策謀の戦国1
隣国から美姫が送られてきた。
王は初め、毎夜、姫の部屋へと足を進めた。私が大きく関係した政略結婚だったために、私にまで贈り物を届けるまでの熱心ぶりだった。その様子にほくそ笑んでいた。
「間者と疑われているのではあるまいか」
私が同郷だと知っている姫から相談されたのは、それから二ヶ月経ったときのことだ。
姫は、この頃、極端に足が遠のいた王のことで危機感を覚えているようだ。無理もない。まだ十五にならないにもかかわらず、両国のことから嫁がされたのだ。それでいて、王からもたらされる情報が収集できないでいた。
「大丈夫でしょう。心配は無用ですよ」
「しかし」
「姫様がここにいらっしゃるだけでも、意味は十分にあります。また、密使に伝えることが少なくなったとしても、それはそれで一つの情報なのです。それよりも、うかつな発言はご注意ください」
「わかっておる。わかってはおるのじゃが」
「他の女性の元にでも行っているのでしょう。疑いが蛇足になることもあります」
「わらわ以外の女?」
「そうです。男とはそういう生き物なのです。男の私が言うのですから、間違いありません」
「お前もそうなのか?」
「それはあなた様が感じてください」
同じような会話を何度も繰り返した。その内、私と姫とが深い関係を持っているのではないかという噂が流れた。姫に会いに行っているところを誰かに見られていたのだろうが、それもこちらの計算どおりだった。
「お前とあの娘が噂になっているが?」
王に朝から呼び出された。仕事のことだったが、最後の言葉だけは違った。私は今まで随分貢献してきたために、信頼を得ていた。ために、口調はそれほどキツイものではなかった。むしろ、噂を楽しんでいるとも思えた。
「何の根拠もない、好き者の作り話です」
「火のないところに煙は立たないというが?」
「相談を受けていたのです。姫はどうやら、寂しがっておられるようです」
「ほう? お前が解決すればよいではないか」
「ご冗談を」
王の機嫌は良かった。
その日の昼、王が来ることを姫に伝えた。
「今夜、王がここに来られます」
姫は綺麗に整った眉を寄せた。
「ご苦労じゃった。しかして、何をしたのじゃ?」
「姫様が寂しがっておられると」
「ふむ」
「それと。王がここに来られない理由もわかりました」
姫の顔が強張ったが、私は続けた。
「姫様は美しいと評判でした。なるほど、その髪の艶やかさ、そのつぶらな瞳の可愛いらしさ、その整った鼻梁、その腕のしなやかさ。なんと、狂おしいまでに魅力的な女性なのでしょうか」
どうやら緊張は解けたようだ。変わりに、うっとりとした微笑を浮かべた。
「しかし、王の趣味は少し変わっておられるようでして。唯一、鼻の形だけが気に入らないらしいのです。つまり、王と会う際は必ず鼻を覆うのです。そうすれば、あなたと王の距離は縮まるでしょう」
一ヵ月経った。
王は私と競うつもりなのか、毎日のように通っているらしい。私がたまに訪れると、姫は安心した表情を見せるようになっていた。姫から相談されることが無くなった。
今度は王から相談された。どうも、姫の様子がおかしいというのだ。
「何故か近寄ると鼻を覆うのだ。理由を聞いても笑うだけ。何か、聞いてはいないか?」
「鼻を覆う理由、でしょうか?」
「そうだ。お前なら、何か知っているであろう」
「知ってはいますが、しかし……」
私は戸惑いを作った。
「答えるんだ」
「ですが」
ついに王は声を荒げた。
「いいから答えろ!」
「……はい。その、姫が申されたのですが……、王の臭いがたまらないのだとか」
「貴様ぁっ!」
「あっ。姫が、姫が申したのです」
「……なんとけしからぬ娘なのだ。すぐに捕らえて、あの鼻を切れ!」
仕事は終わった。その夜、私は第二の故郷へ密使を送った。