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第10話 受け入れる心を持つのは思いの外難しい

「ん……んぅ…………」


 目を開けるとそこは見慣れない天井だった。ベッドで寝ていたようだ。ふかふかながらもどこか小汚いそれは俺の部屋のものとは似ても似つかない。

 ルナが見たら真っ先に洗濯されるなこれ。まぁ肝心のルナがこの場にいないわけだが。


「目が覚めた?」

「…………」


 夢じゃなかった。というかこいつは何してるんだ?

 エプロン姿で可愛らしく登場した浅野はテーブルにご飯を並べていく。いつから俺はこいつと新婚ごっこがスタートしたんだ?


「萩くん?」

「…………何してんのお前」

「何って朝食を作ってたんだよ? お腹空いてるよね?」


 俺達殺し合ったんだよな? 確かそのはず。俺の記憶が確かなら間違いない。


「…………」


 この状態なら暗殺出来るんじゃないか? などとくだらないことは考えない。

 こいつの力は後手に回ったところで俺じゃ勝てない。今はまだ、な。

 今のこの状況でも強くなれる方法。それもすぐにだ。…………ねぇよそんな方法。

 何よりも肝心なのは俺の刃が届かないことじゃない。敵の攻撃が見えないことだ。

 見えないものを反応など出来るはずがない。勝てる戦いも勝てなくなるのでは話にならない。


「まだ寝ぼけてる? 顔洗ってきたらどうかな?」

「お前は何故そんなに普通そうなんだよ……」


 刃を向けたというのに気にもしていない。俺も大概だがこいつも大概だなおい。

 キッチンは見えていたので顔を洗うとにっこりと微笑みながら浅野は両手を広げる。


「どうぞ!」

「いや、何がだ」


 いきなりどうぞと言われても分からん。


「…………」


 こいつ何かしたいんだ? もう俺には全く分からん。人の気持ちに疎いからか? いやいや、そんな状況じゃなくね?

 殺し合いをした男の娘と今一緒に新婚中とかどうなってんだ。誰か詳しい状況説明してくれ。

 大人しくテーブルに座ると朝食に口を付ける。普通に美味い。普通に美味いのが困る。


「どう?」

「いや……美味いけど」

「っ! 本当!?」


 目を輝かせて前のめりになって詰め寄ってくる浅野。俺は反射的にのけ反っていた。


「あ、あぁ」

「あ、ご、ごめんね!」


 思いの外、顔を近付けていることに気付いたのだろう。顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 女の子相手なら喜ぶとこなんだけど。男の娘の場合反応に困る。俺はどうすればいいんだ?


「…………つまらなそうだね」

「そんなことねぇよ。どうすりゃいいのか分からないだけだ」


 本当に。殺し合ったかと思えば腹パン食らってそいつに朝食作ってもらってるとかどういう状況だよ。流石に色々と鈍い俺でも分からん。


「…………ただお前はあいつらを受け入れられない。でも俺はあいつらと一緒にいたい。なら俺とお前が分かり合うことはねぇよ」

「…………そっかぁ」


 悲しそうに俯いた浅野を見ていると俺の胸も締め付けられる。

 元々こういうのは苦手だ。友達だからといって気安く接することが出来るのかと問われると俺は無理だと思う。

 こいつは俺の友達。それ以上でもなければそれ以下にもならない。だが同時に敵でもある。

 俺達の関係を引き裂こうとしている奴を野放しにするほど俺は甘ちゃんじゃない。


「…………」


 俺は鋭く浅野を睨むと魔力装備生成魔法で刀を作り出して振り抜いた。

 しかし常時浅野の周囲には空間が固定されているらしい。不意を突いたところでその攻撃は届かない。

 逆を言えば閉じられた空間においてこいつは攻撃が出来ない。こいつを殺すにはカウンターを狙うしかないようだ。

 問題はこいつが強過ぎて攻撃のタイミングも何も分かったものじゃないこと。加えて空間を操れるせいでどこにでも転移出来るのだ。

 本当に魔法の域を超えている。ただでさえ身体能力に恵まれていてそんな能力持ちだとかせこ過ぎないか?


「無駄なの分かってて攻撃したよね」

「当然だ」


 しかし情報を得ていると考えれば無駄じゃない。その辺りはこいつも分かっているのだろう。

 俺はいつだろうとこいつの首を狙っている。他にもあと2人魔人というのはいるらしいが全員が全員同じ能力だとは思えない。

 こいつが一番厄介なのか、それとも一番楽なのか。分かるのは魔人という存在が凄まじいということだけだ。


「俺が邪魔だと思えば殺せばいい」

「そんなこと出来ないよ。僕にとって萩くんは特別だから」

「その特別にもう意味はない」


 俺はこいつを受け入れるのはもう無理なのだ。俺とは完全に別の方向性を見出している。だからもう分かり合えないと言ったのだ。

 こいつのワガママも俺のワガママも妥協点を見つけれられればよかった。だが望んでいることが正反対ならもう妥協点も何もあったものじゃない。


「どうしても受け入れられないなら……仕方ないよね」


 まるで壊れた機械のようにぎこちない動きで顔を上げた浅野。その表情が醜く嗤う。


「あいつら殺そう」

「っ!」


 その結論に至るのだけは一番避けたかった。あいつらが狙われるのだけは。

 考えろ。今こいつが一番望まないことはなんだ? 力で敵わないなら思考で勝つしかない。


「お前が仲間を殺しに行くなら……俺はその間にここで死ぬ」

「なっ!?」


 こいつにとっての最優先は俺なのだ。狂っている程に俺の事を想っている。それが俺にも分かる程に。


「幾らお前でも姿を消した後に俺に気付かれずに全員を殺すことなど不可能だ。仮に1人ずつ殺したとしても俺はいずれかのタイミングで死ぬ。お前は俺から一切目を離せなくなるわけだ」


 そんなリスクを背負うはずがない。狂っているが思考能力まで狂っているわけではないのは話してて分かる。


「…………あの人達を殺さなければいいんだよね」

「その思いすら捨てろ。そうしなきゃ俺はお前と分かり合えない」


 殺したいというその感情が垣間見えた瞬間不安になる。こいつはそれだけの力を持ち合わせているのだと。

 しかし俺には譲れないものがある。その為に俺は生きているのだから。


「キミが冗談を言うとは思えないけど……。キミは本当に自殺なんて出来るの?」

「…………」


 目の前で危機感を煽らないといけないか。やり方は簡単だ。俺が自殺出来るということを目の前で見せてやればいい。

 俺は刀を創り出すと刃を自身に向ける。


「は、萩くん!?」


 俺は躊躇いなく切っ先を首元へと突き立てた。しかしその刃は首元へ達することはない。

 慌てた様子の浅野が俺の腕を掴んで止めていた。高速で動けるからこそ出来る芸当だろう。


「分かったからやめて……お願いだから」


 悲しげな表情を浮かべる浅野を見ながら刀から手を離した。

 好きな人が目の前で死のうとしているといつのは思いの外きついものなのだろう。


「お前も日本で似たようなことしたわけだが……?」

「そ、それは本当に反省してるよ。だからやめてね?」

「はいはい」


 俺はその場に座ると大人しく朝食にありつく。


「あと俺普通に帰るぞ」

「えぇ!?」

「あいつらを危険な目に遭わせりゃ許さないけどな。お前があいつらを受け入れようとしてくれてるのに俺がごちゃごちゃ言っちまったら邪魔だろ」


 それにあいつらも心配してるだろうしな。こいつがどういう選択肢を取るのか、どう心を改めるのかは知らないがそれを待ってみてもいいんじゃないだろうか。


「それは……そうかもしれないけど」

「まぁせっかく会えたのに、ってのはあるしな。少しくらいなら何か付き合ってもいいけどな」

「付き合ってくれるの!?」

「お、おう……遊びとかの話だぞ? 恋愛的なアレじゃないからな?」


 こいつどんだけ俺の事好きなんだよ。


「そ、そんなの分かってるよ……」


 その割にはめちゃくちゃ悲しそうだけどな。

 正直俺はこいつを友達としか見れない。同性だからというのもあるが多分それ以上にその関係に落ち着いてしまって先に進もうという気がないからだ。

 こいつには悪いが俺はやはりあの5人しか無理なのだろう。そういう意味では俺も純粋なのだろうか?

 …………5人もはべらせておいて純粋もクソもねぇな。


「…………悪かったな。殺そうとして」

「え、あ、う、うん……」

「友達だってのは分かってる。でも……やっぱり俺は大切な人を奪われたくないんだ」


 あいつらの為、と言い訳はしない。俺は俺の為にあいつらを守りたいのだ。だからこそ邪魔者は排除する。

 でもそれを脅かしているのは俺の友達だ。この場合どうすればいいのだろうか。

 これが全く知らない相手なら殺し合って片方が殺されて終わるのだろう。自体が複雑になっているのは色々な思いが俺達の中にあるからだ。


「…………萩くんにとって本当に大切な人なんだね」

「あぁ、俺の命なんかよりよっぽどな」


 大切なものがあるからこそ俺は生きる目的が出来た。日本にはなかった感情だ。浅野も初めて目の当たりにするのかもしれない。


「それじゃあ……」

「あぁ」

「…………その人達を悲しませないように帰ってあげて? ごめんね……いきなり連れてきて」

「…………」


 こいつにはこいつの考えがあって俺を連れてきたに違いない。だから俺はそこに関して責めるつもりはない。それどころか……。


「お前、俺の家の場所は知ってるのか?」

「え? う、ううん」

「その空間魔法は転移魔法と同じで一度行った場所は行ける的な感じか?」

「そうだよ」


 危険は危険だがこの様子なら大丈夫か。こいつも受け入れようとしていたから。


「それじゃあ俺の家に行くか。お前もいつでも来い」

「え、い、いいの?」

「あぁ。…………お前も俺の友達に変わりはないからな」


 そう、友達だ。だから別に家にあげてもいいはず……。

 あいつらが受け入れてくれるのかは分からないが。相当怯えていたしな。


「ひとまずごちそうさん」

「あ、う、うん」


 戸惑った様子の浅野を見ながら立ち上がると転移魔法陣を展開する。


「んじゃ行くぞ?」

「う、うん……」


 浅野が躊躇いがちに俺の手に触れる。えっと……別に魔法陣の中に入ってりゃいいんだけど。まぁいいか。

 転移して自分の家へと戻ってくる。ちょっと懐かしく感じるのは結構濃密な時間を過ごしたからだろう。


「ふぅ……」


 一息吐くと玄関のドアを開ける。しかし誰も来ない。マオとかはくると思ったんだが。

 ちらりと居間に顔を出すも誰もいない。もしかして入れ違いになったか?

 ゴトッという鈍い音が聞こえた気がした。俺の部屋……か?


「留守なのかな?」

「いや、多分いると思うんだが」


 俺達は自分の部屋まで向かうとドアを開ける。そこにはルナ達全員がベッドに顔を埋めて肩を震わせていた。


「えっと……どういう状況だ?」

「ご主人様!?」


 俺が声を掛けると全員慌てた様子で振り返る。その目には大粒の涙が。

 もしや全員で号泣していた? そんな馬鹿な。


「刀夜………無事?」

「あぁ、ピンピンしているが……」


 何故泣く。しかも号泣。

 ルナ達はまるで揃った動きを見せて全員で駆け寄ってきてそのまま抱き付いてきた。


「ちょ、待て! 全員一気には無理……!」


 俺の抵抗も虚しくルナ達にのしかかられて押し倒される。背中痛い。


「ごめんね」

「っ!?」


 相当切羽詰まっていたのだろう。隣にいた浅野に気付いていなかったようだ。

 しかし今度は震えながらも立ち向かうようだった。ルナ達は守るように俺の前に立つ。


「もう今度は行かせないよ! 刀夜くんは絶対に守る!」

「刀夜殿を殺す気なら私達も殺せ!」


 お、おおう……すっげぇ敵視されとるな。これは色々と大変になりそうな気がする。残り2人の魔人の件もあるしな。

 はぁ……課題山積みだ。ひとまずもっと強くなる方法でも探すしかないな。

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