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特別編コウハ視点第5話 好きな人にしてあげたい事は案外思い付かない

 それから程なくして刀夜殿はゆっくりと目を閉じて眠りについた。心地良さそうな寝息を立てながら。


「寝顔可愛い……」


 本当に刀夜殿は中性的で童顔だ。寝ているその表情は可愛らし過ぎてキュンとしてしまう。

 私は刀夜殿を胸に抱き寄せると目を閉じる。以前ならこれも恥ずかしかっただろう。

 しかしだ。しかし私は刀夜殿にもっと触れて欲しい。もっと触れていたい。だからだろうか……普段はしないような大胆なことも平気でしてしまえる。


「刀夜殿、私の胸はどうだろうか?」


 わざと押し付けてみたりして刀夜殿の反応を確認する。寝ているので全く変わらないのだがそれでも気持ち良く眠ってくれているだけで嬉しい。


「ふふ……」


 刀夜殿に甘えてもらえるだけで心が満たされるようだ。うむ……私はやはり刀夜殿がいないと駄目らしい。

 そのまま刀夜殿を抱き締めながらしばらくの間は寝顔を見続けた。数時間経過しているはずなのにあっという間の時間だったように思う。


「ん……」


 刀夜殿がうっすらと目を開いた。そして胸に顔を埋めている現状に大きく目を見開いた。


「わ、悪い!」

「おっと……いいんだぞ? このままで」

「え……」


 慌てて離れようとする刀夜殿を離さまいと私は刀夜殿の後頭部を押さえて動きを封じた。

 今刀夜殿に離れられてしまうととてつもなく寂しくなってしまう。もっとこうしていたい。


「ど、どうした? いつもは恥ずかしがってあんまりさせてくれないのに」

「確かに恥ずかしいが……それよりも嬉しいから問題ない」


 刀夜殿は私の変化にすぐに気付いたようだ。それも仕方ないだろう、いつもよりもその……大胆なことをしてしまっているのだから。


「そ、そうか?」


 遠慮していた刀夜殿も私の背中に手を回して抱き着いてくれる。甘えてくれているようで本当に可愛い……。


「何かあったか?」

「うむ……刀夜殿が言ってくれただろう? もっとワガママに生きていいって」

「確かに言ったが……」

「だから私ももっとワガママを言うことにした。刀夜殿を独り占めしたい」


 刀夜殿は目を大きく見開いた。皆が刀夜殿にとっての1番を目指しているのは知っているはずだ。何をそんなにも驚くのだろうか?


「……俺は妙に愛されてるな」

「それだけ刀夜殿が魅力的だからだろう?」

「それはお前らもだろ? 俺なんかよりもっと優良物件はそこらに転がってると思うんだけどな」


 これも照れ隠しなのは分かっている。いつもはそんなことはないと言うところだが刀夜殿にはそれは通がないのだろう。


「刀夜殿より凄い人を私は知らないな」

「そ、そうか?」

「うむ……刀夜殿だからこそ私もここまで好きになったんだ」


 普段の刀夜殿と同じように冷静に返す。刀夜殿は恥ずかしさを誤魔化すように私の胸に顔を埋めて表情を隠した。


「ふふ……」


 そんな子供のような仕草が可愛らしくてつい頭を撫でてしまう。


「今可愛いとか思ってるだろ……?」

「うむ。刀夜殿はたまに子供らしさが出るから可愛い」

「そんなはっきり言うなよ……」


 刀夜殿は子供扱いされることを嫌う。恥ずかしさは飛んでしまって今は呆れた様子だった。

 無愛想で無表情、それでいて天才肌な人だと思っていたが今の私はそんな刀夜殿を見る目が変わっている。

 確かに無愛想に見えるかもしれない。無表情に見えるかもしれない。しかしちゃんと細かな変化はあるのだ。

 不機嫌になったり、殺意を向けたり、嬉しそうに小さく微笑んだり、優しく見つめたり。そんな人が当たり前にするだろう表情を持っている。


「私もまだまだだな」

「……?」


 刀夜殿のことをもっと知りたい。私の知らない一面をもっと見せて欲しい。だから私はずっと刀夜殿といれるようにこんなお願いをしてみた。


「刀夜殿」

「ん?」

「私にもエルフ族の魔法を教えてもらえないだろうか?」


 もちろんエルフ族の魔法には元々興味があった。しかし私が使える魔法は中級属性魔法までだったから諦めていた。

 しかし刀夜殿は他種族の魔法にまで手を出して更に強くなろうとしている。私も置いていかれたくない。むしろ刀夜殿を守れるくらいに強くなりたい。

 私が刀夜殿よりも強くなれば刀夜殿の目標が私になってくれるかもしれない。もちろんそれは通過点に過ぎず、刀夜殿はもっと上を目指そうとするだろうけど。


「別にそれはいいけど……」

「うむ……刀夜殿も私にして欲しいことは遠慮なく言って欲しい」

「そうか? ひとまず腹が減ったから飯にしないか?」

「うむ」


 そろそろ夕飯時だ。ルナ殿には感謝しないといけない。

 居間へと向かって夕食を済ませる。ルナ殿に一言言いたいのだが……洗い物などをしてくれていて邪魔は出来なかった。


「ルナ、手伝うぞ?」

「ありがとうございます」


 刀夜殿もルナ殿に付いて洗い物を済ませていた。刀夜殿に習って私も手伝って同時にお礼も言おう。


「私も手伝う。洗った皿を拭いて戻せばいいか?」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらだ。いつも……それに今日もありがとう」


 ルナ殿はこうして刀夜殿を支えているのだな。生活面だけじゃなく戦闘でも凄いのに。刀夜殿の隣にはやはりこういう女性が似合うのだろうか?


「今日のコウハは妙に献身的だな?」

「ふふ……ご主人様が魅力的だからですよ」


 私の心情を察しているルナ殿はからかうように笑みを浮かべる。私の顔は瞬時に熱を持ってしまった。


「魅力的?」

「る、ルナ殿! それ以上は!」

「はい、言いませんよ? ご主人様もご自分でお考えくださいね」


 ルナ殿は大人の余裕だ。うーむ……私も見習わねば。


「んー……分からん。俺何かしたっけ?」

「ふふ……そういうところはご主人様らしいです」


 本当に私もそう思う。特に何も意識をしていないのだろう。それなのに人に優しく出来るのは刀夜殿の良いところだ。


「刀夜殿は気にしなくていいんだ。ただずっとそのままでいて欲しい」

「……?」


 刀夜殿は首を傾げたまま悩んでいたがこればかりは恥ずかしくて言えない。


「それでコウハ様、あ、ご主人様は少し離れていてくださいね」

「え、俺だけ除け者?」

「はい。申し訳ありませんが乙女の秘密です」


 ルナ殿はにっこりと微笑んでかなり理不尽なことを言っていた。刀夜殿は……うむ、案の定困っていた。


「それでコウハ様、ご主人様に上手く恩返し出来ましたか?」

「うーむ……いや、結局いつも通りになってしまった。折角譲ってくれたのにすまない……」

「いえ、気にしないでください。ご主人様ですからそうなってしまうのは当然です。ではお2人で何か考えてみましょう」


 私は目を大きく見開いてしまう。もしかしてルナ殿も手伝ってくれようとしているのか……?


「そ、それは申し訳ない! これは私のお礼であってルナ殿にまで迷惑を掛けるわけには!」

「ふふ、いいんですよ? ご主人様を譲るわけではありませんから」

「そうかもしれないがだからといって私に有利になってしまうだろう!?」

「そうなんでしょうか?」


 何故ルナ殿はこんなにも優しいんだ!?


「ここでコウハ様を見捨ててしまう方がご主人様は嫌うかと思いますが……。それにコウハ様が困っているのに放っておけません」

「ルナ殿……」

「ですので手伝わせてください。お願いします」


 そんなににっこりと微笑んで言わないで欲しい。むしろ手伝って欲しいと思っているのは私の方なのに。


「……それじゃあこちらこそすまない。お願いします……」


 もうルナ殿に甘えることしか出来なかった。刀夜殿がルナ殿に対して全幅の信頼を寄せている理由もよく分かる。ルナ殿は優し過ぎる上にわきまえているところはきちんとわきまえているのだ。

 自分の意思がしっかりしているから何かあったらすぐにでも自分の意見を言ってくれる。それに優し過ぎるから側にいて心地良い。


「はい、ではゆっくり考えましょう」


 女神のような微笑みを浮かべたルナ殿は刀夜殿の元へと走ってしまう。


「すみませんご主人様、後はお任せしてよろしいでしょうか?」

「ん? あぁ、片付けか。別にいいぞ。コウハと何かするんだろ?」


 刀夜殿も色々と察してくれているようだ。多分それが私が刀夜殿に対するお礼のことであることは恐らく本人は分かっていないんだろうが……。


「ありがとうございます」

「すまない刀夜殿」

「いや、別に構わない。もうほとんど終わってるようなもんだしな」


 快く引き受けてくれた刀夜殿を尻目にルナ殿の部屋へ向かう。本当に私の周りは良い人ばかりだ。


「それではご主人様が喜ぶお礼に関してですが……」


 ルナ殿が本題に入ろうとした瞬間、部屋がノックされる。


「あ、ど、どうぞ」

「失礼するわね」


 入ってきたのはマオ殿だった。何か用だったのだろうか?


「話、聞いちゃってごめんなさいね。刀夜さんに何かお礼をするなら私も手伝おうと思って」

「ま、マオ殿まで!?」

「刀夜さんにわざわざ獣人を守ろうと提案してくれたでしょう? そのお礼だから気にしなくていいわよ? もちろん刀夜さんの1番を譲るわけじゃないけれど」


 マオ殿までそんなことを言ってくれる。どうしてこう……。


「えっと……どうして涙目なのかしら」

「な、泣いてない!」

「ふふ……」


 感動させるようなことは言わないで欲しい。私の周りにはこんなにも素敵な仲間がいて……もう独りじゃないんだ。

 目尻に溜まった涙を拭うと私は2人に頭を下げた。


「不甲斐なくてすまない……。よろしく頼む……」

「えぇ、頼まれました。けれど相手はあの難攻不落な刀夜さんなのよね……」

「はい、私もお力になれるかどうか不安になってきました……」


 確かにこの2人でも苦労する刀夜殿が相手だ。生半可なことではどうにもならないだろう。

 刀夜殿が喜ぶこと……。沢山あるようで実はあまりないのが事実だ。

 刀夜殿は私達との触れ合いを楽しんでくれている。もちろんそれは本心なのだろうがそれ以外のことが何もないのだ。

 他人に興味がなく、またやりたい趣味もない。出来ることは沢山あってもやりたいことを滅多に口にしない。


「私……刀夜殿の事を何も知らないんだな……」

「コウハ様……」

「…………そうね」


 それは全員実感しているのかもしれない。改めて考えると刀夜殿が何をしたいのか、何をして欲しいのかが全く分からない。

 浅野殿とのことが唯一刀夜殿にとっての望みだったのかもしれない。それも報われることはなかった。

 そう思うと胸が締め付けられるように痛む。刀夜殿に幸せになって欲しいのに……。


「ゆっくり考えましょう。きっと何かあるわよ」


 ここで諦めてしまっては意味がない。私達は刀夜殿に沢山の物を貰っているのにほとんど返せていないのが現状なのだから。

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