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8.« 東京 駅 » 夏

会社の英語教室に来ているアメリカ人の先生とエレベーターの前で一緒になった。

だから一緒に駅まで帰ることにした。


私が勤めている会社はいわゆる外資系というやつで、社員の英語力向上のために、無料で週に1~2回の英語教室に参加できる。

一回50分で一クラス4~5人。勉強するというよりはむしろ、英語に慣れるといった感じが強い。

先生は若いアメリカ人だった。会社に講師として来ているのに、すねの見える短パンにサンダル履きといった出で立ちで、やっぱアメリカ人なのかな、って思った。本人はそれでいいと思っているのか、社内の人も誰も何も言ってあげない。そんなんでいいんだ・・・。

格好はそんなんでも、教え方とか話し方はヘタじゃなかった。でも日本語はほとんど話せない。その方が習うこっちは都合がよい。日本語が上手い人はなんでもかんでも得意げに日本語で話し始めちゃうから、私としてはつまらないのだ。彼は私にとっては、まぁ合格点だった。


偶然エレベーターの前で会ったので、一緒に駅まで帰ろうと私から誘った。こんなチャンスは滅多にない。『なま英語にたった一人で触れる』というチャンスだ。 

彼が八丁堀の駅の地下へ降りようとする時に、「君は来ないの?」って顔をして振り返るので、「私は東京駅まで歩くの。」と言うと、「僕も歩きたい。」と言ってついてきた。

「ここからだと30分くらいは歩くわよ。」と言うと、「かまわないよ。」と言って笑った。

これまでも、私は時々一人で東京駅まで歩いてから電車に乗っていた。

どこまでもまっすぐ歩いていれば道に迷うこともないし、この広い開放的な大通りが好きだった。

歩いているといろいろな発見もあった。意外と知らない店とかいくつも発見した。

時には銀座まで歩いて行くこともあった。


歩きながらのおしゃべりは楽しい。

私もいろんな話をしたし、彼もいろんな話をしてくれた。

私の質問にもよどみなく返してくれて、誠実そうな人だった。

親が幼少の頃に離婚をして、自分がアメリカにいる間は母親と一緒に住んでいた、と言っていた。 

私が、「夫がお皿を洗うのを手伝ってはくれるけど、いつも汚れが残ったままでイヤだ、こないだはご飯がこびりついていた」と言うと、「僕にお皿を洗わせたら絶対にご飯粒を残すことなんてない」、って大袈裟な身振り手振りで言った。

「今、夫とは別居中なの。」と私が言うと、「いびきのせいかな?」って鼻に指をこすりつけて「グォーグォー」とわざと鼻息をたてて私を笑わせた。 

それから彼は、「都内でカノジョと住んでいる」って付け加えた。

「日本人?」って私が聞くと、「アメリカ人。」と答えた。一緒にアメリカからやって来たんだそうだ。


その後も彼とは何度も八丁堀から東京駅まで一緒に歩いて帰った。

そしていつも東京駅の改札で手を振って別れた。

いつも笑顔で、「また来週ねぇ。」と言った。


半年ほどたって、いろいろなことがあって私は会社を辞めた。

別居中の夫から呼ばれたことも重なった。

彼に「さよなら」を言うことができなかった。

もうアメリカに帰っちゃったのかな。

今も世界のどこかをビーチサンダルにすね毛を見せて闊歩しているのかもしれない。




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