結論、進展は特にない。
「休暇ですか…」
「そうなんだ、最近騎士団…特に我々隊長、副隊長格は去年からほとんど休みを取っていないだろう⁉︎」
「ありがたい事に休むのも仕事のうち、勝手に休日出勤しないようにと注意されてしまったんですよねぇ」
王子たちに。
と付け加えたのは騎馬騎士隊、副隊長アルフ・メイロン。
本日は毎週開催の隊長会議の日。
本来なら全土から寄せられる魔獣の目撃情報を精査し、どこにどの程度の規模の部隊を送るか話し合う。
アルバニス王国の騎士団には五つの隊があり、それぞれに得意分野がある。
そして、衛騎士隊以外の隊には部隊があり、魔獣の特性によって派遣する部隊や協力する隊と部隊を話し合う。
戦闘に特化した衛騎士隊以外の四つは日々、命がけだ。
ここでの話し合いは重要となる。
が、そんな場で隊長、副隊長の休暇の話が出るとは…。
「た、確かに最後に休んだ日は思い出せませんね」
「休みの日も結局働いてるものね」
と続けたのは海竜騎士隊副隊長のシェルシィ・リッテルベンツと天空騎士隊、副隊長のオーディ・レイアンス。
そうよねー、と同意するアルフ。
…美女の中に一人おっさんが混ざっている。
「私は逆にこのくらい働かないと感じないんですけど」
「黙ってやがれです」
頬を染めるレーク・スティルページ。
彼は魔法騎士隊副隊長。
それを一蹴したのが隊長、ハーディバル・フェルベール。
相変わらず、ここだけ空気がおかしい。
「とは言え休みの日も結局みんな出勤して働いているので、交代で全員一日は休みを取ってもらう! 来月末にはアバロン大陸から王族が視察に来るのでチャンスは今しかない! 出勤は不可! 仕事も不可! 当然うっかり戦闘も不可だ!」
「え〜〜…」
何故か全員から漏れる不満の声。
しかし、団長にして騎馬騎士隊隊長も務めるランスロット・エーデファーは拳を握って立ち上がる。
何故立ち上がる?
アルフ副隊長が目を丸くしながら心の中で突っ込んだ。
声には出さない。
面倒くさいから。
「みんな! 休み方を思い出そう! 私も頑張って思い出すぞ!」
「……………………」
……ぐうの音も出ない宣言であった。
********
「というわけで、趣味と実益を兼ねた事をやりに来ました」
「そ、そうでしたのね」
数日後、ハーディバル・フェルベールがやって来たのはユティアータ領、ユスフィアーデ邸。
その応接室で端末を開き、なにやらぽちぽちやっている姿は仕事をしているようにしか見えない。
こっそりと扉の隙間からその様子を眺めるみすずとナージャ。
対応に出たエルファリーフが困り笑顔で相槌を打つが、客は顔を上げる気配がない。
「なにしに来たのよあいつ…」
「ここはナージャがお茶を持っていくフリをして偵察してきますよ、お姉さま!」
「よし、行ってこい!」
「ラッジャー!」
某事件以降すっかりみすずに懐いたナージャ。
メイド見習いとして、お上品…とは言い難いスピードで台車を押して紅茶セットとお菓子を持ってきた。
コンコン。
どうぞ、という声にナージャは今度こそお上品に「失礼致します」とお辞儀をして部屋に入る。
いやぁ、別人のようだ。
「お茶をお持ちしま…」
「覗き女も入れていいです」
「…………」
バレてる…。
観念して応接室へと入るみすず。
少し久しぶりだ……彼に会うのは。
心踊る自分を「ないない」と必死に否定しつつ、近くに寄る。
「何してんの?」
「お前のいた世界を調べているです」
「え!」
「通信くらいは出来るようにしたい、と以前言ったのを覚えてるです? とりあえず、場所の特定が成功すればそこからお前の魔力を解析してお前の親の場所を探すです」
「ほんと⁉︎ どうやって調べるの⁉︎」
「お前が誤って召喚された場所の空間の数値と魔力の数値はすでにデータとして取り込んであるので、そこから逆算したルートと魔力残滓を辿るです。難しいのは境界線。世界と世界を隔てる壁。…亜空間であり、我々も詳しい事はほとんど分からない場所です。でも理論上、異世界の人間はその世界の創世神の魔力を僅かながら帯びているという話なので…」
「え、えーと、簡単に言うと…」
「…お前の魔力を詳しく分析して、辿るです。手を出せです」
「は、はい」
右腕を差し出す。
新たな不思議な腕輪を取り付けられる。
興味深そうに覗き込むエルファリーフとナージャ。
「……そういえば、ウィノワール王はお前の事情をなんて言ってたんです?」
「ウィル? ウィルは……」
闇翼のウィノワール。
この世界…『リーネ・エルドラド』に君臨する幻獣族と双璧を成す神竜『八竜帝王』のリーダー。
先月、この世界で最も巨大な人間の国……ここ『アルバニス王国』で起きた事件の際、みすずと共生契約というのを行った。
異世界人のみすずにはそれがどういう事なのかいまいち、重要性が分からない。
契約自体も本来のものより相当に軽い部類で、みすずがウィノワールの従者としてお世話をさせてもらう…というものだったらしい。
それすらよく知らないみすず。
まあ、命の恩人…恩竜のお世話をするのは別にいいやー、と簡単に考えていたがそういう問題でもなく…。
その国の人間にとっては絶対である国王ですら敬意を払う、ドラゴン族の王の一体と契約は…もはや種族間の条約やこの国の政治にすら関わる問題。
最近「出来れば王都の方に屋敷を用意するのでユティアータから引っ越してきて頂けないだろうか」という国の偉い人からの打診が何度かあった。
今更そんなことを言われても。
と、その都度断っている。
王都に行くのはとても簡単だし、ユティアータは居心地がいい。
この世界に誤召喚されてから親切にしてくれた人たちと離れるのも嫌だったし、緑も多いのでウィノワールも気に入っているからだ。
「………」
「……。…まさか、まだ話していない…とか?」
「は、話してないけど! 私がこの世界の人間じゃないのは知ってたわよ⁉︎」
「…………」
シラーっと冷たい目で見られて思わず頰を膨らます。
仕方ないではないか。
乙女ゲーマーを自称するみすずにとって、ウィノワールとの契約は色々あって出来なかった『通信端末でのゲーム解禁』を可能にした。
エファリーフの姉で、ユティアータの領主、ユスフィーナに「何か欲しいものがあれば…」と優しく言われたのでそりゃあもう凄い勢いで興味のあるゲームはダウンロードさせて頂き、一ヶ月ぶっ通しで遊びまくっていたのだ。
勿論約束通りウィノワールのお世話はしていたが、竜という生き物は寝ている事が多いので実質何もしていないに等しい。
彼がたまに目を覚まして、食事をご所望の時に「あーん」してあげたり、トイレをご所望の時に庭にみすず用に建設した温室でぷりっと出して頂いたり…。
お風呂はあまり好まないウィノワール。
月に一度くらいで良い、との事なのでお世話といえばそのくらいだ。
「…今どちらにいるんです? 相談すれば、お前の現状含め元の世界に戻るために協力もしてもらえるかもしれないです」
「そ、そうなのか…」
全然考えもしなかった。
部屋でぐっすり寝ていたウィノワールを慌てて迎えに行き、そこでふと、今日は普段みすずのお世話をしてくれるマーファリーがお休みなのを思い出す。
一応、朝の身だしなみは整えてくれたが…。
「…マーファリー、王都に友達に会いに行くって言ってたな〜…」
『うむぅ…?』
「あ、おはようウィル。ごめんね起こして。あの、ハーディバルが来てるのよ。ちょっと会ってくれない?」
『フェルベールの子孫か…。うむ、良いぞ』
…この国は大昔、王と名乗り土地を支配していた一族の末裔が多い。
ハーディバルもまたその元王族の子孫。
みすずがお世話になっているここ、ユスフィアーデ家もその一つ。
その中でも『エーデファー』『ヴォルガン』、そして『フェルベール』は未だにその権威を持ち続け、アルバニス王国に貢献を続けている為『御三家』と呼ばれている。
人の世と交流を絶っているドラゴンの王の一体が名前を知っている程だ。
凄い凄いと聞かされ続けてきたが、改めて「ホントにすごいんだ…」と思ってしまう。
「ハーディバルのご先祖様のこと、ウィルは知ってるの?」
『オディプス・フェルベールという男がかつてバッカスという男に利用されて作ったのがバッカス王国。オディプスは天才だった。頭の回転が早く、我らやケルベロスたちが使う力を見よう見真似で人間が使えるように分析、再構築させて『魔法』に昇華させたのだ。体内魔力許容量も膨大だった故に、いつしかバッカスの国の民はオディプスを崇めるようになり、オディプスの親族により国は乗っ取られてフェルベール国が生まれた』
「お、おわぁ…」
『その後、宵というケルベロスがオディプスに興味を持ち、かの者と様々な魔法を生み出し、遺したという。…恐らくオディプスが支配に興味ある者だったならばアルバニスは今の姿ではなかったかもしれぬな』
「へ、へえぇ…」
聞けば聞くほど逸話ばかりの一族だ。
応接室に戻り、ウィノワールをハーディバルへと会わせる。
ウィノワールに対してはきちんと礼を尽くす毒舌騎士に、なんとなく面白くなさを感じるみすず。
しかし、一応ハーディバルはみすずとの約束を覚えていて休日なのに来てくれた。
その事は…やはりどんなに誤魔化そうとしても嬉しい。
「と、いう事情なのですが」
『ふぅむ、ミスズが異界の民とは気付いておったが、この世界に来た理由が誤召喚の失敗とはな』
「ほ、本当にごめんなさいですぅ」
すっかり素直に謝るようになったナージャ。
真剣に申し訳なさそうに項垂れる。
もう今更…と思わないでもないが、確かにこいつのせいである事は事実。
しかしナージャが魔法を失敗した理由はエルファリーフとユスフィーナの力になりたい、だから強い魔法を覚えたい、という純粋な気持ち。
それ自体は否定するつもりはないので、ナージャの事はもう許している。
法的な罰則は勿論話が別。
ナージャはこれからも、先月の事件の事を含め償っていかなければならない。
『ミスズを元の世界に戻すには、事故の影響で中途半端に課された契約を解かねばならぬだろう』
「あるいは正式な契約で上書きしてから、逆手順で作った送還魔法で帰還させる…ですか。王に送還のお力は…」
『余の力は弱ってしまったからなぁ…。空間転移は余、一人ならば可能。しかし、ミスズを連れては難しい。何よりこの世界に縛り付ける契約が掛かっておる』
「成る程。やはり正式な契約を結んだ方がてっとり早そうですね。…あ、解析終了…と」
「…えーと、何か分かった?」
「お前の元いた世界が分かったです」
「ほんと⁉︎」
「まあ! それは良かったですわ! ハーディバル様、ではミスズ様はすぐにご家族の方とご連絡が取れますの⁉︎」
「向こうの世界の電子機器に、端末でアクセスして連絡を取れるようにするです。…ありますよね? 電子機器」
「あ、あるわよ!」
前々から思っていたが、ハーディバルはみすずの世界を少々馬鹿にしている気がする。
確かにこの世界の科学はすごい。
みすずの世界より進んでいると思う。
なにしろ魔法と融合された魔法科学というものが主流で、みすずが考えていた『近未来』とも『魔法の国』とも違うものだった。
エネルギー源は超自然物質『魔力』。
幻獣族やドラゴン族の体内で生成したものがフンと一緒に排出され、世界に溶けて循環される。
他の異世界はどうだか知らないが『リーネ・エルドラド』…バルニアン大陸の魔力量は少なくとも遠方の隣大陸アバロンより膨大だ。
潤沢な魔力に進んだ科学力が融合され、魔獣という脅威はあるものの…人は皆豊かな心と生活を持っている。
大陸が『アルバニス王国』という一つの国であるが故に国同士の戦争もなく、クレパス領の反乱はあったもののそれが竜人族の総意というわけでもない。
クレパス領主反乱事件後は竜人族の長の一人…ルケーディア・ケデルの治めるケデル領のみとなった。
ケデル領はほぼ廃墟と化したクレパス領の管理を任され、あの腐りきった大地を修復しなければならない。
彼も些か『ドラゴン回帰』の思想を持つ人物だが、クレパス領の反乱には酷く憤り、腐り落ちた大地の修繕を丸投げにされた事と共に元々数のそれほど多くない竜人族の民を邪竜にして、戦争に悪用しようとした彼を「同じ竜人族だからこそ許せない」と断じたのだ。
他の長たちを集めて改めてアルバニス王国とアルバニス王家への忠誠を誓う誓約書を提出し、全国放送で宣言を行っていた程度には…その怒りは本物なのだと思われる。
まあ、それは終わったことだ。
みすずはしかし、と首を傾げる。
電子機器…通信端末…普通に考えてみすずの世界の通信端末と言えばスマートフォンなどの携帯電話やタブレット、テレビ、パソコン…。
しかし、うちの両親は絶滅危惧種の二つ折り携帯のままだし、パソコンは扱えない。
タブレットは(ゲームで)みすずしか使わないから…残るはテレビだろうか?
「因みにどんなものがあるんです?」
「そうね…この世界と似てるものは…映像盤かしら? うちの親は通信端末的な物は一昔古いやつを使ってるのよ…」
映像盤はみすずの世界のテレビだ。
『リーネ・エルドラド』の映像盤は何種類かあり、普通に窓ガラスのようなものだったり、立体映像を映す魔石だったり、ヴァーチャルリアリティの様にその場に居るような映像を見せるものだったりと様々。
ユスフィアーデ家の物は全種類ある。
ただ、よく使うのは窓ガラスのような透明な映像盤。
ちなみに、ハーディバルのように魔法に精通するものだと映像盤の魔石を使わなくとも魔法で立体映像のようなモニター状のものを作れてしまうらしい。
SF世界のようで最初見せられた時はおったまげた。
なので慌てて「あ、ユスフィアーデ家の平たいガラス板みたいなタイプよ」と付け加える。
「えー、すごぉ〜いミスズお姉さま〜! 板状タイプは置くスペースの必要な広いお屋敷のある人しか買えないんですよ〜!」
「…………え、えーと…」
32型なのよね…とは言い出せない。
この屋敷にあるのは明らかに50型系の大型映像盤。
あれの半分もない大きさが、みすずの家のテレビだ。
一応各部屋…実家を出た兄たちの部屋にも同型のテレビはあるけれど…。
正直この屋敷の映像盤と比べると、画質の悪い型の古いテレビなのでナージャのヨイショは心に突き刺さるものがある。
「ふむ…なら……それでいけるかな…」
「成功すると良いですわね! ミスズ様!」
「うん…」
と、俯くみすず。
エルフィの笑顔の眩しさが…辛かった。
(……ぐぅわああああああ! ハ、ハーディバルの唇が柔らかそうだよおおおぉおぉ‼︎)
親指で唇をほんの少し押し上げたその仕草。
それに心臓がバックバック鳴る。
自分のことなのに。
大事なことなのだから、もっと真剣に聞いておかなければならないのに。
「ミスズお姉さまぁ? どうしたんですかぁ?」
「どどどどうもしないわよ! す、少し緊張したのよ!」
「そうですよねぇ、二ヶ月以上も音信不通ですもんねぇ。ミスズお姉さまのお父さまとお母さま、絶対心配してますもんねぇ!」
「ま、まぁね」
「それで、ハーディバル様…いつ頃ミスズ様の世界と連絡が取れるようになりますの?」
「そうですね…まぁ、やろうと思えば今すぐにでも…」
「え⁉︎ い、今すぐぅ⁉︎」
「今日中に繋いでおけばいつでも連絡が取れるようになると思いますけど…どうします?」
「え、えーと…」
それならお願い、と…どうして即答出来なかったのか。
すぐに両親と連絡が取れるようになった方がいいに決まっている。
しかし、厳格な父親は異世界なんて信じないだろうし母はオロオロするだけだろう。
兄二人は実家を出ているので…。
いや、だがやはり早い方がいい気がしてきた。
両親に信じてもらえなくともややシスコンの気がある兄二人は、信じてくれる気がする。
特に次男の鈴城お兄ちゃんはみすずと同じくそこそこのゲーマーだ。
…鈴城お兄ちゃんなら逆に羨ましがるかもしれない。
長男の鈴太郎お兄ちゃんも堅物寄りだが父よりは柔軟な性格。
鈴太郎お兄ちゃんと言えば、職業が警察官。
そんな長兄とハーディバルはどことなく似ている系統な気がする。
職業が似ているからだろうか?
もちろん、鈴太郎お兄ちゃんはハーディバルほど性格悪くはないけれど。
「…………。…お前…さっきからどうも様子が変です」
「……ほ、ほわい?」
「…なにかいかがわしい事を考えている気配がするんですけど」
「…………」
スッ、と目が細まるハーディバル。
ブワッ…と変な汗が全身から溢れるみすず。
確かに現在進行形でいかがわしい事を考えていたと…言えなくも、ない。
なにしろ『スターライト・シンフォニア』という乙女ゲームの攻略対象のショタ担当が「マユリ(ヒロイン公式ネーム)は母様に似てる…。昔、本で男は肉親に似てる人を好きになるって書いてあったから…ぼくはきっとマユリを好きになるよ…」と可愛い笑顔で言っていたのを思い出したのだ。
ハーディバルは職業『騎士』。
みすずの兄、鈴太郎は『刑事』。
仏頂面の兄と表情筋が仕事しないハーディバル。
優秀で、優しさが分かりづらいなど共通点が多いような気がしていたのだ。
そんな中、休日返上でみすずに会いに来て、みすずの家族への連絡の為に色々してくれるハーディバルに色々…心では否定しつつもやっぱり思うところはあるわけで…。
「…それに、以前はそんなにオーラがピンクじゃなかっただろう」
「ほおうぁ⁉︎ アーンタそんなもんまで視えるのー⁉︎」
「…ウィノワール王の魔力は強いから、お前の魔力にも感情の色が乗るようになってきたんだろう。以前ハクラが僕の魔力とお前の補助器からの魔力を勘違いしたことがあるだろう? アレと少し似たような現象です」
「…!」
一ヶ月ほど前、ユスフィアーデ家で行われたパーティで補助器をもらいたてのみすずと、ハーディバルの魔力を勘違いした奴がいた。
ハクラ・シンバルバという乙女ゲームの攻略対象ばりのスペックと設定を持つ冒険者だ。
魔力は個々で感情…心により特色が出るらしい。
それはもう微々たるもののようだが、体内魔力容量の膨大な体質であるハーディバルとハクラはそんなレベルで通じ合っている感がある。
そして当然、この二人は他の人間の魔力にもそういうものを感じ取る。
ハーディバルはハクラより魔法に長けている分、その微々たる特色を見抜く力があるようだ。
完全に理解は難しいのだろうが凄まじい精度を誇るのは間違いない。
なにしろみすずはハーディバルの唇やら、初めて見る私服…それも夏服…に妙にテンションが上がっていた。
六つも歳下の相手に…と思いたいみすずとしては認めたくないが心は素直。
そして、恋愛脳は視線も妄想も色々素直。
唇、首筋、襟の隙間から見える鎖骨、普段長袖や手袋で隠れた手…。
舐め回す…とまでいかなくともそれなりにガン見していた。
そりゃ、思考もピンクになるだろう。
「べ、別に…いかがわしい事なんか…」
考えてないと言ったら嘘だが。
ハーディバルが考えているような事は多分きっと恐らく…考えてはいないと思われる。多分。
「……嘘の匂い…」
「もうやめろおおぉ! 私を追い詰めて楽しいのかお前エェェ⁉︎」
「……なんなんです? 欲求不満なんです? 身の危険を感じるんですけど」
「そこまで言うか⁉︎」
その身の危険はあながち間違ってはいないが、そこまですごい事は考えていない。
なにしろ未だ、自分の気持ちを認めたくないのだ。
そんな言い種されるとは心外である。
「え! ミスズお姉さま、欲求不満なんですか⁉︎ それならそうと言ってくださればナージャが……!」
「目の前に騎士がいるわよ?」
「…………」
「なぁんでもありませぇん!」
そして最近ますますナージャの様子がおかしい。
この手の話題になると鼻の穴を開いてみすずににじり寄ってくる。
……なんか怖い。
「まあ、通信のことは出来るように調節だけしておくです。…この端末から、お前の世界の電子機器で連絡が取れるように…して、と…」
いつの間にかみすずの通信端末をぽちぽち弄って、手渡してきた。
もっと色んな機具が取り付けられたり、大型の装置が必要なのかと思ったら…。
「え、終わり?」
「終わりです。このくらいなら僕の知識でも出来るです」
「なにそれアルバニススゴイ…」
みすずの世界なんて異世界は漫画やゲームの創作物。
魔力すらないのに。
「繰り返すようですが、送還魔法はそうはいかないです」
「わ、わかってるわよ…文字の解析が必要なんでしょ」
「そうです。それに、そこのクソガキが持っていたあの魔導書は『写し』だ。オリジナルではない。オリジナルは未だ行方がわかっていないです。下手をしたら送還魔法そのものを新しく作らなければならないかもしれないです」
「ほあ⁉︎ ま、魔法を作る⁉︎ そんな事出来るの⁉︎」
『不可能ではないさ。元々魔法は余等のような生き物の力を人間が真似て作ったもの…。フェルベール家の者なら『オディプスの書』を持っているのであろう?』
「…オディプスのしょ…?」
長い首の、金銀の瞳の黒いドラゴンがみすずたちを見上げる。
オディプスといえば、さっき話してもらったハーディバルの祖先…。
魔法を生み出した人のはず。
「そうですね、オリジナルがあるです」
「なんですかぁ? そのオディプスの書って〜」
「ナ、ナージャ…⁉︎」
「え?」
異世界人のみすずが首を傾げるのはいい。
しかし仮にも魔法使い見習いを自称するナージャが同じように首を傾げるのはさすがにありえない事。
エルフィが口を手で覆うほど驚いたり、ハーディバルがゴミを見る目で見下ろしてくる。
という事は…一般常識という事だ。
居心地悪そうに乾いた笑いを浮かべるナージャ。
「呆れたです…」
「魔法学校で最初に習いますわよ? 『オディプスの書』は国宝であり、その写しが国の禁書庫以外にも博物館や各地の魔法学校に展示されたりしていますわ。全ての魔法の起源であり、今のアルバニス王国の魔法や魔石の文化の始まりとされる書です。ハーディバル様のご先祖様である初代フェルベール王の王弟であるオディプス・フェルベール様が、幻獣の方の協力を得て生み出した『魔法の作り方』が書かれているものですわ」
「ほ、ほええ…」
「…ま、我が家が御三家と呼ばれる所以の一つです。当たり前ですがオリジナルは危険物中の危険物…我が家の禁庫に固く封じられているです」
「え? どうしてですか? それがあればすごい魔法がたくさん生み出せるってことじゃあ…」
「ナージャ、魔法は全てが良いものではありませんわ。我が家の『召喚従属魔法』に然り、『生命力魔力変換魔法』に然り…。それは貴女も実感したはずでしょう?」
「あ、あう」
「…それらも元を辿れば『オディプスの書』が起源なんです。最も、国の禁書庫にある一番『オリジナルに近い写し』ですら未解明なものが多いので…色々な解釈の違いかもですが」
「え? 未解明なの?」
魔法がこんなに普及している世界。
その魔法の起源。
それがまさかの未解明。
もちろん、解明されているものもあるとハーディバルは目を細める。
しかし……。
「……魔法の作り方は書いてあるのですが、オディプスが作り上げた『八大霊命法術』というのはさっぱりなのです。恐らく幻獣やドラゴンの使う『魔力術』に極めて近いものと思われるですが…」
『余等の使う『魔力術』は魔力をそのまま使う言わば力業だ。オディプスはそれを細かな段階に整え、人が扱えるように作り変えた。それが『魔法』だ。『八大霊命法術』に関しては余もよく知らぬ。オディプスに興味を持ち、知恵を貸したのはケルベロスの者だ。幻獣ケルベロス族の者なら何か知っておるやもしれぬがな』
「幻獣って人間が嫌いなんじゃないの?」
『余等ドラゴン族と同じよ。人間を疎む者も居れば興味を持たぬ者も居る。その逆、好意的な者、興味を持つ者、慈しむ者も居る。……以前少し話したな、祭の子等の事を』
「えーと……」
ウィノワールたち『八竜帝王』が幼い頃にこの世界に連れて来られた際、彼らを育てた…いや、一緒に育ったケルベロスたち。
彼らは餌のはずのドラゴン族とも友好的で、ハクラに言わせると「ツバキさんのお兄さんたちは優しい…っていうか過保護?」との事なのでやはり変わり者らしい。
彼らの事だろうが…。
『祭の子等は上級上位兄の中でも人に友好的だ。千歳と神楽は特にその気が強い。椿もなんだかんだと人に尽くしておるしな』
「……では、ツバキ様にお聞きすれば『八大霊命法術』について何か分かるのでしょうか?」
『それは止めた方が良いな。…オディプスに協力したケルベロスは椿の一つ下の弟だ。同腹ではないが、関係性は極めて近い。幻獣族は数が少ない故に肉親の情が薄いようで篤いのだ。同腹でなくとも近い弟は大切に慈しむ。遠ければ弟子とし、知識や技術を与える。……オディプスと協力したケルベロスはオディプスの作り出した『魔法』が悪しき使われ方をした事に憤慨していた。これまで椿がこの件に関してなにも語らなかったのであればそれが答えと思え。蜂の巣は突くべきではない』
「……そ……そうですね…」
…つまり…椿王妃様にとってしてみれば『可愛い弟が協力して編み出した技術を戦争に悪用しくさりやがって人間どもめ!』…という事なのだろう。
それは確かに蒸し返さない方がいい話題っぽい。
「因みに『魔術』に関してはなにかご存知ですか? 同じく『オディプスの書』に載っていたものなのですが…」
『魔術か…。それは説明が難しいな。魔法同様、異界にもありふれた技術だ。だが、世界によって『魔法』と『魔術』は呼び名が同じものであったり、全く別のものであったりもする。あるいは、概念から違う事すらもあるな』
「え……」
『要は『オディプスの書』を正しく読み解かねば使えぬ力であるという事だ。『八大霊命法術』も『魔術』も然り。『魔法』が最初に人々に読み解かれ、広まったに過ぎぬよ。呼び方を変えた同じものである可能性すらあるのであろう?』
「よ、よくご存知で…」
『余もそれなりに長く生きておるからな。…さて、つまり『オディプスの書』から作られた魔法であれば全てそこに帰結するという事だ、ミスズ。お前が帰る方法はなければ“作れる”』
「…ほ、ほああぁ…」
「無論、簡単ではないです。『オディプスの書』は解析が四千年経つ今でも半分も進んでいない。…そもそも、オリジナルは書籍ですらないですから…」
「ほえ⁉︎ 『書』なのに本じゃないんですかぁ⁉︎」
「紙媒体の本が作られたのは『オディプスの書』の三百年後です。我々が知るものはオリジナルから『写し』たもの。オリジナルの『オディプスの書』は幻獣ケルベロス族の力で作られた球体の魔石に知識として封じ込められているです。…しかし、取り出す技術が未だに完全確立していないです。それでも危険とされて我が家の禁庫に封じられているのです」
…相当にやばいものに間違いない。
紙媒体の書籍は、その『ケルベロス製の魔石』に封じられた知識をやっとこさ少しずつ取り出して解析を進め、書籍化したもの。
さすが伝説の『オディプスの書』。
ッパねぇ。
「ウィルはその魔石から知識の取り出し方知らないの?」
『ケルベロスの魔石はケルベロスの第三の目を用いなければ読み取れぬ』
「ほえぇ…! じゃあどうやって『オディプスの書』から『写し』を作ったんですかぁ?」
「アルバート陛下のお力です。陛下は幻獣ケルベロス族の力の一片を使えるです。…時折、魔力の高まる日に読んで頂いてきたのです。はっきりした文字として認識するのが困難なようですが」
『…ケルベロスの力は持っておっても流石に第三の目は持っておらぬからな…。アルバートは元より、王子たちにも読めぬだろうぞ』
「そうですね…殿下たちも試した事はありますが…全くダメだったと聞いているです」
「そ、それ禁庫にしまっとく必要あるの?」
そのぐらい、誰も読めない。
それなら禁庫に封じておく必要性はないのでは?
そうみすずが言うと、ハーディバルが目を細める。
「アホです?」
「バッサリきたわね⁉︎ だ、だってそんなに誰も読めないなんて意味ないじゃない」
「ミスズ様、例え誰も読めずとも『オリジナルのオディプスの書』である事そのものが価値なのですわ。…なにより、魔石が普及したこの時代は尚の事『ケルベロス族の魔石』というものは値の付けようもない程の価値を有します。特に、幻獣信奉者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物でもありますの。国宝に指定されているのはそういう理由からなのですわ」
「ほ、ほう…。な、成る程…」
希少価値パネェのね。
と、一人納得する。
とにかくとんでも魔石、と覚えた。
「…あれ? 王妃様はケルベロスなのよね? 純血の。…王妃様に読んで貰えば良いんじゃないの?」
「アホ」
「今度は断定⁉︎」
『ミスズ、先程説明したであろう。…椿が『オディプスの書』に関わってこなかったのであればそれが答えだ』
「あ…」
蒸し返してはいけない系の話題だった。
さっき説明されたばかりなのに。
ハーディバルに冷めた目で見下ろされる。
「な、なんにしてもぉ〜、お姉さまは帰れるって事ですよ!」
「『オディプスの書』の事を知らなかった魔法使い見習いの言葉は説得力があって良いですね」
「うっ!」
「ハ、ハーディバル様…」
本日も切れ味抜群。
ミスズと共に肩を落とすナージャ。
「…ところで、今日はマーファリー・プーラは留守かなにかなんです? 一向に現れないですね?」
「え? ええ、マーファリーは本日休みですわ。旧知と会う約束をしているそうです」
「…………。…………あ…そういう…」
「え?」
持ち込んだ機材的なものをしまうと、帰り支度を始めるハーディバル。
確かにみすずが自分の世界の両親と連絡を取れるようにはしてもらった。
彼の本日の用事はそれだけ。
休みの日にわざわざ自分の為に…というのは、素直に嬉しい。
毒舌だし、相変わらず表情筋が仕事していないし、鬼畜だし…なのに。
(そういうところ〜っ!)
内心拳を握る。
その拳をブンブン上下に振るう。
心の中で。
「ハーディバル様、マーファリーの事で何か気になる事でもありますの?」
「……あー、いや…マーファリー・プーラと同郷の亡命者が、騎馬騎士隊にいるんですが…今日入隊後初めて休暇を取ったんです…。僕が教えていた頃から仲が良かったので……」
「まさか⁉︎」
「まあ、その可能性はなきにしもあらず?」
「え? なんですの⁉︎ マーファリーとその方がなんですの⁉︎」
「……エルフィ、これは由々しき事態だわ…! マーファリーはどこへ行くって言ってたの⁉︎」
「へ? ゆ、友人に会うので王都へ行くと…」
「王都! 広い! でも気になる! どんな人が相手なの⁉︎ ハーディバル知ってる⁉︎」
「クルシャナ・リヘットという亡命者の一人です。今年騎馬騎士隊第五部隊の副隊長に任命された優秀な人物で、真面目、誠実、働き者…と三拍子揃ってるですね」
「顔は⁉︎」
「は? 顔? …普通じゃないんす?」
マーファリーと同郷の騎士。
ハーディバルが教えていた頃から仲が良い。
性格もいい、顔は分からないが…とりあえず普通。
休みを合わせて王都で会う…とくれば…。
「見たい見たい見たい! これ完全にマーファリーの恋愛イベントじゃなぁぁい!」
「恋愛イベント?」
何言ってんじゃこいつ。
首を傾げるハーディバル。
だがスイッチの入ったみすずは止まらない。
「大変よエルフィ! マーファリーに彼氏ができるかもしれない事態よ!」
「まあ、それはおめでたいですわね。お姉様も視察先でカノト様と恋愛イベントが起きていればいいんですけれど」
「そっちもあった!」
「…ユスフィーナ様は本日視察でしたか」
「はい、カノト様が護衛でご一緒ですの! 二人きりですの!」
「…そうなんですか…(エルファリーフ嬢が微妙に影響を受けている気配が……)」
誰の、とは言わないが。
「ハーディバル! マーファリーがどこに行くとか聞いてないの⁉︎」
「お前が聞いてないことを僕が聞いているわけがないです」
「じゃあ探せないの⁉︎ 後をつけたいんだけど⁉︎」
「自重しやがれです」
『余も探索魔法は使えるぞ、ミスズ』
「ウィノワール王、甘やかさないでください。あと至極どうでもいいことにお力を使わないでください」
「お姉さま! 探りを入れてみましょう! マーファリーさんに通信端末でメッセージを送ってみるんですよぉ〜!」
「おい」
「そっか! ……でもデートの邪魔しちゃわないかしら?」
「コラ」
「それとなく、現在地を聞いてお土産を頼むふりをすればいいのではありませんか⁉︎ それならマーファリーに不審がられず現在地を聞けますわ!」
「エルファリーフ嬢⁉︎」
もう誰もハーディバルの制止は聞いてくれない。
頭を抱える魔法騎士隊隊長。
別に犯罪が行われようとしているわけではないのだが、教え子のプライベートが弄ばれるようで気分がいいものでもない。
「あ。そういえばお前は知らないかもしれないですが、我が国には盗撮罪、盗聴罪というものがあるです。魔力痕跡で状況がドス黒だと訴えられなくとも騎士団で起訴出来るです」
「なにそれ⁉︎」
「忙しい中、せっかくデートしているんですから放っておくです。それでなくとも来月アバロン大陸から二つの国の王族が視察に来ると、面倒な事になっているのに…」
『ほう…アバロンの民がバルニアンに来るのか…。興味がある。ミスズ、余も同席したい』
「や、やめてください⁉︎ 相手はついこの間までドラゴン族の存在すら忘れていたアバロンの王族ですよ…⁉︎ 絶対に無礼を働きます!」
言い切った。
さすがハーディバル。
と、思うが…つい数年前まで奴隷制度があった国だ。
バルニアンとは文化レベルも異なるので、ハーディバルが不安がるのも無理はない。
もしウィノワールの逆鱗に触れるような事があればどうなるか…。
「そ、それに向こうも『八竜帝王』の長たる偉大なる黒き竜に会うとは思っていないはずですし…、ウィノワール王が彼らにお会いしたいというのなら予定の組み直しなどがですね…」
『ふむ、人族はなにかと予定を組み、その通りにしたがる…』
「人間の時間は有限ですからねぇ〜、仕方がないんですよぉ〜」
『成る程…そういえばそうであったな』
「…………」
ナージャのフォローに長い首を短い手で掻くウィノワール。
むしろ、みすずからすると「そういえばウィルには寿命がないんだっけ」である。
神竜の領域に達した『八竜帝王』は寿命が来ても卵化する事で転生出来るのだ。
まるで不死鳥のようだ、とも思うその生態。
不死鳥は不死鳥という種族で、もちろんドラゴンとは別物なのだというが…。
悠久の時の中を生きるウィノワールからすると、人という生き物はいつの時代も生き急いでいるのだろう。
『まぁ良い。ニーバーナの血肉を全て吸い尽くして尚、醜くあの地に縋る者たちを見てみたいと思っただけだ。ガージベルとメルギディウスの様子も知りたかったが…それはハクラに聞くとしよう』
「そうしていただけると…」
「八竜帝王ってみんな兄弟なんだっけ?」
『うむ。…同じ同胞という訳ではないが、共に育った故に血を分けた兄弟同然だな。…ニーバーナは一番幼い末の者。…特にメルギディウスはニーバーナを気にかけていた…』
「なんかすごい話聞いてる気がする」
「気がするじゃなくてすごい話です」
人間と四千年以上交流を絶っていたドラゴンの王様たちの話。
まして『八竜帝王』はその頂点に君臨する存在。
話の一つ一つが既に貴重だ。
「じゃなくてマーファリーのデートよ!」
「諦めやがれです。大体、覗いてどうしやがるです」
「そりゃあ、見て楽しむのよ!」
「……五感遮断という魔法があるが使って欲しいか…?」
「ごめんなさい⁉︎」
スッ…と細まる銀の瞳。
確実に身の危険を感じて即謝った。
しかも「です」が消えた…これはやばい。
「ったく。用は終わったので僕は帰るです。お邪魔しました」
「まあ、お茶でも召し上がって行ってくださいませ」
「いえ、今日はもう帰宅して読書にでも耽ります。…休み方を思い出すのが、今日の僕の仕事ですので…」
「それ休んでなくない?」
「あ……」
なんだ、休み方を思い出すのが仕事って。
結局仕事ではないか。
その事に気が付いて、頭を抱えるハーディバル。
なんという社畜…。
いや、彼は言うなれば国家公務員……社畜ではなく公僕か…。
「何かが間違っている…」
「…そ、そうね…」
『ミスズと真逆だな』
「!」
笑いながらそんな事を言うウィノワール。
失礼な、と文句を言おうとしてハタ、と気がつく。
確かにその通りだ。
日がなゲーム三昧。
三食部屋に運んでもらって、ベッドでゴロゴロしながら通信端末でゲーム、ゲーム、ゲーム、ゲーム……。
みすずの世界のような乙女ゲームはないが、RPGやアクション系は豊富な種類があり、飽きたらドラマや映画を観る。
更にそれに飽きたら書庫に恋愛小説を読みに行き…たまに与えられた温室でハクラが持って来てくれたアバロンの野菜をお世話する…そんな日々。
それは最早、遊んで暮らしているようなもの。
というか、遊んで暮らしている。
「…………」
ぐうの音も出ないほど、的確な表現だった。
「し、仕方ないわね…私がアンタに無職の極意を教えてあげるわよ」
「いえ、結構。もう帰るので」
「そこはブレないんかいー!」
「明日は普通に仕事なんです」
「…アバロンの王族の方々ですか…来月のいつ頃なのですか?」
「末ですね。何故です?」
エルフィの質問の意図がよく分からなかったのだろう。
みすずも「なんでそんな事をエルフィが気にするのだろう」と首を傾げた。
「…マーファリーや、他の亡命者の方々はアバロンでそれは酷い扱いを受けたと聞きます。…少し心配で…」
「……成る程、それは盲点でした。…トラウマが呼び起こされて魔獣化する者が現れるかもしれないですね?」
「ええ…」
「そ、そんなぁー、心配し過ぎですよぉ〜、お嬢様〜! 大体アバロンの王族が来るのは王都なんでしょ〜? ユティアータは関係ないですよぉ〜」
「でも全国放送はされるです」
「……まじすか〜…」
なら、その放送でアバロンで奴隷として扱われていた事を思い出してしまう亡命者もいるかもしれない。
その記憶が、痛みが蘇り…魔獣化してしまう人も、もしかしたら…。
「対策は立てておくです。助言感謝します」
「い、いえ…。わたくしたちにもなにか出来ることがあれば良いのですが…」
「そうね…」
「では、本日はお邪魔しました」
「いいえ、こちらこそ。お休みの日にミスズ様のために…ありがとうございます」
「あ、そ、そうよね! ありがとう、ハーディバル」
「別に。趣味と実益を兼ねて、です」
玄関までお見送りをする。
その玄関までの距離が、いつもより短く感じた。
あまり会えない相手。
次はいつ会えるか…。
「え、えーと…ハーディバル」
「なんだ」
「いや、その…」
玄関まで来て、エルフィが笑顔で「では…」とハーディバルを送り出す。
そこへ声をかけたのはみすずだ。
だが、なにも考えずに声をかけたので口籠る。
「あ、そうだ! お昼食べて行ったら⁉︎」
「まあ、それはいい考えですわね」
「いえ、帰るです」
「ブレないんかーい!」
せっかく勇気を出して誘ったのに。
さすが毒舌ドS騎士。
婚活パーティで女性をバッタバッタと切り倒すだけはある。
ではなく。
「…えーと…」
「ふん」
「?」
鼻を鳴らされた。
顔を上げると、目を細められる。
「また今度構ってやるです」
「ぐっ」
(あ、遊ばれてるなー…お姉さま…)
光を纏って消える姿に肩を落とす。
見透かされている。
悔しいが、確約ではないにしても「構ってやるです」という言葉に胸が高鳴った以上無駄なあがきは止めるべきなのかもしれない。
(くそぅ……なんで、私があんな奴を〜っ)
もっと一緒に居たい。
もっと話したい。
声が聞きたい、なんて乙女ゲームの中でしか知らない。
現実がこんなにやり場がないとは思わず、不機嫌な表情のまま「なによあの上から目線っ」と悪態をつく。
「…というか、そもそもあんな攻略キャラみたいな奴どうやって…」
「ミスズ様、お昼ご飯はなにになさいますか?」
「あれ? マーファリーさんの尾行じゃなくていいんですかぁ〜?」
「…………。エルフィ、マーファリーにさっき言ってたメッセージ送って! 尾行よ!」
「え、わたくし午後から庁舎のお手伝いが…」
「ナージャがお手伝いしますよぉ! お姉さま〜!」
『余は寝るぞ』
自分の攻略が勝手に進んでいる件については、忘れた。
おわり
こんにちは、古森です。
書きたいと思っていた続編(の短編)になります。
……進展、させるつもりで書き始めたのにどうしてこうなった?
この後『誤召喚された悪役令嬢』に続くんですけどそっちは一話以降書いてないのでいつか書けたらいいなぁ…。
書く気はあるので、のんびり書きたいと思います。
では読んでくださりありがとうございました。
続編を読みたいと言ってくださった全ての方に捧げます!
古森でした。