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第19話 その出会いは偶然、本来いるはずがない場所で

 もし仮に世界で何か一つ望むものがあるならなんと答えるだろう?

 金? 自由? 友達? それとも奴隷?

 そんなくだらない問題は無用だ。望んだことで手に入らないものはその努力を怠っているからだ。

 例えば金ならば働けばいい。効率良く。月日は掛かれど目的は達成される。

 自由であるならば自分が望むことに素直になればいいだけだ。心の持ちようや生き方を変えだけでそれは手に入る。

 友達というのはコミュニケーション能力があれば可能だ。それに加えて周りに合わせたりすればいい。

 奴隷というのは日本では厳しいかもしれない。ならば海外に出ればいい。そこになら腐る程そういう世界があるだろう。

 人は望むことはすれどそれに手を伸ばそうという意思はない。だからこそ望んだものがあっても永遠にそれに手を届かせることがないのだ。

 しかし望んでもどうしようもないことはある。例えば人の気持ち。金などでそれは変わるかもしれないが一時だけだ。人の心は移ろいやすく、また慣れやすいものだから。


「あー……だる……」


 午後の授業が今にも始まらんとする時間帯。俺は何をするでもなく屋上で寝転がって空を眺めていた。

 ゆっくりと動く雲。されどその速度は人が思うよりも速い。

 見えているだけが全てじゃないのだ。この雲も、そして人の感情というのも。

 学校というのはつまらない。適度に勉強していればテストなんて問題ないしな。

 同じ箱に何人もの生徒いきものが詰め込まれているのだ。俺個人としては吐き気を催すくらいに気持ちの悪い習慣だと思う。


「蠱毒でも起きてくれりゃ楽なのにな」


 呪いの方法として同じ箱に毒の持つ生き物を入れる。最終的に食らい合い、残った1匹が呪いに使用されるという。

 人間はそんなことはしない。手と手を取り合ってなんて馬鹿げた理想を掲げてしまっているから嫌いなのだ。

 予鈴が鳴ってしまう。しかし動く気もなければ真面目に授業を受ける気もない。だるいのだから仕方ない。

 俺は孤児院育ち。奇異な目で見られることも少なくない。むしろ教室ではいつもそれだ。正直居心地が悪過ぎて長時間いたくない。

 教師陣もそれが分かっていて俺がサボっていても何も言わない。危ないものは見なかったことにすればいい。なかったことにしてしまえば問題になることはないのだから。


「…………本、持って来ればよかった」


 どうせこのまま暇をして時間を持て余すのはキツイ。しかし今からでは教室に間に合わない。本を取りに行くというのはもう無理だろうな。

 となれば……寝るか。

 やることがなければそうするだけだ。俺は自分の腕を枕に横向きに寝返ると目を閉じる。

 ガチャっとドアが開く音が聞こえた。もしかして教師か? サボってるのが黙認していない教師なら面倒だな……。


「ひぅ!? あ、あれ? 萩くん……?」


 どうやら俺の名前を知っている知り合いのようだ。まだまだ若い声音からして生徒なんだろう。残念ながら俺は友達なんていないのであくまでも知り合い。

 生徒ならば問題ない。俺のことを知っているならなおさら関わろうとはしないはずだ。

 昔からそうだ。施設育ちだからと蔑まれる。それが小中と続いて当然同じ高校に進学してきた奴らがその噂を広める。

 高校生というのは噂に左右されがちな一番厄介な時期だ。だから俺は高校生というのが一番嫌いだったりする。


「ね、寝てる? それじゃあいいのかな……」


 何がいいのか分からなかったがとりあえず無視する方向でいこう。関わると何かありそうで面倒だ。


「よいしょ……!」


 ガチャンと鉄の音が聞こえる。何か危なげなことをしていては俺に危害が及ぶ。

 目を開けると見覚えのある男子生徒が屋上のフェンスの向こう側にいた。


「…………」


 確か名前は……忘れた。クラスメイトのはずだ。身長が小さく、くりっとした大きな目が特徴の男子生徒だ。痩せ型でストレートヘアーの黒髪である。

 ぱっと見女子生徒と間違えそうになるもののこいつは男だ。確かこいつも俺と同じく社会の枠からはみ出しているはずだ。

 確かいじめだったか。男子だけでなく女子にまでいじめられるという大変珍しいタイプだ。

 今のこの状況も概ね自殺というところだろう。いじめに耐え切れなくて、というのは近年ではよく見掛ける問題だ。

 しかしだ、やはりこの状況下では人は何かでストレスを発散したり平常心を保つ為の犠牲が必要になるのだろう。

 人は平等ではない。だからこそ自分よりも下である人間はとことん追い詰める。そういう生き物だ。


「ひぃ……!」


 自殺する気あるのかこいつ? 何やらビビってフェンスにしがみついていた。


「ふぁぁ……」

「っ!? わわっ!?」


 つい出てしまった欠伸に過剰に反応した男子生徒は一瞬バランスを崩す。しかし慌ててフェンスに手を伸ばした。


「…………」


 そして目が合ってしまうわけだがどうしたものか? ここで声を掛けるか掛けないか……。


「と、止めないで! 僕はもうこんな世界で生きていくのなんて嫌なんだ!」

「いや、別に止める気はねぇけど……」


 眠るという気分でもなくなった。俺は立ち上がると尻に着いた土を払う。


「それよりそっちから飛び降りるのか?」

「え?」

「そっちは下が花壇だ。すぐそこの方がコンクリートだからあっさり死ねると思うが」


 出入り口から丁度左側。前方は美化委員が植えた花壇があってそれがクッションになって最悪生還する。

 それはこいつも望むことじゃないだろう。死の恐怖というのがあるのかは知らないが楽に死ねるのならそっちの方が良い。


「え、えっと……」


 せっかくアドバイスしたのに何やらどうすればいいのか分からずに戸惑っていた。俺が悪いのか?


「は、萩くんはどうしてここに?」

「サボり」


 あっさりと答えると苦笑いされた。というかそんな必死にフェンスにしがみつくなら早く帰ってこればいいのに。


「それより落ちるのか? 落ちないのか? 早くしないと誰かに見つかっちまうけど」

「あ、う、うん!」


 男子生徒はフェンスを登ってくる。結局落ちないのな。

 フェンスから降りると安心したように大きく息を吐いた。こいつにとっては一世一代の行動だったのかもしれない。


「ご、ごめんね……」

「何がだ?」


 謝られるようなことをされた覚えはない。俺の昼寝を邪魔したことだろうか? あれも俺が無視していれば解決した話だ。


「まさか止めるどころか自殺を促されるとは思ってなかったよ……」

「俺がお前を止める権利はないしそもそも止める必要性を感じないな」

「そ、そうだよね」


 そこまで親しい仲でもない。というか名前すら知らない。


「萩くんと僕って何が違うんだろう……」

「全部だろ」

「で、でも僕だけ色々やらされて……」


 確かに俺はそういうのがない。いや、あったけどねじ伏せただけだ。


「全部断ってムカつく奴は全員ぶちのめせばいいだけだろ」

「解決方法が力技だね!?」


 向こうは数人がかり。当然悪いのは向こうだ。こちらはいわば正当防衛。罪にもならないだろう。


「で、でもそっか……萩くんも経験したことあるんだね……」


 暴力というのは格下に見られるからこそされるものだ。ならこちらを同格かそれ以上にすればいい。


「た、確かに萩くんって避けられてるけどその……人気あるもんね」

「は?」

「な、何でもないよ!」


 何やら人気がどうとか聞こえた。まぁ興味もない話だ。どうでもいいな。


「僕も反抗したらいいのかな……」

「病院送りにすれば一生何もされないと思うぞ」

「そんなにしないよ!? え、萩くんしたの?」

「…………まぁ若干」


 あの時はちょっと問題になったな。学校側がもみ消したみたいだが。

 俺は社会的弱者だ。当然そういう目で見られるのだからそうなのだろう。だがそれに甘んじて受ける必要性もなければ危害を加えられて黙って耐えられるほど大人でもない。

 例え1対多数だろうと関係はない。それ相応の方法で報復はするのが当然だ。


「そ、そうなんだ……」

「別にやり返せばいいんだよ。どうせまだ学生なんだし」


 重い罪になることもない。特に正当防衛だからな、理由としては充分だろう。


「そ、それは怖くない?」

「どうせ何もしなくても殴られるんだろ?」

「それはそうだけど……」


 なら反抗した方がまだいい。そもそもそういう輩は自分が殴られるとは微塵も思っていないケースが多い。人にしておいて自分はされたくないなどワガママもいいとこだ。

 その程度のこと小学生でも習うことだろう。自分が嫌なことを人にはしてはいけない。そんな当然の判断が出来もしない。

 世論というのは案外馬鹿なのだ。特に理由もなく弱者を陥れる。それは自己防衛の為でもあり、心の平穏を保つ為でもあるが傲慢が過ぎる行為だろう。


「その勇気が持てるか持てないかで状況は大きく変わるんじゃねぇの?」


 言いながら寝転がると自分の腕を枕に目を閉じる。やはり眠い。それに長時間もこいつの話に付き合う気はない。


「うん……相談に乗ってくれてありがとう」

「…………」


 相談に乗ったつもりは全くないんだが……。そこのところどうなんだろうか。まぁ本人嬉しそうだしどうでもいいか。

 ひとまず俺は無視して眠気に身を任せた。誰かと関わることは怖いことだから。俺はこれ以上こいつとの距離感を縮める気はない。

 しかし授業中というこの時間帯。サボリが重なった俺達が偶然出会ったというのもある意味奇跡なのだろう。片方もう自殺を考えるレベルで追い詰められていたけど。

 それでもやはり俺は友達というのが怖い。踏み込んで来られるのが苦手なのだろう。だから一定の距離が常に欲しいのだ。

 でもまぁこれを最後に二度と関わることはないだろう。俺達はそういう関係性なのだから。

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