第84話 魔人事件の最後
「つまりルナの師匠がきちんと生き返らない理由を確かめる為にもう1つの呪法を使ったと?」
「はい。内容は魔法の効力を上げる代わりに正しいことを強制的にしてしまう呪いです」
呪法の呪いは本当に精霊に返ってくるものだ。だとすれば今の話はよく分かる。
魔法の威力を上げたいのであれば信仰心を強め、その通りに動く必要がある。ならば正しいことを強制的にさせてしまうというのは納得の出来る話だ。
「なるほどな……」
「なので私は正しいことしか出来ません」
本当にそうなのか?
「なら魔人を作り出すのは……そして人間に魔物を組み込む実験は本当に正しいことなのか?」
俺にはどうにもそうは思えない。その意味を……その価値を見出せない。
「歴史は何度も繰り返されているようです。過去にも魔人という存在が幾度となく現れては滅びを繰り返されています。これにどういう意味があるのかは分かりませんが恐らくは現在の種族では不完全、魔人という完璧な種族を作り出そうとしているのではないでしょうか?」
「あるいは現種族の殲滅が主な目的……とかな」
「え?」
キョトンとされてしまった。俺は変なことを言った覚えはないのだが。
「魔法ってのは敵を殺す技術だ。なら上手く魔法が発動するタイミングはいつか……それが顕著に出るのは戦闘中だろ」
「なるほど……やはり頭が良いですね」
女性は顎に手を当てて考え込む。こいつなりの意見もあったようだがまぁそれは考えても仕方あるまい。
「種族の殲滅の為に……ですか。それが事実であるならばあなた方の敵は大いなる存在ということになってしまいますね」
「…………信仰心の欠片もない俺の話を信じていいのか?」
「はい、構いませんよ。私個人としましてはあなた方と敵対する気はありません。ただ……お願いがございます」
「お願い?」
どういったものだろうか? このタイミングでのお願い……か。
「私を殺して欲しいのです」
「…………」
女性は悲しげに笑う。色々な笑顔があるんだなと実感させられるくらいに見せられてしまう。
「このようなことを繰り返したくありません。それに私はあなたにとっては敵ではないでしょうか?」
「……今の話を聞いて敵に思えるかは微妙だな。でも殺さないと魔人騒動は永久に続くんだろ?」
「はい、そうなります」
ならば殺すしかないだろう。
「クロ様、ヒカリ様、フレイ様にはなんとお詫びをすればいいのか分かりません……。それにあなたも。セラが開いた次元によって恐らくはあなたの世界と繋がりやすくなってしまったのでしょう。ユキ様が転生してしまったのは恐らくはそのせいです」
「…………そうか」
誰も悪い奴などいなかった。ルナの為に命を賭して問題点を解決したセラとやらも、そしてそのセラの為に世界を混乱させたこの女性も。誰1人として悪い奴はいなかった。
「他に何か聞きたいことはありませんか?」
「…………お前は幸せだったのか?」
「え?」
目を大きく見開かれてしまった。しかし聞いておきたかったのだ。ここまで事を大きくしたこいつのことを。
「ここまでしてお前は幸せだったのか?」
「…………いえ、寂しい毎日でしたよ」
そんなものなのだろう。だから殺して解放して欲しい……か。
「お前らは何か言わなくていいのか? 特にルナとか……」
「言いたいことは多分みんな一緒よね?」
「うむ、恐らくはそうだろう」
「そうだよね? それ以外特に思い付かないかな」
「ん…………1つしかない」
「はい、私もそれしか思い浮かびませんでした」
ん? 何やら全員同じようなことを考えているらしいのだが全く分からない。何を考えているんだろうか?
「僕も特にないかな」
「俺もねーな。別に世界の事情とか知ったことじゃねーしなー」
「お前段々俺に毒されてきてないか? 大丈夫か?」
「弟子に本気で心配された……」
そりゃするだろう。俺に毒されてもロクなことにならない気がする。
「何でも仰ってください」
「それじゃあ……」
全員一呼吸整えた後に満面の笑みを浮かべる。え、何?
「この方を連れて来てくれてありがとうございました!」
えっと……えー?
「本当はルナさんの師匠に言わないといけないことかもしれないんだけどね」
「けれどこの人も協力したのでしょう? 間違ってないわよ」
「うむ、問題ないだろう」
「ん…………それ以外の言葉ない」
「師匠にも感謝しないといけません。とてもお世話になってこんなことまでしていただいて」
なんか全員清々しいくらいの表情を浮かべているんだが。とてもこれから殺人なんて起こりそうにない雰囲気なんだが。
「ふふ……愛されているのですね」
「いや……あの……えぇ……」
このタイミングでそんなこと言うなよやりにくい。
「めちゃくちゃ顔真っ赤だな〜」
「うるさい」
「うげっ!? 師匠を足蹴にするなよ!?」
くそっ……恥ずかしいなおい。
「萩 刀夜様」
「何だよ…………」
「今は魔力もなく、チャンスです。私の胸元にあるこの核を……破壊して止めてください」
急に真面目なテンションにするなよな。たくっ……。
俺は刀を抜くと女性の胸元に突き付ける。女性は目を閉じて死を受け入れた。
「何か言い残すことがあるなら聞くけど」
「そうですね……では最後に」
あ、あるのな。目を開けた女性は5人に負けないくらいの満面の笑みを浮かべた。目を奪われてしまったのは言うまでもないだろう。
「ありがとうございました」
「…………あぁ」
それは全く復讐心もない点に関してなのか、それとも話を聞いたことに対してなのか、それとも今まで俺が異世界で過ごしてきた全てに対してなのか。
しかし俺は納得しないながらも不思議と気持ちが落ち着いて刀を彼女の胸元に突き刺した。虹色に光るその石が砕け、女性の身体がどんどんと粒子となって消えていく。
「師匠のことを想っていただいてありがとうございました! 私も……私も負けないくらいに強くなります!」
薄っすらと見えた女性は柔らかく微笑んでいたように見えた。ルナの最後の言葉が届いたのかもしれない。
辺りは静寂が訪れた。あいつが魔人を操っていたのは神がそうするべきだと判断したからだと言うのが合理的か。
「…………」
あっけなく終わってしまったが何やらまだまだ一波乱ありそうな気がする。神の存在か……信じたことはないが実際に呪法の強さを聞いてしまうと安易に否定も出来なくなってしまった。
「刀夜さん大丈夫?」
「何がだ?」
「その……優しい人を殺すのって辛いことでしょう?」
ああ、そういうことか。別に心は痛まなかったんだけどな。それをさせてくれるくらいにあの女性は魅力的だったということか。
「そこまで気に病んでねぇよ。しかししまったな……名前聞き忘れた」
「本当ですね」
恐らくは魔力を回復させないように急がせたんだと思う。本当に色々と頭が回ることだ。
以前俺は首謀者の頭はそこまで良くないと思っていたがむしろ逆だったのだろう。あの女性はかなり頭が良く、むしろ俺達の有利に事が運ぶように手配してくれていたのかもしれない。
「……帰る?」
「いや、あっちになんか部屋があるぞ」
何の部屋だろうか? 勝手に入っていいんだろうか?
「まぁいいか……」
問題ないだろう。もう死んでしまった奴の部屋ならば。
俺達は玉座の奥に見える部屋へ入る。中は書庫のようで大量の本が並んでいた。
その奥にあるテーブルの上には2人の女性の写真が置いてあった。片方はさっきの女性だ、もう片方がセラという女性だろうか?
「ルナ、この人がお前の師匠か?」
「はい、そうです。…………お顔久し振りに拝見しました」
嬉しそうにしながら写真を手に取った。ルナが写真を見て感慨に浸っているのを確認した後に周囲に視線を向ける。
「…………刀夜」
「ん?」
アスールが1つの本を見せてくる。それは何かの記録だった。何の記録かはよく分からないが……。
本を開くとそこには呪法に関しての実験がびっしりと乗ってあった。作成者は……セラとシルア?
「…………多分これが名前」
「そうかもな」
シルアか……。こいつの名前は恐らく生涯忘れないだろう。
中を読んでいくと呪法の弱点なども書いてあって大変興味深かった。そしてシルアが使用した呪法の穴とも呼ぶべき性質もびっしりと書いてあった。
シルアは完璧に正しいことしか出来ないわけではないようだ。心の持ちようや考え方によってその制限を潜り抜けることが出来たようだった。
例えば犯罪者に手を貸すと思っているのは悪だろう。ただその人が犯罪者ではなかったとすればそれは人の為になるから、という考え方が出来るわけだ。
そういう安易な潜り抜け方が出来るものの、やはりその本質がそれに見合ってなければ不可能ということらしい。
簡単に言えばそういう条件を揃えればいい。つまり自分が完璧にそういう風に思ったという条件を作り出すことで心をそれに支配させる。あえて支配させることで結果的にやりたい事をするという事らしい。
小難しい事が書いてあるが要約するとそういう事だろう。そんな不可能に近いことを簡単にやってのけて俺達をここまで導いてくれていたようだ。
「…………これは何というか、俺達の完敗だな」
「……そうなの?」
全てあの人の手のひらの上だった、ということだろう。こちらの行動はほぼ全て読まれていたと思っていい。
そういや心が読めるんだったか。そりゃ強いわけだ。
「この本全部持って帰ろうか」
「…………全部?」
「ほら、ルナがどうせ引き継ぐだろ?」
呪法に手を出させる気はさらさらないが研究だけは続けていけるかもしれない。ならばこの資料は持って帰るべきだろう。
「そうね。そういえば刀夜さん、こんな本もあったわよ」
「ん?」
マオに手渡された資料は鉱石に関してだった。大まかには知っているが……ん? 魔法に反応する鉱石の存在?
「…………集中して見過ぎ。……それは家でするべき」
「そ、そうだな。よし早く帰ろう」
「本当に根っからの鍛冶師ねあなた……」
早く読みたくなってきた。仕方ないだろう、俺は鍛冶師なんだから。
「ご主人様」
「あぁ。いや、早く帰るぞ?」
「はい……」
ルナは目尻に涙を溜めていきなり抱き着いてくる。何事?
「師匠の事……知れてよかったです……」
「…………そうか」
俺はルナの頭を優しく撫でながら考える。ルナを慰める方が先だよな……と。