策謀の戦国3
我慢がならなかった。
太陽が燦々と肌を照らしている頃にもかかわらず、酒の入ったひょうたんを片手に、城内をうろついていた。非難の目を向ける文官がちらほらといるが、睨みつけるとひ弱な男らは、さっと顔を逸らす。酔っていても愉快になれるはずがない。
馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい!
近頃、我らが王に不死の薬、不死の法術と騙し、金品を得ようとする輩が多すぎる。そして、結局は秘術を伝えないが、その交渉は成功を収める。よい例を見せてもらったとして、礼を贈るのだ。
しかし、生あるものには必ず死があることは誰でも知っている。全く、不敬極まりないことだ。
「糞どもがっ!」
酒が空になっていることを知ったので、床を罵った。
絶対的に足りなかった。足りない。足りないのだ。
俺の抱えている兵だって知っている。死地にあると思い込むからこそ、強力な勢を生み、強固な軍を破ることができるようになる。そうして他には無いほどの勝利を重ねてきた。また、赤子でも知っている。ゆえに、あの小さな存在は泣き喚き、乳を乞うのだ。そうしてすくすくと成長していく。全ては、皆が死を死だと理解しているからだ。
これ以上は耐え難い。
あれだけの財を軍や政治に回せば、どれほどの利が生まれるのだろうか、と思わず考えてしまう。王の私利私欲が幅を利かせはじめたままでは、恐ろしいことが起こる。それくらいは容易に想像付く。どうしたものか。
思案中、ふらついている足が視界に入り、突然、フッと、愉快になった。
足元ばかり見ていても仕方が無い。
なんとなく前を向いてみると、役人が恭しく何かを運んでいる様子が見える。厚みのある布を両手に乗せている。その上には、何か丸いものがあるようだ。面白半分に近づくとしかめっ面をされたが、構わずにからんだ。それほど酒を飲んではいないはずだと疑問を反芻しながら。
「おい。その丸くて黒い小さな玉はなんだ?」
役人は、自身の顔と俺の顔とを引き離しながら言った。
「将軍。珍しく昼間から。匂いますぞ」
「ふん。たまだからよいのだ。いいから、それは何だ?」
「不死の丸薬ですよ。先ほど、献上されてきたのです」
「丸薬だと?」
「はい。霊薬のようです」
「では、食べられるのだな?」
「はい」
自然、顔がにやけてくる。
ふん、阿呆どもが。またやってくれたな。
「もう一度聞く。食べられるのだな?」
「はい。食べられますよ」
「では、頂くとしよう」
「えっ!?」
言い終わらない内に、さっとひったくり、黒い玉を飲み込んだ。どうということもない味だった。目の前の、目を大きく開き、金魚のように口をパクパクさせている役人が滑稽で、俺は今日、初めて声を出して笑った。
「何事かっ!?」
心待ちにしていたのだろう。丸薬が通ってくる場所から大きな笑い声が聞こえたものだからか、王が、血相を変えて飛び出してきた。
薬一つで。
笑いが止まらない。
「しょ、将軍が丸薬を飲み込んでしまったのです」
「なんだとォ!? 貴様、本当かっ?」
「ええ、そのとおりです。臣が食べました」
「ぐぬぅ……。首だっ! 首を切り落としてしまえッ!」
「何をおっしゃいますか。それは筋違いというものです。臣が取次ぎ役に尋ねましたところ、取次ぎ役は、『食べられる』というものですから、臣は食べたのです。要するに、臣に罪は無く、罰せられるべきは取次ぎ役でございます」
「将軍、何を申されるか! 食べられるとはつまり、丸薬は食べ物であるということで――」
「そして! 客人が不死の薬を献ぜられ、臣がこれを食べ、王が臣をお殺しになれば、それは死の薬です。王は罪無き臣を罰したばかりか、人に欺かれたという情報を公示することになりますぞ」
「……鞭だ。鞭を用意しろ!」
結局、背中は全体的にみみず腫れし、ほとんどの表皮が剥けることになった。血や膿は際限なく流れ、衣を着るのもやっとのことで、共に鞭を打たれた役人は死んだくらいだった。その上、階位も下げられた。
だが、それから不死への追求は影を潜めることとなった。健全な方向に歩もうとしているのだ。俺の勝利であろう。喜ぶべきことだ。
決めた。
国に殉ずる。王ではない。国だ。俺を慕う部下や家族のいる国に殉ずるのだ。
その決意は、王でさえ、揺るがすことはできないものだ。