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第73話 本音と虚言の葛藤

 綺麗事が嫌いだ。現実を直視せずに何でもかんでも出来ると思い込んでいる醜悪な感情だと思うから。

 自分を曲げるのが嫌いだ。自分を押し殺すことは、そして感情を押し殺すことは人間という存在そのものを押し殺すことに他ならないから。

 嘘偽りから出た言葉など空虚で虚しいだけだ。そんな並べられた語句に意味を求めることすらおこがましい。


「…………はぁ」


 獣人族の村から帰ってきた俺はソファに寝転んで天井に手を伸ばす。掴むのは虚空だけだ。

 自分の意思に背いた行動というのはどうにもやる気が出ない。虚しさを感じていると言っても差し支えはない。

 目を閉じると思い出すのは涙を溜めながら懇願するコウハの姿だ。この姿を見ていなければもっとやる気がなかったかもしれない。

 コウハのそれは綺麗事ではないのだろうか? そう感じることもあるかもしれないが恐らくそうじゃない。

 コウハにとっての心の拠り所は俺達だ。でもまだ同族との繋がりを持ちたいと考えているのだろう。

 同族からは畏怖と嫌悪の対象としてしか見られていないはずなのに。あいつは強いから何も口にはしないが誰からも慕われるマオが羨ましかったのかもしれない。


「どうしたもんかな……」


 正直醜いエルフ族に守る価値なんてないのだ。それはコウハにも公言しているので特に問題はない。

 だが可能な限りコウハの願いは成就させたい。これは俺のワガママかもしれないがコウハが同族に受け入れてもらえる手助けをしたい。


「はぁ…………」


 俺自身は殺したいくらいにエルフ族が嫌いだ。しかしコウハの為にも仲良くしたいと思っている。そんな矛盾した感情が渦巻いてしまってどうにも落ち着かない。


「刀夜殿……」


 コウハがやって来て虚空を掴んでいた俺の手を握ってくれる。


「…………まだ起きてたのか」

「うむ……眠れなくてな」

「そうか。前と同じだな」


 前も同じことがあった。あの時は浅野を守れなくてだったが今回はまた別の理由だろう。

 上体を起こしてコウハの顔を真っ直ぐに見つめる。


「隣、座るか?」

「うむ……」


 隣に座ったコウハは俯いて何も話さない。しかしソファの上で伸びてきた手は優しく俺の手を握っていた。


「…………刀夜殿は迷っているのだろう?」

「まぁ……そうだな」


 何も考えずに能天気に仲良く、など俺には出来ない。その迷いをコウハは見抜いているようだった。


「やはり刀夜殿にこんなこと、頼むことじゃなかったな……」

「そんなことねぇよ」


 コウハの腕を引っ張ってゆっくりと抱き寄せる。コウハは一瞬驚いていたもののすぐに俺の背中に手を回してくれる。


「俺はさ、お前らには我慢とかして欲しくないんだ」

「それは知っている。でも私も刀夜殿には我慢して欲しくないんだ。だから刀夜殿に無理をして欲しくない」

「…………珍しく意見が合うのに珍しくやりたい事はバラバラなんだよな」


 これが普通なんだろうけどな。やりたい事が一致する方がおかしい話だろう。種族が違うのだから考え方も違うはずだ。

 それでも仲良くなってこれたのはみんなが優しいからだ。だから問題にもならないしやりたい事をさせてくれていた。

 今回そのやりたい事、やって欲しい事が合わなかっただけだ。これで別にコウハと争う必要があるわけでもないから別にいいんだけどな。どうするべきなのかに困るだけだ。


「普段から刀夜殿は自分を偽ったりしないからな」

「そうだな」

「我慢はしてしまうが……。それに隠したりするし」

「お、おう……悪い……」


 かなり怒ってるなこれ。確かに色々と相談せずにやったりしてるからな……。


「でも……そんな刀夜殿だからこそ頼みたくなかったんだ」

「…………」

「刀夜殿は優し過ぎるんだ。必ず私の望みを叶えようとしてくれる。その為に自分を偽って信念を曲げようとしてしまう。分かっていた事なのに頼んでしまった……」


 コウハはゆっくりと抱擁を解くと少し悲しげな笑みを浮かべる。


「だから……ここからは刀夜殿に任せる。私も一度お願いしてしまったことを曲げたくはない。だから……刀夜殿がしたいことをして欲しい」

「…………分かった」

「すまない……今日はもう休ませてもらう」

「あぁ、おやすみ」


 少し小走りでコウハが立ち去ってしまった。シーンとしてしまった空間で俺は1人窓の外の月を見上げる。


「…………はぁ」


 結局コウハは俺に委ねてくれた。自分に望まぬ形になってしまうことも覚悟して。


「どうすっかな…………」


 俺は頭を乱雑にかくと解の出ない自問自答を繰り返した。

 翌朝、とりあえず解が出ないまま出掛ける準備を始める。マオの方からエルフ族の事に関しては伝えてくれていたらしく全員知っていた。


「じゃあ行くか。コウハ、転移魔法使ってくれるか?」

「うむ……」


 コウハが転移魔法陣を展開する。エルフ族の村はダンジョンではない。だからこの転移魔法陣に乗った時点で既に行けるようなものなのだが……。


「…………刀夜殿?」

「あ、悪い。ちょっとボーッとしてた」


 解はやはり直前になっても出はしない。それでも歩みを止めることは出来ずに結局転移魔法陣に足を踏み入れた。

 周囲の景色がガラリと変わる。そこは森の中で巨大な木々をくり抜いたりして作られた家々が並ぶ。

 ここがエルフ族の村だ。いきなり現れた俺達に周囲のエルフ族は慌てた様子だった。


「何者だ貴様ら!」


 しかしそれも一瞬、すぐに兵士のような甲冑を見にまとったエルフ族達に囲まれてしまう。

 全員が魔法陣を既に展開しており余計なことをした瞬間すぐにでも撃たれてしまいそうだ。


「み、皆待って欲しい! 今日は伝えたいことがあって来たんだ!」

「コウハ!? お前がこいつらを連れて来たのか!」

「やはり不幸を呼ぶ元凶か!」

「殺せ! 撃ち殺せ!」


 コウハの話に耳を傾ける奴など誰一人いない。やはりこうなったか。そして俺の我慢も意味をなさないようだ。

 俺は全員の前に出ると明確な殺意を向けてエルフ族の連中を睨み付ける。本能的に危機を悟ったのかエルフ族は半歩後ろに下がった。


「…………」


 落ち着け。我慢まではしなくていいがとりあえず落ち着け。


「は、萩様!?」

「あ」


 奴隷にされていたエルフ族が俺の顔を見るなりキョトンとしていた。そしてコウハの顔を見るなり嬉しそうに頬を緩める。

 そうだ、俺は俺の守りたいものの為に戦う。だからこれはコウハを守る為の戦いだ。

 コウハを悲しませたくはない。だから無駄な争いなど生まないようにしなければならない。それが任せてもらった俺の義務だ。


「交渉をしに来た。今お前らに危険が迫っているわけだが……話を聞く気がないなら帰らせてもらうが?」

「何……だと?」

「これはコウハの善意によって成り立つ交渉だ。お前らがコウハを嫌おうがなんだろうが俺にとっては関係のねぇ話だがそれで命を落とすか生き残る手段を模索するかはお前らが決めろ」


 コウハが繋がりを出来るのかどうかは分からないがそれでも何かしなければ何も成し遂げることなど出来ない。


「うるせぇ! 人間風情が調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 好戦的な奴もいるのだろう。襲って来たゴリゴリマッチョなエルフ族が腕を振りかぶりながら距離を詰めてくる。

 俺はライジンを使用すると同時に懐に飛び込み、身体強化魔法と硬化魔法を併用した拳をエルフ族の腹部にめり込ませる。


「ごぼぇ!?」


 エルフ族はその一撃だけで口から大量の胃液や唾液を吐き出して倒れた。

 硬化魔法は身体の強度を上げる魔法だ。当然攻撃にも応用は出来る代物である、


「なっ!? あのガイベルを一瞬で!?」

「はっきり言っておくが俺はまだ全く全力じゃない。そんな俺に勝てもしないお前らがこの先生き残れるとは思えないがな」


 弱い者は淘汰されて行くこの世界で争い続けるのか、それとも諦めて滅びるのか。その運命の選択肢だ。

 出来れば何か救う手立てがあればよかった。しかしそれをするにはやはり自分を曲げる必要があった。コウハがそんなことを望んでいないのは分かっている


「み、みなさん! この方のお話を聞いてみませんか!?」


 奴隷にされそうだったエルフ族が俺達の間に入って来て仲裁してくれた。力の差は歴然、俺達の抑止力とする為なのかもしれない。


「この方は私を救ってくださいました! それに今回も危険をあえて教えてくれようとしているんです! コウハ様がいるからなんだと言うのですか!? 私達の存続が掛かっているのかもしれないんですよ!?」


 それは俺やコウハの言葉などよりもより深くエルフ族達の心に突き刺さってくれたことだろう。全員何やら納得した様子で俯いてしまった。


「…………」


 コウハの言葉に耳を傾けようとしないのも分かっている。しかしそれでも突き付けられた現実は残酷なものだ。


「…………ありがとう、刀夜殿」

「コウハ……。いや、結局何も出来ないからな……」

「それでもだ……。目的は達成されそうだろう?」


 コウハの目的というのはエルフ族の身の安全。だが本来の目的とは程遠いものだろう。流石に鈍い俺でもそこは分かる。

 人と人は分かり合えないように所詮エルフ族も同じということだろう。程度が知れるな。


「刀夜様、申し訳ありません。ご無礼をお許しください」

「別に構わない。元々ここの連中は気に食わないからな。コウハの頼みじゃなかったら間違いなく無視してる」

「はい、感謝致します」


 ゆっくりと、そして深々と頭を下げられる。エルフ族が全員こいつみたいな奴ならよかったのにな。


「お前、名前は?」

「テイルです」

「テイルだな、覚えた。お前みたいなのがいるならまぁ捨てたもんじゃないか……」

「お褒めいただき光栄です。ですが私はコウハ様に何も…………」


 本人も何も出来ないことを悔いているようだ。まぁこの人の性格を見て来た分で判断するとそういうことを考えそうだ。


「そんなことはない。貴殿のような人がいてくれて私は嬉しかった。だから何も出来なかっただなんて言わないでくれ」


 何コウハちゃん良い子過ぎない? 思わず撫でたくなって頭を撫で回してしまう。


「と、とと、刀夜殿!?」

「コウハは可愛いな。異論は認めん」

「こ、公衆の面前でそんなことしないでくれ!」


 真っ赤な顔で抗議するコウハだったが俺の手を払いのけるようなことはしなかった。俺はこれを機にと盛大に頭を撫で回したのはいうまでもないだろう。

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