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第18話 ルナは相変わらず優しく、そして俺も甘いらしい

 日も落ちてきて暗くなってきた頃、俺達は図書館を出た。わざわざアスールが送り迎えをしてくれているのは恐らく他に客がいないからだろう。みんな勿体無いな。こんな美人と話せるチャンスなのに。


「それじゃあアスール、またな」

「ん…………また」

「ありがとうございました」


 まぁまたというか明日も来るんだろうけどな? どうせもうここでしか勉強することないだろうし。

 アスールと別れて2人で手を繋ぎながら歩く。夜は涼しいから手汗の心配はないな。緊張の面では心配しまくりだが流石に慣れた。朝はあんなことがあった後だったしな。


「物凄く落ち着いた方でした」

「そうだな」


 大人の余裕があるようにも見えるがまぁ常に冷静だったという印象だ。アスールが大人かどうかはよく分からない。有翼種ってルナみたいに長生きするのだろうか?

 宿屋に戻って来ると身体を伸ばして骨をポキポキと鳴らす。長時間動かないこともそうだが一日中勉強というのは疲れる。


「あの……ご主人様」

「ん?」

「私はご主人様に謝らないといけないことがございます……」


 何だろうか。ルナが何かしたっけ?


「私……無駄なお買い物をしてしまいました」

「はあ……え、何か買ったっけ?」


 そもそもそんな大きなものじゃない。持ち運び出来ないからな。魔法の鞄とやらは今はこの街では品切れだし。


「こちらです……」


 ルナは何か覚悟をしたような面持ちでそれを取り出して俺に渡して来る。すっごい見覚えある。というか馴染みのものである。


「耳かき棒だな」

「はい……買ってしまいました……」


 え、それが何か駄目なのか? むしろ必需品じゃないのか? もしかして物凄く高いとか?


「えっと……ちなみにお値段は?」

「500Gです」

「すまん。俺の頭じゃ何で謝られてるのか全く分からなくなった」


 この街の物価は安い。耳かき棒の相場は知らないが普通に安いのでは?


「ご主人様が稼いだお金を勝手に使ってしまって……き、嫌いになってしまったでしょうか!?」

「こんなことで嫌いにならないし別に怒ってもなければ俺だけで稼いだ金でもないんだが……。あー、とりあえずツッコミどころ満載だが別に気にしなくていい。どうせいるものだろ?」

「ですが……」

「気にするな。それに俺がルナのことで怒ることなんてほとんどないと思うぞ?」


 そもそもルナは怒るようなことしないしな。基本良い子だし。


「でも何で耳かき? 精霊も耳かきがいるのか?」

「いえ、私は必要としませんが。ご主人様が稀に耳を痒そうにしてらしいので……」


 しかも俺の為に買ってくれたんかい。何でそれで謝られてんだ俺は。


「と、ということでご主人様……その……どうですか?」

「ん? どうとは?」

「耳かき……させていただけませんか?」


 耳かきを……させて欲しい? ルナが自分のを? いやいや、精霊は必要ないんだろ? ということは俺の?


「ちょっと待ってルナ。それはもしかして俺の耳を掃除したいという解釈でいいのか?」

「は、はい」

「全ての男の憧れ、彼女からの甘々膝枕で耳かきか!?」

「は、はい!」


 マジかよ。この世界にそんな幸せなものが存在しただなんて。


「ルナ大好きだ!」

「あ、ありがとうございます!?」


 力一杯ルナを抱き締める。もうあれだ、好きを通り越して愛おしい。俺の嫁だな、嫁。

 ルナが先にベッドで正座し、太ももに頭を乗せる。


「あ〜……やっぱりルナの膝枕は落ち着く。ヤバイなこれ……このまま永遠にここで寝ていたい……」

「そ、そうですか? ふふ……沢山甘えてください」


 そんなことを言われたら甘えたくなってしまう。でも我慢だ。ラブラブするのはいつでも出来る。今はルナの耳かきでのんびりしたい。


「それじゃあルナ、早速頼む」

「はい」


 ルナが俺の頭をひと撫でした後に耳かき棒で耳の周辺を掃除してくれる。


「力加減はどうですか? 痛くありませんか?」

「超気持ち良い〜…………」


 つい声も間延びしてしまう。ヤバイなこれ。癖になっちまいそうだ。一生自分で耳かき出来ない。ルナに頼もうかな。


「ふふ……可愛いです」


 男としては不本意な評価だがもう今はそれでいいかも。もうここから離れたくない。


「あの、ご主人様?」

「ん〜?」

「その……今日のアスール様のこと、どう思いましたか?」

「どうって言われてもな……」


 何がどうなんだろうか? ルナはあいつのことで何か気になることがあるようだ。


「その……やっぱり街に有翼種がいるのは何か事情があると思います」

「あー……まぁそうだろうな」


 でもそれだからといって俺達が干渉していいものか?


「あの……何かしてあげられないでしょうか?」

「何かと言われてもな……。事情も分からないし向こうは俺達のこと警戒していただろうしな……」


 俺がそう言うとルナの耳かきの手が止まる。どうかしたのか? やめられると何だか寂しいんだが。


「今日のご主人様、何だか冷たいです……」

「そうか?」

「はい。いつもなら困っている人を助けるじゃないですか」


 そうだっけ?


「…………ルナは人を助けるってどういうことだと思う?」

「え? それは困っていることを取り除いてあげることではないのですか?」

「ふむ……まぁそうだな」


 確かに間違っていない。でもそれは人付き合いという点においては間違いだ。


「でももしその人が助けを求めていない場合はどうなる?」

「え? それは……困っていないってことですか?」

「そうじゃない。助けを求めていない。自分で何とかしたい。自分は現状を受け入れている。そんな色々な感情があって助けられることを拒んでいるかもしれない」

「そ、そんなこと……」

「あるんだ。ルナは優しいから分からないかもしれないが、人っていうのはそういう厄介な生き物なんだ」


 ルナの気持ちは痛いほどに分かる。アスールは本当に良い奴だ。


「ルナがアスールを助けたいと思っているかもしれないがアスールはルナを拒むかもしれない。申し訳なさでルナに顔向け出来なくなるかもしれない」

「そ、そんなこと……」


 あるんだよ。あいつはどことなく前の俺に似ている。だから分かる。何となくだけど。


「自分で乗り越えることと誰かに助けて乗り越えることには結果は同じでも大きな差があるものだ」


 俺は上体を起こすと優しくルナを抱き締めた。ルナは強く抱き締め返してくる。


「ご主人様が言ってることは恐らく正しいんだと思います。誰かを助けたいというのは自己満足だってことも分かっているんです」

「そうだな」


 誰かを助けることは自分の願望を押し付けているのと変わらない。自分は幸せで他人は不幸なんてことを見逃せない幸せな人の自己満足だ。


「でも私……アスール様のこと」

「あぁ、助けたいんだろ?」


 そんなことは分かってるし俺も同じ気持ちだ。


「自己満足でも何でもいい。助けたいと思ったのなら助ける。それでいいんじゃないか?」

「ご主人様……」


 それが自分なのだから。無理に取り繕う必要も誰かに合わせる必要もない。自分のまま受け入れてもらうしかないのだろう。


「まぁ勉強をついでになっちまうけどな。明日からしばらくは図書館通いなんだ、アスールがどういう奴でどういう風に思っていて何をしたいのか。仲良くなりながら探っていけばいい」

「ご主人様……きちんと考えてくださっていたんですね」


 そりゃあ俺もあいつのことは何とかしたいって思ったし……。


「やっぱりご主人様お優しいです。大好きです!」


 ギューっとルナに抱き締められて胸の感触が!


「ま、まだ解決出来ると決まったわけじゃないし、そもそもアスールが助けを求めてるかどうかも分からないだろ?」

「それでもご主人様がそこまでお考えなのが凄いです。格好良いです」

「お、おう……」


 そんなにど直球で言われると恥ずかしい。顔が赤くなっているだろうな……。


「それに比べて私は……」

「はい、ストップ。ルナは優しいからそうであって俺みたく捻くれてるわけじゃないだろ?」

「ご主人様は捻くれてなんていません!」


 お、おう。お前俺のことになると必死過ぎないか?


「ご主人様は頭が良くて努力家で格好良くて……。それに比べて私は甘いだけで……」

「甘いだけでもいいんじゃないか? それがルナだしお前の優しさだろ?」

「ご主人様……」


 ルナはそうやって生きてきたのかもしれない。それは俺にとっては本当に凄いことだと思う。


「いつも誰かの幸せを願っていて、それをする為の努力をして、助けようとして。そういうことが出来る人ってのは少ない。みんな基本的には私利私欲で動いているからな」


 ルナのこれが綺麗事だと片付ける人間も当然いるだろう。しかしその人物こそ最もルナから遠く、同じことが出来ないと思う。それだけルナは凄いのだ。自信を持つべきだろう。


「はい……ありがとうございます」

「お、おう。と、とりあえず明日からはアスールのことを知っていくとして、勉強も続けたい。ルナ、悪いけど教えてもらえるか?」

「はい! もちろんです!」


 ルナが元気に返事を返してくれる。アスールの件はひとまず保留。でも結果的にルナもアスールも2人とも傷付かない道がいいな。そう考えてしまう俺もルナと同じで甘いのかもしれない。


「ではご主人様」

「ん?」

「耳かきの続きを」

「っ!」


 そうだった! 今俺はルナに膝枕で耳かきという至福の時間の途中だった!


「も、もしかしてもうそんな気分では無くなってしまいましたか?」

「そんなことない! ルナ、是非頼む」


 危ない危ない。もしルナにこの至福を止められてしまったらこれからの人生何を糧に生きていけばいいのか。


「ふふ、そんなに気に入っていただけたんですか?」

「当たり前だろ? ルナに膝枕してもらえてしかも耳掃除までしてくれて優しく頭を撫でてくれるんだぞ? これ以上に幸せなことなんてあるかよ」

「そ、そんなにですか」


 ルナが頬を染めて嬉しそうに微笑んでいる。うん、可愛い。ウチの嫁ヤバイ。こんなに可愛いのに一途で性格良いとか俺もう詐欺師しかいないと思ってた。


「では始めましょう。もし他にもして欲しいことがあれば遠慮なく言ってください」

「おう。ルナも何かして欲しいことがあれば言うんだぞ? ハグでもキスでも何でもいいぞ」

「そ、そうですか? で、ではまたの機会に……」


 何をお願いされるのやら。ルナのことだから抱き締めて欲しいとかなんだろうな。もっと欲張りになればいいのに。

 俺に出来るのは髪を梳いたりするくらいなんだよな……。これから毎日してあげたら喜ぶだろうか?

 とにかく今はこの至福の時間を楽しむとしよう。アスールのことはまた明日にでも改めて考え直すか。

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