16.« 御茶ノ水 駅 » 夜
「僕の小さな愛人。」
誰かがわたしの髪をかきあげた。
そんな気がした。
彼だった。
彼としたあと、わたしはいつも浅い眠りに陥る。
「わたし、また眠ってしまったのね。」
「僕はもう帰らなくてはいけないから。
あなたはまだここでゆっくりしていていいですよ。」
「一人でホテルから出るのって、なんか嫌だわ。
わたしも一緒に行く。」
彼はもうすっかり身支度を整えて、いつでも帰れる状態だった。
わたしは急いで支度をした。
湯島のホテルの外へ出ると、雪は止んでいた。
「あっちへ渡っちゃいましょう。」
左右、車が来ないのを確認してから、
彼の長い足は、ヒョイと軽々とガードレールをまたいでしまった。
どこまでも切れ目なく続くガードレール。
スカートじゃなきゃ、こんなの簡単なのに。
モタモタしていると、彼が片手を出して助けてくれた。
やっとわたしもガードレールを飛び越えることができた。
束の間、指先だけが触れ合って、でもすぐに離れるの。
向こうに明かりが見える。
御茶ノ水の駅がだんだん近くなる。
こうゆうのって嫌いじゃない。
なんか映画のワンシーンみたいだもの。
いつまでも遠くにあればいい。
駅なんて遠くに行ってしまえばいい。
わたしが歩調を緩めると、彼は振り向いてヤレやれと困った顔を私に向ける。
子どもっぽいわたしを彼は好きじゃない。
そして、そんな彼をわたしは好きじゃない。
・・・そうゆうことなんすよ。
わたしはいつも、聞き分けがよくなくてはならない。