第13話 世界は常に最高の逃げ道を用意しているもの
「…………よし」
粉々になった剣の欠片を見て俺は満足げに浸った。側で見ていたルナはキョトンとした様子でまったく何が起こったか分かっていない様子だったが。
4日が経過してゴブリン退治の作戦会議がある今日。俺達はベースキャンプにやって来ていた。
しかし当初の予定通りとはいかないようだった。本当に残酷なまでの現実を叩きつけられたのだ。
「…………」
1つのパーティー、人数10人という割と規模の大きなパーティーの内の9人が殺されたのだ。
生き残ったその1人が命からがらに伝えたのはこうだった。
「ゴブリンには王がいる。王がこのベースキャンプに迫っている」
それだけでベースキャンプ内は大混乱だ。本来なら戦う予定になかった商人達まで危険に晒されるのだからパニックになるのは仕方ないだろう。
まぁそんな中で俺は魔法の使用具合を確認していたのだから呑気なものだと我ながら思う。もちろん緊張はしてるし身体は強張っているが慌てても仕方ない。
「っ! ご主人様! 来ます!」
ルナの表情が一瞬で強張った。予想よりも到着が早い。それに何故ルナは気付いたんだ?
ルナが険しい表情で見つめる先を俺も視線を向けた。ああ、なるほど。こりゃ確かに納得だ。来てるな。
壁を挟んでいても見える巨体。体長5mくらいか? 緑色の大鬼で大きな斧を持っている。ムキムキに膨れ上がった筋肉はもうゴブリンとは程遠い、まさしく鬼と呼べる。
「あんなの……ゴブリンじゃないだろおい……」
「無理だろあれは! に、逃げるぞ!」
全員逃げるように退散しようにも入り口から来ているのだ。抜け道を1つしか作っていないのが仇となった。
「グギオオォォォォ!!!!」
退路などない。俺達は戦うという選択肢以外残ってはいないのだ。
今ここにいる冒険者の数はおよそ30人。10人で歯が立たない相手に勝てるかどうか微妙なところだ。
「ご主人様は後衛をお願いします!」
「あ、あぁ……」
流石にあれに鍛冶師の俺が立ち向かうとか無理ゲーじゃね?
「あんなに的が大きけりゃ流石に当たるか」
俺は弓矢を創り出すと思い切り矢を引いた。弓道などしたことはないが何となく分かる。ひとまず距離を取ってこの巨大ゴブリンの出方を見たい。
巨大ゴブリンは壁の前へと立つと大きく斧を振り被った。こいつまさか!
「ルナ! 前の壁が壊される! 氷の壁で破片を防げ!」
「は、はい!」
俺は咄嗟に巨大ゴブリンの意図を読んで氷の壁を張らせた。
「グギオオォォォォ!!!!」
振り抜かれた無慈悲な斧は壁を砕き予想通り破片を飛ばしてきた。あらかじめルナの氷魔法の壁で防いでいたので特に被害はない。
「流石ご主人様です!」
「いいから敵に集中!」
「は、はい!」
今までのような雑魚な相手ではないのだ。俺もいつでも逃げれるように既に靴も初級風魔法付与のものにしている。
「全員挑むんだ! そうしないと生き残れないよ!」
リアは気丈だ。良かった、弱腰で行くと必ず負ける。ここは引いてはいけない。
リアの声に我を取り戻した冒険者達が一斉に掛かる。勇敢過ぎてちょっと俺には真似出来ないんだが。
「グギォ!」
巨大ゴブリンは乱雑に腕を振って間合いに入らせてくれない。巨大な上に厄介だ。それに単純な力の差が大き過ぎて勝ち目が薄過ぎる。
矢を放つならこういうタイミングだろう。俺は思い切り引っ張った矢を離した。瞬間空を切り裂く音と共に狙った方向を少し外して巨大ゴブリンの腕に刺さる。
「え、効いてない?」
マジかよ。ダメージが通らなくてどうやって勝つんだ?
「特級魔法を使います!」
「え、お、おう」
特級魔法は現状最高の魔法だ。それ程までに強い相手ということになるのだから他の冒険者が敵うはずもない。
ルナが目を閉じて集中する。すると目の前に大きな赤い魔法陣が展開された。
「グギオォォォォ!!」
巨大ゴブリンも負けじと斧を構えた。こいつ分かってるのか?
「インフェルノ!」
「グギォォォ!」
ルナがまるで太陽の如く大きな火炎の球体を魔法陣から飛ばしたのと同時に巨大ゴブリンは斧を両手持ちへと変えた。
「っ!」
何が起こったのか分からない。ただ斧を振った巨大ゴブリンから赤い衝撃波が飛んできてルナの魔法を貫通して俺達に絶大なダメージを与えたということだけだ。
俺達は壁際まで飛ばされ背中を強く打ち付けた。運の悪い奴は死んでいる。これがこの世界の現実か……。
「痛っ……!」
これはあばらが折れているか……。もう何もする気になれない。知識だけでどうにかなる相手など高が知れているということだろうか?
あの巨大ゴブリンは腕が焼けて黒い煙を上げているものの絶命には至っていない。特級魔法の魔力核を途中で破壊したのだろう。それでダメージがかなり軽減された。
あいつには知能がある。まさしくゴブリンの王。ゴブリンキングとも呼ぶべき魔物なのだろう。
こりゃもう駄目だな。俺は死ぬだろうしここにいる全員が全滅する。完全に終わりだろう。
不思議と死ぬというのに抵抗はなかった。ただ痛いというこの感情から早く解放して欲しいとさえ思った。
友達もほとんど出来ない。大事な人すら出来ない悲しい人生だったな……。来世があるなら是非俺は幸せになりたいものだ。
「グギォォォ」
どんどんと近付いてくる絶望の足音。もう終わりだ。俺はゆっくりと目を閉じた。
「ご……主人様……!」
「っ!」
頭がガツンと叩かれたような錯覚に驚いて目を開いた。足に木片が刺さり動けなくなっているルナ。それでも身体を引きずってでもこちらに来てくれていた。
「ルナ……」
「ご主人様は……私が……守って……」
何でそんなに……。俺はこんなにも情けなくて弱いのに何でルナは俺のことを。
目頭が熱くなってくる。ルナの気持ちが嬉しくて。同時に情けない自分が悲しくて。
友達は少なかった。裏切られるのが怖かったから。離れていくのが怖かったから。自分から距離を作って、自分の他人は違うのだと勝手に決め付けて誰かと一緒にいることそのものを避けた。それを俺は施設育ちだからと最もな理由を付けて。
本当は誰かにそばにいて欲しかった。おじさんやおばさんはいて、確かに孤独ではなかったかもしれない。でも特別親しかったわけでもない
普通の人のように馬鹿みたいに笑ったり、喧嘩したり、くだらない話をして盛り上がって。そんな当たり前のような関係を築いてみたかった。
それでも俺はその道を進むことは出来なかった。それ以上に怖かったからだ。誰かがいなくなってしまうのは。
物心付く前から親もいなかった。誰かが親に駄々をこねたり甘えたりする様を見ては羨ましいと何度も思った。自分は特別不幸なのだと思ったことはない。でも幸せではないというのは何度も実感していた。
周りには俺より不幸なのだと思う奴は沢山いた。でも俺なんかよりもそいつらの方がよく笑っていたように思う。そいつらは俺よりも人間というものを、人生というものを楽しんでいたように思う。
ルナの時もそうだ。キスをしてしまえば関係が変わってしまう。今のこの程良い甘さの関係を崩したくなくて俺はキスを拒んだ。最もな理由を付けて。
こんな俺でも誰かに慕われ、好意的に思われているということに浸りたかったのかもしれない。嬉しさばかりを追って俺は人の気持ちを蔑ろにしてきた。
ルナはそんな俺に対してもこうして命懸けで庇ってくれる。その優しさに何度も甘え、何度も悲しませ、何度も救われた。
今も俺は生きることを諦めた。死ぬというのに最高の逃げ道を選ぼうとした。情けない。こんな俺でも誰かに慕ってもらえるのだ。こんな俺でも誰かに愛されているのだ。その甘えが招いたのがこの現状だ。
勉強に打ち込んでいる時は楽だった。ルナは何度も俺を褒めてくれたが違う。俺は他のことを考えることで逃げて来たのだ。今までの人生そのものから。みんなが乗り越えていくのだろう壁を俺は乗り越えることを諦めてしまっていたのだ。
「ご主人……様?」
もう遅いのだろうか? 俺にもう生きる価値はないのだろうか?
そんな訳がない。こんな俺でもまだ心配そうに見つめてくれる人がいるのだから。
服の袖で涙を拭うと痛む身体を無視して無理やり立ち上がる。足が震える。それでも力を込めた。手が震える。それでも握り締めた。
俺は鍛冶師だ。武器や防具だけじゃない。己の心すらも鍛えろ。鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて。弱い心全てをすり減らしてしまえ。
「ご主人様! う、動かれては!」
「いい……。ルナ」
「は、はい?」
なおも心配そうに見つめてくれるルナに俺は応えたい。これ以上俺は駄目になってしまう前に己を見つめ直せ。鍛え直せ。
「すー……はー……」
大きく深呼吸して心を落ち着かせる。今から言うことを実現出来るかは分からない。それでも俺はやり遂げなければ死んだ方がマシだ。
「今この場においてはあのゴブリンが最強だ」
「は、はい」
ルナとの約束。俺はそれを反故にする訳にはいかない。ルナだけは離すわけにはいかない。ルナだけは俺が守りたい。
「だから……あいつを俺が倒す。最強があいつではなく鍛冶師であることを……いや、俺であることを証明してみせる」
「あ……」
これだけで伝わっただろうか? いや、改めてあいつを倒して言えばいい。
心は落ち着かせろ。恐怖はいらない。ただあいつを倒す為だけの思考能力を。落ち着いて冷静な判断力を。
「ご主人様! 危な…………いえ。…………頑張ってください!」
「…………あぁ」
人に頼らない。自分だけの力でこいつを倒し切る。俺にそれが出来るかどうかなどもう考えない。やるしかないんだ。やれ!




