マナゲット王国
「なんですか? コレ」
集は呆然と呟いた。
彼は今、ちょうどメリアの部屋に入った所だった。すると、そこには二つのベットがあったのだ。
メリアが答える。
「これはベットです」
「わかってます。そうではなく、何故貴方の部屋に二つもあるのですか、と聞いているのです」
集は何故あるかを予想出来てはいた。ただ、その予想は外れて欲しいので、訊く。
(まさか、俺が寝る為のベットではないよな)
その問いにメリアが返す。
「貴方が護衛をやる事になったので、大急ぎで運んだのですよ?」
(なんだ、この苦労しました、みたいな眼は)
メリアの言葉に集はそう思ったが、口には出さない。そして、集は別の事を言う。
「はぁ、そうですか。しかし、俺は寝ませんので、要りませんよ」
「眠らないのですか?」
メリアは驚いて訊いてくるが、集は慌てずに返す。
「はい、護衛の基本ですので」
メリアの反応を見て、「まぁ、王女なら知らなくても無理はないか」と集は思い直した。
「そうですか。少し、罪悪感を感じてしまいますね」
メリアはそう言ってくれるが、集はあまり嬉しくは無かった。
「では、護衛の件は無かった事にしますか?」
集の言葉にメリアはすぐに返した。
「いえ! そうはしません」
少し間をおいて、集も答える。
「……そうですか」
(しかし、本当にずっと一緒にいなきゃならないとはな。これは厄介な事を引き受けたかもしれない)
引き受けなければ自分の立場が厄介になっていたと知りながら、それを棚に上げて、集は今の現状にため息を吐いた。
そして、夜となり、マナゲット大陸を静寂が包む。何処かではこの時間に騒いでいる者もいるだろうが、少なくとも、集の居る所――メリアの部屋は静かだ。
ここではメリアの寝息以外の音は無い。
集は窓からずっと月を見ていた。
外では雨が降っている。
(そろそろ、いや、もう7月26日になったかもな)
腹時計では正確に計れず、日付が変わった事を眠気で判断したが、それもどうだろう。集はそろそろ二付が変わったと判断したが、あと2分経たねば変わらない。
彼は疲れていた。
マナゲット大陸本土に行くまでに空港で気を遣い、機内で能力を使い、空中と城内に行くまでにも能力を使った。やっと眠る事が出来たが、それすらもスナイパーによって阻害され、そのスナイパーを殺す為に能力を使ったのだから。それから、目撃者が多い事を知り、その情報の拡散を防ぐため、護衛をする事になったのだ。
情報の拡散を抑えるって、どうやってやんだろうな?
集は退屈な時間の中、考えた。
ぺノメナルみたいにAHMOのような組織が手を貸してんのか? まぁ、AHMOは能力関係の事案を任されているだけだけど。
あるいは、王という立場が、そんな事を可能にするのか?
俺はまだ、この国を何も知らない。
そこまで考えると、集が散布していた水蒸気が異変を捉えた。
(人……。この時間帯に? 手には銃……。敵だな)
水蒸気を操りつつ、判断する。
(しかし、トラブルばかり起きるな……)
集はそう思考した後、敵をどうするかについて考え始めた。
(まだ、遠い。なら、倒しに行くか? メリア王女を起こすのは忍びないし、王女にバレずに敵を処理するなんて、容易い。ただ、敵を殺している内に王女に何者かが近付いたら厄介だ……敵が来るのを待つか)
考えると、また月を見た。
そして再度、異変を捉える。
(敵とは別に、城内で動く人間がいる……? あの部屋だと、リーフェルか。まっすぐにこちらに近付いているが……)
集は立つと、ドアの前まで動いた。
(敵が城に着いた……そして、リーフェルもドアの前に着く。タイミングが悪すぎるだろ。あるいは、リーフェルと敵が繋がっている? リーフェルが敵だと言うのか?)
集は気付かずに手を握りしめていた。
(敵を先に処理するべき、か)
集は窓を開けて、敵を確認しようとする。
その時、ドアが開いた。
集はそちらを向いて、顔を確認する。
「リーフェル」
集が言うと、リーフェルが話しだす。
「集か。母さんと話があるんだ。悪いが、出ていってくれないか?」
集はリーフェルをよく観察しつつ言った。
「すまない。護衛の任に就いている限り、それは出来ない」
「何故? 部屋をでるだけで良いし、俺だぞ? 話をするだけだ」
リーフェルの言葉は、自分なのだから警戒する必要は無いという内容だった。
確かに、普段なら血縁関係にあるリーフェルを疑う必要も無いし、部屋を出るだけでいいのなら、何かあった時の対処も迅速に出来る。それに、集はリーフェルと短い間だが、話し、信頼を積み重ねていた。
だが、今は「普段」ではない。
彼は今、護衛の任に就いている。
そして、集は言う。
「では、何故メリア王女は寝ているんだ? 話があるなら、起きているべきじゃないのか?」
集は言って、リーフェルをよく観察した。
リーフェルは集の言葉に眉一つ動かさなかった。
そして、リーフェルは言う。
「忘れたんだろう。ハァ」
おかしい、集はそう思った。
普段のリーフェルなら、不機嫌になる筈だ。集はそうなるような言葉を選んで言ったのだ。「俺を疑っているのか?」と返してくるのが、普段のリーフェルなのだ。
という事は、彼は今「普段」ではないという事になる。
それに、集はメリアを高く評価していた。
(俺が見た限り、約束を忘れるような小物には見えなかったがな)
集がそう思考する。
リーフェルの行動が演技だと分かる度、思考が冴えていく。
「俺の仕事は、メリア王女を護る事だ。それが、誰であっても」
集が言った言葉は立場上、譲れないという事だった。
だから、これにリーフェルが反論してきたなら、裏切り者とみなす。
リーフェルが言う。
「……そうか。じゃあ、日を改めるとしよう」
「ああ。悪いな」
集が言うと、リーフェルは返した。
「構わない」
そう言うと、リーフェルはドアを開けた。そして、集の方を向く。
「じゃあな」
その姿は、いつものリーフェルのように見えた。
「ああ」
集が返すと、リーフェルは部屋を出ていった。
(さて……)
集は向きを変えず、言う。
「起きていたのですか、王女」
すると、メリアも返す。
「ええ。よく気付きましたね」
そして、メリアは起きあがる。
集は警戒を解かずに返す。
「はい。気付いたのは、一時間ほど前からですが、ずっと起きていたのですか?」
「はい。その通りです」
集は呆れたが、それを顔には出さない。
すると、メリアが言う。
「参考までに、何故気付いたか教えていただけますか?」
「能力で、です」
集は水蒸気を散布させていて、それによりまぶたの動きを確認したのだ。
夢遊病の可能性も考えたが、寝返りが全く無かったし、集は夢遊病に詳しく無かったので、寝ていないと判断した。
メリアが残念そうに言う。
「そうですか」
集は普通に感心していた。
「寝息までやっていたのですか? 凄すぎますね」
メリアが嬉しそうに言った。
「ありがとうございます」
集はいきなり水を窓に飛ばす。
バリィン。
大きな音がして、
「きゃっ」
とメリアが言った。
その水は雨より速く、敵を貫く。
「すみませんでした。いきなり襲った方が殺せる確率が上がったので」
集が申し訳なさそうに言うと、メリアが微笑んで言う。
「いえ、良いのです。しかし、眠気が吹き飛んでしまいました。何か、お話をして下さい」
集は許されてホッとしたが、その後にホッと出来ない振りが来た。
(来た! ムチャ振り。最悪だよ。何故このタイミングでムチャ振り?)
そして、集は言い訳をする事にした。
「したいのですが、敵の死体を処理せねば……」
すると、メリアが返す。
「貴方の任務は私の護衛です。死体の処理は家の者がやります。それより、速く話を!」
(ここ、死体の処理が本当に迅速だな……)
集は思うと同時に、メリアが楽しみにしているのと、さっき「したい」と言ってしまった事で、話さねばならないのだろう、とも思っていた。
そして、彼は話しだす。
「俺がぺノメナルに住んでいた頃の話ですが、寮に忍び込んだ生徒がいましてね……」
彼の話が面白かったかどうかは、想像にお任せしよう。
集は話題を変えた。
「マナゲット王国は民主主義国家ですよね?」
「はい」
メリアの即答に眉をひそめる。
「民主主義国家なのですか? え?」
慌てる集に対し、メリアは冷静に返した。
「はい。そうですよ?」
「本当に?」
そう言う集は驚きを隠せていない。
「はい。知らなかったのですか?」
メリアの言葉に、集は更に慌てて言葉を続けた。
「え、ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ、なんで王なんているのですか? 民主主義ですよね?」
(訳が分からない。王が国を動かしているのではないのか?)
困惑する集にメリアが言う。
「王というのは、いわゆる象徴です」
「象徴?」
集は全く理解できていなかった。
メリアが困ったように言葉を続ける。
「ええ。つまり、象徴というのは、なんていうのでしょう? そうですね……まぁ、つまり、飾りですよ。見かけだけです」
集はまだ民主主義国家での王という立場を理解できない。
そして、言う。
「……? 失礼ですが、何故王という立場が維持されているのですか? いなくても良いのでは?」
「そうですね……。色々な理由があります」
メリアは説明しにくい、というような顔をして話すので、集は「失礼な質問だったな」と反省し、質問を変える。
「なるほど。では、ぺノメナルとの戦争は国民の意志なのですか?」
「いえ、違います」
メリアが即答したので、集は更に分からなくなる。
「というと?」
集の質問にメリアは言う。
「簡単に言ってしまえば、民主主義国家というのは、名前だけです。国民によって選ばれた人間も私なら、簡単に動かせます」
「それは、どうして?」
「さあ、どうしてでしょう?」
集は「やはり、言えないか」と思って、それ以上、質問を重ねる事は無かった。
(やはり、表で見える事には限界があるのだ。誰に聞けば答えられる? アモア? いや、彼女は知らないだろう。であれば、リーフェルだ。アイツはバカじゃない。メリア王女を狙ったなら、理由がある筈だ。その理由に、俺の知らない事が隠されているかもしれない)
集は思うと、メリアに言う。
「メリア王女。そろそろ眠ってはいかがですか?」
「そうですね。そうさせていただきます」
そう言って布団を被る集を見て、集はふとこう思った。
(この人、何故俺を敵視せずに護衛なんて任せられたんだ? アモアを守ったからか? それだけで? 俺だったら無理だな)
次の日。
集はメリアは朝食を食べると、ある部屋に移動した。
その部屋にメリアは座ると、電話に出ては何かを話していた。
(リーフェルと話す機会が無いな)
そもそも、部屋から出られないのだから、機会は訪れそうにない。
なら、自分から作るしかないか。
そして、彼の水蒸気がトイレに入るリーフェルを捉えた。
(俺は運が良いようだ)
集が言う。
「王女、トイレに行ってきても?」
「構いませんよ」
メリアの返事を訊くと、集は言う。
「ありがとうございます」
そして、集は部屋を出る。
(大丈夫。水蒸気を散布しているからメリア王女が狙われても護る事は出来る)
普通なら、トイレはメリアが行く時に集が行くのだが、メリアは許してくれたようなので、集はセオリーは気にしなかった。
集がトイレの前に着くと、ちょうどリーフェルが出てきた所だった。
集を見つけると、リーフェルが言う。
「話がある」
「手短にな」
集が返すと、二人はトイレの中に入った。
そして、リーフェルは言う。
「まさか、貴様が護るとはな」
「メリア王女の事か」
集の言葉にリーフェルが驚いた。
「なっ」
「メリア王女は敵か?」
集の言葉にリーフェルは眉をひそめつつ、言う。
「知っていたのか?」
「予想はしていた」
集の言葉にリーフェルが怒る。
「では、何故止めた!」
その問いに集は即答する。
「お前が手にかける必要はない!」
だが、リーフェルの怒りが収まる事は無い。
「なんだと?」
「お前は人殺しに加担するべきではない!」
集の言葉にリーフェルは眉をひそめた。
「何?」
「俺に任せろ」
集の言葉に、リーフェルは「ああ」と言いそうになって、それを堪えるそうに大きな声で言った。
「任せられるか!」
すると、集は冷静に話題を変えた。
「それより、この国の事を知りたい。どうしたら、戦争は止められる?」
「それより? ……なんだ、それは」と、リーフェルはぶつぶつ言っていたが、最終的には答える。
「メリアを殺せば可能だ」
リーフェルの言葉に集は「やはり」と思った。
「何故?」
「アイツは、この国を動かせる」
集は驚く。
「何?」
「戦争も、姉ちゃんを殺そうとしたのも、全部アイツだ」
(やはり、そうか)
「何故、メリアさんは国を動かせる?」
「奴は大金を溜めこんでいるのさ」
「大金?」
「ああ。その金を奴が使わないから、不景気になる」
集はリーフェルに訊く。
「って言っても、いくらかは使うだろ?」
「ああ。だが、俺らは農業や漁業関係の仕事も行っている。もちろん、下の者がな」
リーフェルの補足説明に集は納得した。
「つまり、減る分だけ増やせるって事か」
「ああ」
だが、それだけでは足りないのではないか。
そう思い、集が訊く。
「だが、国は景気だけで下に着くのか?」
「それに、我々単体で相当の戦力を誇るからな。屈する他ないのだろう」
「そうか」
(だから、王という立場が無くならないのか……それに、戦力を持っているのなら、死体の処理が早いのも頷ける)
「まあ、良い。俺が知りたかったのは、王女を殺してもお前らが普通に暮らせるかどうかだ」
集の言葉にリーフェルが返す。
「大金はある。何の問題も無い。だから、お前は何もするな」
「まさか、全ての悪事の罪を背負おうとしてるんじゃないだろうな?」
その言葉に、リーフェルは顔を逸らした。
「フン。貴様の知った事ではないだろう」
「そうかい」
そして、トイレをでる。
(簡単だ。リーフェルを止めて、俺がメリア王女を殺せば良いんだ……きっと、それで)
その時、メリアの顔が浮かび上がった。
殺すという事。もう会えなくなるという事。必ず、誰かが悲しむという事。
(それで、いいんだ)
集はその全てに考える事を放棄して、ただそう思った。
今回は本当にすみません。
全然進みませんでした。
次回は進むと思うので、お願いします。
次回も集です!




