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悪役令嬢シリーズ

悪役令嬢の孫姫と婚約者の新婚日記

作者: 入江 涼子

私がアロンソ様と婚約してから早くも一年が経った。


そして、結婚式を経て現在、私はフィーラ公爵家の一員になっている。つまりはアロンソ様の奥方になった。

アロンソ様は優しいし父君の公爵様も親切だ。奥方で義母になったイザベラ様も厳しくもお優しいしね。

後、母方の祖父母のラウルお祖父様やシェリアお祖母様とも会いやすくなった。私にとっては良いことが多い。

けど、未だに私はアロンソ様と二人きりになっても慣れないでいた。これはそんな私の新たな日常の話だ。



「マリーナ。ただいま」

にこやかに笑いながらアロンソ様が言う。私もにこりと笑って答えた。

「お帰りなさい。アロンソ様」

「マリーナ。もう俺たちが結婚して半年が経つけど。何か欲しいものはないか?」

「欲しいものですか」

私が考え込むとアロンソ様は苦笑する。

「ああ、悪い。そんなに考え込むなって。ただ、ちょっと気になって聞いてみただけだよ」

アロンソ様はそう言いながら私の頭を撫でる。ぐしゃぐしゃにしないように優しくだけど。私は結局答えられないまま、夜を迎えたのだった。


あれから、アロンソ様に欲しいものはないかと聞かれる事はなかった。私からも尋ねる事はしないし。

アロンソ様の父君であるアレックス様は我が子だがほっとけとおっしゃっていた。イザベラ様も同じくだったけど。

それでもアロンソ様がめったに言わないから余計に気にしてしまっていたのだった。



「マリーナ様。最近、表情が浮かない感じですけど。いかがなさいましたか?」

侍女のイリナが心配そうに声をかけてきた。

私はどうしたものかと考える。

「さすがにわかるかしら。アロンソ様に欲しいものはないかと聞かれてね。それで悩んでいたの」

素直に言うとイリナはまあと目を見開いた。驚いたらしい。

「アロンソ様が。マリーナ様に欲しいものはないかとお尋ねになったのですか。婚約していらした時は何もおっしゃっていませんのに。珍しいですね」

「私もそう思うわ。とりあえず、お父様やお母様からはドレスとか宝飾品はいただいているし。香水をあまり持っていないからお願いしてみようかしら」

私が何の気なしに言うとイリナは顔を赤らめた。

「マリーナ様。香水はその。わたしや王妃様で選びますから。あまり、男性にお頼みにならない方がよいかと」

「そうなの?」

「ええ。アロンソ様には香水ではなく宝飾品が欲しいと仰せになったらいかがでしょう」

それもそうねと私は頷いたのだった。



その日の夕暮れ刻にアロンソ様は仕事を終えて邸に帰ってきた。

私は玄関ホールで待たずに応接間にいる。イリナがお茶を淹れてくれたのでそれを飲みながらアロンソ様が来るのを待った。

ドアがノックされて彼が入ってくる。私は顔をそちらに向けて笑顔で言った。

「お帰りなさいませ。今日もお疲れ様です」

「ただいま。マリーナ、いきなりで悪いけど。この間に言った事は覚えてるか?」

「もしかして欲しいものの事ですか?」

「そう。覚えていてくれたんだな」

アロンソ様はほっとしたように顔の表情を和らげた。私は真剣な表情で居住まいを正す。

「忘れたりしません。そうですね、欲しいものを言われた時から考えていましたの。イリナにも相談したんですけど」

「そうか。決まった?」

「ええ。もし良ければ、イヤリングが欲しいと思いまして」

「イヤリングか。わかった、宝石商に言って選んでおくよ。他にはないかな?」

思わぬ事にアロンソ様は他にないかと聞いてきた。私はどうしようかと頭を捻る。

仕方なく、イリナに言っていたものを頼もうと決めた。

「…あの。恥ずかしながら私は香水をあまり持っていないでしょう。最初はそれにしようと思ったんですけど。イリナにやめた方が良いと言われて」

「何だ。香水だったら俺にも言ってくれてかまわないよ。まあ、君の好みのものをあげられるかはわからないが」

アロンソ様は肩を竦めた。私は言わない方がよかったかと俯いた。頭に温かな手が乗せられる。目線を上げてみたらアロンソ様が右手で撫でてきた。

「気にする事はない。イリナからは注意されたみたいだが。俺に頼むくらいは問題ないよ。ただ、他の男には言わないように」

「わかりました」

私が素直に頷くとアロンソ様はよろしいとさらに頭を撫でたのだった。




あれから、半月程が経って本当にイヤリングと香水が贈られた。イヤリングは私の目の色に合わせたエメラルドが銀の金具に嵌め込まれていて留め具も銀製で上品なデザインだ。エメラルドもそんなに大粒ではないけど涙型の形にカットされていてきらきらと光を反射している。深みのある碧色に引き込まれてしまいそうだった。

香水も私好みの柑橘系であっさりとして爽やかな感じの香りだ。薄い黄色のガラス瓶に入っていて華やかだった。

イリナは香水を頼んだ事について不満げな感じで。私は謝ろうかと思ったけどアロンソ様にしなくていいと言われた。何でと抗議すれば、そもそもイリナが嫌がったのは私が色っぽい香りを身につけていたら面倒な事になるかららしい。

「君は若いし美人だからな。これで甘い華やかな香りを身に纏っていたら男は放っておかない。イリナは俺を嫌っているから香水を頼む事に反対したんだろうな」

「そんな理由で嫌がってたなんて。私は浮気なんてしないのに」

ため息をつくとアロンソ様は苦笑いした。

「それだけイリナは君が心配なんだよ。後で俺からも言っておく」

私の髪を撫でてアロンソ様は離れていった。


数日後、イリナは勝手な事を申し上げましたと謝ってきた。私は気にしてないと言っておいた。

アロンソ様も口添えをしてくれてイリナはそれからは何も言わなくなる。

香水は有り難く使わせてもらっていた。友人のイルジア嬢は良い香りねと褒めてくれた。兄のユーリウスとシメオン、弟のフィックスにも爽やかな香りだと言われた。男性が好む甘い香りではないけど個人的には気に入っている。レモングラスの香りではあるのでアロンソ様が私の好むものではないかもと言っていた事を思い出した。けど、ちゃんとわかってくれていたようだ。一人でにんまりと笑った。



「ねえ。マリーナ、あなたまた兄様の事を考えているわね?」

私の横に座っていたイルジア嬢が呆れたように言った。今、私は王宮の王太子妃の居室にて紅茶を飲んでいる。居室の主はイルジア嬢だ。そうイルジア嬢は現在、兄のユーリウス王太子と正式に結婚して王太子妃になっている。

彼女は懐妊しており四ヶ月を迎えていた。占いにより王子であるらしいことは私も知っている。

「…あら。ごめんあそばせ。ついつい、旦那様の事が気になってしまいまして」

貴族の令嬢らしく笑いながらごまかした。イルジア嬢は仕方ないわねとため息をつく。

「兄様と仲が良いのはわかっているけど。人前でにんまりするのはちょっとね。怪しまれるから程々にしてちょうだい」

「わかりました。妃殿下の御前で失礼しました」

「マリーナ。よそよそしくしなくても結構よ。あたくしとあなたの仲じゃないの」

イルジア嬢はそう言いながら私の頭をそっと撫でた。顔は優しく笑っている。けど、子供扱いされているので複雑だ。

「イルジア。私、これでも十九歳になるのに。子供扱いはちょっと」

「あらいいじゃない。あたくし、あなたよりも年上よ。義理の姉でもあるのだから気にしなくっていいの」

イルジア嬢はくすりと笑う。居たたまれなくなったのだった。


王宮から公爵邸に帰る。馬車から降りる時には夕暮れ刻になっていた。アロンソ様が帰っているかもしれない。私は御者に手伝われながら降りた。

急いで邸の中に入る。

「あ。マリーナ」

アロンソ様が私に気づいて声をあげた。彼の側には七十近いけどロマンスグレーといえる渋い男性と若い頃でもなかなかに美人だったろう女性が佇んでいた。

「おや、マリーナ殿。王太子妃殿下の宮に行っていたと聞いたが」

男性も私に気づいてこちらを見た。淡い水色の瞳は優しい感じだ。「はい。お話相手をしてきました。お元気そうで何よりです。ラウルお祖父様」

「ああ。マリーナ殿も元気そうだね。イルジア様はどうだった?」

「ええ。体調は回復なさって落ち着いたご様子でした。ご懐妊なさったとはいえ、お元気ですよ」

「そうか。それはよかった。後は我が家にも吉報があるといいんだが」

ラウルお祖父様は悪戯っぽく笑う。アロンソ様がお祖父様とたしなめる。

「吉報ですか。あの。神様の授かり物ですから子供は。まだ、わからないですね」

曖昧に答えたが。ラウルお祖父様はすまないねとにこやかに言った。

「ちょっとした冗談だよ。シェリア、ひ孫はまだ先のようだね」

女性はころころと笑った。

「ラウル様。あまり若い方をからかうものではありませんよ。マリーナ様も困っているではありませんか」

シェリアお祖母様はやんわりとたしなめた。ラウルお祖父様はそれもそうだなと真顔になる。

「すまない。陛下と王妃様が羨ましくてね。気にしないでくれたまえ」

「ではお部屋に参りましょう」

シェリアお祖母様に促されてラウルお祖父様は二人で自室に戻っていった。アロンソ様はやれやれと眉間を揉んだ。

「お祖父様は気楽でいいよな。王子殿下がお生まれになったら父上や母上に俺がせっつかれるのに」

「アロンソ様?」

「すまない。マリーナ、ちょっと先に部屋に戻ってるよ。君は着替えとかあるだろうし。一人にさせてくれ」

「わかりました。ではお先にどうぞ」

私が答えるとアロンソ様は先に部屋に戻っていった。どうしたのだろうと首を傾げたのだった。




アロンソ様はしばらくしてから応接間にやってきた。寝室にいたらしい。

「マリーナ。着替えは終わったんだな」

「ええ。湯浴みもすませました。夕食は部屋でとろうかと」

「そうか。俺も部屋で食べるよ」

アロンソ様が言うので私は壁際に立っていたイリナに目配せをした。すぐに頷いて部屋を出ていく。

アロンソ様はソファに腰掛けていた私のすぐ側までやってくる。そして、おもむろに抱きしめてきた。

「マリーナ。今日は俺の寝室に来ないか?」

「アロンソ様?」

「嫌だったらいいんだ。答えてくれ」

「…構いませんけど。どうしました?」

尋ねたが答えてくれない。アロンソ様は抱きしめる力を強くした。

「じゃあ、マリーナ。俺も湯浴みしてくるから待っていて」

「はあ。わかりました」

なんとなしに頷いたらアロンソ様は嬉しそうにしながら浴室に行ってしまった。私は何のことやらと不思議で仕方なかった。



後で私はアロンソ様の寝室で一晩を共にした。まあ、情熱的な一夜であったとだけ言っておく。思い出すのも恥ずかしいくらい、甘い言葉に翻弄された。

アロンソ様でも言うのねと遠い目になってしまったのは言うまでもない。そうして、三ヶ月ほど経った時に私は懐妊した。アロンソ様は懐妊したとわかると「やった!」とはしゃいでいた。

ラウルお祖父様やシェリアお祖母様からもおめでとうと言われて嬉しくなったのは言うまでもないけど。ちなみに生まれたのは女の子だった。

後にこの子は王子殿下の婚約者になった。お祖母様や王妃陛下ーシェイラ母上みたいに婚約解消などという憂き目に遭わないように。私は神に祈った。不思議と娘と王子殿下は仲睦まじくて安心したのだった。

終わり

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