第一話「勇者帰還セリ」その3
「自動操縦だ、進路は……いや、あのヘリについて行けばいい」
『了解しました、トビイチ』
あれからしばらく後、鳶一は彼の二つ目の神器、神船セイレーンに乗り込み、案内されるがままに空を飛んでいた。
セイレーンとは、彼が二つ目の世界に渡った時に手に入れた飛空艇である。飛空艇と言ってもかなり近代的なフォルムをしたそれは宇宙空間や水中でも航行可能という特徴を持っていて、彼の八年間の戦いの内、二つ目の世界に渡ってからの六年間はこのセイレーンが彼にとっての家だった。
「……」
『どうかしましたか、トビイチ。バイタルの値が安定していないようですが』
そう彼に話しかけたのは、『マリア』と呼ばれる人工知能だ。神器全てにマリアは搭載されており、神器の使い方やアシストなどは全て彼女が行っていた。彼の孤独な戦いにおける、数少ない仲間と呼べる存在の一人が彼女である。が、しかし。
「あー、わかんないかな。マリア」
『ええ、ちっとも』
「そっかー、そうだよなー」
ぐでー、と死んだ顔でセイレーンの操縦席の背もたれに寄りかかる。マリアはあくまで高度に発達した人工知能であり、感情ある人間ではない。そのため、健康状態の機微などから心情の変化はくみ取れても、そこから先が分かっていないのだ。基本彼女くらいしか話し相手がいない鳶一にとってこれは正直頭が痛かった。
まあこれについてはどうしようもない話である。彼は目を閉じて大きく息を吐き―――
「触るのはいいけど壊すなよ?」
「ひゃい!? わ、わかっているとも!」
―――後ろの方でいろいろ弄繰り回していたアルヴィエルに声をかけた。
ならいいんだけど、と鳶一はドリンクホルダーに突っ込んでいた水筒をひっつかんで、中の水をからからの喉に流し込んだ。まあ喉が乾いたのは主に心労的な理由である。緊張するとのどが渇くとかそういった類の。
移動することには了承したものの、まだ何者かわからない相手の機体に乗り込むなんてまねはできないとセイレーンを取り出した結果、なぜかアルヴィエルがセイレーンに乗りたいと言い出したので、鳶一は渋々その要望を受け入れ彼女とともに移動していた。
鳶一としては彼女に対して言いたいことが山ほどあった…のだが、すこぶる楽しそうに船の中をうろうろする彼女の姿を見ているとなんだかもうそんな気持でもなくなってしまっていた。
てっきり、何か二人でしないといけない話でもあるのかと思っていたのだが。
「なあ、なんでまたセイレーンに乗りたいなんて言い出したんだ? いや、かっこいいのはわかるけど」
そりゃもうめちゃかっこいいけど、と付け加えつつそう訊ねると、アルヴィエルはそれは、まあ、と言葉を返した。
「前に話には聞いていたけれど実際に見るのは初めてだったからな」
その言葉に、鳶一はピクリと眉を動かした。
「聞いた? 聞いたって誰にだ」
彼は操縦席から首を後ろに覗かせて問い詰める。
「この船は俺があんたの世界を救った後に手に入れたもんだ。知ってるはずがない」
そう、セイレーンは二つ目の神器。つまり彼がアルヴィエルのいる世界を救った後訪れた世界で手に入れた代物である。アルヴィエルがそれを知っているはずがないのだ。
「ああえっと、そうだな。それについては着いてから説明する」
そう言って彼女は窓の外を指さした。
「ほら、もう見えてきたぞ」
言われて鳶一も窓の外に目をやる。
そこにあったのは、巨大な島だった。ただ、普通と違うことがあるとすれば、それが宙に浮いていることだろうか。というか、うすうす彼も感づいてはいたが、この世界はどうやら空の上に島が浮いている世界らしい。彼が最初に目を覚ましたのも空に浮いている島だったし、目指している先も巨大なそれだ。飛行機やら空飛ぶくじらやらがあたりをせわしなく飛び回っていて、この世界が空の上で発展してきたことを物語っていた。
彼としては剣と魔法の世界だったりオーバーテクノロジーが行きかう科学のどん詰まりの世界だったり深海だったり宇宙だったりと至る所を旅してきたので、あまり驚きはなかった。
ただ、この世界はどんな世界なんだろうと思いながら眺めていると、後ろの方でアルヴィエルが優しくささやいた。
「ようこそ、君が救った七つ目の世界、地球へ」
セイレーンのデザインについてはガーディアンズオブギャラクシーのミラノをイメージするとわかりやすいと思った(小並感)