それぞれの思惑
部屋には円卓があった。
その円卓にそれぞれ座っている。
その部屋はぺノメナル王国の首都、キュルエールにあり、硬度は相当高かった。だが、それを外観から分かる者はいない。
まるで、普通の建物のように装って、その壁は相当固い造りになっているのだ。
部屋には何人もの人間がいた。それぞれがそれぞれのパソコンを見ていた。
その部屋の一人、種市縁滋郎が言う。
「諸橋遷都は殺しておく必要がありそうだな」
その言葉に豹が返す。
「しかし、彼は能力者中『最強』ですよ」
「『最強』か。それは、我々が付けた名だったな」
「ええ。それによって、油断をしないように、と」
「フッ。まぁ、油断しなくとも殺されるがな」
「ええ。彼はとても強い。確かに、戦争前に彼を殺しておく必要はありますね」
縁滋郎と豹以外は話さない。
ただ、二人の会話を聞いているだけだ。
また、縁滋郎が言う。
「ああ。だが、最悪、六万総さえいれば、戦争には勝てる」
「彼の対策もしてくるのでは?」
豹の指摘に、縁滋郎は考えを変えた。
「では、日向霄も使うとするか」
「日向霄?」
豹は疑問に思う。
(霄に戦闘能力など、あっただろうか?)
「ああ。彼女の力も、使い方しだいではかなりの力を誇るからな」
豹は縁滋郎の真意は分からなかったが、知る気もなかったので、
「そうですか」
とだけ言っておいた。
会議が終わると、豹は円卓のあった部屋を出る。
そこで、彼の端末が震動した。
着信があると震動するように設定していた為、着信だと気付き、端末を操作して電話を繋げた。
一方、豹に電話をかけていた相手が居たのはキュルエールでは無かった。かといって、集のようにぺノメナル外にいる訳でもない。
頼十は部屋にいた。
ただ、部屋には何も物が無くて、閑散としていた。
そんな中、頼十が言う。
「豹。言われた場所は全て回ったが、何処にもセイスンという奴はいないぞ」
『何? やはり、そうか』
豹の返事の中の「やはり」という所に頼十は少しひっかかったが追求はせずに、謝った。
「悪いな」
今回は情報通りの場所に行ったのに誰もいないのだから、頼十は悪くないのだが。
豹は申し訳なさそうに言う。
『続けて任務を頼んで良いか?』
「なんだ?」
頼十の問いに答える。
『諸橋遷都の殺害、だ』
すると、その言葉を聞いてすぐに頼十は返した。
「無理だっつーの」
そもそも、「諸橋遷都には手を出すな」というのが本部の意向では無かったか。
すぐに謝る頼十に豹は補足説明する。
『いや、『十道』だけじゃない。『湶望』や『豅』も来る。というか、全チームで向かう』
「『豅』は、来ない方が良いんじゃないか?」
頼十が言うが、その提案には取り合わなかった。
『まぁ、そう言うな。頼むぞ』
「了解。で、いつ?」
頼十は一先ず了承すると、詳細を訊いた。
『明日の夜だ』
「了解」
バリィン。
騒音を立てて窓ガラスが割れた。カーテンには小さな丸い穴が開き、床には銃弾が突き刺さった。
敵。
起きていたなら即座にそう判断しただろう。ただ、その部屋で起きていたのはアモアだけだった。よって、敵の襲撃を即座に理解したのはアモアだけという事となる。
集は今の騒音に気付かず寝ていた。
アモアは集を揺すりつつ言う。
「集。集! 起きて!」
だが、集は起きない。
すると、部屋のドアが開いた。
そこにはリーフェルがいた。
リーフェルは走ってベットに近付くと、集のおでこを叩いて言う。
「起きろ! バカ!」
「う、うん?」
寝起きにはあまり嬉しくない怒号とおでこの痛みで集は起きると、眼を開けた。
その様子を見て、リーフェルはすぐに言う。
「起きたか。速く逃げろ!」
すると、部屋には兵士が次々と入ってきている所だった。
「いいか。あの兵士は味方だ。だが、窓の外には我々を狙うスナイパーがいる」
リーフェルが状況を説明すると、集は起きあがって言う。
「そうか。俺が倒す」
「何?」
集はリーフェルの言葉に答えずベットから出ると、燕尾服に触れた。
(今はもう、マナゲットの人は殺せないとか、言ってる場合じゃないな)
そう考えると、水を発生させて、床に突き刺さった弾丸に近付けた。そして、弾丸の上に水を置いた。弾丸は床に深く刺さっており、水が床より高い位置にはこなかった。
(おそらく、スナイパーはそうは動かない。となると、この弾丸が来た方向に居る筈だ)
そして、床に刺さった痕から敵の位置を予測して水を飛ばす。その水はカーテンにもう一つ穴を開けて、割れた窓の間を通って飛んでいった。
「俺はスナイパーを倒しに行く」
集が言うと、アモアは心配そうに返した。
「集。大丈夫?」
「ああ。それから、リーフェル」
集がリーフェルの方を向く。リーフェルも集の方を向いて返した。
「ん?」
「サンキュー」
集は礼を言うと、窓から飛び下りた。
「フッ」
後ろからリーフェルの笑い声が少し聞こえたが、今、気にしている暇は無い。
すぐに水を発生させ、足場を作ると、その水の足場自体を動かしてスナイパーの方に近付く。そして、目の前に水の壁を発生させた。
スナイパーは銃の引き金を引き、弾丸を集めがけて飛ばす。その銃弾は高速で動き続ける水の壁に阻まれ、弾丸はまたもや彼方へ飛ばされる。
そして、集がスナイパーの立っているビルの最上階に着く。
「おい。俺を殺していーのかい? 『悪魔の惨劇』の元凶さんよぉ?」
スナイパーがクツクツと笑いながら言う。
対して集は淡々と言った。
「悪いな」
その言葉にスナイパーはもう一度笑い、迫る水の弾丸が貫くのを待った。
集のいなくなった部屋では。
リーフェルがアモアに言う。
「姉ちゃんはここで待ってて」
アモアはそれを拒もうとしたが、自分が何も出来ない事も分かっていたので、短い沈黙の末、答える。
「うん」
リーフェルは兵士を待機させて部屋を出て、ドアを閉める。
そこには5つの死体があった。廊下は血で真っ赤になっていた。
「気付かれていたか」
リーフェルは集が言った言葉を思い出し、隠し事はお見通しだったと思いつつも、使用人には別の事を言う。
「姉ちゃんの時間稼ぎはしておくが、出来る事ならバレたくはない。掃除は急いでくれ」
「了解しました」
使用人は答えると、掃除を始めた。
集はアモアの居る部屋に戻った。
「アモア。大丈夫だ。敵は倒した」
「うん」
すると、ドアが開き、使用人が入ってきた。
「お掃除に参りました」
使用人は軽く一礼すると、箒でガラスの破片を集め始めた。
集が地面に刺さった銃弾を取ろうとすると、急いで使用人が駆け寄り言う。
「私がやります」
焦りながら言う使用人に、集は「いろいろあるんだなぁ」と思いつつ、別の言葉を返す。
「そうか? わかった」
まぁ、俺が掃除したら怒られたりするのかもしれないし、彼女なりの矜持があるのかもしれないし、とにかく手伝わない方が良いんだな、と集は思う。
すると、リーフェルも部屋に戻ってきた。
「ちょっといいか?」
集の言葉にリーフェルは驚かず答えた。
「構わない」
そして、二人は部屋の外に出た。
そして、使用人がアモアに言う。
「アモア様。お話しませんか?」
「え? あ、はい!」
アモアがこんな事を使用人に言われるのは、初めての事である。
部屋を出てすぐの廊下。
集はそこにある死体を見て、驚きはしなかった。
「場所を変えよう」
「ああ」
集の言葉にリーフェルが答えた。その返事を聞いて、集が歩きだす。
そして、二人がリーフェルの部屋の前に着くと、リーフェルがドアを開け、中に入った。
「お前も入れ」
リーフェルの言葉に集が頷くと、集も部屋に入った。
そして、ドアを閉め、言う。
「外からの狙撃なら分かるが、何故城内に敵の侵入を許しているんだ」
「すまない。おそらく、裏切り者がいる」
リーフェルの言葉に集が返す。
「検討はついているのか?」
リーフェルは頷いた。
「ああ。だが、すぐに捕らえようとすれば逃げられるだろう」
「そこまで手強いのか?」
「そういう事に関してはな」
リーフェルの言葉に集は思う。
(そういう事に関しては、ということは、戦闘自体ではそこまで手こずらないという事か)
そこまで思考した後、集は訊く。
「そうか。で、誰だ?」
「それは、悪いが教えられない」
リーフェルの言葉に集は眉をひそめて訊いた。
「何故?」
その質問に、戸惑わず、あらかじめ用意してしたのではないか、と思わせるほどすぐに返した。
「お前を信用していない訳ではないが、この会話が聞かれていないとも限らない」
リーフェルの言葉に、集は再度眉をひそめた。
「もし、聞かれていたのなら、逃げてしまうぞ?」
「いや、逃がしはしないさ」
リーフェルの言葉に強い意志が込められているような気がして、集は心配はしなかった。
「そうか……俺に教えなくて良いんだな?」
「自分の力を過信するな。お前など要らん」
リーフェルの突き放すような言葉に集は「そうか」と返してドアを開けようとするが、そうする前にリーフェルが呼びとめる。
「あ、あともう一つ」
そう言って、リーフェルは端末を集に見せるように持ちあげた。
「なんだそれ?」
集が振り返って言うと、リーフェルは手を端末に触れさせて、動画を再生させた。
「ネットにアップされた動画だ」
リーフェルが補足説明する。
その動画は集が水の足場で飛んでいる動画だった。
「なっ」
集が軽く驚くと、リーフェルは言う。
「この前は夜明けだったから良かったが、今回は昼だからな。目撃者は多い」
リーフェルの言葉に集は何も返さない。
「お前が『悪魔の惨劇』の元凶ではないか、という考察をしている者もいるぞ」
リーフェルの言葉を聞き、集は話題を変える。
「俺が殺したスナイパーは?」
「それはこちらで回収済みだ」
リーフェルの言葉に感心する。
「そういう仕事は速いのな」
もし、回収していなかったら、更に大事になっていた。
リーフェルは話を戻す。
「当たり前だ。で、お前は『悪魔の惨劇』の元凶なのか?」
集は答えた。二か月前、集の部屋でアモアが自分の名を集に明かした時のように。
「ああ」
ただ一言の肯定。
だが、それは特別な意味を持つ。
リーフェルは淡々と言った。
「そうか。では、お前は殺さなくてはならない」
「……」
集が何も言わないのを見て、リーフェルは奥歯を噛みしめた。
「お前、何しに来た」
何故、来たのか? リーフェルはただそう訊いたが、集はその言葉に来て欲しくなかったという意味を感じとった。だが、集も旅行気分で来た訳ではない。彼は目的も無くルンやリンに別れを告げた訳ではない。
そして、集は言う。
「戦争を止める為だ」
「そうか」
集の眼から意志を感じとったリーフェルは眼を合わせずに言った。
「牢獄に居てもらう」
「わかった」
集は反論しなかった。
そんな集も見て、リーフェルは笑って言う。
「フ、冗談だ。ただ、母もこう言うとは限らんぞ」
「いいのか?」
集が訊くと、リーフェルは答える。
「ああ。お前は殺そうと思えば俺も姉ちゃんもすぐに殺せたが、そうはしなかった。なにより、姉ちゃんが生きているのはお前のおかげだろう」
「かもな」
集の返事を聞いて、リーフェルは優しげに微笑んだ。
「だから、俺はお前を信用している。お前を牢獄に入れる必要などない」
「ありがとう」
集が礼を言うと、リーフェルはいつもの無愛想な顔に戻り、言った。
「フン、大した事はしてないさ」
集はリーフェルの部屋から出ると、廊下を歩いた。
すると、前から女の人が歩いてくる。
「貴方が天久集さんですか?」
女の人の問いに答える。
「はい」
「お話がありますので、着いて来て下さい」
言うと、女の人は歩きだすので、集はついて行った。
リーフェルはそんな二人を気付かれないように見ていた。
「ここです」
女の人はいきなり立ち止まるとそう言った。
「ここ?」
集の問いに答える。
「ええ。入りましょう」
女の人は言うと、ドアを開け、部屋に入った。集も入る。
その部屋はとても広くかった。女の人はソファに座る。集はテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。
「申し遅れましたね。私はメリア=マナゲット。アモアとリーフェルの母です」
メリアの自己紹介に集は慌てずに答える。
相手がメリアだという事の検討はついていた為、慌てる事は無かったのだ。
「どうも。天久集です」
集は一応自己紹介した。
「はい、存じ上げています。アモアとリーフェルととても仲が良いのですね」
「はい」
集は答えつつも心の中では他の事を考えていた。
(本題は?)
その心の声が聞こえた訳ではないが、メリアは本題に入る。
「で、本題に入りますと、貴方の事ですが、貴方は能力者なのですか?」
「はい」
「能力をお聞きしても?」
メリアは疑うような眼をしていたが、集は気にも留めなかった。
「構いません。俺の能力は水を操る事です」
「そうですか」
集はメリアがそう言った時、少しわざとらしいと感じたが、気の所為かもしれない、と決定付けはしなかった。
そして、探りを入れる。
「俺の情報が国中に広まってしまい、申し訳ありません」
メリアは慌てずに答える。
「いえ。むしろ、アモアも護って下さり、ありがとうございます」
慌てなさ過ぎとは思ったが、王女という立場なので、これが普通なのかもしれない。
すると、メリアが言う。
「それで、提案なのですが、貴方の情報がこれ以上拡散するのを止める代わりに、私を護ってくれませんか?」
メリアの問いに答えを返さず、質問をした。
「護る? というと、誰かに狙われているのですか?」
「いえ。そういう訳ではありませんが、どうでしょう?」
メリアに聞かれ、即答する。
「わかりました」
すると、メリアが言う。
「ありがとうございます。では、今からお願いできますか?」
メリアの問いに集が軽く驚く。
「今から? 城の中にいるのに、ですか?」
「はい」
メリアの頬笑みながら言った言葉を聞いて、集も返した。
「わかりました」
すると、アモアの声が聞こえた。
「集」
アモアが駆け寄ってくる。
集の近くまで来ると、アモアはメリアに言った。
「母上。少し集とお話しても?」
メリアは微笑んで返す。
「構いませんよ」
その返事を聞くと、アモアは集の服を引っ張って移動させる。
そして、端末を出して集に言う。
「集。貴方の噂が……」
アモアの言葉を遮るように集が言う。
「その件はメリアさんがどうにかしてくれるらしい」
集の言葉にメリアが答える。
「はい」
集は「聞いてたのかよ……」と思ったが、口には出さず、アモアに説明を続ける、
「あと、俺はメリアさんの護衛をする事になった」
「護衛?」
「ああ」
(しかし、これでアモアを護れなくなった。ここはリーフェルに任せて良いのか? あいつは結構頭良いし、姉を護る事くらいなら出来るかもしれない)
「リーフェルにも伝えておいてくれ」
「う、うん……」
集はアモアのぎこちない返事が耳に残った。
さて、どうだったでしょうか?
今回は集が主体でやってみました。
因みに次回も集が主体で行きます!




