特別編アスール視点第6話 メイドは人の本音をさらけ出させるのが上手い
夜明けのお陰か窓の外から差し込む光がどんどんと明るくなってくる。刀夜はそれを見ながら申し訳なさそうに呟いた。
「…………結局徹夜させちまったな。今からでも寝てていいんだぞ?」
「…………刀夜は?」
「俺はどうせ眠れねぇしな」
あんなことがあった後じゃどれだけ気を紛らわせても無理なものは無理だろう。
「…………刀夜が寝たら私も寝る」
「それだと徹夜確定だぞ?」
「ん……それでいい」
刀夜が眠れないのに無神経に眠ることは出来ない。ルナ達はどうやって寝てるの?
「仕方ねぇな……」
刀夜は私の背中に手を回すと優しく抱き締める。刀夜の厚い胸板や良い匂いが感じられて少し興奮してしまった。
「これなら寝れるだろ?」
「…………余計に眠れなくなった」
「え、マジで」
急にそんなキュンとくるようなことをしないで欲しい。余計に目が冴えてきたので問題ないけど。
「…………刀夜良い匂い」
「俺の匂いってそんなにいいのか……お前もかなり良い匂いだと思うけどな」
刀夜の手が私の翼に触れる。くすぐったい。
「…………刀夜は私の翼が好き」
「ん? そりゃあもうな。ふわふわだし触り心地最高だぞ?」
「ん……ならば良し」
刀夜が気に入ってくれるならこの翼も生えてる意味があるというもの。飛べる以外に必要ない邪魔な翼だから。
普段から収納出来たらいいんだけど。なら私も刀夜が触りたい時だけ出せるのに。
「はっ……今気付いた」
「……何を?」
刀夜が何かに気付いたようだった。もしかして翼に変なところを見つけた?
「このままアスールに1日メイドを頼めば翼の生えたメイド……いや、天使が出来るわけか」
「…………そうなの?」
私が天使……? この翼もいつも気味悪がられてきたのにこんな風に捉えるのは多分刀夜だけ。
「…………別に1日じゃなくて刀夜が望むならいつでもいい」
「マジか。なんだそのサービス。お前ら以外が言ってたら間違いなく罠だと思うレベルなんだが?」
私達が言ってたら問題ないらしい。刀夜にとっては私達の言葉って疑う必要性すらないくらいに信用出来るものなの?
…………ちょっと試してみようかな。刀夜がどこまで私の言葉を信じるのか。
「…………実は刀夜」
「ん?」
「…………私、メイドじゃなくて執事がいい」
「そうなのか?」
キョトンとされてしまった。
「ん…………男の子になりたい」
「えっと…………普段からホモとか言ってたのってそれが原因?」
「ん……刀夜は男の格好してる私でもいい?」
「それは問題ないな」
問題ないらしい。刀夜はノンケだって言ってたけどそれを今自分で否定したんだけど?
「…………実は私は中身は男」
「たまにおっさんみたいな発言するからな」
「ん…………」
何やら本気で信じてるみたい。…………ちょっと女としての自信無くしそう。
「で、どっからどこまで冗談なんだ?」
「ん……?」
「いや、なんとなく嘘吐いてるような気がしてな。いつもの冗談だろ?」
意外だった。こういうのに疎い刀夜が私の少しの変化に気付いたらしい。嘘を吐こうとするとやっぱりどこかしらおかしなところが出るみたい。
「ん…………全部冗談」
「全部か……。そりゃ残念だ」
「……?」
残念ってことはやっぱり刀夜はホモでも問題ないってこと……?
「メイドコスはやっぱりご褒美の時だけになっちまうよな……」
「…………そっち」
「え? どっち?」
私が男の、じゃなかった。刀夜が望むメイドになれるかどうか分からないけどちょっとやってみようかな……?
「…………どうせ寝ないなら居間で待ってて」
「ん? お、おう?」
不思議そうな表情を浮かべながらも刀夜は言われた通り立ち上がった。私も刀夜に続いて立ち上がると2人で部屋を出る。
「…………ちょっと準備する」
「あぁ」
刀夜と別れて自室へ。…………下着も新調しておこう。
ルナに教わった魔力装備生成魔法でメイド服を作る。青色と白色のメイド服。奇抜な格好をするのはちょっと躊躇うから普通のメイド服で。
「…………」
でもこれだと味気ない気がする。ポニーテールにしてうなじを見せてみる? 刀夜の新しい性癖を開拓してみようかな。
普通のポニーテールはアリシアの男装に見え兼ねない。サイドテールにして巻き髪にしてみよう。
柔らかい雰囲気を出して包容力で刀夜を包み込む素敵なメイドに私はなる。
手早くサイドテールにして巻き髪を作ると居間へと向かう。刀夜は本を読んでおり、とても集中しているようで私の存在に気付いていない。
後ろからチラリと刀夜の読んでいる本を確認する。そこには特技に関しての本が書いてあった。そういえば刀夜は特技を使っていたっけ?
「…………刀夜」
「ん? アスール、遅かっ…………え、天使?」
「ん……天使」
スカートを摘んで見様見真似で優雅に頭を下げる。刀夜はそんな私に目を奪われているようだった。
「…………どう? ……似合う?」
「似合う似合う。というかもう思い残すことはない」
「…………そんなに?」
刀夜が現実に満足してしまった。でもこの程度で満足されても困る。
私は刀夜の隣に座ると両手を広げる。ついでに翼もばさばさとして存在をアピールしてみせる。
「…………おいで」
「っ!」
刀夜自身も意図してなかったみたいだった。反射的になのかそれとも本能なのか躊躇いなく私に抱き着いてくる。
「はっ……つい魔法の言葉に抱き着いてしまった」
「ん……それでいい」
刀夜の背中に優しく手を回して翼で包み込むように折り曲げる。もっと大きな翼があれば刀夜の全身を包めるんだけどそれは出来なかった。
「…………お疲れ様」
「あぁ……。なんかめちゃくちゃ安心するな」
「ん……このまま過ごそ?」
「うん……」
ゆっくりと目を閉じた刀夜は甘えるように胸元に顔を埋める。私は刀夜の頭を優しく撫でながらこれからどうするか考える。
刀夜をドキドキさせたりしたかったけどこうも真っ直ぐに甘えてくれるので可愛過ぎて癒してあげたくなった。ただそれだけ。
「…………刀夜」
「ん?」
「…………シャドウフレイムの時に私に行った台詞、覚えてる?」
「どの台詞の話だ?」
刀夜も覚えてはいるけどどの台詞の話かは分かってないらしい。私は刀夜の真似をしながら過去の台詞を告げる。
「……泣きたいなら思い切り声を上げて泣いてもいいんだぞ?」
我ながら上手くいったと思う。刀夜はキョトンとしてしまった。
「……泣いてもいい。……怒ってもいい。……そうやって感情を吐き出して人間は生きてるの。……その感情を押し殺すことは人間という存在そのものを押し殺すことだと思う」
「え……?」
目を大きく見開いて驚いた刀夜。それは私が言った言葉の意味ではなく言葉そのものに驚いているようだった。
「…………どうしたの?」
「いや、その台詞……日本にいた頃に言われたことがあったから驚いてな」
「…………誰に言われたの?」
「公園で偶然会った女の人」
刀夜の交友関係が心配になってきた。浅野の件といいちょっと特殊。
「確かに変な雰囲気の女性だったな。髪も紫色だったしな」
「…………私はお母さんに言われた」
感情を押し殺して生きてきた。翼が生えたせいで絶望しか感じなくて……感情なんていらないんじゃないかって思ってた。
そんななかお母さんは私に我慢しなくていいって言ってくれた。それに刀夜も……。
「…………世の中似たような人がいるもんだな」
「ん……」
多分私だけじゃなくて刀夜と感情を押し殺そうとしているからそうなんだと思う。ということは刀夜は日本にいた頃から根本的には大きく変わってないのかもしれない。
「…………刀夜は最強。……でもその前に人間だから感情は押し殺しちゃ駄目」
「んなこと言われてもな。俺としては普通にしてるつもりだが」
「…………泣きたいのを我慢しておいて普通も何もない」
「うっ……」
刀夜が言葉に詰まらせる。ぐうの音も出ない刀夜も珍しい。
「…………静かに泣かなくていい。…………声を出して泣きたいなら泣いていい」
溜まっていたものを全て吐き出して欲しい。泣きついてくる刀夜を見て心が痛む。それでも刀夜は我慢しているのが分かってしまうから。
抑え切れない感情を抑え込むのが上手い。だから刀夜はあまり感情を表に出さないんだと思う。
「そう……かもな……」
刀夜の唇が震える。目尻に溜まった涙が頬を伝う。
「俺……また結局何も出来なかった……」
「…………うん」
「また浅野を救えなかった……無力な時と何も変わってない……」
「…………うん」
無力感を味わい、何も成せなかった自分を悔やむ。私がシャドウフレイムの時にお母さんを失った時と同じだった。
虚無感はどうしようもない悲しみに変わり、許容量を超えたそれは自然と溢れ出す。
感情の機微に疎い私も刀夜もそれでも悲しいと感じることがある。だからどこかでそれを発散しないといけない。
強く刀夜を抱き締めながらも私はどこか満足感に浸っていた。
刀夜は私の言葉を聞いて、心を開いてくれたから。以前私が刀夜に泣きついたように、刀夜も私に泣きついてくれたから。
ようやく本当の意味で刀夜は泣けたのかもしれない。どうしようもない現実が押し寄せてくる中でようやく。
昔にお母さんから言われた……言ってくれた台詞を思い出す。
『ねぇアスール。泣いてもいいの、怒ってもいいの。そうやって感情を吐き出して人間は生きているんだから。その感情を押し殺すことは人間っていう自分の存在そのものを押し殺すことだと思うよ』
確かにその通りなのかもしれない。人間とはそういう生き物だ。そして、泣いて、乗り越えて、そうして初めて強くなれるんだと思う。
泣くことは弱さじゃない。逃げることが弱さだ。目を背けて無かったことにしてしまうことの方が情けない。
しばらくの間刀夜を抱き締めて過ごしていると泣き疲れたのか刀夜が心地良さそうな寝息をたて始める。
よかった……ようやく刀夜も眠れたみたいだった。寝顔を見ながら目尻に溜まった涙を指ですくう。
「…………大好き」
以前に刀夜からもらった優しさをようやく返せた気がした。私も刀夜に追いつけたのかな?
だとしたらとても嬉しい。刀夜の後ろを付いて行くんじゃなくて隣を歩きたいから。
刀夜を抱き締めながら私は静かに愛の言葉を呟く。ただ願わくばこんなことで刀夜の感情を表に出さないようにして欲しい。
感情を表に出すのはいいけどそれが悲しいことだけだなんて納得出来ない。刀夜が笑顔で嬉しさを表現してくれるように私ももっと頑張りたい。
これがアリシアが刀夜を独り占めしたいって思ったのと同じ気持ちなのかもしれない。私も刀夜にもっと私を頼って欲しい。
「…………ふふ」
譲れない気持ちが出来た。仲良しだけじゃなかった。私とルナ達は仲間だけどそれ以上にライバル。だから譲れない。
刀夜に見向きもされないなんて嫌だから、なんて後ろ向きな理由じゃない。私は今こうして刀夜の隣に立っていたい。他の人にそこを譲りたくない。
「…………もっと女らしさを磨く?」
刀夜曰く私は中身はおっさんらしい。ちょっと改善しないといけないかもしれない。もちろん刀夜が良いと思ってくれる方向に。
ただ今は愛おしい気持ちで刀夜の寝顔を眺めながら頭を撫で続けた。結局私だけ徹夜になってしまったけど私はとても満足出来た1日だった。




