恋愛応援大作戦
集は由利と特別室に向かった。
特別室に入ると、中にはベットがあり、それに横たわる秋広、その近くには誰も座ってない椅子。それに遠くない距離でテーブルが置かれ、そこに総、霄、向かいに豹が座っている。
「来たか」
「ど……どういう状況だよ……?」
「今から話す。とりあえず、座れ」
「あ、ああ」
俺と由利も座る。
集は何も言わず豹の説明を待った。
「事情を説明すると、五条が何者かに狙われた」
「何者って……誰だよ?」
「分からない。ただ、その時、五条は異常成長を持っていたから、それを狙ったのかもしれん」
「それで、なんで無事なんだよ?」
普通、一般人が狙われた場合、ほぼ死ぬ。
「五条が使ったんだ」
何を、とは言わなくても分かった。
「なっ!?」
「大丈夫だ。集。秋広は生きてる」
「……そうか」
集はとりあえず安心する。
「今は、疲れて眠っているだけだ。彼の能力は脳を酷使するからな。その分、使い終わると、眠ってしまうんだ」
「秋広の能力は?」
集は脳を酷使する能力など聞いたことが無く、秋広の能力を訊く。
「超人。普段、脳が使わずにいる領域までも活動させ、怪力やらなんやらを引きだす感じだ」
豹の説明は雑だった。
「なんとも曖昧な……」
「こちらとしても、まだ解明できていない部分があるからな」
「でも、そんな能力、異常成長関係無しに脳に影響を及ぼすんじゃないか?」
いつも使わない領域を使うという事が、そう楽なことではないことは容易に想像できる。酷使、という程度では済まないだろうということも。
「ああ。脳だけでなく、身体も、普段動かせないほどの速さで動かせば、壊れる。ただ、彼の能力は治癒能力も高めていてな。眠っていれば、何事も無かったかのように元通りだ」
「そりゃ、すげぇ」
「しかし、失態だった。五条に一人でここまで異常成長を運ばせるべきではなかった」
豹は自らの行いを悔むようにうつむいた。
「そんなこと言っても意味ねぇだろ。俺らをなんでここに呼んだんだ?」
「ああ、五条が襲われた時、五条と一緒に周が居てな。周には敵はこちらで潰しておく、と伝えてあるが、それ以外は分からない、と言ってある。口裏を合わせておいてくれ」
「ああ」
(周……? ああ、そういや周桜って奴がいたかもな)
「それから、五条がまた狙われるかもしれないから、お前達にはそれの警護に当たってもらいたい」
「分かった」
妥当な判断だ、と集は思った。秋広の戦闘能力は低いし、異常成長をもう一度使わせるなど論外だからだ。
「それは集と日向に頼む」
「二人だけ、か?」
「ああ、総と由利は異常成長の製造元を潰してもらう」
「製造元?」
「どうやら、浅村法規らはある施設から異常成長を買い取っていたらしい。その組織を潰してくれ」
「はい」
「頼んだ」
言うと豹は部屋から出た。
すると、一時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、四人も教室へと向かった。
そのまま二時限目を受けて、休み時間になった。
クラスの者の大多数は友達と話し、少数は何もしていなかった。
集はその少数に入っていた。ただ、見かけ上は何もしていないように見えるが、彼は考え事をしていた。
(もし、俺が五条が狙われるという事に気づいていれば、五条が異常成長を遣う必要もなかったのに……)
それと同時に、集は自分が言ったことも思い出していた。「そんなこと言っても意味ねぇだろ」、正論だ。彼は豹を励まさず、悔む事の無意味さを伝えて、説明の続きを促したのだ。であれば、今、集が悔んでいる事も無意味だろう。
「ねぇ、天久君、天明さん。いいかしら?」
集は話しかけられて相手を見ると、相手は桜だった。
「え?」
「はい」
短く驚く集とは対照的に、集の前の席に座る由利は冷静に返事をした。
すると、桜は得意げな顔になり、
「ふふーん、あなたたち、付き合ってるでしょ?」
と言った。
「いや」
「へ?」
これにはさすがに由利も短く驚いた。
「まあまあ、落ちついて。誰にも言わないから」
「いや、付き合ってねぇよ……」
(そもそも、落ちついてるし。焦ってねえし)
「そう? この前は二人で居たし、今日の朝、いくら自習だからってわざわざ呼びに行くかしら?」
「いや、それは天明が親切なだけで」
集も弁明に必死だったのだろう、いつもは「天明さん」と呼んでいるのに対し、今は「天明」と呼んだのだが、
「別に親切というわけでは」
由利は嫌な顔はせず、謙遜した。
「いや、親切だって」
「そう……ですか?」
由利は自信なさげに言う。
(よしっ、これで会話の話題が変わった! こっから一気に)
「うーん……まぁ、いいや。付き合ってないのね」
「ああ」
一瞬で桜に話題を戻されたが、正しく理解したようなので、集もそれ以上は言わない。
「それで、自習の時間、二人はどこ行ってたの?」
(そっちが本命か)
桜は最初からこれを聞きたくて、最初の話題はおまけ、と集は判断した。
「別に、ちょっとな」
「ええ、大したことではありません」
「ふーん、そう?」
「なんだ? その意味ありげな言い方は?」
「別に? 意味なんて無いわよ」
言うと、桜は席を離れた。
「多分、総と日向さんにも聞きにいくな。あれは」
集はおもわず呟いた。
(そこまで五条が心配なのか)
その頃、
「豹先生?」
総は豹と会っていた。
「これを」
豹から端末を手渡される。
(これ……集のと同じデザイン……)
「これは?」
「あー、まぁ、集で言う、ぺノみたいなもんだ」
(ま、それは分かってんだけどね)
「俺にも? なんで?」
「いや、これはクラッキング特化型だ。なんというのだろうか? 敵の施設に侵入した時、使え」
「あー、なるほど。敵の情報を奪う用って訳ですね」
「まぁ、頑張れ」
豹は言うと、立ち去ろうとするが、その前に総は、
「で、こいつ喋んないの?」
と言った。
「喋らん」
「つまんね」
教室。
「由利」
総は由利を呼んだ。
「六万総。苗字で呼ぶのはやめたのですか?」
「ああ、めんどくさくてな。嫌だったか?」
「いえ」
「それで、敵組織に侵入するんだから、作戦は必要だろう? どうする?」
総は皆には聞こえないよう、小さい声で言った。
「連絡して下さい」
「どうやって?」
「ああ」
由利は紙に自分の端末番号を書く。これで電話やメールなどの色々な事が出来る。
「はい」
「ん、サンキュ」
総は紙を受け取って、他の人と話しにいった。
「なんというか、すげぇな」
その一部始終を見ていた集はそう言った。
「何がです?」
「簡単に名前を呼ぶし、連絡先を手に入れるし」
「あなたはアレに憧れているんですか?」
由利は何故? と聞きたげな顔をして、訊く。
「いや、憧れはしてないけど、尊敬はするよ」
「へえ」
「どうやったら、ああなれるんだろうな?」
「ならなくていいです」
「……そうか」
集はとりあえず了承すると、霄が近づいてくる。
「由利! 秋広が目を覚ましたって!」
「そう」
「行くか」
「え、ええ」
一緒に行く意味あるかしら? と由利は思ったが、まぁ良いか、と思い、特別室へ向かった。
特別室に着くと、クラスの皆も同様に着いた。中では桜が秋広と話していた。
「やぁ、皆。来てくれてありがとう」
秋広が言う。
「秋広、大丈夫? 具合は悪くない?」
「あ、うん。大丈夫」
桜が親身になって聞いてくるので、秋広も答える。
「どうやら、俺らはお邪魔らしいな」
「そうっぽいね~」
霄が集の言葉に賛同するので、集は部屋の外に出る。すると、霄と由利もでた。
「じゃあな。由利」
「ええ、さようなら」
言うと、集は帰ろうとするが、服を引っ張られる。
「ちょいちょい。待って」
「霄?」
「いや、警護でしょ! 五条君と桜が帰るまで待たなきゃ!」
「あ、あ~。そうだったな」
集は忘れていた訳ではないが、うっかりしていた。
「ふふっ」
由利が少し、ほんの少しだけ笑った。
「笑ったとこ、初めて見た」
「……そうですか? あ、それじゃあ、私は帰ります」
「ああ、じゃあな」
「ええ、さようなら」
集は由利と別れを告げると、秋広を待った。
それから30分ほど経つと、秋広と桜は特別室から出てきた。
「えっと……天久君?」
「五条、俺と霄はお前の警護だ。二人で帰りたかったかもしれないが、悪いな」
集が言うと、
「なっ、なにいってんの?」
その言葉に桜は動揺した。
「ううん、それより、僕と同い年で警護なんてすごいなぁ」
「そうか? ま、行こうぜ」
言うと、集達は歩きだした。
そして、訓練施設をでたあたりで、
「ねぇ、由利と帰りたかったんじゃないの?」
霄が言った。
(日向さんは天明ともう名前で呼ぶ仲なのか)
「まぁな」
「へえ、あなたは正直なのね」
桜が言う。
「何がだよ?」
「自分の気持ちに、よ」
「そうなの? 天久君ってそうなの?」
桜の言葉を聞いて、秋広が言う。
「へ~」
霄も驚いていた。
「いや、ちげぇよ。ただ、普通よりは仲が良いかなって思ったからだって」
「ま、そういうことにしときましょうか」
桜が言う。
(なんか、言い方がひっかかるな……)
「ねぇ、応援してあげようか?」
いきなり、霄は言いだした。
「だから、違うって」
「意地はってないでさ、私、手伝うから」
その目はまっすぐに集を見ていた。
「本当に違うんだって」
「じゃあ、嫌い?」
「いや」
「じゃあ、いーじゃん!」
「いや……よくねぇだろ」
集は呆れ気味に言う。
「なんで……?」
「……別に。あ、この道、どっちに曲がるんだ?」
集はとっさに話題を変える。
「ああ、こっちだよ」
秋広は先を歩いて道を教える。
「秋広の家はどこらへんなんだ?」
「この近くだね。桜もこの近く」
「そうね」
ということは、そろそろ警護も終わりか、と集は思いながら歩く。
「ねぇ、どこに住んでるの?」
「寮だよ」
集は霄の質問に答える。
「そっか~」
「?」
「寮って学校のすぐ近くの?」
「ああ」
すると、秋広が立ち止まる。
「僕の家はここ。じゃあ、今日はありがとう」
「ああ」
「うん」
「そうね」
集、霄、桜が答える。
「天久君、遠いのにごめんね」
「別にかまわない。それから……集で良い」
「うん、わかった。じゃーね」
言うと、秋広は家に入った。
次の日。
授業が終わり、休憩時間になる。この休憩時間は、弁当を食べたり、スポーツをしてる者もいる、長い休憩時間だ。
集はいつも通り教室で食べようと思い、弁当を取りだす。
「一緒にご飯食べよ! 集も一緒に」
由利と話していた霄が言う。
(まさか、昨日言ってた応援するってやつじゃないだろうな?)
「ああ、総も、食べようぜ」
「ん? ああ」
「クッ……六万君もいるのか。隙をみて逃げ出す作戦が」
「なんか言ったか、お前」
霄は小声で言ったが、集には聞こえていた。
「聞こえてた……」
すると、総は霄に近づいて、
「なんか、面白い事してる? 俺も混ぜてよ」
と言った。
「いいですよ~」
「「ぐへへへ」」
「嫌な予感しかしねぇ」
集はその嫌な予感が当たらないように、と祈りながら教室を出た。
四人は校舎を出ると、木の下に座った。
「あ、天久君、その弁当、買ったやつでしょ」
「ああ」
「そういえば、寮に住んでるんだっけ? ご飯は作らないの?」
「めんどくさくてな」
「ふーん……」
総も由利も霄も、どうやら作った弁当ようだ。
「ああ、飲み物買ってくるよ」
集は思い出したかのように言う。それに対し、
「俺がいこうか?」
「私も行く! から、天久君は待ってて」
と総と霄が言った。
「いや……別に」
「いいからっ」
言うと、総と霄は飲み物を買いに行った。
「あの二人、随分と仲が良くなったようですね」
「そうだな……多分……おそらく……」
「どうかしましたか?」
「いや……うーん」
「?」
由利はよく分からない、という顔をする。
「恩返しをしたいと思っていたんだが」
「誰にです?」
「天明さんに」
「私!? 恩なんてあります?」
「ああ、ある」
「私、あなたに何かしましたっけ?」
「ああ……まぁ、明日でも良いか」
集は呟くと、上を見た。木の葉の隙間から青空が見えた。
「そういえば、作戦はいつなんだ?」
「明後日です」
「気をつけてな」
「はい」
そんな会話を、総と霄は遠くから眺めていた。
「へえ」
「良い感じだ」
その日の帰り。
集はまた、霄、秋広、桜と帰っていた。
「どーです? この応援っぷり」
すると、唐突に霄は言う。
「別に『応援してくれ』なんて言ってないだろ」
「なにそれ?」
桜はついていけてないのか、訊く。
「ああ、天久君の由利との恋を応援しようっ! っていう」
「別に、好きじゃねぇよ」
「ふーん。そうなんだ。私も出来たら、手伝うね」
「うん、ありがとう」
霄と桜で話が進んでいくので、集は慌てて言う。
「別に、応援しなくて良い。それに……」
「それに?」
秋広は続きが気になったのか、そう言った。
「俺から言わせれば、お前らの方が仲良いぞ」
「おまえら?」
「日向さんと総だよ」
「そうかなぁ?」
霄が言う。
「ああ」
その次の日。
また総と霄と集と由利は同じ場所で弁当を食べていた。
「俺、飲み物買ってくるよ。一人じゃ持てないから、天明も来てくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
集が言い、自動販売機に向かって歩き出すと、由利もそれについていった。
「まぁ」
「これならいいか」
霄と総が言う。
「なぁ、日向。お前のこと、霄って呼んで良いか? 俺も総で良いから」
「あ、うん。良いよ」
「霄」
「ん?」
「いや、呼んだだけだ」
「なんだよ、もう」
(ま、確かに、これなら仲良く見えるのかもね)
集は校舎に入ると、一階にある自動販売機に着いた。
集は金を入れて、適当にボタンを押していく。
「なぁ、天明は何が良い?」
「あ、お金は払いますよ」
集に訊かれて、由利はそう答える。
「いや、良いよ。この前、奢ってもらったしな」
「この前……?」
「おいしい天然水」
「ああ、あの時」
思い出した、というような顔をして、由利が言う。
「あの時はありがとな」
「はい」
すると、集はおいしい天然水のボタンを押す。
「で、天明は何が良い?」
「では、私もそれで」
言われた通り、集はもう一度、おいしい天然水のボタンを押した。
「任務、明日か」
「はい」
沈黙が続く。
「……頑張れよ」
「はい」