第52話 いじめは犯罪です
もし俺がこの選択を取らなければ浅野と親しくなることもなかっただろう。
それは昼休みが始まったとある日。俺は購入したパンと暇つぶし用の本を持って教室を出ようとした時だ。
「あ、お昼なんだ〜」
「じゃあ私達がそのご飯美味しくしてあげるよ!」
「…………あ?」
見ると浅野の席に何人かの女子が集まっていた。浅野が口ごもる中、勝手に菓子パンの袋を開けてパンの上にチューブのからしを大量に掛ける。
「ほぅらこれで美味しいよね〜」
「や、やめ……!」
流石に男は股間を蹴れても女には手を出せないということみたいだ。元々口喧嘩は苦手なんだろうな。
「…………」
俺は金のありがたみを分かっていない人間が世界で一番嫌いだ。もちろん醜い人間も嫌いだがそれ以上に俺が金に困っているからだろう。余計にありがたみも分からない奴は嫌いだ。
食べ物というのは生命線。その一線を越えるということはつまりは殺すことと同義。俺の目の前でそんな行為を見過ごす気はない。
浅野がどうとかではなくただ単に俺がそれを見過ごせない。プライドという意味でな。
「あっはっはっは! ほら食べなって!」
「美味しいよ〜!」
美味しい……か。そんなに馬鹿みたいに口を開けて乙女も何もあったものじゃないな。
「あ、萩くん。萩くんもこの女男に何かする?」
「ちょっ!?」
「…………女男?」
確かに男の癖に女みたいな感じはしているが、それは中性的な顔をしているだけであってそれをとやかく言われる筋合いはないはずだが。
「待って!」
「その子、性同一性障害で中身女だよ?」
「あ……」
顔を蒼白とさせた浅野。性同一性障害ね……で?
「俺には関係ないな」
「え?」
「とりあえずお前が美味くした飯はお前が食えよ」
俺は菓子パンを掴むと女子生徒の顔面にわざわざからしが向くようにして押し込んだ。
「いやぁぁぁぁぁ! って目が痛い! 鼻も口も!」
「なんだ、馬鹿みたいに笑ってるから口かと思ったが顔か。でもまぁそんなにからしを付けるくらい好きなら問題ねぇよな?」
苦しむ女子生徒を見下ろしながら自分のパンを浅野の机に置く。
「え?」
「無駄にした分だ。やるよ」
仕方ない出費だ。やらなきゃよかった。
俺は購買に向かう為に教室を出る。何事もなかったかのように。教室は騒然としていたが俺の知ったことではない。
購買で適当にパンを買っていつものように屋上で食べる。程なくして浅野がやってきたが俺には関係のない話だ。
浅野を無視して本を読みながらパンを口に含む。あんなことをしてただではすまないだろう。しかしそれでも俺のプライドに引っ掛かったのだから仕方ないだろう。
「さ、さっきのありがとね?」
「あ?」
「助けてくれたんだよね?」
助けた? それは違うな。
「俺は俺の為にしただけだ。飯を粗末にする奴は嫌いだからな」
「…………萩くんってもしかしてツンデレ?」
「…………うぜぇなお前」
相変わらず面倒な相手だ。無視して本に集中してしまった方がいいかもしれないな。
「私が性同一性障害だって知っても態度が変わらないんだね」
「…………興味がないだけだ」
無視したい……が、そういう雰囲気でもなかったせいかつい声を出してしまう。
「興味がない、かぁ……。ふふ……私のことどうでもいいって思ってくれてるのが一番楽かもしれないね」
「あ、そう」
性同一性障害というのがどういうものかは分からないが俺も施設育ちだ。大方検討は付いていた。
俺やこいつのような世間一般とは外れた奴というのは同情されるか蔑まれるかの2パターンしかなかったりする。大多数はそうだろう。
俺は俺なりの幸せがあったりしているしそこに同情されるいわれもなければ蔑まれる理由もない。だからこそどうでもいいと思われていた方が楽なのだ。
特に多感な時期である学生という身分ではその傾向は強い。どうでもいいと思ってくれる人は少ないのだ。
「でもよかったの? 多分萩くんが悪者にされて……」
「別に興味もねぇよ」
本当に興味もない。俺のどんな噂が流れようが。元々俺に友達なんていないのだから今更関係性が何か変わるというわけではないのだ。
目撃者の中には俺の正当性を認める奴もいるかもしれない。が、だからといって俺の噂は曲解されて伝わっていくだろう。噂とは基本的にそういうものだ。
「そ、そっか……やっぱり萩くんはすごいね」
「…………」
その後はいつも通り浅野の言うことを全て無視して昼休みを過ごす。そして午後の授業も滞りなく終わり放課後。案の定俺達は呼び出された。
出席者はいじめの加害者たる女子数人。そして俺と浅野、担任の教師に生活指導の教師とまぁまぁの人数だ。
今日はバイトが休みだ。この際だ、学校側にも分からせてやる必要性があるだろう。
「さて、わざわざ呼び出した理由は分かっているな?」
「さぁ?」
もちろん分かってはいたが分からないフリはしておく。そしてポケットに忍ばせたボイスレコーダーをオンにした。
「あんたが私の顔にからしの付いたパンを押し付けたんでしょ!」
「……? 俺はわざわざ美味くしたとか言うから味見させただけだが?」
「ぷっ! ふっふふ…………!」
浅野が思い切り笑いを堪えていた。こいつ張り倒してやろうか……。
「萩くん、それは暴力というものです。謝りなさい」
「謝る? はぁ……じゃあ何故そこにからしの付いたパンがあったんですかね?」
「それは……」
担任も分かっているのだ。分かっていながら黙認している。だからこそ俺はわざわざ挑発してやる。
「敬語、しなくてもいいですよね? そもそもあんたは敬うべき教師かどうか怪しいんだから」
「萩、年上には敬語で話すものだ。そもそも俺達は教師だぞ」
「嫌いなんだよ、それ。だって醜い大人が揃って敬語で話せとか。本当に敬うべき人間には敬語で話すけどな」
「それは俺達が敬うべき人間じゃない、と言いたいのか?」
「あぁ。違うのか?」
短気である生活指導の教師は目付きを鋭くする。逆に温厚な担任は視線を逸らしていた。
「まず第一に基本的に性同一性障害なんて噂はなかなか出回らないんだよ。それが出回っているということはその原因がある。浅野が何かしたなら別だがな? それを知ってるのは教師陣、もしくは昔からそういう噂があるかの二択だ」
それ以外に出回る理由はないだろう。大まかにはこの2つだ。そしてこの2つともがそれぞれこいつらに非があることを決定付けさせる。
「前者であればあんたらに責任逃れはそもそも出来ないよな? なら後者は? それが教師の耳に入らないはずがない。あんたらはそのフォローを一度でもしたか?」
そう、これこそが真実だ。こいつらはそれが分かっていながら全く行動をしていない。
「それで敬えなんてよく言えたな? それとも何か言い訳があるなら聞いてやるが?」
全員黙ったままだった。まずこれで教師陣は認めたことだろう。そしてその証拠はばっちりと抑えたわけだ。
「はっきり言ってやろうか。これはからしが付いたパンがどうのこうのって話じゃねぇよ。お前達に非があるいじめって問題だ。自分らに非があるのによく被害者面して呼び出せたな?」
その点だけは色々な意味で褒められる。神経が図太いとかそんな次元の話じゃない。後先考えずによくここまで行動が出来るものだ。敬える気は全くしないが逆ここまでくると褒められるくらいだな。神経が狂ってるんじゃないか?
「さて? 謝罪くらいは聞かせてもらえるんだろうな?」
このまま黙秘を続けられても意味はない。行動を示してもらわなければならないだろう。
「す、すまな」
「まぁそもそも謝罪程度で済む問題でもないけどな?」
謝ろうとした担任に被せるようにあえて悪態をついた。そもそも浅野はこの件に関して自殺を考えるほどに追い詰められていた。それを蔑ろにしておいて謝罪だけで済ませようなどいうのは許さない。
「いじめ程度では警察はほとんど動かない。が、証拠を提示すれば別だ。裁判沙汰にもなるだろうな」
さて、どうしたものか。公にするのも正直俺にデメリットしかないわけだ。だがこいつらにそれだけで許すという行為を与えてしまっても良いものか?
まぁいい。ひとまずこいつらにも釘は刺しておく必要性はあるだろう。
「ちなみに言っておくがお前らもその対象だぞ。まだ未成年だから、なんて理由がまかり通らない事例も過去にはある。教師だけでなくお前ら含めたこの学校全体が既に加害者なんだよ」
まぁだからといって訴えられるわけではないだろう。ここにいる奴らは全員可能だが不特定多数は無理だな。
「俺がこいつと会ったのは自殺しそうな瞬間だ。お前らは1人の……男子? 女子? を殺そうとした犯罪者だぞ」
「萩くんそこは明確にして欲しかったなぁ!?」
「うるさい」
男か女かよく分からない。どう呼ぶのが正解なんだよ。はぁ……。




