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戦国の策  作者: アキ
5年くらい前に執筆。あんまり面白くない。オリジナル小説。
2/5

策謀の戦国2

 失ってしまった。

 思うように伸びない髭を撫でつつ、王孫賈おうそんかは深くため息を吐いた。雲の大移動が行われている空から、時折、隙間から発せられる陽射しが、色あせた着物を照り付けている。荷を背負った大柄の馬を従い、たった一人、整備のあまりされていないと一目で分かる細い荒れた道を歩く背丈の小さな頼りない姿は、見るもの全ての同情心を誘った。

 仕えるべき主人も、職も、生きがいすらも。

 顔が歪んだ。

 十五と若くして斉の国王に登用されたほどの頭は、粗暴であるとされて燕国に討たれた、斉国の閔王びんおうに対する周囲からの評価を思い起こした。

 苛烈と表現されることが多かった。王位に就くなり、政治の要路にいた全く成果の出せない大臣らの首を一度に刎ね、地に広まりつつあった宗教の要人を殺したからだ。たった数年の出来事で、しかしそれが民衆と臣下の信頼を失わせた。確かに苛烈であったかもしれない。

 だが、と常に近くで見てきた、今はどこにいるかもわからない主の思考を推理した。

 必要なことであったのだ。即位時、いやそれ以前から、補佐すべき、優秀であるべき大臣という職は、金でしか得られない職であった。さらに、領主らは自身の利益しか考えない無理難題を口にし、実行していた。そうして曝け出される無能という醜態に、民衆が不満を感じて爆発を起こす可能性があった。そして、それを有力な宗教が支配しようとしていた。乱、である。腐敗した人材では暴発を止めようがない。内紛による滅亡がありえたのだ。その上、諸外国は領土拡大による利潤を欲していた。だから、早急な対策が必要で、わざわざ過激なことを我が主はやってのけ、王孫賈も自ら鬼と化し、手を血に染めたのだ。

 結果、大臣が裏切った。そして王は行方不明、国は、さらに混迷を極めた。

 急ぎすぎたのだろうか。

 天を仰ぐも、雲が泳ぐばかりだった。

 縄を持った右手が前方に引っ張られ、そちらに眼を向けると、並んで歩いていたはずの馬の尻が見えた。思わず苦笑した。

「そうか、お前はそう思うか」

 重い歩を進めさせられる。なんとなく、後ろを振り返った。都にいてもすることは何もない。小さく呟き、顔を戻した。目指すは故郷。何も無い小さな村。いや、違う。母がいる。友がいる。それぞれの、数年前の姿が脳裏に浮かんだ。元気でやっているのだろうか。もしかしたら、野盗化した敗残兵に襲われているのかもしれない。想像を巡らせると、急がねばならないと焦燥にかられる。だがしかし、より一層、足枷に働く重力がひどくなった気もした。



 数日後、村が見えてきた。

 記憶よりも小さいが、多少、堅固であった。相違に対し、しばらく記憶の修正をしていたところ、空の荷台を引いている見事な体躯の男が一人、村から出てきた。その姿が段々と大きくなっていくと、何を思ったのか、急に男は荷台を地面に置いてこちらに駆け寄ってきた。身構える。すると、嬉しそうに声をかけられた。

「久しぶりじゃないか!」

 なんともまあ、間の抜けたことに、友人だった。

 体が、それでも大きいが、昔と比べて細くなっていた。苦労したのだろう。しかし、今にも抱きつかんばかりに頬を緩めている。

「生きてたのか。よかった、よかった。でも、村一番の、本当の出世頭がなぜここに? 忙しいときなんじゃないのか?」

「終わったんだよ、何もかも」

「終わった? 戦争が?」

「ああ、大きな戦争が、だ」

「そうか、それはよかった……」

 良いはずはなかった。閔王側についた自分は救いの対象とはならない可能性が高い。改革の名の下に、多くの命を奪った。そうして作り上げてきたものを失った。これからは奪われるはずだ。新しき権力者に、全てを。

 それに、これからは小競り合い規模の戦が増えていく。閔王派の掃討、敗残兵の処理、新権力への渇望。搾取する側だったが、この村に来て、される側へとなる。王孫賈には道が見えないでいた。

「母はどうしている?」

「元気だよ。おまえさんの家にいるはずだ。まだ会ってないのか?」

「帰ってきたばかりだからな」

「それもそうか」

 友人は笑い、頭を掻いた。

「まぁ、とにかく、よかったよ。お前が無事で。これからも大変だろうが、生きているのなら、それが一番だ」

「そうだな」

 王は、どうされていらっしゃるのだろうか。聡明な方だ。健やかであれば良いのだが、相手は悪知恵の働く醜悪な奴らだ。居場所が発見され、襲撃に遭われていることもありえる。

 現状はわからなかった。だが、結論は理解している。処刑だ。最も簡潔で、最も効果ある方法。彼には自身の未来が、魑魅魍魎ちみもうりょうが出てきてもおかしくないほど暗いものに思えた。いや、いっそのこと、そうした化け物が出てきてくれたほうがまだ良いとも感じていた。

 髭を撫でる。どうしようもなく心許ない。しかしそこで、ふと、しなければならないことを思い出した。

「ああ、そうだ。忘れていたよ」

「ん? どうした?」

「挨拶がまだだった。何年振りだろうかもわからんが、久しぶりだ。元気だったか?」

 友人が笑った。

「ああ、元気だよ。見てみろ、背も高くなったし、筋肉だってほら」

 友人は、自慢気に力こぶを作った。



 友人と別れ、しばらく歩くと、家の門に、母が立っているのを確認した。

 ここまでやってこれたのも、この生き生きとした母のおかげだった。包みこむ温かさがあり、突き放す厳しさがある。腕を組んでこちらを見つめる彼女は、烈婦そのものであった。

 深くお辞儀をした。顔を上げると、母は、微笑んでいた。

「ただいま帰りました」

「随分久しぶりね。おまえ、向こうでいろいろと忙しかったんだろう。大きくなったように思えるわ。それに、いいのかい? 帰ってきても」

「ええ、いいのです。もういいのです」

 その答えに表情が一変、ふん、と鼻で笑われた。

 戦の影響とは恐ろしい。母も、やつれていた。だが、瞳だけは相変わらず炎々としていた。

「どうせ、無様に負けたか何か失敗でもして、おめおめと帰ってきたのでしょう。全く、だらしない」

 驚いた。友人は戦争が終わったことすら知らなかったというのに。

「なぜ……?」

 それに、優しく出迎えてくれると思っていた。だが、それはなく、返ってきたのは、あからさまなため息。王からの信頼を得ていた王孫賈にとって、それは、自身の誇りを傷つけるには十分の行動だった。

「その顔を見ればわかります。本当に、だらしのない子」

「王の行方がわからないのです! これでは何もしようがありません!」

「おまえは本当に馬鹿だね!」

「どうしてですか!」

「私はおまえが帰ってくるまで、いつでも夕方はいつも村里の門に寄りかかって、遠くを向いていたもんだ。それなのにおまえときたら、王様がいないので帰ってきました、だって!? 笑わせんじゃないよ!」

 体が硬直した。十五にして登用された頭で以てしても、王孫賈には何も言い返す術はなかった。神経という神経に稲妻が走ったからだ。

「おまえのような人間を、この家へ入れるわけにはいかないね。さぁ、帰った帰った!」

 言うなり、大きな音を立て、母は戸の向こう側へと去っていった。

 王孫賈は立ち尽くした。

 愕然とし、何も考えられなかった。

「どうした」

 心配して駆けつけてくれたのだろうか。出迎えてくれた友人がいた。

「怒鳴り声が聞こえたんだけど……」

 うな垂れる。

 どうしたもなにも……。

 視線を上げる。友人の泥に塗れた足が、丈夫そうな脚が視野に入る。

 これほどの力が俺にあれば……。

 ため息を吐いた。

「いや、なんでも……」

 と、不意に、頼り気な太い腕に眼を奪われた。途端、脳を駆け巡ったのはひらめき。

 そうだ!

 瞬間、これは天から頂いた使命であることを理解した。

「どうしたんだ?」

 笑いがこみ上げる。

 そうだ、そうだった。戦は続く。例え、大きな戦が終わっても、まだまだ小さな戦が残っている。例え、決戦と言われたものであっても、全てが終わらない限りは、本当に決戦であったのかはわからない。まだ、可能性はある。

「頼みがある」

「家に泊まることか?」

「それもある。だが、もっと大きなことだ」

「大きなこと……?」

「ああ、大きなことだ」

 スゥッと、空気を肺に運んだ。口から出てきたのは熱気。いつの間にか、王孫賈の頬は緩んでいた。

「とある大臣が裏切って、こんな状況になった。戦争の発端は、その大臣が燕の国の軍を手引きし、共に斉の国で暴れたことに始まる。今のままでは、この国がどうなるかわからん。そこで一つ、俺たちで方向を修正しないか?」

「……何をするつもりだ?」

「なぁに、簡単なことさ」

 そう、簡単なことだ。情報は掴んでいるが、裏は取れていない。裏切ったという確証はないのだ。しかし、そんなものはでっち上げればいい。難しいことではない。今頃は、多大な利益で私腹を肥やしていることだろうから、どこからでも埃は出てくる。実に容易なことだ。

「裏切り者を始末する」


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