6.« 半蔵門線 » 八年
1.
Mさんと横浜でたっぷりと遊んでいたら、もう夕方の帰る時間になってしまった。
「あなたは『なに線』でしたっけ?
僕は半蔵門線で帰りますけど・・・。」
「えっ?!
ここから半蔵門線なんて出てたっけ?」
「いえ、乗り換えを見ていたんです。」
「あなた、半蔵門線に住んでいるんだっけ?
○○駅 に友だちが住んでる・・・。」
「えっ、本当に?
僕の駅、その隣の △△ 駅ですよ。」
「うそ・・・でしょ?」
「じゃあ、あなたも半蔵門線で帰ればいいじゃない。
その ○○駅 の友だちの家に泊まれば・・・?」
「泊まればったって・・・。」
「いいじゃない。ねっ、そうしましょうよ。
半蔵門線で帰りましょう。」
「いやよ。今日はうちに帰る。
それに半蔵門線には乗りたくないの。」
「まったく。
いつもあなたは僕のいう通りにしてくれませんね。」
「だって、イヤよ。そうでしょ。イヤだわ。」
友だちの家って言ったのは実は、昔のカレシの家。
そうだった。半蔵門線沿線の ○○駅 に移った時にはもう私のカレシなんかじゃなかった。
でも今、隣にいるMさんにはそんなこと教えてあげないんだ。
だってさ・・・。
結局、Mさんとは横浜駅で別々の電車に乗ることにした。
Mさんはどこかで乗り換えて半蔵門線に乗って、奥さんが待つ家に帰る。
「つまんないの。」
私は一人で高島屋の中をブラブラしてから家に帰った。
2.
それから八年後、私とMさんは再会した。
八年前、私たちは諍いを起こして別れたのだった。
八年前のある日、Mさんが私の逆鱗に触れたからだ。
八年前にあっけなく終わった。
Mさんも私の後を追ってはくれなかった。
電話もしてこなかった。
その後、私はさっさと結婚をしてしまった。
やっぱり結婚するなら、年齢が近くて同じ地元の男性がいい。
話題も合うし、言葉の壁やら、数々のカルチャーショックに怯えることもない。
それなのに結婚生活は長くは続かなかった。
離婚をした後、なんとなくまたMさんと会うようになった。
Mさんと喧嘩別れしてから八年経っていた。
Mさんも離婚をしていた。
「なんでもっと早く連絡をしなかった?」
Mさんは静かに言った。
なんで怒っているのか意味がわからない。
だって、Mさんは既に新しい彼女をゲットしていて一緒に住んでいるのだから。
それって、早い者勝ちってこと?
私が、Mさんの今の彼女よりも早く連絡をとっていたなら、
Mさんと今一緒に住んでいたのは『私』だったてこと?
だったら私に電話してくれたってよかったじゃない。
なんだかな。
「仕方ないわ。だって私は私の結婚生活で忙しかったんだもの。」
「八年前あなたと別れた後、僕は結局離婚をしました。
半蔵門線沿線のあの家は奥さんにあげて、僕は今、別の所に住んでいます。
まぁ、相変わらず半蔵門線沿線なんですけどね。
あなたは? あなたはどうして離婚したの?」
「彼から離婚を切り出してきました。
『もう、耐えられない』って言われました。」
彼は笑いをこらえてクックックと口を閉じている。
「あなた、浮気でもしてたんですか?」
「あら? 私はこう見えても意外とマジメなのよ。
あなたとは違うの。浮気なんてしないわ。」
「いびきがひどかったとか?」
「相変わらずひどい人ね。少しは慰めようって気は起きないの?」
「だってねぇ。そうですね。
そうでしょうね。」
「彼、『もう、愛おしいと思えなくなった』 と言っていたわ。」
「ほう?」
「『愛おしく思えなくなった』 ってことは、以前は 『愛おしいと思ってた』 ってことでしょ?
その言葉で十分と思った。だから別れたの。」
「そうですか。」
Mさんはやっと質問をやめてくれた。
3.
「ねぇ、Mちゃん、一緒に寝よ。
ねっ、いいでしょ?
私と一緒に寝ようよ。」
私はMさんを誘った。
「イヤです。あなたとはもう寝ません。」
「どうして?
以前は会うたびにしてたじゃない。
嫌がる私にいつもいつもしつこく迫ってきてたのはあなたでしょ?
ねぇ、しようよ。」
「イヤです。
もうあなたとはそういうこと・・・したくないんです。
これからは、映画を観に行ったり、食事をしたり。そうだ、田舎に行くのもいい。」
「田舎?
一人で行けば?
私はあなたとしたいの。
だから電話したのに。どうして?
今、一緒に住んでる彼女のこと?
彼女が気になるの?
以前だって奥さんがいたじゃない。
いいじゃない別に。私、何も言わないし。
あなたたちの仲、壊そうなんて思ってないわ。
彼女とはどうなってるの?」
「今、ひどい状態なんですよ。
家庭内別居状態。
食事も作ってもらえない。
僕は毎日外でハンバーガーですよ。」
「しょうもない人ね。
自分で作れば?」
「僕は、料理ができない。」
ヤレヤレ・・・。
「別れた奥さんの所に帰れば?
あなたが今住んでる所から電車一本で行けるじゃない。遠くないでしょ?
訳を言えば食事くらい出してくれるわ。あの奥さんなら。」
「そんな。
困った時だけ彼女をたよるなんて。そんなことできないよ。」
相変わらずしょうもない人だ。
こんな風に自分の身の回りのことも一人でできないくせに、浮気はする。
遊び相手にはいいけど、結婚向きではない。
なんでこーゆー人がモテるのかしら。
「じゃぁ、今日はしてくれないのね?」
私は彼の腕に自分の腕を絡めてもう一度迫った。
「しようよ、しようよ、しようよ。」
「ダメ。」
「じゃぁ、キスだけでもして。」
彼は私のホッペにチュッと軽くキスをした。
「今日も明日もその次も、僕は君とはしないよ。」
「ハイハイ、わかりました。
じゃぁ私、もう帰るから。」
私は、私の腕から彼の腕を解放してあげた。
「また電話、してくださいね。」
「さぁ、どうかな・・・。」
「電話、してくれますね。」
「わかんない。」
「電話してよ。」
「わかんないもん。」
「電話しろ!」
「や~だよっ。」
そう言って私は地下へ続く階段を駆け下りた。
4.
結局、私の押しに負けて、Mさんと私は一緒に寝るようになった。
初めはあんなに拒んでいたくせに、一度始めたらもう止まらなかった。
彼は昔のように私を求めてくるようになった。
そうなの。
これが私が欲しかったもの・・・。
「もっとよ、もっと。
そう、こんな風に愛して欲しかったの。
Mちゃん、大好き、大好きよ。」
Mさんはいつも、一緒に住んでいる彼女の悪口を私に聞かせた。
「無駄遣いばかりする。
頭が悪い。」
前の奥さんの時は悪口なんて絶対に言ってはいなかった。
今の彼女に対する軽さを感じて、彼女のことを少しカワイソウに思った。
私たちの会う回数が増えるにつれ、
私もMさんも、仕事も体調も順調になってきた。
私は時々元夫にも会った。
だって、私たちは喧嘩別れをした訳ではなかったのだ。
ただ、一緒に住むことがしんどくなっていたから。
私と別れてから、元夫も元気を回復していた。
ある朝、元夫と出かける約束をしていたので準備をしていると部屋の電話が鳴った。
元夫だと思って電話に出た。
「もしもし、○ちゃん?」
なにも言わずに電話が切れた。
「へんなの。間違い電話かな?
あっ、ハーイ。」
ピンポンが鳴ったのでドアを開けると、元夫の○ちゃんがいた。
「あれっ? ○ちゃん。
今、うちに電話した?」
「いや、してないけど。どうして?
すぐ出られる? 外に車を停めてるから。早くね・・・。」
その後も何度か無言電話が鳴るようになった。
「やっぱりMちゃんの言うとおり、
おバカさんかも・・・。」
5.
「もとの旦那さんと会っているのでしょう?
彼と会っていて、その・・・
彼とはしないの?」
「彼は今、私の保護者みたいなもんです。
もし彼に、『私、再婚するわ。』なんて言ったら、
きっと心から喜んでくれると思います。
彼はそうゆう人なんです。
そうそう、あなたの質問の答えですね。
彼とはしません。
彼は早く、私というお荷物から解放されて安心したいのです。
ですから彼とはしません。
あなたのような不良中年と付き合っているなんて知ったらきっと、自分を責めることでしょう。
自分のせいで私がこうなったと。
そうゆことが面倒なので、彼にはあなたのことを話していません。
いけないかしら?」
「つまり、その、
彼とのアレはよくなかったってことですか?」
「ん・・・そうね。どうだったかしら。仕方ないですね。」
6.
Mさんは会うたびに私を楽しませてくれた。
八年前にした時よりも、もっともっと私を楽しませてくれた。
それなのに。
あんなに、彼女の悪口を言っていたくせに、
あの頭の悪い彼女と旅行へ行くと言った。
うちに無言電話をしてくるような女性と旅行へ行くんだ、って思ったら急速に萎えた。
「やっぱりなんかちがう・・・かな。」
私は保護者もいらないし、保護者になんてなりたくもない。
元夫にもMさんに会うのもやめた。
しばらくは半蔵門線に乗るのもやめた。
無言電話がなくなってよかった。