第66話 基本的に仲間に隠し事は出来ない
居間のソファで特技に関しての本を読み更けていると最初にルナが起きてきた。ルナは普段からこういう時間に起きているのだが早いんだよな……。
「あ、ご主人様。あ、あら? と、ということはもしかして徹夜なさってました?」
「あー、眠れなくてな。あと、ちょっと静かにしてくれ」
口元に人差し指を立てて静かにするようジェスチャー。俺の膝下を指差すとルナが覗き込んでくる。
「ん……刀夜殿…………」
気持ち良さそうに眠るコウハを起こしてしまうのは気が引ける。聴覚が優れているコウハだ、声を小さくしても起きてしまうかもしれない。
ちなみにコウハは途中で睡魔に耐えられなかったようだ。俺の方に倒れてきたので仕方なく膝枕した。コウハの好きな肩に頬を乗せて、というのは体勢的にきつかったのだ。テーブルに積み上げた本を取るのに手を伸ばせなくなってしまうからな。
「あ、コウハ様もご一緒だったんですね」
「悩み事があって眠れなかったらしい」
出来るだけ声を小さくして事情を説明するとルナはにっこりと微笑みながら頷いてくれた。そしてそのまま何故か後ろから俺を抱き締めてくる。
「ちょっとルナさん?」
「はい、なんでしょうか?」
耳元で囁かれてゾクっとした。いや、落ち着け。
「どうした?」
「慰めて欲しいのはご主人様も同じですよね?」
「えっと……もう別に平気なんだが……」
浅野の件は流石に色々と諦めることで解決した。そろそろ立ち直らないとしつこいと思われそうだしな。
「ご主人様は無理をなさるので駄目です。私も少し早く起きれましたのでいつもの時間までこのままでいさせてもらいます」
「…………まぁそうしたいならいいんだけど」
しばらくはルナの胸が後頭部に当たるのを堪能してしまった。だって仕方ない。俺も男だしな。ルナも終始嬉しそうだし問題はないだろう。
「おはよう……って何事!?」
アリシアが起きてきて後ろからルナに抱き締められている状況に驚きの声を上げた。まぁ起きてこの状況だったら当然驚くよな。俺達ならもういつも通りの光景になりつつあると思うが。
「アリシア様、シーッです」
「え?」
キョトンとするアリシアだったがルナが手招きで呼んで状況を出来るだけ小さな声で説明。ありがたい限りである。
「あ、そっか。アスールさんとコウハさんは目の前で浅野くんを……」
「はい……」
「ちょっと待って何故事情を知ってるんだ?」
ルナの説明の中に明らかに俺が言っていないこともあったんだが? しかも全部当たってるし。
「大体想像は付くので大丈夫ですよ。そ、それとももしかして違いましたでしょうか?」
「いや……うん。実は覗いてたんじゃねぇのってくらい完璧に把握してたけど……」
俺の仲間怖い。もしかして何かしてもその理由を当てられるくらいじゃないか?
「ルナさんは刀夜くんを慰める為にっていうことだよね?」
「はい。そういう名目で抱き着いてます」
「いいなぁ……」
名目とか言っちゃったよ。いいのかこれ。俺は別に幸せだからいいんだが。
しかしこの2人仲間のことも色々と見ているんだな。なら気になってたことを聞いてみてもいいか。
「アスールの様子はどうだ? 気にしてたり悩んでたりしないか?」
俺が見ている限りでは大丈夫そうだったが。この2人の目からはどういう風に見えていただろうか? 無理してたりしないだろうか?
「アスール様ですか?」
「そうだね……特に気にもしてなかったかな」
「はい。ご主人様が泣き付いてくれたので嬉しかったって言ってましたよ」
あいつそんなこと言ってたのか。まぁこいつらには俺が泣いたことも認めてしまったし別に今更恥ずかしくはないんだが。
「私にも甘えて欲しかったです」
「私もだよ……」
2人とも何故か落ち込み始めた。どうやら甘えて欲しかったらしい。この姉達はいつまで経ってもブラコンこじらせてるな……。
「も、もうそろそろ飯の時間だろ? 悪いんだが俺は動けないから任せていいか?」
「はい、もちろんです」
「うん、大丈夫だよ」
2人は二つ返事で頷いてくれるとキッチンの方へと向かっていった。ひとまず誤魔化せただろう。
「ふぅ……」
「…………一安心?」
「おう……ビックリするから静かに入ってくるのやめてくれよ……」
気付けばすぐそばにアスールが立っていた。こいつは本当にいつもいきなり現れるよな……。
アスールはソファの肘置きに座ると背中を俺の肩に預けてくる。
「その体勢きつくないのか?」
「…………きつい」
ちょっと震えてるんだけど。大丈夫か……?
「…………刀夜にくっつけるなら我慢する」
「くっつきたいならルナみたいに後ろから抱き着いたらどうだ?」
「…………同じ事しても仕方ない」
「……?」
何が仕方ないのか分からないな。
「…………ルナのおっぱいの感触には負ける」
「別に比べたりしないぞ俺」
「ん…………でも駄目」
駄目らしい。やっぱりルナの胸は女の子の目から見ても羨むレベルのサイズらしい。
「俺そんなに信用ないか?」
「…………信用なんて関係ない。……私の問題」
「そうか」
よく分からんが乙女の謎というものなのだろう。乙女心……俺はいつになったら分かるようになるんだろうか。
「…………刀夜は」
「ん?」
「……今幸せ?」
何故か俺の手を取ったアスールはそれを自分の胸元へと持っていく。柔らかいんだがもしかしてブラしてないのか?
「…………めちゃくちゃ幸せだが一つ聞きたい。下着は?」
「……着けてない」
ですよね。そういやマオも結構着けてないって言ってたよな。変な影響受けてなきゃいいけど。
「…………直接揉む?」
「止まらなくなるから遠慮しとく」
アスールの胸から名残惜しいが手を離す。本当に名残惜しい。今日色々と終わった後にお願いしたら揉ませてもらうか。
「……夜、部屋行く」
「え、お、おう?」
もしかして心を読まれたか? アスールのことだ、多分そうなんだろうけどな。
俺の仲間達は妙に俺のことに詳しい。これは隠し事とか一生出来ないんじゃないだろうか?
「…………ルナ達手伝ってくる」
「あぁ」
アスールは何故かスキップしてキッチンへと向かっていった。めちゃくちゃ楽しみにしてるなあれ。俺も楽しみだが。
「おはよう……みんな朝早いわね……」
寝惚け眼を擦りながらマオがやってくる。
「あぁ、おはよう。俺は徹夜明けなだけだけどな」
「またしたのね……。あら? コウハちゃんどうかしたの?」
眠っているコウハを見てキョトンとされる。確かにこんな所で寝ているのはおかしな話か。
「いや、ちょっと悩み事があったみたいでな」
「ああ……浅野ちゃんのことかしら」
「お前らすげぇな……」
何でそんなにすぐに分かるんだろうか? 特殊能力か何か? この世界の人なら全員持ってたりするのか?
「このくらい分かるわよ。付き合いが長いのだし」
「俺は全然分からないんだけど……」
「それは刀夜さんが鈍いからよ」
やっぱりその結論になっちまうよな。俺もこいつらの気持ちが分かるようになりたいものだ。
「それより今読んでるのは特技の本かしら?」
「あぁ」
「それじゃあ朝食が出来るまでは私がレクチャーしてあげるわ」
確かにそれは魅力的な提案だ。しかしここでこれ以上話をしていてコウハが起きないだろうか? 大丈夫なら是非お願いしたいくらいなんだが……。
ちらりとコウハの寝顔を見ると気持ち良さそうに寝息を立てている。こんな顔を見せられて流石に邪魔は出来ないな。
「悪いが今は遠慮しとく」
「そう? ……ふふ、なんとなく断わった理由は分かるけれどね」
やはりそれすらも読まれているようだ。本当に俺は仲間に隠し事が出来ないな。どうしましょうか。
「朝食が出来るまでは暇だし、私も本でも読もうかしら」
「そうか?」
「えぇ。ということでお邪魔するわね」
「へ?」
マオは先程のルナのように後ろから抱き着いてくると俺の肩に顎を乗せて手元の本を覗き込んでくる。本を読むって俺が持ってる本のことかよ。
「このくらいの声なら問題ないでしょう?」
「…………まぁ」
ボソボソと耳元で囁かれてしまう。マオの吐息がこそばゆいんだが。声量は問題ないんだが別の問題が出てきそうだ。
「…………」
「ん? どうした?」
マオがじーっと俺のことを見てくる。レクチャーしてくれるんじゃないのか?
「いえ」
「……?」
よく分からないが問題ないならいいか。本を読もうとしたその瞬間だった。
「あむ……」
「っ!?」
いきなりマオに耳を甘噛みされてしまう。驚いてビクッと身体を震わせてしまった。
「ん……んぅ……?」
「あ、やべ」
「ご、ごめんなさい」
コウハがゆっくりと目を覚ました。多分いつものいたずらのつもりだったのだろう。怒るに怒れないがコウハが目を覚ましてしまった。
「す、すまんコウハ」
「ごめんなさい。大丈夫?」
俺とマオで顔を覗き込むと寝ぼけたままなのか焦点の合わない瞳でボーッと俺を見つめてくる。
「コウハ?」
「刀夜殿……大好きぃ……」
告白だけを残してコウハの瞳は再度閉じられていく。そして心地良さそうな寝息を立て始めたので俺とマオは安心したように息を吐いてしまう。
「ごめんなさい刀夜さん。可愛い耳を見ていたらつい……」
「いつものいたずらじゃなかったのか?」
「それもあるけれど……刀夜さん耳弱かったわよね」
確かにそうなんだがそうはっきり言われると恥ずかしいんだが。
「だからつい……」
「耳が弱いからって別に攻めなくてもいいだろ。マオってドSだったか? あ、どちらかというとS寄りだったな」
よく俺のことをからかうしエッチの時もリードしてくれたりするしな。それはもう気持ちの良いものですよ。優しくリードしてくれるし。
「し、仕方ないじゃない。刀夜さんが可愛い反応を見せてくれるんだもの……」
「そ、そうか……」
どうやら俺の可愛い反応が見たかったらしい。俺が可愛いかどうかという問題はひとまず置いておくとしてマオも我慢出来なかったのだろう。可愛い奴め。
「何よその和んだような顔は?」
「いや、可愛いなと思っただけだ」
「それは刀夜さんでしょう?」
だからやっぱりそれはおかしいんだよな。男の俺が可愛いわけがない。
「朝食出来ました。ご主人様もマオ様だけでなく私にも構って欲しいです……」
「え、あ、お、おう?」
シュンとしているルナの頭に手を伸ばして優しく撫でる。こんなんで満面の笑みになるんだから可愛い。
ひとまず俺達は朝食にありつこうとして、コウハが寝たままなので動けなかった。
「これはあーんするチャンスだね」
「はい、もちろんです」
「ん……」
「そうね」
何やら不穏な空気が流れ始めるけどまぁいいか。決めている間はリルフェンにご飯でもあげてりゃいいだろう。
「ガウ!」
「美味いか?」
「ガウガウ!」
「コウハが寝てるから静かにな」
こうして何気ない時間は過ぎていった。ちなみにコウハが起きたのは朝食が終わった後だった。




