湧いてまいりました」
ルナの言う異世界は日本のことだろう。平和な世界ではあるものの残念ながらここにいる街人のような綺麗な笑顔をすることは出来ない世界だ。
「あんまり良い世界じゃないぞ」
「そうなのですか?」
「こっちの世界の方が生き生きしてる。俺のいた世界とは大違いだ」
本当に。あまり良い思い出がない日本よりはまだこちらの方が良い思いを出来そうな気がする。
「まぁ色々あるんだ。それに、ここならルナもいるしな」
「わ、私ですか?」
「あぁ。美人と話せるだけでも俺としては嬉しい」
俺がそう言うとルナは頬を少し赤く染めた。初心なようで可愛らしいな。童貞の俺が言うなって話だろうが。
「も、もう……ご主人様、そういったことはその……そういう関係の方々に言ってあげてください」
「ん? 方々?」
何で複数形なんだ? あ、もしかしてこの世界って!
「なぁ、もしかしてこの世界って何人とも結婚出来たりするのか?」
「ケッコン……というのが何か分かりませんが……恋人は何人でも作れますよね?」
「お、おう……」
やっぱりか! 結婚はないが何股でも出来るわけか。いやでもな……。
「流石にそれは……いやでもハーレムとか男の夢だよな……」
そうなんだよな。ハーレム目指さない男などいない。俺だってしたい。沢山の女性と! でも俺の倫理観がぁ!
「くっ……!」
「ご、ご主人様? どうかなされましたか?」
「待ってくれルナ! 今俺は人生最大の難問にぶつかってるんだ!」
「そ、そうなのですか!?」
なんて事だ。こんなことで日本の考え方が阻まれてしまうとは!
「る……ルナ!」
「は、はい!?」
「ふ、複数の女性と関係を持つ男に関してどう思う……?」
ハーレムしたい! いやしかしルナから嫌だと言われたらもう無理だ! くそ! 女性はそういうの一番気付くし傷付くんだろうが!
「えっと……普通の話ではないのですか?」
「え? …………あ、そ、そうね」
そうでした。この世界ではそれが普通なのか。いや、それはどうなんだ?
「ちょっと待てよ? それって女性も複数の男性の関係を築いているわけだよな?」
「はい。そうなりますが……」
「くそったれぇ!!」
「ご、ご主人様!?」
何てこった! そんな! この世界ではそれが普通……だと!? 俺は寝取られ属性なんて持ってない! 寝取り属性もないしな!
「うぅ……何て世界だ……」
「ご、ご主人様、どうした泣いていらっしゃるのですか?」
「こんな世界滅べばいいんだ……」
「ご主人様が乱心されてます!?」
こんな世界……。いや? 考え方を変えろ。もし仮に俺だけを愛するような女性だけを集めた場合はどうなる?
こんな倫理観との間に苦しんでいるのは俺が異世界から来たからだ。つまりこの倫理観を女性が持ち合わせておらず、また一途な人を集めた場合には……。
「ルナ! 俺頑張るな!」
「え!? あ、は、はい……」
そうと決まればまずはルナを完膚なきまでに落とす。俺以外は見れないようにしなければならないな!
「あの、ご主人様」
「ん?」
「着きましたが……」
どうやらギルドに到着していたようだ。ルナが指を差した方向を見るとそこには大きな建物があった。
例えるなら屋敷だろうか? 大きな一軒家のようにも見えるが賑わい方は日本のそれとは違うだろう。武装した人々の行き来が途絶えない。
「まずは冒険者登録を致します。そうすることで依頼を受けることが出来るようになり、その依頼の報酬としてお金が手に入ります」
「なるほど。その辺は大体分かる」
そんなことだろうと思った。しかし今日は頑張らなければ一文無しのままは流石にまずい。少なくともルナの分の宿代だけでも確保しなければ。
「それと冒険者登録をする際に天職の判断が出来ます」
「天職?」
何だそれは? あ、あれか。RPGとかによくある役職みたいなやつか。魔法使いが良いな。魔法とか使ってみたい。
「沢山の職業がありますので自分に合ったものを自動的に選んで下さるんです。ご主人様は異世界転移者ですのでかなり良い職業になるかと思います。伝説では勇者というのも異世界転生者であるようです」
「そうなのか? それなら期待が持てそうだな」
俺は何になるのだろうか? とりあえず魔法が使えるならそれでいいんだが。面白そうだしな、魔法。
ギルドの中へ入ると壁一面が紙に覆われているのが目に入った。中央には大きなカウンター。2階に上がることが出来、酒場になっていた。
「壁に貼られているのが依頼です。依頼を選んでカウンターで受理、依頼達成してカウンターで報告をするのが通例です」
「なるほどな。酒場は冒険者仲間を募集しているって感じか?」
「はい。流石ですご主人様。数少ない情報だけでそこまで悟ることが出来るなんて、異世界のお話が楽しみです」
いやだからそんな楽しい話じゃないっての。それに悟ってない。ゲームの世界の知識だぞ?
「ひとまず冒険者登録を致しましょう」
「そうだな」
ルナが率先して動いてくれるので助かる。普通のことを聞かれても俺は答えられない可能性があるからな。
「すみません。冒険者登録をお願い致します」
カウンターにいた受付のお姉さんに話し掛けるとにっこりと笑みを返される。
「はい。2名様でよろしいでしょうか?」
「あ、えっと……」
ルナが伺うように俺に視線を向けた。そもそも精霊は冒険者になれるのだろうか? まぁルナが否定せずに聞いてくるってことはなれるんだろうな。
「2人で問題ないと思うぞ? 何かあるのか?」
「いえ、ではそう致します。2名でお願い致します」
「かしこまりました。ではこちらに血判をお願い致します」
血判! 怖いなそれは。いやでもちょっと針とかで指を刺せばいい……んだよな?
「ご主人様、こちらをお使いください」
「お、おう……」
ルナから手渡されたのは短剣だった。うん、マジですか。
仕方ないので諦めよう。ちょっと痛いくらいだ。これからもっと痛い目を見るんだからこのくらいで怯えてどうする! いや、何か新しい扉開いちゃいそう。
ルナはあっさりと自分の指を軽く切って血を押し付けている。女性がこれが出来て男の俺が出来ないとか良い笑い者だ。
「…………っ!」
短剣で少し指を切った。痛い。痛いけど……まぁ紙で指切ったなくらいだな。何で怯えてたんだ俺は。
ルナに習って渡された紙に切った指を押し付けた。これで後は名前を書くだけなわけだが……。
「る、ルナさーん……」
「はい、どうか致しましたか?」
ルナを呼んで受付の女性に聞こえないよう顔を近付けて小声で話す。
「悪い。この紙に書いてる字が全く読めない」
何書いてんだこれ? 多分冒険者の登録書か何かなんだろうけど。全く読めん。そもそも異世界なのだから日本語な訳がなかった。
「では私が代わりにお名前をお書き致します。こちらに血判、サインを致しますと天職が表示されまして、そちらがご主人様のこれから目指すべき道となります」
「そ、そうなのか。結構重要なものだったんだな」
この世界のルールだとこれに従うべきらしい。他の道を探してみても良い気がするが、駄目なのだろうか?
「とりあえずお願いします」
「かしこまりました」
ルナにサインを頼む。本当に何書いてるんだろ? ルナはささっと2人分の名前を書くと俺の分を返してくる。表示されても多分俺には読めないんだろうな……。
ルナの方をちらりと見るとサインした名前の下に何か文字が浮かび上がった。読めないけど。
「私は……魔法使いです」
それっぽいな。しかしルナが魔法使いか。俺も憧れてたが、ルナが魔法使いなら俺は別の職業の方がバランスは良くなりそうだな。
「ご主人様は……」
ルナがちらりと俺の方を覗き込んだ。俺も何か表示されている。
さて何なのか。俺は異世界転移者だ、何か特別な職業である可能性が高いらしい。ならば期待してもいいよな?
「え、えっと……」
しかしルナは予想に反して何やら言い淀んでいる。何なのだろうか?
「何なんだ?」
「あ、あの……」
「ルナ?」
いやいやいやいや。何で気まずそうに視線を逸らすんですかね。
「あの……鍛冶師…………です」
「へ? 鍛冶師……鍛冶師。うん、鍛冶師か。…………鍛冶師?」
鍛冶師ってあれだよな? ほら、武器作る職業の。それって街のモブキャラじゃないのか? RPGじゃ登場すらしないパターンが多いあの?
しかしルナがこんなことで嘘を付くとは思えない。いや、付く意味がなければ気まずそうな雰囲気も本気だったと思う。
つまりだ。俺の職業は……鍛冶師?
「お、おう……。あれか。武器作って売って稼ぐのか、俺」
何それ。俺がイメージしてた冒険者生活と全く違うんですが。何で鍛冶師?
「いえ、そもそも素材がありませんので……」
「そ、そうだよな。調達からスタートしないといけないんだよな。でもちょっと待ってくれルナ。泣きそうだから……」
「は、はい……」
ちゃうねん。これちゃうねん。俺が思ってたんと全然ちゃうねん。
どう考えてもこんなのモテない。むしろハーレムどころかルナに迷惑を掛けまくる未来しか見えない。
「鍛冶師で冒険ってどうすりゃいいんだよ〜…………」
俺はその場でうずくまって嘆くことしか出来なかった。