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ちあきさん

なんか…可哀想だよね…ショウの彼女さんも。

私が彼女の立場だったとしても同じ事してると思う。

ユキ君はとりあえずアイジュさんを探ってるランス君の様子を見に行き、ユートは飲み物を配るフロウちゃんを手伝いに行った。


私はふと目に入ったユキ君のPCに目をやった。

そこにはユキ君が聞き出したショウ彼女さんのメルアドが…。

……なんとなくメモっちゃった…。


なんか…怒られるだろうな…でも…

「なんか…疲れたっ!寝てくるね~」

私はタタ~っと自室にかけこんだ。

PCは下において来ちゃったから携帯メールを打った。



--------------------------------------------

こんばんは。

さきほどメルアドお聞きしたんですが、故あってPCを現在使えないので携帯でメール打ってます。

どうしてもお話しておきたい事があるんです。

できれば見て頂きたい物もあるので、明日、お会いできないでしょうか?

もし会って頂けるなら人が多い場所で人が多い時間を指定して下さい。

もちろん今までの事を考えると簡単に信用できない、動けないというのは最もだと思います。

それでもどうしても早急に見て頂きたいものなんです。

もし信用するのに必要だとおっしゃるなら、何か目印になる様なポーズを指定して頂ければその通りにして写メ送ります。

それで私の素性はある程度確認して頂ける事と思います。

------------------------------------------------



ポチっと送信ボタンを押して返答を待つ。

これで…返事くれないかなぁ…。

ドキドキしながら待つ事5分、メールの着信音がして、私はあわててそのメールを開いた。


----------------------------------------------

こんばんは。

丁寧なメールありがとうございます。

2年前の事件以来、人との密な関わりを持たなかったので、正直少し怖いのも事実ですが、梓さんのとても真剣なご様子は非常に感じられ、同じ被害者の関係者として私の方も情報をさしあげられればと、思いました。

証拠という意味ではそれほどもう求める気もありませんが、一応待ち合わせの際の目印となるよう、写メを送って頂けるとありがたいと思います。

もちろんそれは私個人が梓さんを確認するため以外の目的で使用はいたしませんし、梓さんの方も私を確認して頂ける為に、私の方が先に写メを送らせて頂きますね。

待ち合わせは明日10時、吉祥寺でよろしいですか?

駅ビル地下の○○というお店でお待ちしております。

もしご都合が悪ければ梓さんの方で時間と場所の指定をお願いいたします。

香坂ちあき

----------------------------------------------------


なんか…すごく穏やかで丁寧で優しい感じのする文章。


一緒に送られて来た写真は2枚。

一枚は少し古い感じ。制服をきた男の子と、私服の可愛らしい感じの女性が写ってる。


男の子の方は、2年前にニュースで見た。秋本翔太だ。

もう一枚は最近の物。


古い方に写ってる女性が少し大人っぽく…でもやつれた感じ。

なんだかその違いがショウの彼女さん、ちあきさんにとっての2年間のつらさを物語ってる

みたいで、切ない気持ちになった。


私は即自分の写真と共に待ち合わせ時間と場所を了承するメールを返した。

自分でも…ヤバい事してるのかなって思ってたけど、もう私だって2年前の私じゃない。


翌朝…あれから私以外は全員リビングで色々相談してたみたいで、たぶんフロウちゃんがかけてまわったんだろうな、そのまま毛布かぶって撃沈してる。


当のフロウちゃんは唯一いつものように朝食を作ってた。


「フロウちゃんは…あれから寝たの?」

食卓につくのは私だけ。

それでもいつも通り食事を出してくれるフロウちゃんに聞くと、フロウちゃんは苦笑した。


「まあ…あとでお昼寝できるので」

「私一人のために起きてなくてよかったのに…」

「ん~誰か起きてくるかもしれないので。

その時に朝ご飯ちゃんと食べさせてあげたいじゃないですか」


フロウちゃん…プロだっ。


「美味しかった~ごちそうさまっ」

ご飯食べ終わって8半時。

いつもならここでダラダラネットサーフィンなんだけど、今日はいったん家に戻ってそれから待ち合わせ場所に向かわないと…。


「フロウちゃん、私ちょっと家から取ってきたい物があるから、いったん自宅戻るから。」

嘘はついてない。

私はフロウちゃんに言って、みんなが起きだす前にと、ちゃっちゃとフロウちゃん家をでた。



高級住宅街をかけぬけて電車に飛び乗って30分。

久々の自宅。

自分で鍵を開けて自分の部屋に飛び込む。

そして押し入れの奥、大事に保存していた冊子を取り出した。


2年前…コウがくれたアゾットの日記のコピー。

それを鞄に放り込むと、また自宅を出て電車。


そう言えば…2年前になりすましメールで呼び出されたのも吉祥寺だったっけ…。

私は電車を降りて時間を確認。10時ちょっと前。

地下に降りて待ち合わせの店へ。

ちあきさんはもう来てた。

私に気付くと立ち上がってお辞儀をする。



「昨日は…メールありがとうございます。」


体格は私と同じくらいかな。

特にたくましいわけでもなくて、どちらかというと細身。

私もお辞儀を返すと、にっこり微笑んで椅子に座り直した。


「あのっ!」


まずはっきりしておかないと…。

ミルクティを注文して店員さんが行ってしまうと、私はもう一度ガタっと立ち上がった。


「ごめんなさいっ!私ちあきさんに嘘ついてましたっ!」

そのまま90度頭を下げる。


「あ…あの??」

さすがに突然で動揺するちあきさん。


「でも本当にちあきさんに害を及ぼそうとかじゃなくて…とある物を見て頂いて本当の事を

知って頂きたかったんですっ!」

一瞬無言のちあきさん。頭をさげてる私にはその表情はうかがえない。


でもすぐとても優しい穏やかな声で

「とりあえず…頭をあげてかけて下さい。お話を伺います」

と言ってくれた。

その言葉に私はまた椅子に座り直す。


「もし…本当に私を陥れるつもりなら…嘘ついてるとか打ち明ける必要はありませんものね」

すごくすごく優しい声。

本当に普通に優しい彼女さんだったんだろうな…。


「で?嘘って?」

うながされて私は打ち明けた。


「はい…私は早川梓さんじゃなくて…佐々木葵って言います。

2年前のゲームの参加者アオイです」

私の言葉に、ちあきさんはさすがに驚いた顔を見せる。


「とりあえず…今日見て頂きたかったのはこれです」

私はそれに構わずバッグの中から例の冊子をだした。

そのままちあきさんに差し出す。


「これは…早川梓さんの弟さん、ゲーム内でアゾットというキャラを使ってた早川和樹さんの日記のコピーです」

ちあきさんは

「…拝見します…」

と、その日記を受け取って黙って目を通し始めた。


「…これは……」

読み進めていくうち顔色が変わって行く。

最終的に全部に目を通して冊子を閉じたちあきさんに、私は

「これが真実です」

と言った。


「たぶん…ちあきさんが酒井から聞かされた話と違ってて驚かれてるんだと思いますが…」

私の言葉にちあきさんは本当に驚いた様に

「どうして酒井さんの事を?」

と私を見た。


コウの予想してた通りだったんだ…。

私はエドガーの弟が同じように酒井に騙されて生前兄と親しかったユートに忠告を送って来てそれを知った事、現在の三葉商事の状況、日記に書かれてる以降の状況…私がイヴにおびき出されて殺されかけた事とかそれをユートやコウが助けてくれた事や、コウが三葉商事のやり方に激怒して跡取りの話を蹴った事、その後どうしてコウが再度三葉商事のゲームに関わらざるを得なくなったかなど、全て話した。


「信じてもらえるかどうかわからないけど…本当にこれが私の知りうる限りの真実です。

コウは…基本スペックものすごく高いけど馬鹿みたいに人が良くて…仲間だけじゃなくて、酒井と接触を持ってしまったエドガーの弟君の事もちあきさんの事もすごく心配してました。

だからなるべく二人の安全を確保しつつ事態を納めたいって方向でずっと考えてます。

二人の安全が図れるなら別に自分が誤解されてるのは放置でも良いってことだったんですけど私がそれが嫌で今コウに内緒で勝手に動いちゃってます。…帰ったら超激怒でしょうけど」


私の言葉にちあきさんは笑い出した。

そして手で顔を覆う。


「何…やってたんでしょうね…私…」

指の間から涙がこぼれ落ちた。


「信じて…もらえるんですか?」

2年間信じ続けた事と正反対の事をあっさり肯定するようなちあきさんの言葉に私が聞くと

「信じるしか…ないでしょう?証拠も状況も…本当にその通りなんですもの…」

とちあきさんはつぶやいた。


「刺したのが私ってわかってるなら、なおさらアオイちゃんには危険を犯してまで私に会いにくる理由なんてないでしょうし…」

そこまで言って少し間を置き、ちあきさんは小さくつぶやく。


「すごく…勇気を出してきてくれたのよね、アオイちゃん。

犯罪者と二人きりで対峙するなんて女の子にはすごく怖い事だったでしょう?」


思わぬ言葉に私はびっくりした。

ここで私への気遣いって…本来は本当に細やかな優しい人なんだろうな。


「ごめんね…本当にごめんなさい。」

ちあきさんはそのまままた泣き崩れた。



「このまま酒井と接触持ってるとちあきさん下手すると口封じに酒井に殺されるかもってコウがとても心配してます。その意味でも自首して下さい。」

少しちあきさんが落ち着いて来たところで私が言うと、ちあきさんは

「ありがとう」

と少し微笑んだ。




ちあきさんと分かれて店を出たところで切っていた携帯の電源をいれると、さっそく着メロが鳴り響く。

ユートだ。


「アオイっ!今どこっ?!」

「ん~吉祥寺♪これからチョコクロ買って帰るね~」

とりあえずそう言うと、携帯の向こうからユートのため息。


「頼むよ…また変な事に巻き込まれたのかと思ってすごい心配した。」


あはは…確かに今までは何度となく…だったからねぇ。


「ごめんね~。急に食べたくなったっ」

「もう…さ、いいよ、これからは俺に言って?買ってくるからさ」

どうやら後ろにコウ達もいるらしく、ユートが説明してる声が聞こえる。


「アオイ~!お前は馬鹿か~!!!!」

いきなりユートの電話からまいどおなじみコウの怒声。

これ…ホントの事ばれたらこんなんじゃすまないかも…。


フロウちゃん家に戻った私には当然ながらコウのカミナリ。

久々だなぁ~これ。

ガミガミガミガミ……ず~~っと廊下に正座。


「あ、ミニワンのチョコクロ~♪

吉祥寺三越潰れてジョアンのが買えなくなっちゃったのは残念ですけどここのも好きですよ~♪

お茶いれますね♪」


2階の掃除を終えて下に降りて来たフロウちゃんが正座する私の横に放置してあった袋を手に取ってピョンピョン飛び跳ねた。


「コウさんもアオイちゃんもそんな所で何してるんです?」

もう見てわかんないのかな、この人は…

「何って…怒られてるんだけど…」

「え~っと、それってお茶より大事です?」

上目遣いに聞くフロウちゃんの問いにコウは脱力した。


「たぶん…姫のティータイムよりは大事じゃないのかもな…」

「じゃ、切り上げてお茶にしましょう♪」

助かったっ。


そしてみんなでティータイム。


今日はカイ君もランス君も仕事休みで、みんなでゆっくり寝てたところにいきなり私が家戻るって言ったままなかなか戻って来ないんで大騒ぎだったらしい。


それでまたちょっとチクチクとコウに怒られ始めてると、それをフォローするように

「でも、いつも食えないユートがあんなに焦ってるの初めてみたよっ」

と、ユキ君は楽しそうに話題をそらせてくれる。


一瞬言葉につまるユート。

コウはティーカップを片手にあきれたように言った。

「そりゃ…焦るだろうな、アオイは前科ありすぎだから…」


まあ…否定はしませんが…。


「ま、こういう時期だしねぇ。…アオイって無防備だから。

ま、そこがアオイのいいところなんだけど」


ユートの言葉にユキ君にやにや

「いいところじゃなくて可愛いとこでしょっ。

あ~やだねっノロケ男はっ。」

と笑った。


「ひがまない、ひがまない」

それにユートが返して、そのまま二人じゃれあう。


そうしてしばらく雑談をして色々落ち着いた頃、

「ま、アオイの無事確認ってことで…ようやく今日の予定に移れるな。」

と、コウが始めた。


「まず今晩俺が念のためユキ連れて自分のマンション戻ってそこからゲームにインしてそれをユキがショウ彼女に流しておびきだしだな。

話きいてもらうために多少手荒な真似はこの際しかたない。」


「あ、その事だけど…」

私は手をあげた。


「実は…」

と、昨日から今日の出来事について話す。

話し終わると何故かコウ顔面蒼白。


「この馬鹿が…」

「いや、だって…人多い場所で人多い時間だったし…」

って2年前に言った様な言い訳をまた言ってみたけど、今回もまた私何かやっちゃったらしい。


「そういう意味じゃないっ!」

と、ものすごい勢いで怒鳴りつけられた。


「そいつが自首するまでつきあったのか?!つきあってないよなっ?!!!」

「う…うん。でも良い人だったし…いきなり雲隠れとかもないと思う…」

「あ~もうお前を放置した俺が馬鹿だったっ!!香坂ちあき殺されるぞっ!!!」

「え???」

聞き返す私を無視でコウはいきなり自分の携帯を取ってどこかに電話する。


「俺だっ。酒井今会社いるかっ?!いないっ?!居場所は?!!連絡取れないのかっ?!!」

たぶん…相手は三葉商事の社長?

「いそうな場所わからないか?!ああ、行ってみる!」

コウは携帯を切ると全員を見回して考え込む。

そして口を開いた。


「姫と…アオイ、ユート、あと念のためランス、家に残っておけ。

はっきり言って非常事態でぜんっぜん余裕ないっ!絶対に暴走すんなよっ!

特に姫とアオイ!

ユートとランスは絶対に二人から目を離すなっ!」


「じゃ、5分待って下さい。支度してきます」

いきなりフロウちゃんが立ち上がった。

「支度?」

コウが少し眉をよせると、フロウちゃんはにっこり

「クリーニングしておいたフォーマル。

三葉商事の専務の出入りするようなフォーマルな場所だと平服じゃ入れないから。

最終的にそういう所に入らないといけなくなる可能性もあるかもですし。」


お嬢様ならではの気遣いだな~って感心してると、

「……姫…」

と、コウが一歩フロウちゃんの方へと歩を進めた。

「はい?」

と見上げるフロウちゃん。

「お前…気がきくな。助かる」

コウが軽くフロウちゃんの頭を自分の胸元に一瞬引き寄せた。


「じゃ、待ってて下さいね。」

と、フロウちゃんはパタパタと2階へ上がって行く。



「その間に…いきなり非常事態な理由説明してもらっていい?」

フロウちゃんを見送ってユートがコウを振り返った。

「俺留守番なのはいいけど…気になるには気になる。」

ユートの言葉にコウはもっともだな、と了承する。


「ショウ彼女は復讐のために俺刺しにきた女なわけだ。

で、刺すべき相手は俺じゃなかった、しかもその相手に騙されてたとわかったら…どこ向かうと思う?」


あ……


「保身のために自首するような女なら最初から敵討ちにきたりせん」


そっか……どうしよう……


「わ、私も行くっ!ちあきさんに何かあったら私のせいだもんっ!!」

どうしよう、ホントにどうしようっ!!

オロオロする私にコウはきっぱりと言い放った。


「足引っ張らないのが一番の貢献だ。大人しく留守番してろ」

「そ、そうかもしれないけどさっ」

「はっきり言ってお前の面倒まで見る余裕ないっ」

「でも行けば何かできることが…」

「ないっ!!」

コウに言い切られた。


もう自分でもショックなのか動揺してるのか後悔のせいなのかよくわかんないけど、涙が止まらない。

そうして泣いてるうちにコウのお着替えセットを詰めた鞄を手にフロウちゃんが降りてくる。


「間に合うかわからんが…間に合わせないとな…。」

コウは厳しい顔でつぶやいた。

それから俯いていた顔をフロウちゃんに向けた。


「姫…例の頼む。」

フロウちゃんはその言葉に鞄をカイ君に渡すとにっこりコウを見上げる。


「コウさん、悪い人を捕まえてちあきさんを救って下さい。でないと…」


右手の小指を立てていつもの台詞。

そして天使の笑顔。


「針千本です♪」


コウはそのフロウちゃんの小指に自分の小指を軽く絡めると

「サンキュ、じゃ、行ってくる」

と言って名残惜しそうに指を放す。


「じゃ、姫様行ってくるね~」

「同じく2号出動してきまっす」

カイ君とユキ君もそれぞれ言って駐車場へ向かった。




そして残される4人。

「えと…で?なんでアオイちゃん泣いてるんです?

何か悲しい事でもありました?」

フロウちゃんが絨毯の上にへたったまま号泣してる私の横に座り込んだ。

そこで涙で言葉のでない私の代わりにユートが説明をしてくれる。


私とコウのやり取りを一部始終再現してくれたユートの話が終わると、フロウちゃんは

「で?結局どうしたいんです?アオイちゃん」

と首をかしげた。


フロウちゃんは…なんていうか不思議な子だと思う。

なんでわかりきってる事聞くんだろう。


そんな事を思ってると、フロウちゃんはきっぱり

「理解してると思っても…実は自分の思い込みで相手の考えと違ってたとかよくある事ですよね。

本当に正確なところは言わないとわかりません。」

と、まるで私の思ってる事を読み取ったような事を言う。


「で?アオイちゃんはどうしたいんです?」

その上でフロウちゃんはまた質問を繰り返した。


「あのね…ちあきさんを止めに行きたいの。」

私が鼻をすすりながら言うのに、

「姫~やめてね。今回は非常事態だし危ないし…俺ら行ったらマジ、コウ達の邪魔になるから」

と、ユートが慌てて止める。


「ですよっ、姫様、マジだめっ!」

ランス君も慌てて言った。


「ユートさん…友情も大切ですけど…最終的に看取ってくれるのは愛情を交わした相手ですよ?」

うああ~~~フロウちゃん、言う事がすごい…。


「で、でもさ、コウ達どこ行くかも聞いてないから無理っ、ねっ」

ユートが慌てて手を横にふる。


「まあ…コウさんが面倒みる余裕ないなら他を動かせばいいんですよね…」

フロウちゃんはしごく冷静な口調でそう言うと、自分の携帯でどこかに電話をかけた。

止めるに止められず息を飲んで見守るユートとランス君。

電話を誰かに取り次いでもらっている模様…


「もしもし、お久しぶりです。ええ、元気にしております。はい、ぜひそのうち。

申し訳ありませんが少々急いでおりますので本題なんですが、折り入ってお願いがあるんですけど…ええ、ちょっとお名前をお貸し頂ければ…」


誰に…何のためにお名前借りるんでしょう……怖すぎて聞けない。


「ね…姫様どちらにかけてるん?」

ボソボソっとランス君がユートに聞くが、当然ユートにわかるはずもない。


「えっと…アポ取って頂きたいんです♪

葉山総一郎さんです、はい、その葉山総一郎さん♪ありがとうございます♪

あ、でも優波がお願いした事は父には内緒にして下さいね♪怒られちゃうので。はい♪失礼します♪」


葉山総一郎って…誰だっけ……そもそも誰にかけてたんだろう…。


「ね、姫、どなたに電話?」

好奇心を抑えきれずに聞くユートにフロウちゃんはにっこり

「S銀行の頭取♪」


うあ…S銀行と言えば…日本有数の大銀行じゃありませんか…。


「その頭取さんとなんか仲良し?」

私は思わず聞いた。

ただの取引先にしては随分とフレンドリーだった気が…。


「えっとね、母方の祖父です♪」

「まじすかっ!」

ランス君が目をむいた。


「はい♪と言っても…父は祖父に頼ったりするのすごく嫌うので…。

経済的にとか人脈とか全く頼った事ないんですけどね。会うのも1年に1回くらいですし。

でもまあ…今回は他ならぬアオイちゃんのお願いなので内緒で♪」


「姫様ん家って…お父様もお母様もお金持ちの家だったのね…」

しみじみ言うランス君。

だけどフロウちゃんはそれをあっさり否定。


「いえ、母はそうですけど父の実家は普通のサラリーマン家庭ですよ?

父は学生時代に起業して今に至るみたいですけど…」


うあ…この生活って貴仁さん一代で築いたんだ~、さすがにコウをしてすごい人と言わせるだけあるな~。


そのうちハイヤーがお迎えにくる。


「お迎えにあがりました。アポイントも取ってございます。」

黒服の男性がフロウちゃんにうやうやしくお辞儀をして車のドアを開けた。

フロウちゃんは男性にお礼を言って乗り込むと、私達も中に促す。


もう…ランス君もユートも止めるの忘れてる…てか断れないよ、これ。

私達4人を乗せて走り出した車。


行き着いた先は……三葉商事本社ビル?!!

正面玄関の前に車をつけると、やはり黒服の男性がドアを開けてくれて外に出た。


「ここで結構ですので、頭取によろしくお伝え下さい」

と中に同行しようとする男性を断ってフロウちゃんはビルの中に入って行った。

もちろん私達も慌てて跡を追う。


受付でフロウちゃんが名前を言うと、しばらくして案内役らしき男性が中から出てくる。

「S銀行の一条様ですね?葉月がお待ちしております、こちらへ」

との言葉でうながされるまま、私達4人はビルの奥へと足を踏み入れた。


今更だけど思い出した…葉山総一郎って三葉商事の社長の名前じゃん。


「葉山が参りますので、こちらでお待ち下さい」

ご立派な応接室に通されて落ち着かない私達3人と、妙に堂に入ったフロウちゃん。

お育ちの差だね。



やがてドアがあき、2年ぶりに見る葉山総一郎氏。

フロウちゃんはスッと立ち上がって

「お忙しい中お時間を取って頂いてありがとうございます」

と一礼し、私達もあわててそれに倣う。

社長はそれにうなづくと、私達に再度座を進めた。


「S銀行の方と聞いていたが…君達だったかね」

一応…あれだけの事があったためか、私達の顔は覚えていたらしい。

言って私達の顔を見回した。

そして

「それで…どういう用件かね?」

と聞く。


どういう用件と聞かれても実は私達もわかってなかったり…。

3人揃ってフロウちゃんを伺う。


「さきほど碓井が酒井さんの居場所を電話で尋ねたと思うのですが、その際教えられた場所を教えて頂けたらと思いまして」

フロウちゃん…もしかしてそれだけのためにここまで?

社長は少し考えて、それで?と口を開いた。


「教えたら…どうするつもりかね?」

「もちろん、そちらに向かうつもりです、こちらのアオイさんとユートさんが」

にこやかに答えるフロウちゃん。


ってか自分はいかないのかっ。


「え~っと…君は行かないのかね?」

社長も当然同じ事思うよな…聞いて来るのにもきっぱり

「いきません♪」

とフロウちゃんは断言。


「食事作らないとですし」


って…どんだけ……

みんなぽか~ん。


「というわけで教えて頂けないでしょうか?」

フロウちゃんの言葉に社長は笑った。


「なんだか君は…死んだうちの家内に似てるな。きっと良い奥方になる」

フロウちゃんに似た奥様……優香さん合わせて3人もフロウちゃんみたいな人がっ?!

世の中怖すぎだっ!


その言葉にフロウちゃんはありがとうございます、と礼を言ったあと、でも、と続けた。


「社長さんは碓井にはぜんっぜん似てません」

「そうかね?」

フロウちゃんの言葉に社長は興味を惹かれたらしい。

少し身を乗り出して聞いて来た。


「碓井なら…配下の方の不始末をのんびり見物してませんから」


うあ……

三葉商事なんて大企業のトップ相手ににこやかに嫌み言い放ったよ、この子。

恐ろしい子っ!

青くなって顔を見合わせる私達3人。

シンとする室内。

目を丸くする社長。

次の瞬間吹き出した。


「いやいや、もう本当に大丈夫らしいな、彼も。」

社長は笑いながら言って、私、ユート、そして最後にランス君に目を向ける。


「その配下もどうやら無事に主の元にたどりついたらしいしな。そろそろ頃合いだ」

じ~っと凝視されて、ランス君は自分を指差した。


「驚いてるようだが…側近候補を選んだのは私だからな。

白い家に出入りしてたお前達3人の事は当然その後も観察は続けさせてもらっていた。」


そう…だったんだ~。


「でも…たくさんいたんですよね?側近候補って。

その一人一人をチェックしてたんですか?」

ユートが隣できくと、社長はなんともあっさりと

「あ~、他にもいるという話、あれは嘘だ」

とのたまわった。


ええー?!


「この会社を中枢で動かして行くのにふさわしい人材なんてそうそういるはずがなかろう?

高い知能と身体能力、そして強い信念。

No2にはトップと同様にそれが必要だ。

さらに絶対的な忠誠心を持つにはトップの他には余分なものがあっては困る。

だから孤児を選び、あえて他にもライバルがいると言う事で過酷な環境に追い込み、学歴を含む個人の財産を作る暇も与えない事にした。」


うあ……


「そしてそのために自らその選出に加わり、吟味に吟味をして選出したのが東山雪人だ。」

東山雪人というのはユキ君の本名らしい。


「そうして育てたNo2だが肝心のトップとの関係が悪いと意味がないからな。

少しずつ碓井頼光との距離を近くさせ、最終的に成人する2年後をめどに完全な主従関係を作らせるつもりだったんだが…思いのほか早く馴染んだようだな。」


全部…しくまれてたのか……。

なんだかモヤモヤ。

この人は他人をなんだと思ってるんだろう。


「こういうあこぎなジジイに会社を任せておきたくなかろう?

君からも彼を説得してくれたまえ、アオイ君。」


げ……社長は私に視線を移して自分を指差した。

私が…怒るのも想定の範囲内ですか…。

焦る私の様子をまた楽しげに観察してくれたあと、社長は少し遠くをみるように宙に視線を移す。


「側近候補というのは…何も今回だけの試みではない。

私の時にもやはりあったものだ」


「酒井…さんですか?」

私の問いに社長はうなづいた。


「最もあれは別に一般からみつけたものでもなく、江戸時代から番頭として仕えてた家の者だがな。

それでも私がこの会社を継いだ時は二人とも若く、野心と同時に信念もあった。

それがだんだん薄れて歯車が合わなくなってきて…最終的に奴は完全に私から離れて一人転がりだした。

結果…会社はひどく脆く大きくなった。

私達の失敗から私はあえて家柄に関係なく自分の意志でトップに仕える側近を作ろうと考えたのだ。

そして…さらにトップとNo2の歯車がずれ始めた時に潤滑油となる人材を2名ほど。」


それが…カイ君とランス君って事か…


「私と酒井の時代の終焉は、すなわち新しい時代の始まりだ。

その幕引きは私ではなく、新しい世代にさせたい。

ま、ジジイの最後の我が儘だと思って欲しい、一条君」

社長はそう言ってフロウちゃんにニコっと笑ってみせた。


なんていうか…2年前も思ったんだけど最終的に憎めないんだよな、このジイちゃん。


「ま、色々仕込みはすませたんで行ってもやる事はないとは思うが、歴史の見送りは多い方がいいな。

送るだけは送ってやろう。」

言ってジイちゃん…じゃなくて社長は電話を手に取った。



フロウちゃんは断固として家に帰る事を主張したので、フロウちゃんとその護衛としてランス君は三葉商事の車で送ってもらって自宅に帰り、私とユートは例によってご立派な車で酒井個人の資産だという箱根の別荘に向かう。




「何…これ…」

私達がついた時にはすでにすごい事になってた。


目の前で炎上する建物。

人だかり…というほどではないけど、数人の大人。


なんでこの人達カメラ回してるの??

その中心にいるのはちあきさん。


「ちあきさんっ!」

私は車から飛び降りるとカメラと彼女の間に割って入った。

その私をさらにカメラから遮るようにユートが立ちはだかる。


「どうなってるんですか?!コウ達は?!」

「アオイちゃん…どうして…?」

「三葉商事に乗り込んで場所聞き出しましたっ!それよりこれはいったい?」

私の言葉にちあきさんは私を見上げた。


「私が…呼んだの。どうしても三葉商事がやってきた事を公にしたくて…。

あれから知り合いのつてを辿ってマスコミ関係に声かけまくって、信じてくれる所探してね…。

ようやく一社雑誌社にきてもらえて…隠しマイクを身につけて酒井に接触して、証言引き出そうとして…」

「殺されかけたり?」

私が聞くと、ちあきさんはうんうんと苦笑した。


「死ぬのなんて全然怖くないって思ってたんだけど…いざそうなってみると怖いものなのね。」

「そこで…まだそれが怖いって思ってくれてて良かったです…」

なんだかホッとしたせいか涙が止まらない。ちあきさんが無事で良かった。

しゃくりをあげる私をちあきさんが抱きしめてくれる。


「優しいなぁ、アオイちゃん。心配してくれてたのね。ごめんね」

ちあきさんも泣いてた。


「んで…この状況は?」

そんな私達にちょっと遠慮がちにユートが建物に目をやってきいてくる。


「…あ……」

ちあきさんもそこで建物に目を向けた。


「逃げるためにライターで雑誌に火をつけたら、あちこちに燃えひろがっちゃって…」


うあああ……ちあきさんなんてことをっ!


「よく…無事外に出られましたね……」

あきれたユートのため息がふってくる。


まあ…そうだよね…一番炎の中心にいたはずだし…って思ってたらちあきさんはあっさりと

「ええ。もう駄目かと思ったわ。でもね、そこで勇者様が登場して…」


………


「悔しいけど格好良かったわ。」

脱力するユート。



「お前ら、ざけんなっ!!手伝え!!!」


そこでまたアクション映画さながらに誰かを抱えて建物から出て来たコウ。

カメラを回してる人達に向かって叫ぶが、


「えと…俺ら取材で…そもそも火ん中入るなんて無理です」

と彼らはきっぱり。

そこでまた怒鳴りかけて、コウはようやく私達に気付いた。


「とりあえずカイ!こいつも確保っ!ユートも見張り手伝え!

アオイは怪我人の応急手当。車のトランクに救急箱入ってる」

コウは抱えてた老人をカイ君が見張ってたらしき二人の男の隣に降ろすと、そう言って携帯を取った。


「ユキ。酒井確保した。たぶんこれで全部だからもういい。撤収。」


コウの言葉に

「コウ、ごめ~ん。俺リタイアっ」

と、電話の向こうでユキ君の笑い声。


「ああ?」

眉をひそめるコウ。


「足くじいちゃったっ。もうマジ勘弁っ。」

ケラケラ笑い続けるユキ君にコウは例によってため息。


そこで

「…守って…あげたくなった?」

と、さらに笑いながら例の台詞を言うユキ君。


冗談言ってる場合じゃないんだけど…。


コウは大きく息を吸い込んで

「ふざけんなっ!!殴りに行ってやるから場所教えろっ!!」

と電話に向かってどなりつけた。


「いや、マジ無理っ。頭無事なら世の中機能するから手足は放置でっ」


え……

そのユキ君の言葉で、ようやく事態の深刻さを理解するって…私やっぱり馬鹿…。

ユートもカイ君もとっくに顔面蒼白になってたわけで…


「ざけんなっ!手足もげたら充分痛いっ!さっさと場所教えろ!!」

「いやまじで…」

「だ~か~ら~!俺の手足だったら勝手にもげんなっ!根性でぶら下がれっ!!」


怒鳴ってコウは

「ユート!とりあえずこれそこの水道で水につけろ!」

と、かぶってた布切れをユートに投げてよこし、ユートが慌ててそれを受け取って水道に走る。

あ~あ…高級そうなフォーマルの成れの果てなのか、あれ。


「マジだめっ!俺場所なんて教えないよっ?カイも部下なら止めろよっ?!」

電話の向こうでユキ君の焦る声。迷って戸惑うカイ君。


「使い捨てるための部下なんぞ要らん!

斬り捨てられるほど根性のない部下も要らん!

足使えなくてもはいつくばってでもすがり付く根性見せろ!

そしたら俺は意地でも引きずって行ってやるっ!」


「もう…嫌だなぁ、これだから脳筋は…カイ、姫様に電話しちゃいなさいっ。」

ユキ君の苦笑まじりの言葉。


その言葉にコウは

「甘いな。姫だったらこう言うぞ」

と言って、そこで一瞬言葉を切る。


そして

「一緒に戻ってこなかったら針千本ですよ?」

私とユートが例の言葉を言うと笑ってうなづいた。




「んじゃ、もうひとっ走りしてくるっ」

コウはユートからびしょびしょのフォーマルを受け取ると、それをかぶってまた炎の中に戻って行った。


「俺も行きマッス!」

何故かカメラ小僧の一人がそれに続く。


なんなんだ?


結局…一部木造だった事が幸いしたんだね…、壁蹴破ってなんて非常識な方法ででてきたよ、この人達。

たぶん…先に道を切り開いて進んだコウの後ろにはユキ君背負った謎のカメラ小僧。

3人が出て来た頃ようやくパトカーやら消防車やら救急車やらが到着。

その騒ぎにまぎれるように消えていた。


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