第14話 違和感の理由は優しさだけだった
お昼が過ぎてあっという間に夕方。昨日来ると言っていたが浅野は来ないらしい。まぁいつでもいいって言ってるし、来なくても別にという感じではあるが。
ムイとおっさんに顔を出しておいた方が良いだろうかと考えていたが今日はあまり外には出してくれないらしい。
俺がお兄ちゃんとか余計なこと言うからなんだが。それにしてはやけに必死に止めてきたな。
「…………刀夜」
「ん?」
どうせ暇なので居間で本を読んでいたところ、アスールが後ろから抱き締めてくる。ソファが邪魔だな。どうせ抱き着くなら全身を感じたい。
しかし後頭部に感じるこの柔らかさと弾力。間違いあるまい。胸だな!
「…………気持ち良い?」
「あぁ、最高だ。でもどうせなら正面から抱き締める方が好きだな」
まぁ贅沢言っても仕方ないんだけどな。なんて言ってるとアスールは俺から離れてソファを回り込んでくる。
「アスールさん?」
「…………ご要望通り」
俺に馬乗りになるとそのまま抱き締めて胸を押し付けてくる。
「…………どう?」
「控えめに言って最高だな」
俺はそのままアスールを抱き締めてソファに寝転んだ。このまま一眠りしたいところだが。
「アスール、このまま寝るか?」
「…………刀夜がそうしたいなら」
なんで俺の意思によりけりなんだろうか? やっぱりお兄ちゃんと呼ぶのは嫌なのか?
いや、でもこいつは俺のことをお兄ちゃんと簡単に呼んでいたよな? ならこいつはお兄ちゃんって呼べばいい話じゃないのか?
「なぁアスール、お兄ちゃんって呼んでみてくれ」
「……? …………お兄ちゃん」
やっぱり普通に呼ぶよな? なら何でこいつは俺にご奉仕中?
「なぁアスール。お兄ちゃんって呼べるなら俺にご奉仕しなくてもいいんじゃないか?」
「…………ん」
そこで普通に頷くんかい。ということはやはりお兄ちゃんと呼べないってのは理由じゃないわけだ。
何かの記念日? それとも他に何か重大なことを見逃していたりするのだろうか?
こいつらが不思議と優しくなるようなこと……。いやいや、いつも優しいから分かんねぇよ。
「やっぱり俺に何か隠してないか?」
「…………そんなことない」
そんなことありそうなんだけどな。でもアスールの反応では読めない。こいつはちょっと特殊過ぎるからな。
一番この中で動揺してボロを出すやつと言えば…………リルフェンだな。マオが協力してるから無理だな!
ならルナ……は結構強情だし口が固いからな。喋らないだろうし。アリシアはあっさり躱されそうだな。
となるとコウハか? あいつは一番動揺するしな。でもあいつの場合はバラしてさまったことを気にして塞ぎ込みそうだ。それも避けたい。
「んー…………」
「…………深読みし過ぎ」
ならいいんだけどな。でもお前、深読みしてるって何故分かる? エスパーか?
「…………大体刀夜が考えそうなこと」
どうやら俺が何を考えているのか大体は理解されているらしい。で、何故俺が疑問に思ったことすら理解されてるんだろう。それすら読まれたのかよ。
「本当に何も隠してないか?」
「ん…………」
「教えてくれたらキスするって言っても?」
「……………」
いや、そこで考え始めちゃったら何か隠してるってことだろうが。
「…………やっぱり言えない」
「そうか……ならこうしてやろう」
仕方ないので俺はアスールの胸から顔を離すと同時にキスする。それはもう逃げられないようにガッチリとホールドして。
「ん……んぅ……」
何ですと!? 負けじと舌を絡めてきた。マジですか。
「ぷはっ! ふ、普通は嫌がるとこだろ!?」
「…………刀夜とのキスを嫌がる人はこの中にはいない」
「確かに!」
俺もこいつらとキスするのに嫌がる必要性を感じない。というかむしろしたいくらいなんだよな。
「くっ……こうも手強いとは」
「ん…………とりあえずもう一回を所望」
「まぁいいけど」
もう一度アスールとキスする。こうしてるだけで昨日のことも相まってか興奮してきてしまう。
しかしここで致してしまうわけにもいかない。とりあえず俺の息子は静まったままなので良かった。
昨日してなかったら間違いなくアウトだったな。いつもなら間違いなくそのままアスール抱えてベッドにお持ち帰りしていた。
「ん……満足♡」
「そうか? 俺も気持ち良かったけどな」
アスールの目元がうっとりと垂れてる。気持ち良かったようだ。俺ももっとしていたいがここじゃなんだしな。
アスールが上から離れると俺も上体を起こした。ひとまず読書の続きかね。
「…………刀夜はどう?」
「ん?」
「……満足?」
当然だろうに。俺は少し微笑んで見せる。
「当たり前だろ?」
「ん……」
アスールが珍しく嬉しそうに微笑む。やはりこういう風に自然に笑ってくれるのはいいな。俺も嬉しくなる。
そういや飯の用意しないといけなかったな。ルナ達はもうキッチンか? 流石にイチャイチャしていた手前何か手伝わないといけないな。
俺はキッチンへと向かうとルナが手早く食材を切っていた。
「ルナ、手伝うぞ?」
「ご主人様? いえ、大丈夫ですので居間でお待ちください」
「俺がルナと一緒に作りたいんだ。駄目か?」
ルナは目を大きく見開いた後に嬉しそうに微笑んだ。
「ご主人様、その言い方はズルいです」
「ズルくはないだろ」
何がズルいんだよ。それに本心なんだから仕方がないだろう。
俺はルナの隣に並ぶと横から包丁を奪い取る。
「ルナの綺麗な手に怪我をさせるわけにはいかないからな」
「そんな……魔法ですぐに治るじゃないですか」
「でも駄目だ。危ない仕事は男に任せろ」
ルナには痛い思いをして欲しくない。特に俺が怪我をする分には問題ないんだがな。苦痛に歪む顔を見たくない。
その点俺なら別に指すっぽーんなんてどうってことない。腕すっぽーんも経験あるくらいだしな。
「ご主人様はそういう素敵なところがあるので私……」
「ん?」
そんなに素敵なところだろうか? そもそも男なら当然な気がするが。それに私……?
「私……何だ?」
「いえ……ですから大好きなんです……」
失言だったのだろう。顔を真っ赤にした。ルナは恥ずかしそうに呟いた。
やべぇ、ルナ可愛い。こんなに可愛い嫁がいるなら男冥利に尽きるものだ。俺も精一杯働かないとな。
手早く野菜を切るとルナが目を見開いて驚いていた。何だろうか?
「とてもお速いです!?」
「そりゃあ冒険者だし常に前線にいるんだぞ?」
これで刃物の扱いに上手くなってなけりゃ前衛なんてやってられない。普通に殺される。
「ご主人様」
「ん?」
ルナに呼ばれて振り向くと優しくキスされる。唇を離したルナは嬉しそうに微笑む。
「素敵です」
「お、おう」
ビックリした……。ルナがまさかそんなことをするとは。恥ずかしいがそれ以上に嬉しいものだな。
「嫌、でしたか?」
「そんなことねぇよ」
ルナが不安そうにしていたので今度は俺の方からする。先程のアスールとは違って触れるだけの優しいキスだったがそれだけでも嬉しいもんだな。
「ふふ……」
「嬉しそうだな」
「当然ですよ。ご主人様がこうして愛してかださるんですから」
にっこりと微笑むルナ。嬉しいことを言ってくれる。
でもやはり気になるものは気になる。何かを誤魔化しているような……。いや、ルナが優し過ぎるし甘々なのはいつもの事なんだけどな?
「なぁルナ」
「はい?」
「俺達って愛し合ってるんだよな?」
「えっと……そ、そうですよね? ご、ご主人様もしかして私のこと……」
「いや、嫌いになるわけないだろ? 大好きだっての」
いちいち不安そうにしないで欲しい。でも俺もそれで愛されてるのが実感出来るから良いんだけど。
「でも愛し合ってるのにお前ら、何か隠してるよな?」
「あ……」
ルナは目を大きく見開いた。気付かれてるとは思ってもいなかったようだが……。
「何隠してるのかは知らないが俺優しくされるようなことしたか?」
「…………そうですね。ご主人様ですから気付きますよね」
「そりゃあ恋人だからな」
何よりも大切な人達なのだから変化に気付かない方がおかしい。
「そうですよね……」
ルナは納得したように頷くと諦めたように微笑んだ。
「…………やっぱり教えてくれないのか?」
「いえ……ここで黙ってしまっては意味がありませんから」
意味がない? どういうことだろうか?
「ご主人様が気にされて楽しめないのでは本末転倒なので」
「楽しむ?」
確かに今日は楽しいけど。昼まで寝てるのに何も言われなかったり全員優しかったりで今日は色々と何かある日だ。
確かにとても楽だし嬉しいことは多い。でも俺はそれ以上にこいつらに無理したり苦しんだりして欲しくない。自分を偽ってまで誰かを喜ばせる方を選択して欲しくないのだ。
「はい。…………ご主人様、泣いていらっしゃったので」
「泣いてた?」
「はい。浅野様のお名前を呼びながら泣いていらっしゃったので。とても辛い夢を見られていたのだと思いまして……」
あぁ、そういうことか。俺が夢で泣いていたから優しくして楽しませて、そうして忘れようとしてくれていたのか。
確かにこのまま黙っていて俺が気にしていたら本末転倒だな。でもそれ以上にその話を聞いてルナ達の気持ちが嬉し過ぎて泣きそうになる。
「今日見た夢はコウハとイチャイチャする夢だぞ?」
だから別の話にすり替えようとした。恥ずかしいし嬉しいしでもうどうにかなりそうだ。
このまま笑い話にでもしてくれたらいい。確かに俺の目の前で自殺した浅野を思い出して泣いたことはある。高校生なのに情けないくらいに。
でも、だからといって今は生きているのだ。昔のことを気にしたところで大事なのは今この瞬間だけだ。
「何があったかは聞きません。ですが……」
ルナは俺の背中に手を回すと優しく抱き締める。そのまま頭まで撫でられて。
「ですがいつでもこうして抱き留めます。ご主人様が笑っていただけるまでいつまでもこうしてますから……ですからどうか……どうか悲しいことだけ思い出さないでください」
せっかく話をすり替えたつもりだったのにルナには通用しないようだ。
「お前優しさで俺を泣かせる気かよ」
「そ、そんなつもりはございませんが」
分かっているさ、そんなこと。こいつがどれだけ優しいかも。アスール達がどういう風にしたいのかも。
俺も同じ気持ちだ。こいつらは昔から良い思い出がない。だから昔のことより今の大切で楽しい思い出だけを見て欲しい。
「……ありがとな、ルナ」
「い、いえ」
俺はルナに向き合うと精一杯の気持ちを込めて長いキスをした。ルナが嬉しそうに微笑んでくれて、俺も笑みを浮かべる。
「今度は俺が何かしないとな」
「そんな!? ご主人様にそんなことをしていただくわけには!」
「いいんだよ別に。ということでルナ」
「は、はい?」
「大好きだ。何でもしたい」
俺がそう言うとルナは頬を赤く染めて恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「ご主人様……ズルいです」
ルナはそう言いながらも嬉しそうだった。




