第36話 馬鹿弟子とロクデナシ師匠
「は……?」
何を……言ってるんだ? 何を言われたのか全く理解出来なかった。俺の頭がおかしくなったんじゃないかと思うくらいだ。
「実の息子を何故、という顔だな」
「当たり前だろ」
そんなことする親がいるかと言われれば……いるのだろう。浅野のことを考えるとその可能性は充分にある。もちろん浅野の親は浅野が死んでから大切さに気付いたようだったが。
しかしこいつは失ったことを知っている。その上で何故まだそんなことを言えるのだろうか? そう感じてしまっていたから? そんなはずはないだろう。
「俺はな、魔法の才能だけは誰にも負けてねーと思う。多分だけどな」
「…………そうだな。俺の目から見て今まで出会ってきた中でお前以上の魔法使いはいねぇよ」
こいつがどれだけ酷い性格をしていても、どれだけ適当だろうとそれが事実だ。
「幼い頃から冒険者に憧れて、天職を魔法使いだと分かって、必死に勉強して。そうやって一流の冒険者になったものだ」
それは事実なのだろう。こいつの実力を見るとそれは疑いようがない。
恐らく真剣勝負であるならムイにも引けを取らない。それどころか魔法の応用範囲の広さだろうか、ムイよりも強い節があるくらいだ。
「そうして恋人を見つけ、子供が出来て、順風満帆な人生を送っていた」
それは極一般的な幸せというものだったのだろう。だかそういうものは永久的に続くわけではない。そうでなければ俺はルナ達との関係にこんなに必死にはならない。
「でもな、恋人はダンジョンで失っちまった。俺1人で子を育てる必要性が出てきたんだ」
「…………恋人も冒険者だったのか?」
「そういうことだな」
そういうのが多いのだろう。そうまでして一緒にいたいから。
「そうして息子が……リケラが20歳を超えた頃に様子がおかしくなった」
「…………」
それはあの獣人殺しのような暴走状態。操り状態とも言えるものなのだろうか?
「不意に意識がなくなりあちこちを壊し回るようになってな。最初は誰かの魔法だと疑ったがそんな魔法は幾ら考えようともなかった」
だからこいつの魔法は凄いのかもしれない。そういう理由で凄いのなら納得も出来る話だ。
目的外のことに関して極め過ぎるとこうなってしまうという良い例だろう。目標を高く持つということはそういうことだ。
「暴走状態……と言えばいいのか?」
「そうだな。それが的確だな」
当たっているようだ。20歳の頃。俺と同じ年齢か。
「それは物だけでなく人にまで被害が及ぶようになってな。でも暴走状態の時の記憶は元に戻ったリケラにはなかった」
そうなのか。ということはそれが理由で……。
「いつか息子に言われたよ。僕を殺してくれ、とな」
その言葉は父親であるミケラにとってはとても重く、そして辛い言葉だったことだろう。恋人を失って、更には自分の手で息子を殺すことになるのだから。
実質それは1人だ。俺もルナ達の誰かを殺すくらいなら俺が死んだほうがマシだ。それくらい辛いことをこいつは経験している。
「でも俺はリケラを殺さなかった。いや……殺せなかったんだ」
「…………仕方ねぇよ。そんなの」
「違う。殺そうとした。殺そうとしたがあいつは強過ぎたんだ」
強過ぎた……。確かにあの速度に魔法が通じないともなればミケラでもどうしようもないかもしれない。俺達はライジンがあったからこそまだ速度で対抗出来たが反応も出来ない速度の敵と戦うのは難しいだろう。
「そしてあいつは俺の元から去った。そうか……もう殺されていたか」
感慨深く呟いたその言葉には様々な感情が感じられる。安堵、憤怒、憎悪、感謝。正負の感情様々だ。
「…………リケラの年齢は?」
「32だな」
ということはもう12年か。それくらい長い時間こいつは探していたのかもしれない。息子の居所を。
しばらくの静寂。それはお互いに心の中を整理するには丁度良い時間だった。
俺も色々と整理したい。もし許してくれるなら、と思っていたがこんな話を聞くとは思わなかった。もう武器の性能検査などしてる余裕はない。
手が震える。俺が怖いのはそのリケラを殺したことじゃないのだ。ミケラに……仲間に嫌われるかもしれないという恐怖。ただそれだけだ。
「…………俺みたいな奴が許されるべきじゃないかもしれないな」
「何だよ突然。どうせまた小難しいこと考えてんじゃねーだろうな?」
「小難しいって……。…………もうこの際だから全部ぶっちゃけるとお前の息子を殺したことに関して俺は何の罪悪感も感じてない。俺にも大事なものがあったからな」
「…………」
こんなことを言って許されるとは思えない。反省していないと言ってるようなものだからな。
「アホ」
「何だと?」
いきなり罵倒された。しかもガキみたいな感じで。
「俺は良かったと思ってんだよ。お前みたいな奴が殺してくれて」
「…………」
「馬鹿弟子な癖に師匠に気を遣って本音ぶちまけて許してもらう気ゼロの不器用くんだからな〜」
何だその評価は。でも若干言い返せない気がするから何とも言えない。
「お前が優しいのは知ってる。だから別に恨んだりしねーって」
ミケラは俺の頭に手を置くといつもとは違い優しく撫でてくる。そんなことをされて、そんな優しい言葉を掛けられて目頭が熱くなってくる。
「お? 泣いちゃう? 泣いちゃう〜?」
「…………」
いつもは腹が立つミケラの反応もいつも通り過ぎて安心してしまう。こんな自分が嫌だ。こいつなんかに泣かされるとか人生の恥なんじゃないだろうか?
「うえ!? ちょ、本当に泣くなよ!?」
「うっせぇ馬鹿……こっち見んなボケ……」
「泣きながら罵倒するなよ……」
ミケラの視線から逃れるように俺は俯いた。俺が涙を流している間、ミケラはまるで父親のように温厚な笑みを浮かべて俺の頭を撫で続けてくれた。
「落ち着いたか?」
「あぁ……」
「本当に泣くとはな〜! もしかしてそんなに気にしてたのか〜!?」
「…………あぁ」
素直に頷いたところ目を大きく見開かれてしまう。こいつのこの反応は真面目に腹立つ。
「…………ふぅ。ちょっと聞け」
「お〜? 恥ずかしい? 恥ずかしいのか〜?」
こいつのこういうところも普段はもっと腹が立つんだがな。今の空気をどうにかしようとしてると思うといつもの悪態も出ないな。
「魔人の情報が幾つか出てる。その中にリケラのような現象が起こるところも見られた。真面目な話だ、聞け」
「っ!」
あの獣人殺しのような話が出れば当然こいつは反応するだろう。俺のことは許してくれたがそっちに関しては許してなさそうだしな。
「色々と情報を集めて今手元にある資料はこれだ」
「お、おう……」
少し戸惑いながら資料を受け取ったミケラに俺は話を続ける。
「目撃情報から半魔人にされた人間に会ってな。色々と仮説を立てた」
俺は近況と仮説を話すとミケラは微妙そうな表情で聞いていた。何故そんな顔をするのかは全く分からないが。
「お前マジでさっきまで泣いてた奴かよ。とてもじゃないが同一人物には思えねーな」
「うるせぇな……」
本当にこいつの前で泣いちまうとか人生の恥だ。死にたい…………。
「とにかく俺から言えることは以上だ。何なら魔人討伐に参戦してくれてもいいが……」
「リケラが絡んでるなら当然行くに決まってんだろ? それにな……」
「ん?」
他にも何かあるのだろうか? まぁ理由なんて人それぞれだろうが。
「ウチの泣き虫の馬鹿弟子が頑張るんならやるしかねーだろ?」
「…………」
こいつは本当に……。まともに顔が見れなくなって立ち上がると背を向ける。ここでまた泣き顔を見られちまうと本当にからかわれる。
「もう用はないから俺はこのまま帰るぞ」
「おいおいちょっと待てよ」
「うっせぇ……恥ずかしいから止めるな」
本当にまともに顔が見れないのだ。こいつも優し過ぎる。いや、包容力が強過ぎると言うべきなのだろう。
大人の許容量というか心が広いというか。いや、多分俺に何も思っていないということではないだろうし少なからず憎しみも抱いているはずだ。
それでもその憎しみは俺を殺すまでには至らなかったようだ。本当にあいつらになんて説明すりゃいいのか……。
「そんな泣き腫らした目をしたまま帰るのがよ〜?」
「…………」
泣き腫らした……? いや、確かにそうか。このまま帰ったらめちゃくちゃ心配される上に甘やかされること間違いなしだ。あれ、何か問題あるか?
「刀夜」
「……………なんだよ」
「久しぶりに飲みに行こーぜ! 嫌なことなんて忘れて飲み明かそうぜ!」
そのとんでもなく情けない言葉に普段なら呆れて蔑んでいたことだろう。しかしこいつを見直した上に今の状況はとてもじゃないが断れるような雰囲気じゃない。
俺は大きく溜息を吐いた後に口元を緩ませる。いや、緩んだと言う方が正しいだろう。
「まぁたまにはな」
「お、マジで!?」
「あぁ」
今日はこいつの愚痴も聞いてやるか。どうせこいつのことだ、色々抱えてるしな。
「ならさっさと行こーぜ!」
「まだ真昼間だけどな……」
本当に人の気分とは分からないものだ。家を出る時はこんな満たされたような気分じゃなかったはずなんだがな。




