彼女の始まり
集がまだ飛行機に乗っている時。
ぺノメナル大陸内の一室。
部屋には3人いた。
その部屋は明るく、他の部屋とも遜色無い造りだった。ただ、中にある物は普通とは少し、違う。その部屋の壁には剣が立てかけてあった。その剣の一つはその部屋にもいるセイスンの物だった。もう一つの剣はその部屋にいる、マナゲット王国の元兵士の物だった。
では、何故ぺノメナル大陸にマナゲット王国の兵士がいるのか?
その兵士達はマナゲット大陸で『悪魔の惨劇』と呼ばれている事件の被害者だった。『悪魔の惨劇』では、集は「船を沈めろ」との命令しか受けていないので、中の兵士を殺しはしなかったのだ。だが、船が沈めば、普通、中にいる者は死ぬ。実際、船の中にいたほとんどの兵士は死んだ。そして、奇跡的に10人ほどの人数が生き残ったのだ。そして、生き残った者の内の一人はぺノメナル大陸へ着いた。他の兵士は、ぺノメナル大陸に行こうとして、ぺノメナル王国の兵士に見つかり、殺された。
その時、ぺノメナル大陸では、戦争について、そこまで深く考える者はいなかった。理由は、呆気なく勝ってしまったから。
そして、ある一人の少女がマナゲット王国の兵士を見つける。
すぐに両親に伝えて、「助けて」と言ったのだ。マナゲット王国の兵士が苦しそうだったから。
両親は気付いていた、その兵士がマナゲット王国の人間だと。
しかし、その少女の両親も、子供の前で見殺しにする事は出来なかった。
そして、その少女の両親は「ここをまっすぐ進むと、空き家があるんです。そこに住んでくれませんか?」と言った。
兵士は礼を言うと、ぺノメナルの兵士にバレないように、と急いでその空き家へ向かった。
着いたが、食べる者が無い。
すると、少女が食べ物を届けに来てくれたのだ。「おなかがすいてると思って」そんな一言を、そのマナゲット王国の兵士は一度も忘れた事が無いと言う。
そして、兵士はマナゲット王国に電波を飛ばす。通信をする為に、だ。そして、何度も行うと、通信が繋がった。そして、兵士は無事を告げる。
しかし、迎えに行けるような状況では無いという事を聞き、ぺノメナルに留まる事にしたのだ。
それから、10年が経ち。
その兵士は部屋に栄実と、セイスンと共にいた。
そこに呼ばれた理由をその兵士はまだ、知らない。
壁の隅に置かれているパソコンを見て、栄実は言った。
「何……コレ」
「見ての通りだ」
セイスンは落ち着いた調子で返す。
そのパソコンには『マナゲット王国はぺノメナル王国との戦争を決意しました。よって、貴方達には中からぺノメナルを攻めていただきたいのです』と映し出されていた。
「マナゲットとぺノメナルが戦争するって言うの!?」
「ああ。だから、こちらも同時期に攻める」
栄実は動揺して言うが、セイスンは微塵も動揺してはいなかった。
「え……」
セイスンの言葉に、栄実は短く声を出した。
「驚くなよ。普通だろ?」
「そ、そうね」
セイスンに言われて、慌てて言う。
ここで、裏切る訳にはいかないのだ。
セイスンが言う。
「頼むぞ。栄実。お前が一番スパイとしては優秀なんだからな」
「ええ……分かってるわ」
栄実はセイスンの目を見て言った。
セイスンはぺノメナルに探されている。元兵士はただの住人程度。となると、AHMO訓練施設への侵入を成功している栄実が一番スパイとしては優秀という事となるだろう。
「そうか」
セイスンは呟くと、パソコンに向きなおす。
すると、元兵士が言った。
「セイスン兵士長。ぺノメナルの兵士を倒したんですよね? どうでしたか?」
「あんなのは雑魚さ。俺の前ではな」
セイスンは少し栄実を見つつ、言った。
そして栄実は思い込む。
ぺノメナル王国は、集は敵だと。
セイスンの吐いた小さな嘘から、それぞれの道が離れていく。
そして、要件が済むと、元兵士が言う。
「そろそろ、帰ってもいいかな?」
セイスンは元兵士を見て、言う。
「ああ。良いぞ」
「私も帰るわ」
そして、栄実も言う。
「ああ」
そして、二人は部屋を出る。
すると、元兵士は栄実に言った。
「すまなかったな」
「え?」
栄実は唐突に謝られた為、理解が出来ない。
「俺がいなければ、君はここには居なくて済んだのに」
申し訳なさそうに言う元兵士に、栄実は微笑みながら言う。
「何言ってるんですか。ロストさんがいなかったら、私死んでますよ」
「そうか。ありがとう」
元兵士=ロストは言う。
「いえ」
そして、二人は歩きだす。
ロストはそろそろ30歳だが、その姿は若く見える。身長が低いとかではなく、むしろ高いが、顔に老いは見られない。
ただ、ロストの顔は未だに申し訳なさそうだ。
「本当は、恋とかをする年頃だろう?」
ロストが言う。
「そうですね」
「本当に、すまない。こんなことになって」
ロストは再度謝る。
「なんで、ロストさんが謝るんですか。良いんですよ」
「だけど……」
また栄実は笑いながら言うが、ロストの顔が晴れる事は無い。
「それに、恋もしてないって訳じゃないですから」
栄実が最後に付け足した言葉に、ロストの顔が少しだけ晴れた気がした。
「そうか。そりゃあ、良かった」
「ええ」
そして、歩き続ける。
沈黙が続いていた。
そろそろAHMO訓練施設に着く。
「その恋は……どうだ?」
「まぁまぁです」
「そうか。この任務が終わったら、その恋も叶うと良いな」
「はいっ」
まるで何かを誤魔化すかのように、栄実は言った。
(叶う訳無い……恋なんだけどね)
「じゃあ、ここで」
「ああ」
そして、栄実は訓練施設に入り、寮に着く。
自分の部屋のすぐ隣、そこには誰もいない。
「…………集」
彼女の言葉は、彼女以外の誰にも聞こえる事は無く、そして、いつしか彼女の記憶からも消えていくだろう。
浦崎栄実は、最初からスパイだった。
ぺノメナルに輸入する食料に紛れこんで、侵入した時からずっと。それから、栄実を見つけた民間人を次々と殺して、ロストに助けられて、ある部屋に匿わせてもらった。
その部屋にはある少女が出入りしているらしく、その少女には「なんでいるの!」と怒り気味に言われたりした。
それから、何年か経ち、栄実は超能力が使えるようになった。
超能力者は金を払わなくても、学校に通えると聞いたので、いつまでも少女とその両親にも頼っていられない、と髪を染めて、ぺノメナルの首都へと行ったのだ。
ロストも何かをしているようだったが、何をしているかは教えてもらえなかった。
ぺノメナルの首都、キュルエールでは戸籍が無い事がバレたが、すぐに作ってもらえた。
そこで出会ったのが、天久集だ。
『悪魔の惨劇』で、津波や渦潮を起こした者だと気付いたのは会ってから少し経った時だった。彼女が歩いていると、秋広が誰かに襲われたのだ。その時、集が水で闘っていた。
予想は容易に出来た。水を操れるのなら、津波も渦潮も訳無いのでは、と。
そして、天久集に接触して、何かが会った時の為に、仲良くなっておこうとしたのだが、集と係わっていく中で、何故彼が『悪魔の惨劇』なんてものを起こしたのだろう、と思った。
それを考えた事が、彼を意識した事が、叶う筈の無い、彼女の恋の始まりだった。
最初はその恋を認めていなかった。それは、集を好きにさせる為の作戦だ、と。その作戦の所為で胸が高鳴るのだと。
しかし、セイスンが来て、集を殺すという事が現実的になった時、やっと気付いた。集がいるという普通が、嬉しいと。集を殺すという事をどれほど自分が否定しているのかを。そして、彼がぺノメナルからいなくなった時、栄実はその想いを認めたのだ。
彼女は笑う。
その現実の皮肉さ故に。
『悪魔の惨劇』が原因で、自分は今、惨劇しか起こらないような行動しかとれない、と。
栄実はその事を自覚した。
では、集は殺さない? ぺノメナルを襲わない?
そうしたいけれど、彼女はそうしない。
理由は簡単。
彼女が昔の自分だったら、などという仮定に踊らされているからだ。
豹は本部にいた。
そして、『十道』の部屋に入る。
「ああ。豹さん。どうしたんです?」
頼十が言う。
その口調に、豹が言った。
「別に、敬語じゃなくて良いと言っているだろう」
「まー、階級は豹さんの方が上なんで」
道己は呆れたように頼十を見ていた。早く本題に入って欲しいのに、頼十が要らぬ会話を続けているからだろう。紗智加は微笑んでいた。業はいつも通り、真顔だ。
「そうか。まぁ、強制はしない」
豹は頼十との会話を終わらせると、本題に入ろうとする。しかし、豹が言う前に、また頼十が喋った。
「いえ。命令なら敬語はやめますよ?」
「そうか。じゃあ、やめろ。それより、本題に入るぞ」
苛立ちつつ頼十との会話を終わらせると、強制的に本題に入った。
それを見て、道己も
「ええ。お願いします」
と言った。
豹は頷くと、話し始める。
「『十道』へ任務だ」
「内容は?」
頼十が言う。
どうやら、本題は聞く気だったらしい。さっきのはただ豹と普通の会話がしたかっただけ、という事だろう。
豹はすぐに返す。
「マナゲット王国のスパイの殺害」
豹の言葉に紗智加は驚いて言う。
「スパイ!? この国に、ですか?」
対して豹は驚かずに情報を告げていく。
「ああ。どうやら、キュルエールにはいないようだが」
「どうやって分かった?」
頼十が言う。
敬語はやめていた。
豹はただ淡々と答える。
「それは、お前達の気にする事じゃない」
豹の言葉に、頼十は驚かずに返す。
「では、敵の捜索から、始めろ。という事か?」
「そういう事になる。すまんな。まぁ、敵の姿は分かっているが」
豹は言いながらテーブルに写真を投げた。
その写真を見て、頼十が言った。
「……金髪に赤目、か」
その写真にはセイスンが映っていた。
「ああ。名はセイスン。剣の腕は相当だそうだ」
「じゃあ、近付かずに銃で撃ちましょう」
豹の情報に紗智加が言う。
「そうだな。超能力は?」
「使えるかどうかも分からない」
頼十の質問に豹が言う;
「そうか」
「マナゲットに住んでるんですよね? 使えないんじゃないんですか?」
紗智加が予想すると、その予想に豹が返す。
「可能性としてはそちらの方が高いだろうな」
「ただ、この国で使えるようになったかもしれない」
頼十が言う。
「それは無いんじゃ」
「最近は、GHD‐442が他の大陸にも流れ込んでるんでしょ?」
紗智加の言葉に道己が言うと、紗智加も考えを改めた。
「既に超能力者だった可能性もありますね……」
「そもそも、なんでスパイなんているんだ?」
頼十が訊くが、豹の返しは予想通りだった。
「さあな。それは俺も知らされてはいない。本部も知らないんじゃないか?」
「そうか」
そして、豹は部屋を出た。
7月25日。
AHMO訓練施設も夏休みに入る。この日が、一学期最後の日だ。
咲は集の席ではなく、元葉汰の席に座っていた。咲は自分の座っていた席が集の席だと知ると、すぐに他の席へと移ったのだ。集の居場所を残しておくべきだと。
栄実は、集の席を眺めていた。
その席に集がいるような想像をしては、現実に打ち消される。
「栄実?」
桜が話しかけてくる。
「え? 何?」
驚いて返す。
そんな栄実を気遣ってか、桜は追求せずに話題を変えた。
「ううん、なんでもない。結局、集は一学期の間、帰って来なかったね」
ただ、変えた話題が集だったのは、あまり良くないが。
「うん」
「家の用事って何だろうね?」
桜が言う。
豹は集がいない理由を家の用事と言っていた。
「わからない」
栄実の顔がまだ暗いからか、この話題が終わったからか、桜はまた話題を変えた。
「そういえば、一学期終了おめでとうって事で、打ち上げやるって聞いたけど、栄実は来る?」
「集は? 来ないか」
栄実は自分の質問の答えを予測できた。
「うん。多分」
桜が答える。
栄実は集がぺノメナルにいない事を知っているのだから、集が来ない事など分かっていた。
「そっか。私はいいや」
栄実は明るく振る舞って言う。
それに合わせるように、桜も明るく言った。
「わかった!」
秋広は総と話していた。
「打ち上げがあるらしいけど、来るの?」
「行かない」
秋広の問いに総は即答する。
「やっぱ、集がいないもんね」
「ああ。お前は?」
秋広に理由も当てられたので、総は訊く。
「僕もいいや」
「そうか」
すると、古瀬当夜が霄に話しかけるのが見てとれた。
「なあ、日向さん。打ち上げがあるんだけど、来ないか?」
「ごめん。私はいい」
当夜の問いに霄は即答する。
「そっか。わかった。場所は教えとくから、来たくなったら来てよ」
「え? あ、うん」
霄はとりあえず返事をした。
そんな光景を見ていると、総に知世が話しかけてくる。
「総。打ち上げ行くの?」
「行かない」
「そう」
実に効率的な会話だった。
霄は廊下で由利を見つけると、話しかける。
「今日打ち上げがあるらしいよ?」
「打ち上げ? なんです? それ」
由利が素で返す。
その問いに霄は驚いた。
「えっと……皆でご飯食べたりする感じ……かな?」
なんとなく曖昧な返事になってしまう。
「そうですか」
「うん。由利も誘われると思うよ」
霄が言うと、由利は嬉しく無さそうな顔をした。
「……なるほど。断る理由を考えておく必要がありそうですね」
由利の言葉に、霄が明るく言う。
「いや~。そんなの考える必要ないんじゃない?」
「なんでですか?」
「断る理由はあるじゃん。由利には」
霄が由利の目を見て言う。
すると、由利は頷いた。
「……そうですね。天久君が帰ってきたら、無くなってしまいますが」
由利が不安そうに言うが、また霄は明るく言う。
「集が帰ってきたら、行けば良いよ」
「ですが……」
由利は反論しようとするが、言葉が出ない。
「何事も経験だよ?」
「うーむ……わかりました」
さて、どうだったでしょうか?
最近、投稿ペースが落ちてきています、すみません。
今回は栄実に焦点を当てています。
また、集は出ないのですが、その分、今までやっていなかった学校での状態をやってみました。今回は普通の学生っぽい感じですね。
次回は集が出るかな~って感じですね。




