りっか
静かな静かな、冬の夜でした。
しんしんとふりつもる雪が、窓の外を白く染めてゆくのを、小さな女の子はあきることなく見つめていました。
肩のところで切りそろえられた真っ黒な髪と、大きな黒い瞳。まるで、日本人形のようなその小さな女の子は、お母さんがそっと静かにお部屋に入ってきたことにも気がつかないようで、窓辺にもたれたまま、夜空からふわふわと落ちてくる羽のような雪を見つめていました。
「りっちゃん」
「まま」
「りっちゃん」と呼ばれた女の子は、お母さんの声に、びっくりした様子でふりかえりました。
「りっちゃん、窓の側はさむいからこれ、着ようね」
そう言って、お母さんがりっちゃんの肩にかけてくれたのは、もこもこしたあったかいはんてん。たくさんの雪だるまがプリントされた赤いもこもこのはんてんは、りっちゃんがお母さんと一緒にお出かけした時にえらんだ布でできています。
「まま、お外、まっしろだよ!」
「そうね。雪がふっているからね」
お母さんは、持ってきたおぼんにのっていたマグカップのうち、うさぎさんが描かれたピンクのカップをりっちゃんに渡してくれました。
「りっちゃん」
「はい」
りっちゃんは、ピンクのマグカップをうけとると、中に入っているのが、大好きなお母さん特製の甘い蜂蜜の入ったあったかいミルクだと気がつき、にっこりしました。
「ままのはちみつミルクだ」
小さな両手にはピンクのマグカップは、ほんのちょっとだけ大きかったのですが、りっちゃんはこのカップが大好きです。ピンクに白いかわいいうさぎが描かれたこのカップも、以前、お母さんとお父さんと一緒にお出かけした時に、お父さんとお母さんと一緒に買ったものだからです。ちなみに、お母さんのカップは白に春にさく紫の小さなお花のカップで、お父さんのカップは、とってもおいしそうなチョコレートのような色の大きなカップです。
「おいしいねえ」
「そうね」
「ぱぱ。いつ、かえってくるかなあ。りっちゃん、雪がなくなるまでに、一緒にぱぱとお庭で遊びたいよ」
りっちゃんのお父さんは、今、おうちにいません。
「そうね。雪がとける前に帰ってくるといいわね」
「ぱぱも、雪、みてるかなあ」
「パパがいるところは、雪がふらないからね。パパもりっちゃんと一緒に雪遊びしたいって、さっき、メールが来てたわよ」
「雪、ふらないの!?」
りっちゃんは、お母さんの言葉にびっくりしました。りっちゃんの住むところは、毎年のように雪がふってお外がまっしろになるのですから。雪がふらないところがあるなんて、はじめて知ったのです。
「思い出すわ」
「まま?」
「りっちゃんが生まれた日のこと」
「りっちゃんが?」
「そう」
お母さんは、りっちゃんの髪をなでながら、言いました。
「りっちゃんの生まれた日にもね、こんな風に静かに雪がふっていたの。あたり一面まっしろでね。だから、ママとパパは、りっちゃんに雪にちなんだ『六花』ってつけたのよ」
お母さんは、りっちゃんをよいしょっと、おひざの上にだっこしました。
「雪ってね、羽みたいだけれど、ほんとは違うの。りっちゃんにも、見せてあげようね」
そう言って、お母さんが取り出したのは、画用紙と黒いクレヨン。
「りっちゃん。この、画用紙を黒く塗って」
「黒くぬるの?」
りっちゃんは、お母さんの言ったとおりに、小さ目の画用紙をいっしょうけんめい黒くぬりました。
「まま。これでいーい?」
「ええ。ありがとう」
お母さんは、りっちゃんから黒く塗りつぶされた画用紙を受け取ると、窓を開けてそれを、外に差し出しました。
「うわあ」
その画用紙の上には、白い雪が降り、まるで花のような姿をみせています。
「おはなみたい。きれーい」
それは、まるで六枚の花びらからなる白い花のようです。りっちゃんの見ている前で、雪はさらに画用紙の上にふりつもっていゆきます。
なんということでしょう。
「まま。どれも、おんなじお花じゃないのね」
雪の結晶は、ひとつとして同じ形をしているものはないのです。白く、六つの花弁を持っていること以外に、全く共通しているところがないのですから。
りっちゃんは、びっくりして大きな黒い目を真ん丸くしました。
「でも、どれもきれいね」
「そうね。雪の結晶のことを、古い言葉で『雪華』とも言うの。雪の花って書くの」
「ままのお名前だ!」
そうです。りっちゃんのお母さんは、雪の花とかいて「雪花」さんと言うのです。
「だから、おばあちゃんはままのこと『ゆきちゃん』って呼ぶんだね!」
ちなみに。お母さんのことを『ゆきちゃん』と呼ぶのは、お父さんのほうのおばあちゃんです。お父さんとお母さんは、小さな頃からの知り合いだそうです。そのため。おばあちゃんは、お母さんを「ゆきちゃん」と呼ぶのです。りっちゃんは、ずっと不思議だったのですが、ようやく、謎がひとつ解けました。
「でも、なんで『せっちゃん』じゃないの?」
「おばあちゃんのお名前が『清子』さんだからよ」
「そういえば大きいおばあちゃん、おばあちゃんのこと時々、『せっちゃん』って呼んでた!」
大きいおばあちゃんは、お父さんのおばあちゃんで、おばあちゃんのお母さんです。だから、りっちゃんにはひいおばあちゃんにあたります。
「なぞはすべてとけた!」
りっちゃんは、TVでみた探偵の真似をしてひとり、うなずきます。
「りっちゃん、めいたんてい!」
「すごい、すごい」
お母さんが拍手をしてくれるのでりっちゃんは嬉しくてお母さんのおひざの上でぴょこぴょこと、とびはねます。
「まま。りっちゃん、おっきくなったらしょーねんたんていだんに入るの!」
「あらあら」
「それでね、なんじけんを解決するんだ!」
「がんばってね。未来の名探偵さん」
お母さんは楽しそうに笑いながら、りっちゃんの髪をなでてくれました。
「もうすぐ、りっちゃんのお誕生日ね」
「りっちゃん、4さい!」
「お誕生日、何が欲しい?」
「あのね。りっちゃん、雪のけっしょうがいいな」
「雪の結晶?」
お母さんは、驚いて、りっちゃんの顔を覗き込みます。
「うん。だって、きれいだもん」
りっちゃんの黒い瞳には、雪の結晶がうつっています。六枚の花びらをもった天からの贈り物である、白い花が。
「ままと、りっちゃん、ふたりのお名前のお花だもの」
「りっちゃん」
お母さんは、りっちゃんをぎゅっとだきしめました。
「雪の結晶をあげるのはむりだけど」
お母さんは考えながらいいました。
「雪の結晶の形をしたブローチか何かなら、あげられるわ。今度、ぱぱとままと一緒にお買い物にいって、さがしてみようね。約束」
「うん!」
そう言って、お母さんはりっちゃんに小指をさしだしました。りっちゃんも、小指をさしだしお母さんの小指にからめます。
「ままとりっちゃんのお約束だね!」
りっちゃんは嬉しそうに笑いました。
「りっちゃんの名前の由来だけれど。『六花』と言うのはね。古い古い言葉で、『雪』のことをさすの」
お母さんは窓を閉めて、りっちゃんを抱き上げました。
「だから、りっちゃんは雪の結晶をもう。持っているのよ」
お母さんの言葉に、りっちゃんはそれはそれは嬉しそうに笑いました。
「さ、もう、寝ましょうね」
りっちゃんは、お母さんとお父さんのベッドにもぐりこみ、目を閉じました。
お母さんとのお話の影響でしょうか。その夜。雪と言う意味を持った名前の小さな女の子の見た夢は、結晶のままふってくる雪のなかでたくさんのゆきだるまたちと仲良く遊ぶ、そんなゆめでした。