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  « 川崎 »

四ツ谷の本社から川崎に出向させられていると言ったら、自分も明日は出張で川崎に行くからそこで落ち合おうということになった。


段取りをつけて、私が通常の退社時間よりも早めの四時に一階のロビーに降りると、正面玄関のガラスの扉の向こう側で、私を待っている目黒さんの姿が見えた。自動ドアわきのガードマンは私たちを見てなんて思っただろう。ガードマンのおじさんがこちらを見ているのを背中で感じた。恋人同士に見えるだろうか? スーツ姿の目黒さんは私を見てニッコリと笑った。


二度目は本当にお寿司屋さんだった。

カウンターに座らせられて、目黒さんはおすすめ品を次から次へと注文した。

ここでも私の意向は聞きもしない。

私は目の前に出される皿にただ黙って箸をつけた。

どれもこれも美味しいから文句は言わない。

彼は自分が好きなものを私に食べさせて、自分はお酒を飲んでいることが多かった。


目黒さんも夜の街を歩くのが好きな人だった。 

私たちはよく夜道を散歩をした。

もう既におっさんなのに、背が高く身体ががっしりした彼は暗闇で歩いていてもなんとなく頼りになる感じだった。


そんな時、ヒョイと私を両手で抱き上げた。


「キャッ、何をするの。こんなところで。人が見るわ。下ろして、下してよ。

怖いっ。」


「はは。誰も見てないって。誰もいないよ。

それにしても、ホントに軽いんだな。軽くて小さい。」


そう言いながらやっと地上に下ろしてくれた。


「背が高いのね。そんなに立派な身体を持っているんだもの。

スポーツ選手にでもなればよかったのに。」


「そう言われるのが厭で一生懸命勉強した。」


「スポーツ選手に対して失礼だわ。

案外、運動音痴だったりして。」


「うん。そうかな。

でも一生懸命勉強したんだ。

夜なんて、よくここにも通ってたよ。」


彼が昔、学生時代に通ったという語学学校のわきを通った。


「ご両親はさぞかし満足されたでしょ。息子さんがこんなに出世をして。」


彼は一流会社の社員だ。


「僕の父は船大工でね。早く家を出たかったんだ。」


「あなた、どこの人?」


「神戸だよ。」


「えっ? そう? あなたも神戸の人なんだ・・・。へぇ、そう。

神戸の人なのに、『目黒』なんて。可笑しいわね。

それにしても、どうしてみんなこっちへくると、あっちの言葉で話さなくなっちゃうのかしら?

ねぇ、話してみて。あっちの言葉で話して。」


「また今度ね。」


「家で奥さん、待っていないの?

子どもは? まだ小さいの?

あなた一体何歳?

早く帰らなくていいの?」


「う・・・ん。」


いわゆるセックスレス夫婦ってやつね。


「なんで、もっと早く君に会わなかったんだろう?」


「え~?! わたしを口説いてる?

どうしようかしら?

じゃぁ、今度は私の番ね。

なんでそんなに早く結婚しちゃったの? 目黒さん。」


私は甘い声で質問をした。


「周りもみんな結婚してたし、そういう年齢だったし。

見合いをして、

・・・それにすぐに肉体関係もあったから。

だから、結婚しなくちゃいけないと思った。」


『肉体関係』だって。

実際にこのイヤらしい単語を人が使っているのを聞くのは初めて。

こーゆー言葉遣いがおっさんなのに本人は気づいてない。


「あなた、案外ちゃんとしているのね。

悪い女性ひとじゃないんでしょ? あなたの奥さん。」


「よくやってくれているよ。

家のことはよくやってくれてる。」


「じゃぁ、奥さんを悲しませちゃいけないわね。

早く帰らないと。でしょ?」


「神戸の男はどうだった?

うん? 言ってごらん。

僕の前の神戸の男はどうだった?」


「さぁ? どうだったかしら。

どうだったかしらね。

忘れちゃったわ。」




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