特別編コウハ視点第6話 酷く、されど優しい慰め方
刀夜殿のいた世界には三人寄れば文殊の知恵という言葉があるらしいが残念ながらそれでも刀夜殿を喜ばせる案は何も出なかった。
そして翌日、私はある決心をして刀夜殿に話し掛けた。
「と、刀夜殿」
「ん?」
ソファに座って相変わらず魔法の勉強をしている勤勉な刀夜殿だったが私の話にきちんと耳を傾けてくれるようで本から顔を上げてじーっと私を見つめる。
折角勉強しているのに水を差してしまっては流石に刀夜殿も怒るだろうか? それとも呆れられてしまうだろうか?
「で、でで」
「で?」
急激に顔が熱くなってしまった。私から誘ったことがないから緊張してしまう。
「デート……に行かないか?」
「あぁ、いいぞ」
「そ、そうだろうな……やっぱり魔法の勉強が優先だろう……」
「いや、聞いてるか? だから別にいいぞ?」
ん? 今刀夜殿はなんと言ったんだ?
「デートだろ? 別にいいけど何かしたいこととかあるのか?」
「い、いいのか!? わ、私と2人きりだぞ!?」
「別に問題ないけど」
ほ、本当に良いのだろうか!? こんなガサツでデートのでの字も知らないような素人なのに!?
「ちょっと着替えてくるな」
「う、うむ! 私も着替えてくる!」
刀夜殿が自室に向かって行く前に私は走り出した。刀夜殿はやはり今日は勉強の予定だったのだろう。それなのに私に付き合ってくれるのか。
「ふふ……」
嬉しい。刀夜殿に大切にされているのが分かってしまう。普段なら寝るのを提案しても嫌がるくらいに勤勉だからな。
手早く準備を済ませると刀夜殿と合流して外に出る。デートというのは分からないが今日は精一杯刀夜殿に楽しんでもらおう。
「刀夜殿は何かしたい事はないのか?」
「ん? いや、別にないな」
「そうか……」
そうだよな……刀夜殿はいつもそう言うだろうことは分かっていた。
「コウハも何かしたいことがあったんじゃないか?」
「私は刀夜殿とデートがしたかっただけだ」
「そうなのか」
全く理由になっていないはずなのに納得した様子の刀夜殿。顎に手を当てて少し考え込むような仕草をした後に私の手を握ってくれる。
「んじゃちょっと行くか」
「うむ! どこに行くんだ?」
「ショッピングモールだな」
刀夜殿に手を引っ張られてショッピングモールへ。刀夜殿はその人の多さに死んだ目をしながらも目的地があるのかどんどんと進んで行く。
「ここで何かするのか?」
「あぁ」
人混みをかき分けるように進み、やって来たのは服屋だった。刀夜殿は服が欲しかったらしい。
「確かにそろそろ暖かい服を買わないといけないな」
「いや、それもあるんだけどな。今日はコウハに着てもらう服を買いに来ただけだぞ?」
「え、私の服?」
どうして刀夜殿がそんなことを……。
「出会って間もない頃くらいに男勝りでガサツだとかいう話をしてたろ? ということでオシャレをしてみんなを驚かせてやれっていうのが建前」
「建前なのか!?」
「あぁ。本心を言うと俺が色々な服を着てるコウハが見たいだけだな」
そ、そそ、それは刀夜殿は私にオシャレをして欲しいということなのだろうか!?
「嫌ならやめるけど……」
「い、いや、刀夜殿が見たいのなら私は何でも着るぞ!」
「嫌な服はあらかじめ断っておいてくれよ……?」
刀夜殿が選んでくれる服に文句などない! それが刀夜殿が着て欲しい服なら喜んで着させてもらう!
「んじゃまずはこれかな」
「うむ……ってこれは可愛過ぎないか!?」
「似合う似合う」
刀夜殿に渡されたのは赤色のフリルの付いた綺麗なドレスだった。値段を凄まじい上にこんな可愛い服が私に似合うわけがない!
「とりあえず試着してみろって」
「そ、それはいいが……わ、笑わないでくれよ?」
「笑わないって」
刀夜殿が選んでくれたから着るには着るが……私にはやはりこういうのは似合わない気がする。
試着室で試しに着てみてもやはり違和感が凄かった。こ、こんな姿を刀夜殿に見せるのか……?
「コウハ? 着替えたなら出てきて欲しいんだが……」
「ちょ、ちょっと心の準備をさせてくれ!」
「お、おう……」
大きく深呼吸して覚悟を決める。刀夜殿が選んでくれた服だ。刀夜殿に見せるのは筋というものだが……やはり恥ずかしい。
ゆっくりとカーテンを開けると刀夜殿が真っ直ぐに私を見てくる。うぅ、恥ずかしい。
「に、似合わないだろう?」
「え、超絶可愛いけど? 異論は認めん」
「なっ!?」
か、可愛いだと!? 刀夜殿はやはり少し感覚がおかしいんじゃないか!?
「私が可愛いだとかそんなはずないだろう!?」
「いや、可愛い。ということでこれも付けてくれ」
刀夜殿に渡されたのは髪留めだった。それも青色のリボンだった。更に可愛いものを付けようとさせてる!?
「や、やはり似合わないだろう!?」
「似合うって。あー、ほら、後ろ向け」
「な、何で今日はそんなにも強引なんだ!?」
刀夜度にくるりと回転させられ、後ろでポニーテールを結ってもらう。は、恥ずかしい上にこんな可愛らしい格好はやはり私には似合わない!
「と、刀夜殿!」
「やべぇ、お持ち帰りしてぇ」
「刀夜殿!?」
刀夜殿が珍しく私を見てうっとりとしていた。も、もしかして本当に可愛いと思ってくれているのか?
「あ、あの……と、刀夜殿はこういう格好が好きなのか?」
「まぁお前らはドレスとか似合うだろうとは思ってるけどな。全く知らない奴が着てても何にも思わないと思うが」
刀夜殿はどれだけ私達のことが好きなんだ。そんな真っ直ぐに好意を向けられると更に照れてしまう。
「ということでこれは買いだな。後は……」
「ま、まだ買うのか!?」
「当たり前だ。まだまだ買うぞ? あ、巫女服発見」
「み、巫女服?」
何だそれは? こちらも白と赤色の服装で妙に可愛らしい気がする。
「これも着てみてくれ」
「そ、それはいいが……」
刀夜殿に着せ替え人形にされてしまった。
服屋を出ると手には既に大量の荷物が。そんなに買わなくてもいいじゃないか……。
「と、刀夜殿はどれだけお金を無駄遣いするんだ!? ルナ殿に怒られてしまうぞ!?」
「俺のポケットマネーだから別に問題ないぞ?」
「ポケットマネー……え? ちょ、ちょっと待ってくれ。刀夜殿のお小遣いから出したのか!?」
「そうだが……」
あんな金額を易々と!? どれだけ貯め込んでるんだ!?
「まぁお前らは下着とかで結構高いの買ってんだろ? 俺は適当に済ませちまうからな、結構余るんだ」
「それでも余り過ぎじゃないか!?」
「そうか?」
本当に何にも買っていないのではないだろうか? そういえば刀夜殿は元の世界にいた頃はあまりお金に余裕がなかったと言っていた。節約家なのかもしれない。
「パーっと何かに使いたくならないのか?」
「んー……今?」
「それは私の物を買うだけだろう!?」
刀夜殿はどうしてそう私達を中心に動いているんだ!?
「まぁそれ以外に思い付かないしな。別にいいだろ。あっ、あいつらにお土産も買いたいな」
刀夜殿はやはり私達以外のことではお金はあまり使わないようだ。しかしそれでは……。
歩き出した刀夜殿に私は咄嗟に服の袖を掴んでしまう。刀夜殿がキョトンとした顔で振り返った。
「どうした?」
「い、いや……あの…………」
な、何と言って誤魔化せばいいんだ!? す、素直に自分の為に使って欲しいと言うべきなのか!?
私は刀夜殿に幸せになって欲しい。いや、私が幸せにしたいんだ。だから刀夜殿に自分の事も大切にして欲しい。
「…………コウハ、ちょっと行きたいとこあるんだけどな。付き合ってもらえるか?」
「え、あ、う、うむ」
刀夜殿は優しい顔で微笑んでそんなことを言ってくれる。気を遣わせてしまっただろうか?
うぅ……やはり私にデートは荷が重かったのかもしれない。
刀夜殿に連れられてやって来たのは展望台だった。恋人達がイチャイチャしながら景色を楽しんでいた。
「よっ……と」
刀夜殿は慣れたように窓から外に出て屋根の上に捕まっていた。
「と、刀夜殿!?」
「ほれ、コウハ」
ぶら下がったまま手を伸ばしてくる。周囲の人間が驚いたように目を見開いているというのに御構いなしだ。
「い、いや、流石に駄目だろう!?」
「別に駄目ってルールはねぇんだから大丈夫だろ。それよりほら」
「え、えぇ……」
刀夜殿に強引に引っ張られて私も屋根の上へ。刀夜殿がその場に座ったので私も隣に座る。
少し冷たい風が全身を撫でていく。夕暮れに染まる綺麗な空が綺麗で目を奪われてしまう。
「なぁコウハ」
「どうした?」
刀夜殿は景色から目を逸らし私の瞳を真っ直ぐに見つめる。その優しい瞳に私はドキドキしてしまう。
「お前さ、俺にお礼がしたいとかそんなこと考えてデートに誘ったろ?」
「え、えぇ!? な、何で分かるんだ!?」
どうして刀夜殿にバレているんだ!? だ、だって刀夜殿は鈍くて……も、もしかしてルナ殿かマオ殿がバラした!?
いや、そんなことはないはずだ! あの2人はこういうことは絶対に言わないはず……。刀夜殿の為になるなら多分バラしてしまうだろうがこれは別に分かってしまっても刀夜殿には何の得もないはずだ。
「付き合いが長いんだ、大体は分かるだろ」
「そ、そうか……」
刀夜殿は思ったよりも鈍くないのかもしれない。いや、そ、そんなことはない……よな?
「お礼ねぇ……。そんな大したことをしたわけじゃないんだけどな」
「そんなことはないだろう!? 種族間の争いは顕著なのだぞ!? それを取り持つことがどれ程難しいことかは分かるだろう!?」
「確かにそりゃ難儀はしたけどな。でもな」
刀夜殿は珍しくにっこりと微笑んだ。
「お前の為なら別に苦じゃねぇよ」
「なっ……」
そんなことを言わないで欲しい。私は慌てて顔を逸らして刀夜殿に表情を見えないように隠した。
胸が苦しいくらいに痛い。私は刀夜殿の友人すら救えなかったというのに私ばかりが刀夜殿に優しくしてもらっている。
何が刀夜殿を幸せにしたいだ。そんな資格、私には一切ないではないか……。
「ぐすっ……」
「え、ちょ、こ、コウハ?」
「っ……」
流れ出た涙を無理やり拭う。刀夜殿は少し強引に私を振り向かせると優しく抱き締めてくれた。
「な、泣くなよ……俺こういう時どうすりゃいいのか分からないんだから」
「すまない……すまない……!」
情けない。私は一体何をしているのだろうか。刀夜殿に甘えてしまっているのに涙が止まらない。
「そんなに納得出来ないなら何回でも言ってやるよ。浅野のことは気にしなくていい。なるべくしてそうなったんだから」
「でも……私は沢山の幸せをもらっているのに刀夜殿は……!」
「俺を不幸だなんて勝手に決めんな。お前らがこうやって優しくしてくれるだけで……お前がこうやって俺の為に泣いてくれるだけで俺は充分幸せだ」
優しく頭を撫でてもらってようやく涙が止まってくる。
「だから泣かないでくれ。俺はさ、お前らが笑ってくれるだけでいいんだから」
「刀夜殿……」
「それに……」
私を離した刀夜殿は満面の笑みを浮かべる。その笑顔に私は目を離せなかった。
「愛してくれ」
「なっ!?」
「これが俺のワガママだ。分かったら黙って俺を愛せ」
本当に酷い慰め方だった。ブラのホックを外したりと色々と残念な人だ。でも……。
「うむ……愛している」
それ以上に私の大好きな人だ。不器用で強欲で、それでも報われなくて。だから私達を頼ってくれる。甘えてくれる。
私はそんな彼のことを精一杯愛そう。刀夜殿が私を愛してくれるそれだけで私も充分だ。同じ気持ちなのだろう。
「あぁ、俺も愛してる。さて、お土産でも買って早く帰るか。晩飯に遅れちまう」
「あ、刀夜殿」
「ん?」
立ち上がった刀夜殿に手を伸ばす。愛していることを精一杯に伝えたいから。それで刀夜殿が満足してくれるのなら……。
「大好きだ」
恥ずかしがっている場合ではないのだろう。だから私の方から刀夜殿にキスをした。