第一話「勇者帰還セリ」その2
この作品ではアダマンタイト並みに珍しいシリアス展開が多少続きますが、後でちゃんとふざけるので安心してください。
事の始まりは二日前にさかのぼる。
彼は静かな大樹の木陰で目を覚ました。涼やかな春の風が彼の傷だらけの頬を優しく撫ぜ、彼はゆっくりと重たい瞼を持ち上げた。
すっと、左腕を持ち上げる。そこで彼は違和感に気付いて眉をひそめた。自分の左腕は確か、六つ目の世界で肘から先を切り落とす羽目になったはずだが。
けれど、見たことの無い籠手のようなものがそこにはあった。ぐっぐっと拳を握ってみるが、問題なく動く。どうやら義手の様だ。
「……これが、新しい神器ってわけか」
両手を頭の上に持ち上げて勢いをつけ、彼はぐっと上体を起こした。みしみしと体の節々が痛むが、彼は右手でキリキリと痛む頭を押さえながら意識は左手の義手に注いでいた。身体の節々の痛みと割れるような頭痛は世界を渡るときいつも味わっていたものなのでさして気にする必要はない。それよりもまずはこの左腕をどうするかが問題だった。
しばし眺めてみるが、どこにも特別な感じはしない。形が少しばかりあれだが、ただの義手に見えた。
「これを使って、今度はこの世界を救えってか」
なんの力があるとも思えなかったが、それでも彼はいつも世界を渡るときに手にした『神器』で世界を救ってきた。だから今度もこれが何かの役に立つのだろう。まだ何の力があるのかわからなかったのだが、それはおいおい分かってくることだろうと彼は嘆息した。
「でもまあ、もう火炙りだの磔だのは勘弁だぁ…。痛いの嫌いだし」
彼はそう呟いてパンと頭をはたく。すると泥沼の中に沈められたように混濁していた彼の意識はすっとクリーンになった。頭痛も引いてきて、落ち着いてもう一度左腕の義手を見やる。普通はこの段階で大まかな使い方が分かるものだが、依然として靄がかかったように分からない。
体に直接神器が取り付けられていたのはこれが初めての事ではない。前に三つ目の世界で右眼をえぐり取られた時も、次の世界で義眼の神器が空っぽの眼窩に収まっていた。しかし、あの時ですら使い方はすぐに理解できたのだが……もしかするとこれは本当にただの義手と言う事なのだろうか。いやあそんなはずは…としばし弄繰り回してみるが反応はない。
「まあ、なんにせよ誰にも見つからずひっそりと世界救いたいなぁ……」
鳶一はあきらめたように背を樹に預けて独り言ちた。
「もう遅いみたいだけど」
バババババババ、と轟音が彼の言葉をかき消した。彼の背後の大樹がその葉を勢いよく散らし、二機の武装したヘリコプターが姿を現す。
「やるか」
そう呟くと彼はフードをぐっと目深にかぶり、背中の神器、神翼セフィティマーを展開、槍の神器、神槍ファル・イエフを構えた。
彼が静かに槍を掲げると、キキキキキと音を立てて獣の頭骨を象った槍の穂先が淡い光を放ち、その顎を揺らした。
しばしの静寂の後、カチリと顎が開かれ蒼い光の奔流が放たれ―――
「待ってくれ、話がしたい」
―――る寸前に、槍ごと彼の手から消えてなくなった。
「久しぶりだな、初対面で、言葉を交わそうとしてくる奴」
そう言って鳶一は展開していたセフィティマーを槍と同じように光の粒子に変えてかき消した。
「初対面、というわけでもないが」
言葉の主はヘリから降ろされた縄梯子を伝って、地面に降り立った。
「さて、と。私にとっては15年ぶりになるが、君にとっては6年ぶりか」
その人物の顔を見た瞬間に、彼は息を詰まらせた。
「この世界についての話はとてもじゃないが立ち話では終わりそうもなくてね。場所を変えて話がしたい」
「これは…なんの冗談だ? 本当にお前なのか……?」
呆然とした顔で、彼は胸を掻きむしった。
「まあ、この状況について君がどう捉えるかはともかくとして、私は君に対して本当の事しか言わない、信じてくれ」
「お前の世界は最初に救った筈だ、何でまたお前が俺の前に」
絞り出すように息を吐いて、鳶一は震える喉でその名を口にした。
「魔王、メリアグランス・イルジュ・アルヴィエル」
黒いマントを風にはためかせながら、彼女はぎこちなく笑った。
「おかえり、大きくなったね。少年」