ギガントベヒモス、襲来 #2
しばらく歩くと、とうとうその巨大な姿が見えてきた。
姿というより輪郭である。
山のような影が左右に揺れながら、こちらに歩いてくる。
「おい、見えたぞ! ギガントベヒモスだ!」
連れ立った一行の一人がそれを指さして叫ぶ。
言われなくともわかるほどの巨大さだが、叫びたくなるのも無理はない。
想像してみてほしい。画面越しではなく、東京のど真ん中で超高層ビルが今にも自分に倒れてくるような映像を。
絶望である。
「なあ、自分で提案しといてなんだけど、足止めすら難しいんじゃないか?」
「な、みんなあんたを信じてついてきたんだぞ!? 今更そんな……」
あー、だよねー。
まあ前例はあるわけだし、やれるだけやってみるか。
一行の中には、すでに大型の魔法の準備に入っている奴も多くいる。
「じゃあ作戦を再度説明する! 奴を1時間足止めする、以上!」
それは作戦などと呼べるものではなかった。
そもそも俺に部隊をまとめるなんて能力はないので、それぞれの行動に任せるしかないのだ。
それでも全体としての作戦をまとめるならこうだ。
どうやらニコラは、何かしらのマジックで一時的に街を消すことができるらしい。
ただし、街の大きさが大きさだ。準備に時間がかかる。その時間が大体1時間。街に残ってるロザリオやメアリス、以下ギルド員の手伝いを経て作業に当たっている。
俺たちは、それが完了するまでの時間稼ぎ。準備ができ次第煙弾が打ち上げられるらしいから、それが確認でき次第撤退するという手順である。
「総員、行動開始!」
「「「「うおおおおおお!!!」」」」
という掛け声とともに、ギルド員が一斉に動き出した。
「プリッドグラス!!」
女性の魔法使いが呪文を放つ。
それと同時に杖から氷の刃がいくつも現れ、ギガントベヒモスに襲い掛かった。
だが、ギガントベヒモスに対して刃の大きさはあまりにも頼りない。人で比較すれば爪楊枝ほどの大きさしかないのだ。
……いや、それもそれで痛そうだな。
爪楊枝腕に刺したら痛いもんな……
しかし、やはり奴にとっては大した障害ではないのか、痛がるそぶりも見せずに進撃を止めない。
「これならどうだ、ランデ・バーン!」
次に男性の魔法使いが放ったのは風の刃の魔法。
目には見えないが、ギガントベヒモスとの進路上にある草花や岩を切断しながら襲い掛かる。
今度は体表を切りつけ傷つけているようだったが、やはり進撃は止まらない。
「トンペドゥーフ!」
今度は炎の嵐である。
なんかもう説明するのも面倒になってきた。
ともかく、一通りの腕利きの魔法はたいして有効ではなかったのだ。
『そりゃね。あんなの、この世界では中級魔法もいいところだもん。ベヒモスちゃんに通じるとは思えないわ』
「どうすりゃいいんだよ。というか、このスーツの性能で何とかなるのか?」
『どうかしら。面白そうな機能はたくさんつけたけど、そのあたりの機能はいろいろやってみないとわからないわ』
こいつ、今度天国に行く機会があったら一発殴ってから成仏してやろうか。
「例えばどんな機能があるんだよ」
『まずは超能力ね。半径10メートル以内なら物を動かしたりテレポートできるわ』
「ロボットの機能じゃねぇだろそれ!」
試しに、さっき風魔法で切断されて地面に落ちた岩のかけらに念じると、自由に浮かせたりすることができた。
『ほかには、飛べるわ』
「お、それは意外とロボットとしては普通だな」
アマテラスの説明通りにイメージしてみると、足の裏とか背中からジェットが噴出されて飛ぶことができた。
周りがギガントベヒモスそっちのけで注目を浴びているが気にしないでおこう。
『あと超視力でしょ? それに足関節とか指関節からは砲弾とか銃弾が出せるし、怪力は言わずともわかるでしょ? 火炎放射もあるし、潜水機能も充実してる。スローモーション機能と……結構すごくない?』
……なんかいろいろまとめると、聞いたことのあるサイボーグ戦士たちのいいところ全部集めたように聞こえたけど、確かに割と凄そうだ。
「まあ、飛べるならすぐ逃げられそうだし、いろいろやってみるか」
そして、俺は宙を一直線にギガントベヒモスへと突撃していった。
「まずはこいつだ!」
火が効かないのはさっきの魔法一斉放射で確認している。
そこで俺は、足の膝小僧のあたりを解放して砲弾をベヒモスの顔面に発射した。
そういやこれ、弾発射したら使いきりなのか?
『大丈夫よ。装着するごとに補充されるから。まあ、変身中は補充されないから、確かに使いきりね』
直撃した砲弾は爆風を巻き起こし、ベヒモスの顔面を焼いた。しかし効果は薄く、まるで猫が自分の顔を洗うかのような仕草をされただけで終わってしまった。
『さすがベヒモスちゃんね。城壁をも貫通して内部を焼き尽くす55ミリ砲をものともしてないわ』
「おい、結構えぐい平気だなこれ」
使い時は考えないと、えらい惨状を引き起こしそうだった。
それより、そんな兵器が通用しなかったこいつのほうがやばい。
進行速度は若干遅れたが、俺たちと交戦しながら少しずつ街へと向かっている。
「ちょっと借りるぞ」
俺は魔法使いを飛び散る破片から守るように立ちふさがる大剣持ちの戦士から特大剣を奪い取った。
「あ、おいちょ、あんた、返してくれよぉ!」
さて、あれだけ体が大きいと剣が通じないと思ったけど、この大きさならどうだ。
俺は自分の身長より若干大きめな特大剣に高周波機能を付与して構えた。
「ぞぉりゃあ!!」
ジェット機能で加速を付けつつ、ベヒモスの腕を斬りつける。
特大剣は滑るようにベヒモスの肉をそいだ。
しかし……
「身体でかすぎるだろ!」
なにぶん、よく切れる果物ナイフでホッキョクグマに挑むようなものだ。
致命傷には程遠い。
「なあ、他に有効な武器とか機能ないのか?」
『基本的な機能はそんな感じね。まあ、怪力と加速装置だけで十分脅威なんだからその辺は我慢しなさいな』
言われてみればそれもそうなんだが。
足止めの時間まで、残り30分ほどである。進行速度は遅くなってはいるが、果たして間に合うかどうか……
『こうなったら足止めの原点に立つしかないわね』
「なんだよ原点って」
『立ち合いよ立ち合い。相撲しかないでしょ』
「おま、あんな怪物と押しっくらしろっていうのかよ!?」
確かに、このジェット機能とか怪力とかフル起動したら太刀打ちできるかもしれないけど、豆粒と巨人のぶつかり合いだぞこれ。
「距離が詰まってきてるぞ! 後退ー!」
魔法で砲撃してた連中が、間合いが詰まってきたことをきっかけに後ろに下がり始めた。
攻撃し始めたころは5キロ近く離れてたのに、もうこんなに詰められたのか!?
「やるしかねぇか……」
俺は手にしていた特大剣を捨て去り、クラウチングスタートのポーズをとった。
そして、ベヒモスの前足が上がる瞬間を見計らって、
よーい、
……ッドン!