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シチュエーションって大事でしょ?

作者: アルカ

 

 中央の音響ツマミをゆっくりと赤い印の位置まで上げてから、私、小此木実織(おこのぎみおり)は安堵の息を吐いた。曲はちゃんと再生されているみたいで、小窓を通じて微かに聞こえてくる。

 この音響室で、あと放送係の私がしなきゃいけない事は、終了と共に曲を止める事くらい。それまでは機械が順番通りに再生してくれる。


「ねえ田村君。一応リハーサルの位置で音響調節したんだけど、大丈夫かどうかちょっとホールに顔を出して確認してきてくれる?」

「……はあ」


 隣の回転椅子に胡坐をかきながら、器用に携帯を弄っていた田村が気の抜けた返事をする。

 椅子から立ち上って音響室の扉を出て行くまでの間、彼は一度も私と目を合わせなかった。と言うより、あちこち機材や壁にぶつかりながらも、画面から一度として視線と指を外さなかった。あの中ではよっぽどの大事件が起こっているのだろう。


 新人の田村は営業が希望だったらしい。うちの業務企画部に配属になった当初から、不満を全く隠そうとしない。「営業になれると思って入社したのに」が口癖だし、営業部の社員には妙に愛想が良いし。

 やる気のない態度も私に対しては別にいい。こっちも結構適当に扱ってるから。

 でも中々成長しない彼のフォローをする先輩達に対して、軽く見るような態度を取るのは見ていて気分が悪い。うちの先輩達は気が良すぎるのだ。

 後ろからトイレ専用スリッパでスパンと指導してみたい。田村の頭ならきっと良い音が鳴りそうだと、想像して留飲を下げていたりする。

 何処でもいいから早く異動してくれないかな、が私の本音です。


 いっそ一度くらい営業に配属になればいいのに。うちの営業部はノリが体育会系だから、そんなに甘くは無いんだよ。


 ――百聞は一見に如かず。きっと今回の懇親会で目の当たりにするでしょ。




 目の前の色分けされたボタンやらツマミやらを慎重に避けながら、頬杖をついて小窓を覗く。

 ここから見渡せる多目的ホールでは、年に一度の社内全体懇親会が行われている。

 会場であるホールの二階部分、ステージの上手側に設置された音響室は、眼下の様子を見下ろすのに最適だ。木組みの壁面から隠すように設置された小窓は、こっちからはばっちり見えて、あちらからは分かり辛いという親切設計。ステージで発表会とかあると、視界の邪魔になるから。

 難点は遮音性があるので、流している曲の音量がよく分からない事。まあ、だからこそ職員の方がテープで赤い印を目盛の脇に貼ってくれている。最新鋭の音響設備だと、もっと充実した使いやすい仕様になっているのかもしれない。でも築20年近い市営多目的ホールは、ちょっぴりレトロで、私はこの手動と自動が交じり合った感じが好きだ。小学校の放送委員時代を思い出すし。


 この多目的ホールは、今では統合されて廃校になった小学校の体育館兼、講堂を再利用したものらしい。校舎は取り壊されてしまっているみたいで、区画整理された隣の敷地には、アスレチックとバーベキュー施設があるのがなんとも不思議だけれど、家族連れには結構人気だ。

 それにうちの会社も毎年懇親会で借りてる。

 お得意様過ぎて、バーベキューの焼きそば麺が一人一玉追加サービスされちゃう。多いよ。

 会社側も持ち帰り用の透明パックと輪ゴム、小振りのビニール袋をしっかり用意してる。麺の量を調整かけずに、持ち帰りにシフトする辺りがうちの会社だ。



 音響の大きさ確認に送り出した田村は、もちろん戻って来ない。うん、そんな気はしてた。


「おのれ、先輩達を蔑ろにしおって田村。この日の為に文系の先輩方がどれっだけ、作戦練っていたと思ってるの! それなのに、女子分担の放送係に逃げたりして。うちの部署、あんたが入らないと男性社員の平均年齢四十歳超えるのよ。ぎっくり腰の爆弾抱えた課長がコルセットして出場するっていうのに! 口癖にするくらい営業部が良いんなら、いっそ飛び込みで試合に参加でもしてしまえ。そして営業部から一つでもポイント取って、アピールしてみせなさいよねー」


 愚痴を一気に吐き出して視線を戻すと、月末締め業務とのブッキングで対戦前から疲労困憊な、私の所属する『業務企画部』と、

 体力ゲージ万全、この日の為に全員ジム通いともっぱらの噂の、常務率いる『営業部選抜チーム』が試合を始めるところだった。





 ――――枕投げで!





 社長はガチガチの体育会系だ。学生時代はラグビーをやっていたらしい。

 会社を興して好景気に乗り、社内の福利厚生に力を入れ始めた頃、懇親会のレクリエーションで彼が提案したのはラグビーだった。

 社会人チームを作るほど会社の規模は大きくない。青春よもう一度! そんな事を社長が思ったかどうかは分からないけれど、初年度はラグビーを実施した。

 社長はワンマンだし、まだまだ若かった。大学までフォワードを務めていた社長は、久々のラグビーに張り切り過ぎた。働き盛りの男性社員数名が病院送りとなり、社長自身も肩を脱臼した。ちなみに社長に一矢報いたのは、若かりし頃の常務だ。その常務は肋骨にヒビが入ったらしい。


 何故知っているかというと、常務の酒席での定番武勇伝だから。営業部の友人、まきのんから聞いた。武勇伝更新の為、常務は役員になった今でも古巣の営業部からレクリエーションに参加するのだ。役員枠だと社長と同チームになって、対決が出来ないから。

 ……この会社は脳筋しかいないのか。

 会社紹介には、レクリエーションに命懸けてますなんて何処にも書いてなかったよ!


 流石に怪我人続出でマズイと思ったのだろう、ラグビーは翌年から却下となった。この余波で労働組合も結成されたので、社長も渋々諦めた。労組の結成理由がおかしい。


 でもうちの社長はどこまでいっても体育会系だった。

 懇親会がスポーツ系から離れない。サッカー、野球、バレーボール、セパタクローに一輪車……一輪車?

 とにかく様々な迷走を続け――中には普通のものもあったのに――落ち着いたのが枕投げだったのだ。

 どうしてそこへと思えば、丁度社長の中で温泉ブームがきてたらしい。ならば卓球にしとけと、何故誰もツッコまなかったの……。

 でもラグビーよりはずっと良い。怪我人は、ほぼあり得ない。


 試合はトーナメント方式で、各部署から最低一チームは出さなきゃならない。人選は有志を募ってなので、強制ではないのが助かる。男女関係なく参加できるので、中には女性もいるけど、大抵は一度参加すると応援や雑務の係に回ってしまう。

 枕なんて痛くないと思ってはいけません。大人が本気で投げる枕は痛い。

 羽毛と綿はまだ良い。でもそば殻はめちゃくちゃ痛い。勿論酷い怪我は負わないけれど、そば殻の痛みは本物だ。

 だから私は、流れ枕(・・・)さえ飛んでこない放送係に立候補した。


 入社初年度は参加もしたし、昨年までは応援席に居たんだけれど、流れ枕が顔を直撃して鼻血を噴いたから。枕で鼻血は前代未聞だった。私の粘膜は根性が足りない。


 その時、枕を投げた当人である営業部の槙野さんがテンパって、懐から消毒液を取り出して消毒しようとし出したから、余計に目立って恥ずかしい事になった。点鼻薬みたいに流し込もうとしたんだ、あの男は! 思わず本気の右ストレートをお見舞いしてしまった。

 鼻から血を流す女と、女に右ストレートを決められて仰向けに倒れる営業エース。側に転がる血塗れの枕。――このシュールさを、どうか想像して欲しい。

 この日から、彼の呼び名は『まきのん』になりました。


 そもそも浴衣の懐から消毒液が出てくるのがおかしい。(枕投げの正式ユニフォームは温泉街で着る様な浴衣です。)

 名前に引っ掛けて、狙ってたとしか思えない。ツッコミを入れたらあっさり白状しましたよ。本来は試合中にさっと取り出して、チームメイトに使うつもりで用意してたそうな。小ネタのギャグだね。


 まきのんは、話してみると天然で滑りたおす、残念さが可愛い人だった。

 私の受け答えに一々大げさに反応したり、カラカラ音が聞こえそうな程、空回って自爆したり。ツッコミがバシバシ決まるのも楽しくて。それを受け止めてくれる懐の深さに甘えて、一気に打ち解けたのは良い思い出だ。

 それまで対人スキル高めな営業畑なんて、何をさせても要領良くこなす別人種で、苦手だと最初から決め付けていたから。


「まきのんと仲良くなれたのは、そこだけは、枕投げで良かったって思うんだよね」



 でもやっぱり鼻血は嫌なので、今年はより遠くに逃げている。あの空間には居たくないんだよ!




 中々試合が始まらないホールに視線を戻すと、予想外の展開だった。


「どうしてまきのんが田村の腕を引っ張って連行? 課長と交替って! 腰的には良いけれど、田村が言う事を聞くとは……。あー人質は携帯ですか。しかもまさかの課長預かり! 子供かっ」


 私の呟きが届いたかの様な展開に、俄然気分が盛り上がってきた。田村は勿論自主参加じゃないけれど、課長の腰と、これからやって来る月頭に課長不在という修羅場は回避された。


「部署内の安寧と私の定時退社が守られた! ありがとうまきのん。バーベキューで私の分の牡蠣を進呈しよう!」


 実は牡蠣苦手だから食べないだけだけど。言わなきゃバレないよね。



 各チームは、バレーボールコートくらいの広さに区切られた、畳の陣地に分かれる。リベロの持つ掛布団を盾にしながら枕を投げ合う。ドッジボールに似てるけど、受け止めはNGで、枕が当たると負けになる。だから畳をスライディングするように、皆器用に避ける。それでも枕が当たったら、陣地外に用意された自分の布団で寝た振りをしなければならない。

 外野に並ぶ布団。まさに修学旅行の大部屋枕投げの図だ。

 こんな楽しい絵面なのに、真面目にやると高度な戦略と腕力、敏捷性が要求される……らしい。

 見ているとただの枕の投げ合いだけど。一度やってみても、ただの枕の投げ合いだったけど。


 そして今、ガチで元運動部を揃えてきた営業部選抜チームに、うちの部署が首の皮一枚で生き残ってる。

 いえ、勿論作戦を念入りに練って準備をしてきた主任達を信じてなかった訳じゃない。でもまさか、田村ただ一人が生き残るなんて誰が想像した?


 営業部選抜チームは優勝候補なのだ。

 ここ数年の決勝戦は工場長率いる『工場Aチーム』と、常務率いる『営業部選抜チーム』の対決が続いている。そして勝った方のチームが全社員の和牛(この後のバーベキューの肉追加)を賭けて、社長率いる平均年齢五十オーバー『絶対王者役員チーム』に勝負を挑むのだ!

 常務が役員チームにあえて参加してない辺り、ちょっと社内抗争を垣間見るようで嫌だな。でも所詮は枕投げだからね。


 ああもう、実況を聞きたい!

 実況中継はマイクパフォーマンスに定評のある、営業部の部長がいつも引き受けてる。今年は、友人の結婚式でスピーチを頼まれる回数ナンバー一という、名誉なんだか大変なんだかわからない記録を持つ菅谷さんとコンビを組んで、漫才風にお送りするって社報に載ってた。聞きたかったな。

 音響室とは音源が別だとは思わなかった。この係が不人気なのも頷けるわ。


「田村が営業部の猛攻を命からがら躱してる。残像? 分身? 畳の上での摺り足異常に上手いな。避けるの早いよ、お前は忍者か! でも避けてるだけじゃポイントは入らないよ。一回くらい投げてみなさいって」


 おっと、ついつい熱が入って思考が漏れてるわ。

 でも時間切れになると残った人の数で決まるから、うちの部署の負けは濃厚なんだよね。こっちは田村一人、あっちはほぼ無傷。まきのんなんて、私に鼻血を出させた剛速球をまだ投げていないし。

 朝、顔を合わせた時に「決勝戦に合わせて肩を作っていくんだ」とか、どこぞの投手かとツッコミを入れたくなる事をきりっとした顔で言ってきた。ちょっと格好付けてて面白かったので、腹に軽くグーパンを入れておいた。



 制限時間ギリギリいっぱい。

 田村が一か八かで枕を投げた。でも目を瞑って投げるから、高めに浮いた枕は手裏剣の様に回転しながら上方に向かって飛んでいく。


「ああ駄目っ。その方向は駄目だってば! 」


 常務が頭上ぎりぎり田村の枕を避けた。すっごい良い笑顔でビデオカメラ方向にポーズ決めてる。

 でも待って、アレがずれてるっ。


「ちょっ、誰か教えてあげて! ヅラッ……じゃなかった、帽子を。常務の帽子を直してあげてっ。ハイビジョンで永久保存されちゃうから!」


 風圧で巻き上げられた常務のカツ……帽子が、ずれている。

 全ての時が止まる瞬間を私は見た。

 運動会風の選曲が裏目に出てる。天国と地獄をオート再生してる場合じゃない。


 多目的ホールの空気が天国から地獄だよ!


「こんな時こそフォローだよまきのん、頑張ってー。ほらほらいつもの天然ギャグで凌いで場を和ませて! 今回は笑える小ネタは無いの? え、その手に持つのはまさか……黄色い容器の瞬間接着剤!」


 な ん で 持 っ て る 。


「それを使う時が来ると思っていた先見の明が怖いよ。まきのん、恐ろしい子!

 その笑いのセンス、私はめちゃくちゃ大好きだよ。消毒液で懲りてない所がかっこいい! もう抱腹絶倒だけどさ。

 でも隣で真っ白に燃え尽きてる常務にはその笑い、伝わってないから! あと肌に直接は絶対だめっ。

 私は格好良いまきのんが好きだな! 決勝まで温存するって言ってた剛速球を見たいな!」



 必死の一人ツッコミが伝わったのか、まきのんは接着剤の使用を諦め、渾身の力を込めて枕を投げた。

 あー、あれはそば殻入りの一番硬いやつ。


 田村は、綺麗な弧を描いて飛んだ。


「……人は枕で飛ぶことが出来るのね。人生はまだまだ知らない事で溢れてるわぁ」


 業務企画部の負けはあっさりと決定しました。

 枕を投げただけなのに、一方的に成敗された悪役っぽくなってしまった田村と、感動のフィナーレの様に肩を抱き合う営業の面々。


 陣地を後にするまきのんがこちらを見て、両手で大きく丸を作って寄こした。

 はて、何に対するOKサイン?

 音響室の場所なんて放送係以外知っていそうもないのに、良く知ってたね。それにまるでツッコミが聞こえているようなタイミングで出してきた小道具。

 試合が終了しても、喧騒が収まらないホール内。


 嫌な予感がして、急いでマイクのボリュームを確認する。大丈夫、オフになってる。






 ――――あれ? 田村の座ってた場所の予備マイクのスイッチ………………。





 (オン)になってる…………ぶつかりながら田村が出てった時からずっと……?







 その後の出来事を、私はあんまり覚えていない。


 吹っ切れたのか、ヅラを脱ぎ捨てて次の試合に臨んだ常務は鬼神の如き強さを見せた。苦難(ただのヅラ露呈だけど)を乗り越えた営業部選抜チームは、今までにない団結で工場Aチームを軽々と打倒し、無敗の絶対王者役員チームに初めて土を付けた。

 懇親会のレクリエーションが枕投げになって以来の快挙だった。


 その後もテンション高く敵を仕留めまくったまきのんにMVPが与えられ、何故か私が社の親睦を深めるのに一役買ったと社長賞を授与された。……この辺記憶にないけど。トロフィーが家にあるので、受け取りはちゃんとしたらしい。


 社長の手配した和牛は、とても美味しかったそうです。

 何故伝聞調かって? もちろん覚えてないからだよ!




 私の盛大な独り言を聞いていた社長の温情により、田村は営業に異動となった。


 そして三日で戻ってきた。


 営業部への憧れは憑き物のようにすっかり抜け落ちたようです。うちの先輩達の優しさがどれだけ貴重か、漸く気付いて涙ぐんでいた。この新生田村に、私も少しは力を入れて指導しようと思う。

 語尾に「枕怖い」が付くようになった事と、まきのんの名前を出すと何故か肩が跳ねる様になった事以外は、概ね良い後輩だ。




 ・・・・・・・・・・




 目の前の枕投げ練習風景と、実況席とプリントされた紙がぶら下がる長机を見て、諦めの息を吐いた。


「大丈夫だいじょーぶ。流れ枕が来たら、俺が側で受け止めてあげるよ」


 横に居るまきのんは、とっても機嫌が良い。

 逆に私のテンションと機嫌は下降の一途を辿っている。


「いやいや、流れ枕で一番怖いのはまきのんの必殺技だから。すっぽ抜けなければ私に被害なんてないし。こっちとか見ないで良いから、ちゃんとやってきて」


 しっしっ、と手振りで追い払う仕草をする。我ながら酷いけど、この位では退散しないのは実証済みです。


「相変わらず面と向かっては本音言ってくれないよね。もっとデレてくれて良いのにさー」


 デレって何だ。私はとっても本音で接しておりますが。


「……殴って良い? 右じゃなくて左で我慢しとくから」

「嘘ですごめんなさい。ちゃんと、真剣に、枕で人を駆逐してきます」


 そっと拳を上げて見せると、光の速さで謝ってきた。まるで私が怖いみたいじゃないか。本当に殴るのは十回に一回くらいなのに。それもボディに留めてるのに。


「駆逐はしなくて良い。でも優勝してきてね。昨年食べ損ねた分、今年こそ社長拘りのA5ザブトン食べたい」

「いや昨年もちゃんと食べてたから。口と鉄板の間で箸を往復させる機械みたいになってたけど。それじゃ、実織ちゃんの為にちょっと投げてくる。危なくなったら隣の岸本を盾にしてね。…………岸本?」

「はい先輩。今日の自分は小此木さんの守備要員ですっ」


 笑顔のまきのんと、その隣で直立不動の営業部後輩岸本君のやり取りを聞いて、げんなりする。

 体育会系と営業への偏見は、まきのんとお付き合いして一年経っても払拭されない。それどころか悪化している。

 守備要員ってなんだよ。上下関係怖いわ。


「……天然キャラは何処に行ったの」


 私のツッコミは小さすぎて届かなかった。

 営業のエースが、ただの天然の訳はない。どうやらテンパって空回りするのは、私の前限定だったらしい。それも最近とんと見なくなった。

 一年前の可愛げがある天然まきのんが恋しい。




「小此木さん、解説よろしくお願いしますね」

「…………はい」


 実況担当菅谷さんの挨拶に、私は項垂れながら返事をした。昨年の一人ツッコミが妙に社長に気に入られてしまって、営業部マイク担当の横に、特別解説として招かれてしまったんですけど、どうしたらいいんでしょうか。あれは心の声の吐露だったんだけど。


 呼ばれているのにずっと隣に居座ってたまきのんは、笑顔の常務に引っ張られていった。常務は今日も、白い歯と頭が輝いてらっしゃいました。




 今朝突然、自分の持ち場が音響室から変更になっている事に動揺した。

 流れ枕はもちろん怖い。でももっと怖いのは、今日のまきのんのテンションが一年前の枕投げを思い出すくらい高い事だ。


 欲しいのは、テンションじゃない、可愛げだ。


 彼はサプライズの方向性が、確実に人とずれている。


 だって今朝荷物に四角い箱を入れていた事を知ってるから。浴衣の懐に今、まさに隠し持っているのを知ってるから。




 お願いだから、それを試合中に出すのだけは止めてください。





 おしまい


最後までお読み頂きありがとうございました。


シチュエーション考案者:ひろたひかる様

意気地がなくて好意を伝えられない主人公がひとりでぶつぶつ想いを語ってるのが、実はスイッチの入っていたマイクが拾い、館内放送されちゃう。(主人公の年齢によって、場所は公共施設でも学校でも会社でも、なんでもオッケーです)



以上のシチュエーションで書かせて頂きました。

それぞれの参加者がお題のシチュエーションを出し、シャッフルして書くというこの企画。【くるシチュ企画】でタグ検索しますと、他の素敵な参加者様の小説もお読み頂けます。※カギかっこは無し。

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― 新着の感想 ―
[一言]  感想を書いたと思って早……何ヶ月だ?  忘れるくらい月日が経ってしまいました。一度読み終わってるんですが、感想を書いてなかったので、また読み直すことにしました。  主人公えらくドジっこで…
[一言] 面白かったです。
[良い点] 某温泉地の「全日本枕投げ選手権」を思い出しましたwww まきのんがんば!私は続きが読みたいな!恋の剛速球も見てみたいな!勿論小ネタ仕込みの・・・←
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