第12話 心配は掛けたけどそれはない、でも拒否権もない
「今日は楽しかったよ。ありがとう」
「もういいのか?」
「うん。充分楽しめたしまた明日も来れるしね」
空が茜色に染まる頃、浅野はにっこりと微笑みながら別れを告げる。
思えばこいつがこの家に来たのも俺達の事を知ろうとして、だったな。それにいつでも来れるようにだったか。
今ではもうすっかりルナ達とも友達だ。何やら楽しそうにしていたので十分そうなのだろう。
「そうか」
「うん。それじゃあ……」
浅野が手を振って名残惜しそうに空間を開こうとする。俺はその手に手を伸ばして握り締めた。
「は、萩くん!?」
「…………悪い」
ちゃんと俺のことも分かってもらわないといけない。そうじゃなければ前進しない。
「俺はお前に甘えてるだけなんだと思う」
「そ、そそ、そうなの?」
「お前の気持ちを蔑ろにしてここに連れて来たのもそうだろうな……。だから……お前のワガママも聞かせてくれ。俺に叶えられるものかは分からないが極力叶えるように努力するから」
何を言われても仕方がない。でも俺にも譲れないものは確かにあるのだ。だから何でも、とは言えない。
「そ、それじゃあ……」
浅野は何を思ったのかいきなり俺に抱き付いてきた。角が顎に刺さって痛いんだが。
「こうしてていい?」
「いいんだが……も、もうちょい顔下に向けてくれ。角が痛い」
「あ、ご、ごめんね」
慌てて俯いた浅野。こいつの角硬いなおい。
浅野が背中に手を回してくる。俺も背中に……とは行かず好奇心に負けて角を触っていた。
「あ、あの、萩くん?」
「あー、悪い。凄い角だったからついな」
抱擁を終えた浅野は離れると自分の角を触って確かめる。
「そんなに凄い?」
「あぁ。闘牛の牛にも勝てそうだな」
「そんな評価はいらなかったよ……」
褒めたつもりなのに駄目だったらしい。角なんだから強さをアピールするものじゃないのか。
「ふふ……そうやってズレたこと言うのはいつもの萩くんだね」
「…………そうかもな」
俺はやはり世間一般からズレているらしい。
「それじゃあ今度こそ、また明日ね」
「あぁ、また明日な」
お互いに手を振ると浅野は自分の家へと戻っていった。そういえばあの家ってあいつの家でいいんだよな?
居間に戻るも話題は自然と浅野の事だった。
「確かに女の子っぽい振る舞いの人だったわね」
「それに話してみると全然怖くありませんでした」
「そういうのが最初から分かってれば争う必要はなかったんだろうけどな」
それを事前に知れないのが生き物たる所以なのかも知れない。仮に他人の何かを完璧に理解出来るのならそれは神に等しい。
「さて、残りの時間は鍛冶屋にでも……」
と思ったが今日はこいつらを号泣させちまったわけだ。いや、今日というか昨日からずっとか?
「なぁお前ら」
「はい、何ですか?」
全員平気そうな顔をしているがだからといって心配もさせたし悲しませたのも確かだろう。
浅野の手前こいつらとイチャイチャするのは控えていたわけだが、もういいよな?
「今日は全員で一緒に寝るか」
「いいんですか!?」
「刀夜くん珍しいね」
珍しいというか、全員で一緒に寝ると緊張して寝にくいんだよ。でもこの際仕方ない。1人ならまだしも複数人いるとドキドキして眠れなさそうだが。
それにこの程度でも済む問題とも思っていない。それだけ不安にさせたのは分かってる。
何をすれば喜ぶのだろうか? よく考えれば俺はこいつらが喜ぶ顔は見ていてもその方法を真剣に考えたことはないような気がする。
「…………まぁたまにはな」
こいつらが喜びそうなこと……喜びそうなこと……。ルナとアリシアはすぐに分かるんだけどな。
ルナは俺とイチャイチャしてる時が本当に幸せそうだ。だから丸一日ルナに費やせば何とかなる気がする。
アリシアはぬいぐるみを一緒に買いに行けばいい。こいつの好きなぬいぐるみを買ってやれば大丈夫だろう。
アスールは……。アスール……うーん……。
「…………どうかした?」
まじまじと見てしまっていたらしい。アスールがキョトンとしていた。
こうなれば直接本人に聞くしかないような気がしてきた。しかしそれだと喜びが半減しそうだ。乙女心難解過ぎないか?
「…………何か考え事? ……おっぱい揉む?」
「是非! って何言わせるんだ。何で考え事してて胸を揉むことになるんだよ」
「…………嬉しそうなのに駄目?」
駄目か駄目じゃないかで言われると……駄目じゃない気がしてきた。
「…………男の悩みはおっぱいで解決」
「しないから。そんな単純じゃないから」
いや、ヤレば解決する話なのか? そういう単純な話なのか?
「刀夜さんはいつも高度なことを考えているでしょう? 邪魔しちゃ駄目よ」
「何だ高度なことって」
「また銃みたいな武器の構造でも考えているのでしょう? さっき鍛冶屋がどうとか言っていたもの」
確かにその辺の構造も考えないとな。ライジンを二重にするのはいいんだが水魔法の魔力を効率良く回収する手段が思い付かない。まぁそれは別として……。
「今考えてるのはお前らのことだ」
「え、そ、そうなの?」
「あぁ」
とはっきり言ってしまっても良かったのだろうか? これだと何かエロい事考えてやましい奴とか思われないか?
「やっぱりおっぱい触りたいのかしら?」
「そりゃあもう。ってさっきからもうよくないか?」
どれだけ俺は胸が触りたい奴だと思われてるんだ。実際触りたいけど!
「ま、まさかそれ以上!? 刀夜さん……大胆ね……♡」
「とか言いながら服をはだけさせるな。ベッドにお持ち帰りしちまうだろうが」
「む……私もお持ち帰りを希望」
まさかの立候補。こいつらのイタズラ誰止めてくれ……。
「2人とも刀夜殿が困っているだろう? それで刀夜殿は私達の何を考えているんだ?」
「いや…………胸?」
せっかくコウハが止めてくれたのに俺がそう答えたら意味なくね?
「や、やっぱりそういうことを考えていたのか!?」
「やっぱりって何だ」
お前も俺のことそういう風に見てるのな。ま、まぁ揉み過ぎたな。俺の性癖なんてもう知られてるし、問題はない。心には大きな問題はあるが。
「ガウ! ガウガウガウ!」
「え? 刀夜さんが申し訳なさそう?」
おおいリルフェン! お前勘が良すぎる! そんな素振りは見せてないつもりなんだがな……。
「申し訳ない、ですか?」
「何かあったかな?」
そこまで言ったら気付くような気がするが……。ルナは天然だから良いとしてアリシアは気付けよ。
「私達がその……泣いてしまっているのに責任を感じているんだろう?」
「え、あ……いや……」
事実なのだがどう答えればいいものか。くそ、リルフェンめ。知られてしまえば喜びが半減してしまうじゃねぇか。
「そんなことを気にしてくださったんですか?」
「だって……お前ら号泣してたし」
流石に俺だって色々と考えちまうだろ。鈍い鈍い言われていてもそういうところはやはり気になる。
「それじゃあ私達のこと、精一杯愛してください」
「ん……?」
愛する? なんでそんな話に?
「ん…………愛してくれるだけでいい」
「そうだね。刀夜くんに愛されるなら私もなんでもいいよ?」
アスールとアリシアも同調する。更には3人も。
「そうだな。刀夜殿が愛してくれるなら私も満足だ」
「ふふ……精一杯愛してもらうわよ?」
「ガウガウガウガウ!!」
何やら風向きが変わったような。え、本当に全員お持ち帰りパターン?
「形は何でもいいんです。私達はご主人様が愛してくださるだけで胸がいっぱいになりますから」
「…………確かにルナのおっぱいはいっぱいいっぱい」
「そ、そんな話はしてません!」
あー、うん、感動してた俺の心を返せ。でもそうか。俺もこいつらに愛されればそれでいいと思っている。同じようにこいつらも俺のことをそう思ってくれているということだろう。
「でもやっぱり何かしたいな」
そうじゃないと俺の気が治らないというか何というか。
「ならお姉さんって呼んでくれたら尚嬉しいよ!」
「あ、いいわねそれ。私もそう呼んでもらおうかしら」
「ず、ズルイ! 刀夜殿! 私も呼んでほしい!」
ああ……段々話が脱線していく……。いつも通りっちゃいつも通りだが。
「ちっ……仕方ない……今日の残り時間だけはお前らのことをお姉さんと呼ぼう……」
「…………そんな本気で悔しそうにしなくても」
子供扱いされてるみたいで嫌なんだよ。でも今回ばかりは俺に選択権はない。
「…………明日全員に俺のことをお兄ちゃんと呼ばせてやる」
「ん…………お兄ちゃん」
「お前には羞恥心はないのか?」
まさか平然と言われるとは思わなかった。しかし俺は引かない。誰かしら恥ずかしがるはず。
アスールめ、出だしから俺の心にダメージを与えてくるとは。流石は俺の嫁だ。
「あの、そんなに嫌ならいいんだよ?」
「いや、駄目だ。それでお前らが喜ぶなら俺は甘んじて受け入れる……!」
「だからそんなに嫌ならいいって……」
相当嫌そうな顔をしていたらしい。しかしだ、しかしここは俺も譲れない。
「いいからお姉さんって呼ばせろ!」
「えぇ!? 私が怒られるの!?」
本当に何でこうなった?
「ま、まぁいい。こほん。それよりアリシア姉、他に何か要望とかないのか?」
「お姉さんでお願いします」
「そういう要望は聞き入れてないなぁ……」
姉も姉御も駄目でお姉さんならいいってどういうこと? 何が違うんだ。
「あら、いいじゃない。私もそういう風に呼ばれたいわ」
「マオ姉は違和感ないけどアリシア姉は違和感ない?」
「確かに言葉数が多いのよね。シア姉の方がいいんじゃないかしら?」
そういう問題なのか。全く分からん!
「じゃあ姉御」
「睡姦してパンツに出させて夢精したと勘違いさせるわよ?」
「それはマジでやめて」
何だその恐ろしい罰は。それならまだ切腹した方がマシだぞ。
「仕方ねぇな……。マオ姉でいいんだろ」
「えぇ、よろしい」
これは俺の罰だ。可能な限りこいつらの要望を叶えたい。
しかしだ。こう何故俺の羞恥心をくすぐってくるんだろうか。あと俺は年下でもガキじゃないんだから子ども扱いはして欲しくない。
「…………一緒に風呂入ろ」
「まさかの要望だなおい。別にいいけど」
「そんな!? アスール殿だけずるい!」
ずるいとか言われても困るんだよな。でもまぁそういうことなら……。
「全員で入ればいいんじゃねぇの?」
「いいのか!?」
「これは……エッチの流れね」
まぁそうなるんだろうな……。そしてベッドでもう一戦と。ああ、大体今日の予定埋まったな。明日寝過ごして起きたら夕方とかになってそうだ。
「…………ありがと」
「え、お、おう?」
「ん……お兄ちゃん」
「だから何故恥ずかしげもなく言える!?」
居間に俺のツッコミが響き渡った。




