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第1章 

新連載です。よろしくお願いします。色々と考えていますが、とりあえず出来るかわかりません。長さも考えておりません中篇くらいで終わりたいです。がんばります。

 雨が降っている。静かに全てのものに降り注いでいる。友永は雨粒が地上に落ちて、地上の流れと溶け合ってしまうのを見ていた。それは湿り気を含んだ匂い、とても、ありふれた、しかし、心のどこかが落ちつかせる。

 アタッシュケースを右手に持つと、何の感情も無く、タラップを降りて、地面に下りた。硬くは無い、グニャとしているわけでもない、不思議な感触だ。

 友永は仕事でこの街にやってきた。

 科学の力でコントロールされるところの、重力推進装置に揺られて、この街にやってきた。

 

 友永は昨日の晩、ライトパターソンを発ち、この白鳥のような船に揺られて、激務から疲れから、すぐに眠り、まどろみの中で、夢を見た。邯鄲の夢と時間の無くなる夢と見た。それは甘美で、奇妙な夢だった。友永は産まれてから今までの時間をいっぺんに経験したような、疲れと頭の痺れ、脳髄の中に自我をはっきりと感じた。おかしな感覚だった。

 そして、今、友永はタイタンにいる木星の衛星、水星よりも大きな星にいる。

 振り返ると白鳥の宇宙船がある。羽を開きかけた状態で、首を上向きに立てている。船体は磨かれたステンレスのごとき照り返しと、官能的な滑らかさで、硬さを感触として伝えてきている。近寄ってみると、濡れた金属の上に水の玉が出来ては、鏡面を滑り落ちていく。友永は面白く、歯を出して笑ってみた。良く日焼けした壮年の顔が映る。


 真っ黒な厚手のクラシックな傘、わざわざ仕立ててもらったものだ。それを天に向けて開き、ゆったりと歩き始める。心の中は仕事のこと、機械仕掛けのオレンジを握っているようだ。真っ黒な上下のスーツに黒いコート、真っ黒な帽子に、真っ黒な革靴、ここにはこの格好で来る必要があるのだ。昔のギャングが殺し屋のようないでたちだ。

 薄い唇で少し自嘲気味に笑ってみる。自分の中の毒を確認しようとするのである。「全く下らない」と毒ついて強がってみる。それから肩をすくめてみた。それから、自分はずいぶん疲れているのだなと思った。

 コンクリート敷きを歩いて、目の前の建物に入る。古びたゴシック建築の、三階建ての屋上には「ようこそタイタン星美泥が池へ」と苔で汚れた看板あった。

 友永は懐からパスポートを出して、簡素な手続きをして、そこを出る。行政府の招きできているから、手続きは早かった。


 ***


 宇宙港を出ると、そこは花の匂いに満ちていた。百合の花の匂いに似た香りだ。見るとあたり一面に、巨大な柳のような木が植えてある。先が見えない、くらい密植という感じである。 友永は花のひとつを手にとってかいでみる、百合の香と甘酸っぱい香りの混じった、あまりに強烈な眩暈がしてくる。

 枝枝には大きな百合に似た純白の花が満開と言えるくらい咲き誇っている。立ち止まっていると、腐臭のような匂いもする。それもそうだ、花は結実し、鳩の血液のような真っ赤な実が熟し、それが枝についたまま腐っているのだ。怠惰と死と豊穣などという言葉が浮かぶ。友永は奇妙に躍る心を押さえながら、それに見惚れた。

 すると濃緑の葉が、真っ赤な傘に持ち上げ分けられ、友永の前に突如として現れ、立ち止まった。また、別の香気がした、足元には鮮やかな朱色の長靴が見えた。傘がこちらに持ち上げられて、女が現れた薄い白に近いくらいのドレスを着ていた。刺繍やレエスがふんだんでまるで昔の西欧のような出で立ちだった。


 友永よりも背は低く、若い女だった。少女とはいえないが、黒い髪が長く、唇は少し厚く、南洋的であったが、肌の色は白かった。女は私に気がつき、女は心底驚いたと言う目をしていた。目は漆黒で黒目がちで、驚くほど深かった。女はさっと視線をずらすと、動揺したのか右に左に抜けようとして、無理に抜けようとして、木に傘があたりよろめいた。友永はとっさに女の手を引いて、それを助けてやった。

 視線が交錯して、友永は動揺した感情を認めて、女の手を解くと、急ぎ落とした傘を拾い、跳ね除け、逃げるように立ち去った。友永は息を吐くとアタッシュケースを持ち替え、女の去った方向を見た。

 鈍い光に気がつく、足元には輝く銀色のものが落ちていた。友永が手に取ると、それは懐中時計だった。今さっき女の落としたものだろうか、友永はそれを拾い、女が戻ってくるかもしれないとしばし待ってみるが、戻ってこなかった。時計は壊れているのか停まっている。友永は手で拭うと上着のポケットに収めた。


 ***


 木々を抜けると、ささやかなロータリーがあり、何台かの型遅れの電気自動車が並んでいる。

 その先は大きめの通りがあり、ゴシックの建物が両側に整然と並んでいるのが見てとれた。通りを歩くと、ゴシックの建物には百合を題材としたメダリオンと装飾が賑やかに施されている。

 ゴシックが街に不思議な統一感と暗さをもたらしている。友永は昔旅した東欧のどこかの街かと思うが、降りしきる暖かな雨と、巨大な芭蕉、先ほどの百合を咲かせる柳のような大木と、これまた、仏蘭西の支配を受けたサイゴンのような風景でもある。

 ゆったりと歩いて、突き当りのホテルに入った。これからしばらくの宿である。


 ***


 まるで昔の貴族のような扱いを受ける。フロントで手続きを済ませ、ボーイから意味も無く、慇懃、丁重で、格式ばった所作で、持ち上げられ、友永は連れまわされるように、案内される。地球の都市の簡素で合理的な扱いとはまるで逆だ。

 無口なボーイから、部屋へと案内してくれたメイドはレーニと言った。年若く、少しやせていたが快活だった。色黒で小さな顔に大きな目がぱっちりで、少女みたいな感じだが、胸が大きく、首周りの肌がしっとりしていて、どこか奔放で自堕落な感じがした。友永はこういう女は誘いにのるだろうと思った。今はその気は全くなかったが。

 友永はレーニに少しばかりのチップを払い、ホテルの周りや、名物について話してもらった。

 ホテルの名は、ホテルフロッグという名前である。レーニに尋ねるとオーナーが好きだったから、カエルホテルになったのだ。タイタンではそれなりに有名なチェーンだそうだ。

 名物についても聞く。レーニはなんたってタイタン名物はスパニッシュオムレツとクリームパスタだと胸をそって言い張った。それを聞くと、もっとらしいものを期待した友永はがっかりした。そういうものはどこでも食べられて名物とは言わない。

 ただ、このようなテラフォーミングを受けて出来た星は大した文化は無い。なので、地球の過去の文化をある時点で切り取って、それをローカルなカルチャーにしていることが多いのだ。


 エレベータで上がり、長い廊下を歩く、両側は鈴蘭をかたどったランプシェードが薄暗い光をはなっているだけで、暗かった。

 話も途切れ、少しばかり沈黙が続いていたが、先を行くレーニが振り返ると「裏手の運河の家舟えぶねには近づかないでください」と言った。

「家舟?なんだそれは?」友永ははじめて聞くその単語を聞き返した。

「部屋に着けばすぐにわかります」

 迷路のようにあちこちを回り、部屋に着いた。レーニは腰につけてあるリングに束ねられた真ちゅうの古臭い鍵の一つで開けると、友永をいざなった。

「感じのいい部屋だ」

 意外に広く、なんと天蓋つきのベットがあり、それに時代めいた壁紙とインテリアが新鮮に感じる。

「ありがとうございます。地球の人には懐古趣味に映るでしょう」

 レーニは部屋を説明して回り、バルコニーのある大窓を開いて友永に見せてくれた。窓から見える巨大な池?湖には無数の船が浮かんでいた。遠くは雨でけぶり、灰色のグラデーションの中におぼろげに溶けて、どこまでそれが続いているのか判別できなかった。

 あらゆる素材で作られた、粗末な船だった。一艘は十メートルもあればいいほうで、中には三メートルほどの船もあった。木造のものは上にビニールの天井が張ってあり、中にはステンレスやとたんの屋根がついているものもあった。でもそれは良い方で、粗末な朽ちかけた板をただ置いた船もあった。雑然としていて、清潔さはなく、ようするに気がめいるほど貧しい光景だった。そこに雲間からわずかな光が射し、雨が降りそそいでいた。


 船と船の間は、しっかりとロープで舫ってあり、そこここの船が一体となっていた。友永はここが船を利用して、人々が暮らしている場であることを瞬時に理解した。

 船と船がつながった生活の場はちょっと目を凝らしても、分らないほど左右へもびっしりと続き、茶色い水の水路が縦横に、まるでメイズのように延びていた。

 目を凝らすあちこちに人がいて、洗濯をしたり、老人がずぶぬれになって、釣り糸を垂れていた。

「そうか水上生活者か」

「まあ、そうもいえますね。美泥が池と言う場所です。実は私もあそこで暮らしているんです」とレーニは言うと黙った。

「うん・・・」友永はその景色をしばらく見ていた。

そして「まあ、いいところなんだろうな」友永は頷いて答えた。

「いえ、そんなこと何一つも無いですよ。汚いし、蚊も多いし」

「そんなことはないだろう」

「本当ですよ。強盗に、薬物、殺人、売春、犯罪はなんでも。それに伝染病で赤ん坊は死ぬし、水蛇という毒蛇もいます。水蛇は怖いですよ。素早いし噛まれるとたいてい死にます」

 レーニは右手で蛇が噛み付くしぐさをした。

「それは恐ろしいな。注意するよ」

「とにかく近寄らないことです。旅行者の方が面白がるようなものは何一つありませんよ」

「そういうな・・・人が暮らしているんだ。何かあるさ。それに私はこう見えてもあちこちを旅して仕事をしてきたが、生活があるところには、どんなところでも喜びと希望、人の真剣さもあるんだ。そういうことを私は感じてきたんだ。そういうふうにいう必要はないよ」


「ふっ、はははは、変な人だね。友永さんは、まあ、お客にそんな事を言うのは失礼ですけど」レーニは小ばかにするように笑った。しかし、嫌味ではない感じがそこにはあった。少し打ち解けたようだ。

「お仕事でこちらに」

「ああ、私は測量士だ」

「測量士?ここで何をするんですか?」

「さあ、それが聞かされていないんだ。でも、測量だろ。土地の計測、私はそれしか出来ない」

「そうですか、測量士ね」

「そりゃそうと、これがなんだか分るかい?」友永は思い出すと、ポケットからさっきの女が落としていった銀時計を取り出し見せた。

 レーニは頬に右手を当てると少しの間それを見ていた。

「ああっ、これはアレですね」

「分るんだな」

「見慣れたものだし、だってここにLEE・RENって名前が刻まれているよ。うん、李恋のだね。これは私と同じハイスクールの卒業記念だよ。私も実はおんなじのもっていますし」

「本人に返してあげることは出来るだろうか」

「いいけど、旦那だって忙しいんじゃない?なんなら手間賃を貰うけど、私が返してきましょうか?」


 友永は少し考えたが、仕事をする前にここらを見てみたいとも思った。

「いや、自分で行ってみたい」

「いややめておいたほうが良いよ。李恋も私と似たところに住んでいます。危ないですよ。下手したら死にますよ」

「どういうところか、自分の目で確かめたい。いやこう見えても、ちょっとは腕に自信があるんだ」

「そうはとても見えないけど、まあそこまで仰るのなら、信用の置ける、案内人を教えてあげますよ。たぶんそれなら大丈夫でしょう」

「ありがとう。お願いするよ」

「良いですよ、その代わり」

「手数料ははずむよ」

「分っているじゃない。じゃあ明日」こう言うとレーニは出て行った。


 ***


 一人になった友永はアタッシュケースをベットに下に置き、上着を脱ぎ、帽子と一緒に壁にかけ、椅子を持って座った。やはり、始終雨が降っているので、少し湿っぽい。

 壁にかけてあるテレビのスイッチを入れた。リモコンで変えてみるが、チャンネルは三しかない。国営放送、教育と文化、民放である。どれも、ニュースを細かくやっている。

 友永が驚いたのは自分の映像が出てきたことからだった。ウェーニルカンパニー社主席測量士兼惑星測量部部長佐々木友永氏タイタンへ来訪、目的は測量調査を指揮するため。

 友永が宇宙港を出て、歩いている所がどこからか写されていていて、テレビで流れている。友永はまったくどうなっているんだと思った。たぶん、そこらの監視カメラから撮られていたのだろう。笑うしかない。

 続けて、どんどん他の旅行者が紹介されていく。他には、住民の誰それに子供が出来たとか、亡くなったとか、ラーメン屋を開店させたとかそんなことばかりが紹介されていく。友永は呆れて、テレビを消した。

 それから風呂に浸かって、移動の疲れをとるためにあちこちマッサージをした。それから少しばかり寝た。そこからは微かにヘドロの匂いが漂ってきた、その中にはあの花の匂いも含まれていた。


 ***


 起き上がると時間を見た。時刻は二十時だった。疲れていたので、食堂には行かないで、ルームサービスを頼むと、レーニがやってきて、コロッケとパン、コンソメスープを置いていった。友永は夢中でそれを食べた、腹が減っていたので美味かった。

 食べ終わると、またテレビを見た。

 国営放送では映画を放送していた。サスペンスホラーで、大病院で患者が次々と何者かに殺されていく話だった。実はその犯人は、美人で有能な看護師だった。彼女は実はサイコパスの殺人鬼で、人間の生存の限界や、恐怖による支配に異常な興味があり、それを確かめたいという欲望から、次々と患者の殺害に及んでいたのだ。それをひょんなことからあやしいと思って、刑事と女医がコンビとなり追って行くというありがちな筋だった。

 殺人の場面では、看護師はターゲットと必ず寝て、快楽を与え、そのあと医療器具を使い、恐怖と苦痛を与え、じわじわと殺害に及ぶのだが、友永は患者と看護師が寝るシーンがなぜ必要か全くわからなかった。意味のあるようなないようなセックスシーンはいかにも観客の興味を惹きつけたい意図が丸出しで、エロティシズムのかけらもなかった。そもそも軽い怪我くらいは別として、元気のないはずの病人がなぜ意欲的に看護師の誘惑に乗ってしまうのか友永は疑問に思った。  


 唯一、面白かったのは看護師が昼休みに殺害の計画を練りながら、サンドウィッチを食べるところで、看護師を演じた女優が本当においしそうにそれを食べるところだった。演じている彼女が空腹なのか、サンドウィッチがおいしいのか判らなかったが、よく伝わってくる良い場面だと友永は感じた。友永はルームサービスでサンドウィッチを頼みたいと思ったほどだった。

 結局、看護師は犯行を目撃された女医を殺そうとするのだが、追ってきた刑事となぜか都合よく屋上で乱闘となり、勝手に足を滑らせて転落して死んでいった。

 ラストは女医と刑事が空き缶を着けた自動車でハネムーンに出かけるところで、見送りの人に混じって、死んだはずの看護師が無表情で二人を見ているシーンで終わった。

 思わず下を向いてため息がつきたくなるような終わりだった。つまらない、ほめようのない映画だったが、良くわからないが、なんとなく最後まで見てしまった。友永は冷蔵庫から良く冷えた缶ビールを取り出すと開けて飲んだ。

 チャンネルを変えると、民放ではタイタンガエルを使った料理の作り方をやっていた。赤と黒の縞の大きな、タイタンガエルは上質な鶏肉よりも美味いと何回も強調されていた。友永はその味を全く想像できなかったが、チキンに近い味なんだろうかと感じた。ぼんやりと、グロテスクなタイタンガエルが解体され小麦粉をまぶされ、油で揚げられるのを見ていたが、疲れからどうにも眠くなり、テレビを消して下着だけになると照明を落として横になった。


 ***


 まどろみの中、またどう言う訳か、友永は五年前の父親の葬式を思い出した。友永はその細かな部分を思い出していた。まるでさっき見た映画みたいな感じで、クリアな映像として最後の別れを思い出した。親しみを感じたことのなかった父、やせ細り、白髪だらけで骨と皮のようになっていた。友永はそれをなんの感情もなく見送った。

 そして斎場から出ると、そこは今いるタイタンだった。雨が降っていた、友永は傘を出して歩き始めると、さっきの李恋という子とすれ違った。それを友永は振り返って見ていた。赤い傘を差し、小さく遠ざかっていく李恋は道の先へと消えて行った。それを見送り、友永は意識を手放した。


ありがとうございました。


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