第61話 それは儚く散る雪のように
もし仮に俺とこいつの出会い方が変わっていれば結末も変わっていたのだろうか。そんな過ぎた話をしてしまいたいくらいに俺はこいつを大切に思っていたのだろう。
ミケラの炎の魔法が直撃、爆発して浅野が一瞬怯む。その間に距離を詰めると刀に魔力を込める。
「神速の太刀」
スパンっと浅野の腕を切断する。ムイのそれとは似ても似つかないくらいに差を感じる特技だ。まだまだ俺には使いこなせていないらしい。
しかしそれでも発動はしているということは最低限の形にはなっているということ。ならば問題ない。
軽く跳躍して浅野の顔面を蹴り飛ばす。その先にはコウハが。
「破壊の断罪!」
振り上げられる大剣。しかし飛んで行ったはずの浅野の姿が消える。空間制御魔法か。
「くっ……!」
コウハが悔しそうな表情を浮かべる。最後の決定打がどうしても取れない。浅野は暴走状態ながらそういうのが分かっているようだから厄介だ。
浅野が現れたのはアスールの真上だ。鋭い鎌がアスールの首元に迫る。
「ふっ!」
刀を雷魔法を使用しながらぶん投げる。更に操作魔法で角度と飛んでいく向きを変え、空間の亀裂の中に入り込ませる。
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!!!」
空間の中からこもったような叫び声が聞こえてきた。アスールの首元の鎌はその勢いで下がったことでなんとか事なきを得た。
「ふぅ……」
「…………えい」
更に空いたままの亀裂目掛けてアスールが防御魔法を発動。以前に確か防御魔法同士をぶつけ合せて潰したりもしていたか。
防御魔法なのにまさかの打撃という自由な発想で生々しい肉がぶつかる打撃音が亀裂から聞こえてきた。
「お前容赦ねぇな……」
「ん…………これくらいじゃ死なない」
「だろうな」
この程度では死なないだろう。一安心してしまうのは俺の心がまだまだ弱い証拠だ。
「……平気?」
「当たり前だろ」
感情を殺す。何も悟られない為に。迷いなんていらない。心と身体を切り離すようにただ淡々と作業に没頭するように。
「…………明らかに無理してる」
「…………」
それでも仲間達にはバレバレらしい。でも仕方ないだろう。今も現にアスールが死にかけた。手加減などしてられない。
「平気だ」
「…………そっか」
やはり望んだものには手が届かないものらしい。そこに向かって走って行って、回り道もして。それでもやはり到達には至らなかった。
俺は一度取りこぼしたものをもう一度取りこぼした。こいつらは俺のことを天才だとか言うがこんな有様で天才なんてあり得るわけもない。
俺に拒絶された浅野はどういう気分だったのだろう? 俺との関わりを否定され続けた浅野はどんな気分だったんだろう? そんな事も分からないままだ。
浅野が俺達とは離れた所に亀裂を作って出てくる。しかしそれが大きな弱点なのだ。亀裂が出るということは出る所が分かるということにもなる。
銃を抜くと亀裂に向かって銃口を向ける。震える指で無理やり引き金を引いた。人型の際と暴走状態だ違った点は空間制御魔法の扱いがあまり上手くない点だ。
「っ!」
出てきた瞬間の浅野に避ける術などない。巨大なビームが浅野を飲み込み、身体のほとんどを焼失させてしまう。
普段なら空間制御魔法で呑み込み、俺達へと返すような攻撃だろう。だが暴走状態に入ると動きが単調になる節がある。カウンターはしてこない。
「…………」
安否の確認の為に急いで駆け寄る。浅野の身体は再生しようと肉片が動いていたが魔力が尽きたのか次第に動かなくなった。
「は……ぎくん……」
「っ! 浅野か?」
「う……ん……」
顔の半分が溶けて見ていられないことになっていた。俺はボロボロになった上着を脱ぐとそっと浅野の顔半分に掛けてやる。
「今回復魔法を掛ければ治るか……?」
「ふふ……そん…な……ことしたら…………また襲っちゃうよ……?」
「…………そう、だな」
次は勝てる保証はない。魔物の細胞が弱ったことで偶然にこの時間が出来たのだろう。
「…………萩くんのそんな顔……初めて見た……」
「そんな顔ってどんな顔だよ……」
「…………泣きそう…な顔」
泣きそうな顔でもしているのか。もう自分の中の感情がぐちゃぐちゃとしていて分からない。
人の気持ちにも鈍感で、自分の気持ちにも曖昧で。そんな俺が唯一大切だと思えた日本での友人。それを今俺の手で殺した。
「…………萩くん……」
「なんだよ」
「…………好きだよ」
人生二度目の同じ人物からの告白。それでもやはり俺はその告白を受け入れることは出来ないようだ。
「…………友達には良いが恋人にはなれない。それが俺の答えだ」
「ふふ……あの時と一緒だね……」
本当にあの時から俺は何も成長していないのかもしれない。
「…………大切な……人達が出来たんだね……」
「あぁ……」
「その中に……友達として僕も含まれてたんだね……」
「あぁ……」
口元が震える。視界がぼやける。現実を直視したくない。逃げ出したい。
「…………僕は幸せ者だね……」
「そんなことねぇよ……お前はもっと幸せになるべきだった……」
「うん……でも萩くんに会えて……よかったよ……?」
崩れそうな手が俺の頬を撫でる。その手の冷たさが既に命が風前の灯であることを否が応でも知らしめてくる。
「…………最後にお願い……してもいい?」
「…………あぁ」
溜まっていた涙が流れて視界がどんどんと鮮明になってくる。浅野はにっこりと微笑んで。
「名前で……呼んで欲しいなぁ」
「名前……」
そういえば最後にそんなことを言われた気がした。浅野が自殺する1日前のことだったはずだ。
「…………ユキ」
「うん……刀夜くん……」
浅野は満足そうな表情を浮かべるとゆっくりと目を閉じた。身体がバラバラと崩れ、黒い粒子がどんどんと上に上がっていく。
「ありがとう…………」
浅野の身体が弾けるように黒い粒子に変わって上へと上がっていく。俺はそれを見上げることしか出来ない。
今確かにここにあった命は……友達の命は完全にこの世から消失してしまった。
「浅野…ユキ……」
その名前を改めて呟くと実感する。やっぱり彼には……いや、彼女とは友達であったのだろうと。
『萩くんがこれから幸せになれるように祈ってるよ』
そう言われた時にも、そして今と改めて思った。あいつも幸せになるべきだったと。この程度の満足を持って死ぬなんて勿体な過ぎる。
「…………刀夜」
「刀夜殿……」
2人が心配そうに後ろから声を掛けてくる。服の袖で涙を拭うと上着を拾って羽織る。
ぐちゃぐちゃになった服には少しの温もりがあった。しかしそれも次第に俺の体温で雪のように消えていってしまった。
「…………刀夜、泣きたいなら泣けばいい。最強だって完璧じゃねーだろ?」
「…………」
そんなことを今言わないで欲しい。折角止めたってのにまた流れ出そうになる。
「…………刀夜」
「なんだよ?」
「……えい」
いきなりアスールに抱き締められる。胸に顔を埋める形となっているのにアスールは穏やかな表情を浮かべていた。
「…………これで誰も顔は見れない。……だから刀夜が泣いているのかも分からない」
「なんだよその理論……」
しかし今は素直に嬉しい。俺はアスールの背中に手を回すと膝から崩れ落ちる。アスールも俺の体勢に合わせて膝立ちをしてくれた。
「…………刀夜殿」
コウハも後ろから寄り添ってくれる。俺はこんな奴らに支えられているんだな。
大切な人を失うのは本当に辛いことだ。日本にいた頃にはこんなにも悲しくなることはなかった。
身体が震える。力が全く入らない。ただただ押し寄せる悲しみに身体を震わせることしか出来なかった。
俺は無力だ。大切な奴1人守れもしない。それどころか切り捨ててようやく勝ち得た勝利に何の意味があるのか。
「うぅ……」
「…………大丈夫……大丈夫」
アスールに抱き着きながら俺は情けなく涙を流した。その姿は恐らく最強とは程遠い自分。それでも抑え切れない感情に支配されてしまった。




