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第20話 その原因は主に風邪のせいである

 名前も知らない男子生徒と出会ってから数日後。俺はそいつのことを忘れそうになっていた頃だった。


「あ、いた」

「あん?」


 屋上でサボっているとその男子生徒が顔を覗かせた。そういやクラスにもいるのに声は掛けて来なかったな。

 恐らくは俺にいじめが行かないようにと配慮でもしてるのだろう。別に興味はないが巻き込み事故だけは確かに俺もごめんだ。

 男子生徒はあちこち怪我をしておりおおよそ大丈夫ではなかった。足取りはしっかりしているし見た目ほど大きな怪我ではないのだろう。


「勝ったよ!」

「…………話が全く見えないんだが」


 いきなり何なんだこいつは。俺の前に座ったかと思えば満面の笑みでピース。何に勝ったのか全く分からない。


「あれだよ。ほら、病院送りにするっていう」

「いじめの件かよ」


 しかもわざわざ報告に来たと。というか非力そうなこいつがよく勝てたな。


「股間を思い切り蹴ったら勝てたよ」

「お、おう……」


 なかなかにえげつないことをする。まぁされて当然といえば当然のことをされているので同情はしないが。


「萩くんのおかげだよ。ありがとう!」

「はいはい」


 俺はそのまま横になる。昨日バイトがなかなかにハードだったせいで今日は疲れているのだ。


「どうしてそんなに興味なさそうなの!?」

「実際興味ないからだろ」


 何故俺が興味あると思ったんだろうか? というかこいつが誰なのか知らない俺が興味あると思っているんだろうか?

 俺は目を閉じて眠ろうとすると肩を揺すられる。鬱陶しい……。


「なんだよ」

「ちゃんと聞いて欲しいんだけど……」

「面倒くせぇ……」


 なんで俺が聞く必要があるんだ? そもそもこいつは何故俺にこんなに関わってくるんだ?


「えぇ!? あ、あんなに仲良く話せたのに!?」

「俺がいつお前と仲良くなったんだよ……」


 こいつにとっては些細な会話もそういう風になってしまうのだろう。それだけ人との関わりがなかったということに他ならない。

 親しい人間などこいつにはいないらしい。親とかその辺は何してるんだろうか?


「それじゃあ……ぼ、僕と友達になって?」

「やだ」

「即答!?」


 だって面倒くさそうだし。友達っていうのは頼まれてなるものでもなければ自然と勝手になっているものだ。こいつのお願いはそもそもおかしい。

 何やらギャーギャー騒ぐ男子生徒を無視して眠りにつこうとする。しかしうるさいな。


「…………何でそこまで俺に関わろうとする」

「そ、それは……。だ、だって萩くんは凄いから……」

「理由になってない」


 多分同じ境遇だからなのだろう。そういう仲間意識というのは案外仲良くなれるきっかけになる。


「そもそも誰だよお前」

「えぇ!? 同じクラスなのに!?」

「人の名前なんて覚えてられるかよ。興味もないのに」


 名前なんて覚える価値がある人間しか覚えない。


「僕の名前は浅野 ユキ。よろしくね」

「俺はよろしくする気ないんだが……」


 しかし俺の予想に反してなかなかにこいつと関わる機会が多くなる。それはもう少し後の話になるのだが。

 そして時は戻り現在、目を開けた瞬間視界は何やら二つの山だった。いやこれどう見ても胸じゃね?

 随分と懐かしい夢を見たようだ。とりあえず今この状況は……うん、どういう状況?

 間違いなくこの胸はルナの胸だな。顔が見えなくなる程大きいのはルナしかいないからな!


「なぁルナ」

「は、はい? 起きましたか?」


 案の定ルナだったらしい。これはそろそろ旨だけで俺は仲間を判断出来るのではないだろうか?


「…………俺は何故膝枕されてるんだ?」


 いつのまにか膝枕されていた。俺の部屋のベッドだ。確か昨日は普通に寝ていたはずだよな?


「ご主人様が寝言でして欲しいとおっしゃっておりましたので」


 マジで? そんなピンポイントなこと言うのか俺。

 驚いていると自然と欠伸が漏れる。夢でも欠伸してたな俺。あいつの話に相当興味なかったのだから当然と言えば当然だが。


「ふぁぁ……」

「ふふ、まだまだお眠ですね」


 確かにまだまだ眠い。というか風邪気味だからだろうか? ちょっとやる気も出ない。


「はぁ……」

「ご主人様? あ、あの、大丈夫ですか?」


 自分の胸を押さえて俺の顔を覗き込んでくるルナ。おおう、胸が潰れてる。潰れるほど柔らかいということでもある。

 俺の額に手を当てたルナは驚いたように目を見開いた。


「熱があるじゃないですか!」

「別に平気だが……。でもとりあえずしんどい」

 

 身体が熱い癖に寒気を感じる。本格的に風邪を引いて熱を出してしまったか。こうやって寝込むのは何年振りだろうか。


「それは平気とは言いませんよ!?」


 確かにそうかもしれない。何やらボーっとしているらしい。これも風邪の影響だろう。

 ルナは俺の頭を優しく持ち上げて膝枕を中断する。ちょっと残念だな……もうちょっと堪能していたかった。


「ご主人様はゆっくりとお休みください。わ、私は皆様に知らせてまいりますので!」


 慌てた様子でルナは部屋を出て行った。1人になると途端にしんどさが増す。少し寂しくなったからだろうか?


「…………刀夜!」

「刀夜くん風邪引いたって本当!?」

「刀夜殿! 大丈夫か!?」

「刀夜さんしんどいわよね!? わ、私に代わりに移しなさい!」

「キャンキャンキャンキャン!」


 …………何いきなり。なだれ込むようにアスール達が部屋に入ってくる。驚いて上体を起こしてしまった。


「み、皆様……! ご主人様は安静にしておかなければならないんですから騒いだら駄目ですよ……!」


 極めて小さな声でルナが注意をしていた。んー、とりあえず物凄く心配で慌てて駆けつけてくれたのだろう。

 それだけで心がポカポカしてくる。同時に顔もポカポカしてきた。でもそれでも若干凍えそうなのはやはり風邪の影響なんだろうな。顔がポカポカするのも風邪の影響かもしれない。


「と、刀夜くん? 顔真っ赤だよ!? 本当に大丈夫!?」

「あぁ、平気だ。とりあえず頭に響くから大声出すのはやめてくれ……」


 頭痛い。でもこれも不規則な生活を送っていた罰だと思えば仕方ないとすら思えてくる。単に自業自得だからな。


「ご主人様はゆっくりとお休みください……」


 何やら泣きそうな顔で俺のベッドに押し倒したルナは俺の肩まで掛け布団を掛けてくれる。


「ありがとな……」

「いえ……早く良くなってくださいね」


 ルナは優しく俺の頬を撫でた後に真剣な様子で全員に振り返る。


「私、お粥を作ってまいります!」

「私も手伝うよ!」

「ん……私も」


 ルナ、アスール、アリシアは料理をしてくれるようだ。しかも俺の為に。今は何もしたくない。素直に好意に甘えておこう。


「私はキスをして刀夜さんから風邪を奪えばいいのね!?」

「マオ殿!? 落ち着いてくれ! そんなことをしたら余計に刀夜殿が眠れなくなってしまうだろう!?」

「そ、そうよね。ご、ごめんなさい」


 実は一番テンパってるのってマオなんじゃ?


「私は風邪の時に必要なものを買い揃えてくる」

「ガウガウ!」

「リルフェン殿も来てくれるのか?」

「ガウ!」


 コウハとリルフェンは買い物に行ってくれるようだ。ついでに今日の食材やらを色々と買い揃える必要もあるのだろう。


「わ、私は……」

「マオ……」


 俺は手を伸ばしてマオの手を握る。とりあえず慌ててパニックになっているのはなんとかしないという。

 何故普段戦闘時などは一番冷静なのにこういうの駄目なんだ? そこがギャップでちょっと可愛いけど。


「と、刀夜さん、何かして欲しいことある!?」

「そばにいてくれるだけでいい……」

「刀夜さん可愛い……」


 そこでそういう冗談言うのやめて欲しい。今はツッコミを入れる元気がない。


「ご主人様可愛いです……」

「ん……萌え」

「刀夜殿……そ、そんなキュンとすることを言うのはやめてほしい」

「お前らもかい! あ、ツッコんじまった……」


 つい上体を起こした全員にツッコミを入れてしまう。しかし途端にしんどくなってそのままベッドに倒れこむ。


「む、無茶しちゃ駄目よ!?」

「悪い……ちょっと頼む」


 相当熱が高いのだろう。本当に素直に甘えたくなってしまう。

 全員が頷いてそれぞれ行動に出る。残されたマオは椅子を持ってきてベッドのすぐ横にくっつける。


「ほ、本当にキスして風邪をこっちに移さなくていい!?」

「そんなことしたら一生悪循環だろ……お前に移った風邪も俺がキスして奪うぞ……」

「それは是非……って駄目よ!?」


 いつもの落ち着いた様子が見えない。それだけ心配してくれてるんだろうな。こいつはそういうのに弱いわけか。

 普段からかわれている仕返しでもしてやろう。こいつが普段からしているようなことを今度は俺の方からする方が良いか。


「マオ……添い寝して抱き締めてくれ」

「なっ!?」


 マオの顔が瞬時に真っ赤になる。普段からこうしてからかってくるマオに過剰に反応してしまう俺の初心な心が恨めしい。

 しかしだ。こいつも初心なのだ。余裕そうに見えて実は心にはあまり余裕がない。ならそこを突いてみた。


「大丈夫よね!? と、刀夜さんがそうして欲しいなら……」


 マオはベッドの中に入ってくると本当に添い寝し始めた。え、マジで? 冗談のつもりだったんだが。というかもっと慌てて欲しいんだが?


「こ、こうでいいかしら?」


 マオは俺を優しく抱き締めてくれる。む、胸が顔に!? やり返すつもりが天然でやり返されてるんだが!? 本人にその気はなくてもこれいつものからかってくるのと何も変わらないんだが!?


「大丈夫よ刀夜さん……ゆっくり休んで早く元気になりましょう……?」


 優しく頭を撫でられると不思議と落ち着いてくる。普段なら欲情するかもしれんが今は全然そんな気分にもならない。

 多分これは風邪のせいじゃないんだろう。マオが本気で心配して本気で色々としてくれようとしているからこそだ。

 夢で見た過去の記憶。俺は浅野にもこういう風に受け入れてやるべきだったのだろうか? そうすれば未来は何か変わったのだろうか?

 そんな今更な後悔に押し潰されそうになる。俺が人を嫌い、避けていたせいで関わっていた友達が死んだ。

 強くマオに抱きつくと本当に心が和らいでくる。マオもなんだかんだで母性が強い。姉御肌だしな。


「苦しくて泣きたいのなら泣いてもいいわよ? 無理したり隠したりだけはしないでね」


 何やら子供扱いされてる気がしてきたが今はそれでもいいか。

 マオに頭を撫でられながら俺は目を閉じる。思えばこいつには膝枕してくれたりと一番俺の体調に気を遣ってくれていた。


「マオ」

「え? あ、何かしら?」


 眠ったりする前にこれだけは伝えたい。いや、礼儀として……そして恋人として伝えないと駄目だろう。


「そばにいてくれてありがとな」

「え、えぇ……ほ、本当に平気よね? いつも言わないようなこと言ってるわよ!?」

「風邪のせいだろ」


 そんなことはないはず……だが自信は持てない。俺は素直に言葉にするのが苦手だからな。こういう時くらいしか言えないかもしれない。

 だからあえて何度もした言い訳を使おう。今日の俺は風邪のせいでおかしいのだろうと。

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